LOGIN「今日も来てんじゃん」
「五百円ほしいんで」
「俺、近所だから帰り道に探してるw」
吉田は届いたメッセージを読み上げながら笑った。
千円に値上げしたのは、リアルタイムの目撃情報だけだ。
それ以外は相変わらず五百円。
それなのに、昨日より明らかに情報が増えていた。
『来栖っぽい人いた』
写真を開く。
「違う違う。これただの背高い男じゃん」
『香子さんかも』
「髪型しか合ってねえよ!」
『この車、来栖のじゃない?』
「車だけ送られても知らねえよ!」
役に立たない情報ばかりだ。
けれど、そのたびにコメント欄は盛り上がる。
『0円判定w』
『厳しい』
『今日まだ誰も賞金取ってない?』
「取ってない。お前らもっと頑張れよ!」
『じゃあ2000円にしろ』
「嫌だよ!」
吉田は笑いながら次の
「……学校の外で、ですか?」香子は驚いて聞き返した。「ええ。来月、市内のギャラリーで合同展示会があるんです」講師は案内を差し出した。「いくつかの絵画教室が参加する展示会で、一般のお客様も多くいらっしゃいます」「……そんな立派な展示会に、私が?」「もちろんです。こちらの海の絵も、とてもいい雰囲気ですから」香子は描きかけのキャンバスを見つめた。祖父母と過ごした夏の海。まだ完成していないけれど、少しずつ思い出の景色に近づいてきていた。「……私、出してみたいです」香子が答えると、講師は微笑んだ。「では、完成を楽しみにしていますね」「はい!」香子は嬉しそうに頭を下げた。その日の夜。「……今度は外のギャラリーなんだ?」勇樹は香子から案内を受け取り、目を輝かせた。「はい。先生が声をかけてくださったんです」「すごいね。おめでとう!」「……ありがとうございます」香子は照れくさそうに微笑んだ。「でも、まだ絵が完成していないので、頑張らないと……」「どんな絵になるか楽しみだな」「はい。今度は海を描いているんです」香子はスケッチブックを開いた。そこには、青い海と白い砂浜が描かれていた。「……綺麗だね」勇樹は微笑んだ。「この海、香子が子供の頃に行った場所?」「はい。お祖父様とお祖母様に連れていっていただいたんです」香子は懐かしそうに笑った。「お祖父様が貝殻を拾ってくださって、お祖母様と一緒に砂のお城を作りました」「楽しそうだね」「…&hellip
『これ、香子さんの絵にそっくりじゃない?』最初のコメントを見た美紗は、眉をひそめた。「……はあ?」すぐに返信しようとしたが、その前に別のコメントがついた。『構図まで似てる気がする』『お姉さんの作品を参考にしたのかな?』『同じ黄色い花でも、香子さんの絵のほうが好き』「……何よ、こいつら!」美紗は苛立たしげにスマートフォンを握りしめた。自分の絵を褒めてもらうつもりだったのに、香子と比べられてばかりいる。『別に真似してません。同じ花を描いたら似るのは当たり前です』そう返信すると、さらにコメントが届いた。『それなら、わざわざ来栖勇樹さんをタグ付けしなくてもよくない?』「……うるさい!」美紗は思わず声を上げた。そこへ、久恵が部屋を覗いた。「美紗、どうしたの?」「お母さま、聞いてよ! 私の絵を投稿したら、香子の真似だって言われたの!」「まあ、失礼ね」久恵は画面を覗き込んだ。そこには、美紗の絵と香子の『春の庭』を並べた画像まで投稿されていた。「……確かに、よく似ているわね」「お母さままで何よ!」美紗は頬を膨らませた。「黄色い花なんて、誰が描いたって同じでしょ!」久恵はため息をついた。「だったら、次は違うものを描けばいいじゃない」「……そうするわよ!」美紗はスマートフォンを伏せた。「今度こそ、香子よりすごい絵を描いてやるんだから!」翌日。青葉美術アカデミーでは、香子が海の絵を描いていた。「鷹宮さん、昨日の投稿、見た?」小野寺が小声で尋ねた。「……投稿、ですか?」
「……あら?」授業を終えた香子は、廊下に飾られた一枚の絵の前で足を止めた。黄色い花が描かれた、鮮やかな絵だった。どこか見覚えのある構図に、思わず首を傾げる。「お姉ちゃん!」背後から声がした。振り返ると、美紗が得意げな顔で立っていた。「どう? 私の絵!」「……美紗が描いたの?」「そうよ! 先生に見せたら、しばらくここに飾ってもいいって!」美紗は胸を張った。「すごいでしょ?」「……ええ。綺麗な色ね」香子が答えると、美紗は満足そうに笑った。「でしょ? やっぱり高い絵の具は違うわ!」香子はもう一度、絵を見つめた。黄色い花の配置も、背景の色合いも、自分の『春の庭』によく似ている。けれど、何も言わなかった。「ねえ、お姉ちゃん」美紗が顔を近づけた。「勇樹さんに、この絵を見せてくれない?」「……え?」「お姉ちゃんの絵を紹介したんだから、私の絵も紹介してくれたっていいでしょ?」香子は戸惑った。「……それは、勇樹さんがお決めになることだから」「はあ? お願いするくらいできるじゃない!」美紗は不満そうに眉をひそめた。「自分だけ宣伝してもらって、ずるいと思わないの?」「……美紗」香子は静かに答えた。「勇樹さんは、私の絵を気に入ってくださったから紹介してくださったの。お願いして載せていただいたわけではないのよ」「何それ!」美紗は声を荒らげた。「じゃあ、私の絵は気に入らないってこと!?」「……そういうことではなくて」「もういい!」
「八万円ですって?」久恵は思わず声を上げた。「美紗、いくら何でも高すぎるでしょう!」「だって、プロ仕様なんだもん!」美紗はスマートフォンの画面を見せた。そこには、高級な絵の具や筆、キャンバスがセットになった商品が表示されていた。「いい道具を使えば、いい絵が描けるに決まってるじゃない!」「でも、あなた、まだ絵を習い始めてもいないでしょう?」「だから最初からいいものを揃えるんでしょ!」美紗は不機嫌そうに唇を尖らせた。「香子だって、勇樹さんに高い画材を買ってもらってるんじゃないの?」「……そうかもしれないわね」久恵は眉をひそめた。「まったく、あの子ばかりいい思いをして……」「でしょ? だから私にも買ってよ!」久恵はため息をついた。八万円は決して安い金額ではない。だが、美紗に何度もせがまれるのも面倒だった。「……今回だけよ」「やった!」美紗は嬉しそうに購入画面を開いた。「これで香子より上手な絵が描けるわ!」数日後。美紗は大量の画材を抱えて、青葉美術アカデミーを訪れた。「……すごい荷物ですね」担当講師が驚いた。「はい! 全部プロ仕様なんです!」美紗は得意げに笑った。「これだけ揃えたんだから、すぐに上達しますよね?」「道具に慣れることも大切ですが、まずは基本から始めましょう」講師は穏やかに答えた。「今日は静物デッサンをしていただきます」「……デッサン?」美紗は顔をしかめた。机の上には、リンゴと白いカップが置かれていた。「これを鉛筆で描くんですか?」「はい。形や光の当たり方を観察してみましょう」「えー、絵の具は使わないんですか?」「まずは鉛筆で練習しましょうね」美紗は不満そうに椅子に座った。せっかく高い絵の具を買ったのに、リンゴを鉛筆で描くだけなんて。それでも仕方なく鉛筆を動かし始めた。ところが、思ったように形が取れない。何度描き直しても、リンゴが歪んでしまう。「……何これ」美紗は苛立たしげに消しゴムを手に取った。隣の生徒の画用紙には、立体的なリンゴが描かれている。「……どうしてそんなに上手なんですか?」「私、もう一年くらい通っているので」生徒は笑って答えた。美紗は唇を尖らせた。「……一年もかかるんだ」その後も、講師に何度か描き方を教わったが、美紗はすぐに飽きてしまった。授
「私の絵は十万円で売れると思うんです!」廊下に響いた美紗の声に、香子は思わず肩をすくめた。小野寺が苦笑する。「……元気な妹さんだね」「……すみません」「鷹宮さんが謝ることじゃないよ」小野寺はそう言って、自分のキャンバスに向き直った。香子も筆を手に取ったが、なかなか絵に集中できなかった。美紗が、どうして突然絵画学校に来たのだろう。しかも、わざわざ同じ学校に。そんなことを考えているうちに、授業が終わってしまった。「……今日は、あまり進みませんでした」香子が呟くと、小野寺が笑った。「そういう日もあるよ。また次回、頑張ろう」「……はい」香子は道具を片づけ始めた。そのとき、教室の扉が開いた。「お姉ちゃん!」美紗だった。「……美紗」「ねえ、私もここに通うことにしたから!」香子は驚いて顔を上げた。「……そうなの?」「うん! さっき申し込んできた!」美紗は得意げに笑った。「お姉ちゃんと同じクラスにしてもらおうと思ったんだけど、空きがないんだって。残念!」「……そう」香子は少しだけほっとした。すると、美紗は香子の描きかけの絵を覗き込んだ。「これが次の作品?」「……ええ」「ふうん。地味だね」香子は何も答えなかった。美紗はさらに続けた。「でも、勇樹さんに紹介してもらえば、また売れるんじゃない?」「……美紗」香子は静かに顔を上げた。「私、絵を売るために描い
「……美紗が?」香子はスマートフォンを見つめた。小野寺から届いたメッセージには、確かに妹の名前が書かれていた。『鷹宮美紗さんっていう方なんだけど』同姓同名の別人という可能性もある。けれど、香子には嫌な予感がした。「どうしたの?」勇樹が尋ねた。「……あの、私の通っている学校に、美紗が見学を申し込んだそうなんです」「妹さんが?」「はい……」香子は困ったように俯いた。「どうして、同じ学校に……」勇樹は少し考えた。「絵に興味を持ったのかもしれないね」「……そうでしょうか」香子は首を傾げた。美紗が絵を描くのを楽しんでいるところなど、見たことがない。それどころか、香子が絵を描いていると、よく馬鹿にされたものだった。『そんなの描いて、何になるの?』昔の美紗の声が蘇る。「……私、学校では静かに絵を描いていたいんです」香子が小さく言うと、勇樹は頷いた。「うん。今はまだ、見学を申し込んだだけなんでしょう?」「……はい」「だったら、今から心配しすぎなくてもいいと思うよ」「……そうですね」香子は小さく息を吐いた。翌日。青葉美術アカデミーでは、いつもどおり授業が行われていた。香子は新しいキャンバスを前に、次の作品の下描きを始めていた。「鷹宮さん、今度は何を描くの?」小野寺が尋ねた。「……今度は、海を描いてみようと思っているんです」「海?」「はい。子供の頃、お祖父様とお祖母様に連れていってい