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第3話

Author: 青の波
指先が止まり、胸の奥が急速に冷えていった。

いつまでたっても返事が来ないことで、啓介もようやく異変に気づいたらしい。

【もういい。夜中に店を捜しに行くのも大変だし、先に帰る】

私は目元の涙を拭い、波立つ気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと返信した。

【分かった。帰ってくるのを待ってる。さっきの話の続きをしよう】

30分後、玄関の鍵が回り、啓介が帰ってきた。

だが、その後ろには朱里が立っていた。

靴を脱ぎながら、啓介は何でもないことのように説明した。

「こんな時間では開いている店も少ないし、篠原は仕事で夕食も取れていない。うちでラーメンを作って、少し食べてもらうことにした」

そんな説明で、納得できるはずがない。

けれど啓介は、それ以上説明する必要などないとでもいうように、そのままキッチンへ入っていった。

リビングには、朱里と私だけが残された。

先に沈黙を破ったのは朱里だった。

「神谷本部長って、仕事ではあんなに厳しいのに、プライベートでは本当に気が利くんですね。料理までなさるなんて意外でした」

相手をする気になれず、私は軽くうなずいただけだった。

それでも朱里は話し続けた。

「本部長には、いつも助けていただいているんです。この前、私がプロジェクトの数字を間違えたときも、皆が責任を問おうとする中で、本部長だけはご自分が責任を引き受けてくださって。修正作業も、最後までそばで見てくださいました。出張のときに飛行機に間に合わなくなりそうだったときも、わざわざ仕事を調整して、別の便を手配してくださったんですよ」

どちらも耳にしたことはあった。だが、本人の口から聞かされると、一言一言が胸に刺さった。

それでも顔には出さず、黙って聞いていた。

私があまりに平静なので、朱里の目に戸惑いがよぎった。

このまま終わらせるつもりはないらしい。次に口を開いたときには、あからさまな挑発がにじんでいた。

「この前、急ぎの案件で残業したときは、フロアに本部長と私しかいなかったんです。夜になって急に冷え込んだら、本部長が風邪をひかないようにって、ご自分のブランケットを掛けてくださって。本部長はそのまま一晩中、何も掛けずに仕事をなさったんです」

胸が重く沈んだ。

「あのとき思いました。もし神谷本部長が私の恋人だったら、迷わずその場で結婚してほしいって言うのに、って」

言い終えたところへ、啓介が二杯のラーメンを運んできた。朱里の言葉は、彼の耳にもしっかり届いていた。

足を止めた啓介の表情が険しくなる。

「篠原、それ以上はやめてくれ」

声には、はっきりとした不快感があった。

自分でも、朱里の発言が一線を越えていると分かったのだろう。

啓介は私を見て何か説明しようとした。

けれど私は先に視線を外し、静かに話を切った。

「冷める前に食べよう」

啓介は何の感情も浮かばない私の横顔を見つめたまま、言いかけた言葉をのみ込んだ。

そして、感情を抑えた声で言った。

「夕食をほとんど食べてないだろう。栞の分も作った。温かいうちに食べてくれ」

食卓に並んだ二つの器には、どちらにも同じように半熟卵が一つずつ載っていた。

食事のあいだ、啓介と朱里は自然に仕事の話を始めた。

複雑な社内事情、案件の進捗、今後の計画。啓介が私に話したことのない内容ばかりだった。

そして朱里が生き生きと話すたび、彼はその能力を心から評価していることを、隠そうともせず目に浮かべていた。

私は傍らに座り、箸で卵を何度も裏返していた。

一口も食べられなかった。

二人の仕事の話が終わり、リビングがすっかり静かになってから、啓介はようやく私に向き直った。

「あの日は、オフィスの暖房が故障していた。それに篠原はちょうど生理で、体調も悪かった。上司として、少し気を配るのは当然だ」

そこで一度言葉を切り、付け加えた。

「誤解するなよ」

「誤解なんてしてない」

啓介はまた眉を寄せた。私の返事が気に入らないらしい。

しばらく考えた末、彼は言った。

「もう遅いから、篠原を送ってくる。こんな時間に女性を一人で帰らせるのは危ない。話は戻ってから聞く」

危ない?

私だって、深夜まで残業した日は何度も、迎えに来てほしいと頼んだことがある。

けれど啓介は、そのたびに公私を分けるためだと言い、私をいつも一人で帰らせた。

私は静かにうなずいた。

「分かった」

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