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第3話

Author: 二つの愛
「中島さんが山で遭難したら大変だもんね。だから、あなたを責めるつもりなんかないよ」

圭佑は唇をきゅっと結ぶ。両手も置き所に困ったようにぶらぶらさせていた。

「お腹は空いてる?お前が一番好きなレストランを予約してあるから、食べに行こう」

「私はやめておくよ」私は首を振った。「ちょっと疲れたから。

それに、実を言うとあのレストラン苦手だったの。

庶民の私には、敷居が高すぎて……落ち着いて食べれなかったんだ」

圭佑の上辺だけの気遣いは、もうたくさんだった。

それに、あの高級レストランが好きなのは私ではなく、加奈子なのだ。

自由気ままに旅をして、小粋な生活を楽しむ加奈子。

圭佑やその仲間たちにとって、私はずっと、連れて歩くのも恥ずかしい、品のない女でしかなかった。

背伸びして取り繕っているだけのくせに、圭佑にしがみついて必死にのし上がろうとしている、寄生虫みたいな女だと。

圭佑が自身がそう言っていたわけではないが、彼の友人たちが私の陰口を言っていた時でも、圭佑は一度もかばってはくれなかった。

躊躇いながら、圭佑が口を開く。

「仕事が忙しくて、お前のことまで気が回らなかったんだ」

それに、加奈子は来期の会社のデザインを担当することになっていたから、あいつと山へ行ったのも撮影のためなんだよ。

お前には分からないだろうけど、別に責めるつもりもない。だからそんなに気にするな」

圭佑は私に加奈子との関係を疑われることをとても恐れていた。

彼の中の加奈子は、一切汚れのない、純粋で崇高な存在だったから。

たとえ、過去に裏切られたという事実があっても、加奈子には止むを得ない事情があったと圭佑は信じて疑わない。

加奈子が『愛人』などあり得ないのだ。

何故なら、加奈子が『愛人』などという、低俗なものになっていいはずがないのだから。

私は適当に頷く。「分かった。会社に行かなくていいの?忙しいんでしょ?」

そんな私の態度を見て、圭佑は少し腹を立てたようだった。

「楓、少しは俺の気持ちを考えてくれてもいいんじゃないか?俺が毎日毎日、誰のために必死で働いていると思ってるんだ?

お前が少しでも俺を助けてくれていたら、こんなことにだってならなかったのに」

私は淡々と言った。「大丈夫。もうそんな必要はないから」

前に相談した弁護士から連絡が入り、面談の予約が取れたところだった私は、圭佑に背を向け、着替えるために部屋へ戻ろうとした。

「おい、待て。たったこれだけのことで、そんな不貞腐れるのか?嫁としてありえないぞ」

この人は、一体いつの時代を生きているのだろう。嫁、嫁、嫁……亭主関白にも程があるというのに。

圭佑は追いかけようとしたみたいだが、昨晩自分が怒りで割ったガラスの破片に足を取られている。

この8年間、毎日私に冷たく当たってきたのは、紛れもなく圭佑だった。

私は圭佑に構わず着替えを済ませると、家を出た。

離婚協議書の件を弁護士と終えた直後、圭佑からメッセージが届いた。

【母さんがお前に会いたいと言っているから、早く本家にこい】

圭佑のことはもうどうでもよかったが、彼の母親である村田優香(むらた ゆうか)だけは別だった。なぜなら、本当の母親のように、私を愛してくれた人だったから。

それに、私のせいで優香を傷つけたくなかった。

タクシーを飛ばして村田家の本家に向かった。玄関を抜けると、すぐさま笑い声が聞こえてきた。

「本当しつこいよね。お兄ちゃんがスマホで一言送っただけで、のこのこやって来るんだからさ」

圭佑の妹である村田杏奈(むらた あんな)がソファに座りながら、加奈子に体を密着させて言う。

「楓さんは体を武器にして、無理やりお兄ちゃんと結婚したんでしょ?

でも、加奈子さんが帰ってきてくれたから、もうそんなことどうだっていい。だって、私が認めるのは、加奈子さんだけなんだから」

加奈子はくすりと笑うと、横目で私を見ながら言った。「杏奈ちゃん、そんなこと言っちゃ失礼でしょ?楓さんの育ちじゃ、きっと強引な手段しか知らないんだから」

やはり……全ての人がそう思っていたのか。私が圭佑に媚びて、結婚に漕ぎ着けたと、誰もが信じて疑わない。

そして、私なんか圭佑に釣り合わないと皆が思っているし、言わないだけで、加奈子こそが圭佑の妻であるべきだと感じている。

私のようなどこの馬の骨とも知れない女なんて、同じ席で食事する価値すらない……そんな扱いだった。

「杏奈、謝って」

杏奈は鼻で笑う。「なんであなたなんかに謝らなきゃいけないの?」

「それならそれでいいよ」私はスマホを掲げた。「録音、お母さんに聞かせるだけから」

杏奈と加奈子の顔色がサッと変わった。

優香はもともと穏やかで情のある人だが、圭佑を裏切った加奈子のことだけは、誰よりも嫌っている。

そんな状況で、杏奈たちの心無い発言を知れば、必ず厳しく問い詰めるはずだった。

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