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第3話

Author: 九月の楓
「ようやくわかったか?」

一彦は、まるで「だから言ったのに」と言いたげな様子で、私を見て冷ややかに言った。「時には諦めるのも、賢い選択ってものだよ」

私はただ納得して頷いた。「ええ。そうね、引き際かもしれない」

彼は私の態度に満足したのか、珍しく褒めてくれた。「最初からずっとそうやって素直だったら、よかったのにな」

支払いを済ませて、店を出た。

街灯の下、雪がひらひらと舞い落ちてくる。

私と遥が並んで立つと、一彦は彼女の前に回って風よけになった。

鋭い冬の風が、まるで刃物のように頬を切り裂く。

寒さで体がガタガタと震えた。

一彦は遥のコートのボタンを丁寧に留めると、こちらを振り返った。

自分のマフラーを外して私に巻くと、彼は言った。「もう遅いし、遥が一人で夜道を歩くのは危ないから、送っていくよ。栞は帰ったらさっさと休んで。俺を待たなくていい」

遥の家とは反対方向だが、距離はそこまで変わらない。

私は立ち止まり、彼を呼んだ。

「一彦……」

彼は遥の手を取り、階段を下りていった。

私の声は、容赦なく吹き荒れる風に飲み込まれた。

路面は凍りつき、非常に滑りやすくなっている。

1キロほどの距離では、配車アプリのタクシーも捕まらない。

あれこれと考えた末、歩いて帰ることにした。

1キロくらい、なんとかなるはずだ。

だが、吹雪と猛烈な向かい風、さらに氷のような路面の状況では、それはとてつもない苦行だった。

雪で髪は濡れ、風に晒された顔はヒリヒリと痛む。

滑っては転び、起き上がってはまた滑り、の繰り返しだ。

手も体も打ち所が悪く、痛みが広がっていく。

ボロボロになりながら、ようやくマンションの敷地内に入った。

ゲートをくぐった途端、足が滑ってまた派手に転んだ。

息を整えて、なんとか立ち上がろうとした時、スマホが鳴った。

画面を見ると、一彦からだ。

「栞か?道がひどくてさ。遥が転びそうになるたびに、支えてなきゃいけなくて大変なんだ」

胸がツンとして、涙がこみ上げてきた。

「遥が帰らないって決めたから、ホテルに泊まることにした。女の子一人で泊まるのは心配だろ?そういうことだから、先に寝てて」

「一彦、髪を乾かすから、手伝って」

電話の向こうから、遥の声が聞こえた。

「一彦」私は声を絞り出すのがやっとだった。

店先では言えなかったことを、つい聞いてしまった。

「私だって女の子よ。あなたの恋人でもあるのよ。滑りやすい道を一人で歩かせることは、少しも心配じゃなかったの?」

応えるのは、冷たい風の音だけだった。

遥に呼ばれた彼は、私の言葉を遮って、そのまま通話を切った。

私は雪の上に両手をつき、流れる涙が雪に小さな水たまりを作っていくのをただ見ていた。

スマホが再び震えた。

母からだった。

「栞、明日、彼氏さんと来るんでしょ?何か食べたいものある?私、早めに買いに行こうかと思って」

口を必死に押さえ、嗚咽を漏らさないように耐えた。

「栞?」

少し時間を置いて、声を取り繕った。

「母さん、もう来ないよ」

……

実家の食卓で、私は両親に、S国へ海外出張することになったと伝えた。

その言葉を聞いて、両親はそろって目を丸くした。

少しして、落ち着きを取り戻し、聞いてきた。

「そんなに急に?」

実はそうでもない。半年前、新規プロジェクトが立ち上がった時点で、私が現地の責任者候補として最有力だったのだ。

すべて一彦のために、ずっと断り続けていただけだった。

「どのくらい?」

「3年」

部屋の中に数秒間、重苦しい沈黙が流れた。

母が心配そうに私を見て言う。「栞、彼氏が納得してないから来なかったの?喧嘩でもしたの?」

父は眉をひそめ、小さくため息をついた。「そりゃそうだな。女の子一人で外国に行かせて、3年も放っておくなんて、きっと不安で堪らないだろう」

一彦は遥が一人で夜道を歩いたり、一人でホテルに泊まることには不安を感じる。

でも、私のことに関しては、1秒だって心配に思ったりはしないのだ。

また一彦から着信が入る。

しばらく迷った末に、電話に出た。

「どこにいる?」

「実家だけど」

数秒ほど沈黙があった。

「一緒に行くって約束しただろ?」

時間を確認する。午前8時に出発する約束だった。

それがもう11時だ。彼は今になって、ようやく私との約束を思い出したのだ。

「遥が風邪引いちゃってさ。病院連れて行って点滴をして、ご飯を食べさせて……すっかり時間忘れちまってたんだ。

両親には詫びといてくれ。お正月に改めてちゃんと挨拶に行くから」

「わかった」

電話が切れると同時に、遥のSNSが更新されたという通知が届いた。

何も書かれておらず、写真が一枚だけ載っていた。

遥の両親がソファに座り、その後ろから一彦と遥が、両親の肩に身を寄せるようにして写っている。

まるで本物の家族のようだった。

投稿してすぐに、何件かコメントがついた。

【家族写真?】

【二人は復縁したの?】

【栞ちゃん、見たら泣いちゃうんじゃない……】

私は泣かなかった。胸に手を当ててみたけれど、痛みすらもう感じなかった。

再びスマホが短く震え、社長から、明後日の早朝に出発するフライト情報が送られてきた。

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