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第23話

Author: 冷凍梨
4人がまた一箇所に集まった。

葵は興味津々な顔をして、私の名札を見つめていた。そしてにこにこしながら言った。「水辺先輩は麻酔科に勤めることになりましたのね。これから会う機会も多くなりそうです」

麻酔科と脳神経外科は同じく5階にあるが、それぞれ2号棟と1号棟にあるのだ。その上、この2科は普段深く繋がりがあって、会う機会は他の科と比べて、確かに多そうだ。

こんなところで会うのは不本意だけど。

「仕事の初日、水辺先輩は慣れてきました?」

私があまり喋らないから配慮してくれたか、葵は自ら喋り出した。

「ねえねえ、聞いてください。診療科の場所、私は2回も間違えましたよ。八雲先輩がいてくれてよかった。でないと、今日は絶対に恥を晒しちゃうわ」

そう言って、その可愛い女の子はぺろっと舌を出して、また尊敬な目で八雲に視線を向けた。明らかに甘えるために言ったことだ。

私は手を握って、何か適当な理由でこの場から逃げようとしたが、隣りにいる浩賢がいきなり口を開いた。

「水辺先生は迷子にならないと思うよ。方向感覚の......バケモンだから」

その言葉を聞いた私と葵は、2人とも驚いて、表情が固まった。葵はそのきゅるんとした目をパチパチさせて、気になるような口調でと聞いた。「藤原先生はなんで知ってるんですか?」

浩賢の表情も固まった。そして私のほうに目を向けて、その目から、一瞬だけの緊張と、気まずさが見えた。

それは、私たちが初めて会った時のことを思い出したからだと思う。

たぶん私が八雲と結婚してから2年目のことだ。当時、八雲が私に対する態度は急に冷たくなって、私たちが会う回数もどんどん減っていった。私は不快を感じたが、諦めずに毎日ご飯を届けに来続けていた。

とある日、八雲に電話してもずっと繋がらなかった。焦り始めた私は、勝手に5階に上がった。

まだ脳神経外科の入り口にも着いていないのに、八雲にかけた電話がやっと繋がった。しかし出た人は、浩賢だった。

浩賢は八雲がまだ手術室にいると伝えてくれた。そして、「何か急ぎの用事があるのか?」と聞いた。

私はあの日、佐々木教授との待ち合わせもあるので、迷った結果、浩賢に代わりに弁当を届けるよう頼んだ。

でも東市協和病院は広いし、私も5階に上がってきたのは初めてだったし、2号棟とか1号棟とかは知らなかった。あっちこっち探
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