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第3話

Author: 七瀧

「放っておけ。どうせ車の中で眠りこけてるのよ。

あの子は昔から生意気で、いつも意地を張ってるから」

父は冷えたビールをあおりながら言った。

「ワガママに育てすぎたんだ。あとで食べ残しのハンバーガーでも持ち帰ってやれば十分だろ。

一回痛い目を遭わせて空腹の辛さを味わえば、ありがたみが分かるというものだ」

陽斗がくすくすと笑った。

「お姉さん、ずっと出てこなければいいのに。そうすればお父さんもお母さんも、僕だけを愛してくれるでしょ?」

母は怒るどころか、愛おしそうに陽斗の頬をつねった。

「まあ、可愛いこと言っちゃって。

お母さんはもちろん、陽斗のことが一番好きよ」

父もヘラヘラと調子を合わせた。

「そうだ。あんな出来損ない、どうせ将来は他人の家へ嫁ぐんだ。この家のものは全部陽斗のものだからな」

3人の頭上に漂いながらその会話を聞いていたけれど、私の心にはもう何の波風も立たなかった。

だって私は死んだのだ。もう傷つくこともない。

テーブルの上の食べ散らかしを見つめていると、母が店員を呼びつけて持ち帰り用の袋を要求した。

「この食べかけのハンバーガー、包んでちょうだい」

店員は半分ほど残ったハンバーガーに視線を落とし、戸惑いがちに言った。

「お客様、こちらはすっかり冷めておりますし、それに……」

「包めって言ったら包みなさいよ!」

母は不機嫌そうに言葉を遮った。

「犬に食わせるかもしれないでしょ!」

犬に食わせる。

ああ、母の頭の中では、私は犬以下の存在だったのだ。

持ち帰り用の袋を手にしてレストランを出ると、外は相変わらず猛暑で、ねっとりとした熱風が襲いかかってきた。

父が忌々しそうに吐き捨てる。

「クソ暑いな。こんな日はクーラーの効いた部屋から出ないに限る」

午後の遊園地は、さらに混雑を増していた。

陽斗がお土産を買ってとねだり、3人はおもちゃ屋へ入っていく。

陽斗の目が留まったのは、大きなロボット玩具だった。値札には「6万円」と書かれている。

さすがに母も躊躇した。

「陽斗、これは高すぎるわ。もっと小さいのにしましょう」

「やだやだ!これがいいの!買ってくれないなら絶対起き上がらない!」

陽斗はすぐさま床にひっくり返り、ジタバタと駄々をこね始めた。

周囲の客が一斉に白い目を向ける。世間体を気にした父は、慌てて陽斗を引き起こした。

「買う! 買ってやるから立て!」

父はスマホを取り出して決済画面をかざし、眉ひとつ動かさずに支払いを済ませた。

そのロボット玩具を見つめながら、私は自分の大学の学費のことを思い出していた。

昨日、私は泣きつくようにして初年度の学費を出してほしいと頼んだのだ。

父は私を蹴り飛ばし、床に突っ伏させた。

「10万円だと!? 俺をATMか何かと勘違いしてんのか!

女が専門学校で十分だろうが! なにが難関大学に行くのだ!

学費なんて自分でバイトして稼げ。俺からは一円足りとも出さんからな!」

それなのに今、父は陽斗の玩具のために6万円の金を、眉ひとつ動かさずにはたいたのだ。

ああ、これが私の素晴らしい父親だ。

玩具を手にすると、今度はパレードが見たいと陽斗が騒ぎ出した。

3人は人混みをかき分けて最前列に陣取ると、父は陽斗を肩車し、母は隣でパタパタと団扇で仰いでいた。

「陽斗、よく見える?」

「うん! ばっちり見えてるよ!」

パレードのフロートに乗ったパフォーマーが色とりどりの水を撒き散らし、彼らの顔を濡らす。

3人は弾けるような笑顔を見せていた。

時間が一分一秒と過ぎていき、やがて太陽が西の空へ傾くと、気象の熱気もわずかに和らいでいった。

けれど、車内に取り残された私にとって、そんなことはもう何の意味もなさない。

酷暑の車内で、私の遺体は腐敗を始め、酷い悪臭を放ち始めていた。

夜の8時、遊園地の花火が打ち上がり終えると、訪れていた客たちがゾロゾロと帰り始めた。

両親は陽斗の手を引き、満足げに駐車場へと歩を進める。

「今日はすっごく楽しかった!」

大きなロボット玩具を抱きしめながら、陽斗が言った。

「でもちょっと疲れちゃった」

「車に乗ったら家までぐっすり寝ていいぞ」

父が優しくその頭を撫でる。

母は冷め切ったハンバーガーの袋を揺らしながら呟いた。

「それにしても、あの子、車の中で蒸し焼きになって死んでなきゃいいけど。

丸一日なんの音沙汰もないじゃない」

「フン、しぶとい命をしてるさ」

父が鼻で笑う。

「どうせ後部座席でスマホでも弄ってるんだろ。車に着いたらきっちり説教してやる」

3人は、あの黒い車へと一歩一歩近づいていく。

私もふわふわと彼らのあとに続いて漂っていった。

さあ、最高のショーの始まりだ。

あの3人がどんな顔をするのか、見届けてやろう。

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