Mag-log in10歳のとき、両親が離婚した。私・白井安奈(しらい あんな)は母の負担になりたくなくて、父と兄たちと一緒に国内で暮らすことを選んだ。 父は私をお姫様のように大切にし、兄たちは何でも私の言うことを聞いてくれた。まるで世界中のすべてを私の前に差し出そうとしているかのようだった。 けれど、父が再婚し、家に義妹が一人増えたその日から、すべてが変わった。 彼女は愛嬌があって、人懐っこくて、あっという間に家族みんなの愛情を独占した。 父が半年もかけて私のために作ってくれた夢のように可愛らしい部屋は、彼女専用の部屋になった。 長兄の白井翔(しらい しょう)が毎日のように買って帰ってきてくれたイチゴのケーキは、彼女の好きなマンゴープリンに変わった。 それどころか、次兄の白井弘(しらい ひろむ)が何より大切にしていたゲーム機まで、彼女の手に渡った。 そして、私が丸1年ずっと心待ちにしていた大学の推薦枠まで林清音(はやし きよね)に押し付けられたとき、私はとうとう我慢できずに問い詰めた。 父は私の肩を押さえつけ、重々しい口調で言った。 「お前は姉なんだから、妹には少し譲ってやりなさい」 翔は私の手首をきつく掴み、叱りつけるように言った。 「たかが大学の入学推薦枠で、そこまで騒ぐな。こんなことが外に知れたら、うちがどう思われると思ってる?」 弘は眉をひそめ、一歩後ずさった。 「もういいだろ。あの子だって、あんなに可哀想なんだから」 私は、目を赤くした清音をみんなが取り囲み、口々に慰めている姿を見つめていた。 胸の奥が、少しずつ、少しずつ冷え切っていった。 私は何も言わずに自分の部屋へ戻った。 そして、ずっとしまってあった、これまで一度もかけたことのない番号を取り出し、通話ボタンを押した。 「母さん……前に言ってた、海外留学の話……私、行くことにした」
view more「安奈ちゃん、見ただろう?俺たちがお前を守る。もう二度と誰にも傷つけさせない。だから、一緒に帰ろう」私は血の流れている翔の手を見つめた。それでも、心は少しも動かなかった。昔もそうだった。彼らはいつだって、私を傷つけたあとになってから、埋め合わせようとした。でも、もう遅い。「もう、いい」私はもう一度、同じ言葉を口にした。今度は、先ほどよりもはっきりとした声で。「私はもう、昔みたいにあなたたちに愛されるのを待っている安奈じゃない。ここには私自身のデザインスタジオがある。私を大切にしてくれる友達もいる。私が望んだ人生を、私はここで生きてる。だから、もう帰る必要もない。あなたたちに償ってもらう必要もない」弘は焦りで目を赤くした。「安奈ちゃん、まだ俺たちを恨んでるのか?俺を殴ってもいい、罵ってもいい。だから、俺たちを捨てないでくれよ……」私は彼を見つめた。声には、何の感情もなかった。「恨んでるかどうかなんて、もうどうでもいい。昔は確かに、あなたたちを恨んだ。どうして私より清音を優先するのって。何も知らないくせに、どうして私ばかり一方的に責めるのって。私がずっと楽しみにしていたものを、どうして全部壊すのって。でも今は、もう恨みたくない。だって、あなたたちはもう、私にとって大切な存在じゃないから」父の身体がふらついた。顔は紙のように真っ白だ。「大切じゃ……ない……」父は呟くように、その言葉を繰り返した。目に宿っていた光が、少しずつ消えていく。私は父の目を見つめ、口元をわずかに歪めた。「私が10歳のとき、あなたたちは離婚した。私は父さんについていくことを選んだ。あのときは、父さんについていけば、私はずっと父さんのお姫様でいられると思ってた。最初は、本当にそうだった。寝る前には絵本を読んでくれた。取締役会にも連れて行ってくれた。世界で一番いいものを、何でも私のために用意してくれた。でも、清音が来てから、全部変わった。私の部屋は彼女に明け渡された。私が好きだったイチゴのケーキは彼女の好きなものに変わった。1年間ずっと楽しみにしていた推薦枠だって、あなたたちは簡単に彼女に譲った。私が頭をドア枠にぶつけたとき、あなたたちは全員、彼女を庇って私を悪者にした。私が炎天下で倒れたときだ
手にしていた画筆が、ふと止まった。胸の奥が、ドクンと嫌な音を立てた。何かよくないことが起きる――そんな予感がした。外へ出てみると、スタジオの前に3人の男が立っていた。父は髪の半分以上が白くなり、背中もすっかり丸くなっていた。もう昔のような、堂々として自信に満ちた姿ではない。翔はきちんと仕立てられたスーツを着ていたが、その顔には隠しきれない疲労が滲んでいた。目の下には、濃い隈が刻まれている。弘は一番後ろで、落ち着かない様子で手を揉んでいた。私が出てきたのを見ると、その目が一瞬で赤くなった。やっぱり、来たのだ。私は階段の上に立ち、彼らを見下ろした。自分でも驚くほど、心は穏やかだ。まるで、見慣れた他人を眺めているようだ。やはり、最初に口を開いたのは父。声はひどく掠れていた。「安奈ちゃん……」私の名前を呼んだきり、父はそれ以上何も言えなくなった。彼の目は真っ赤だった。翔が一歩前へ出た。押し殺したような声が、かすかに震えている。「安奈ちゃん、俺たちは3年間、お前を探し続けた」弘は目を真っ赤にし、言葉を詰まらせながら必死に訴えた。「安奈ちゃん、兄ちゃんが悪かった。今まで全部、兄ちゃんが間違ってた。だから、一緒に帰ってくれないか?お前が欲しいものなら何でも買ってやる。イチゴのケーキも、ゲーム機も……昔お前が好きだったもの、全部買い直すから……」私は、焦りと後悔を滲ませる彼らの姿を見つめ、静かに首を横に振った。「もう、いい」短い言葉。それなのに、その言葉は重い槌のように、彼らの胸を強く打ち据えた。父の身体がよろめき、翔が慌てて支えた。「安奈ちゃん……父さんが悪かった」父は私を見つめた。その目には、懇願するような光が浮かんでいる。「昔の父さんは愚かだった。人の言葉を鵜呑みにして、お前に辛い思いをさせた。だから、父さんと一緒に帰ってくれ。これからは何でもお前の言う通りにする。白井家のすべてをお前に渡してもいい。だから……頼む」「私はここで幸せに暮らしてる」私は淡々と言った。「もう、戻るつもりはない」弘が焦ったように一歩前へ出る。「どうして幸せなんだよ?ここは何もかも知らない土地だろ。1人の女の子が、どれだけ大変か……家に帰れば使用人だっているし、俺たち
私は枕に背を預けたまま、淡々と口を開いた。「私は母さんと一緒に行く」退院したその日、母はそのまま私を連れて家に戻り、荷物をまとめ始めた。父と兄たちも後ろについてきて、何度も私を引き止めようとした。父は、清音を今すぐ家から追い出し、推薦枠も私に返すと言った。これからは今までの倍、私に償うから、どうか行かないでくれと。翔は、二度と人の言葉を鵜呑みにして私を疑ったりしない、これからはちゃんと私を守る、私が欲しいものなら何でも与えると誓った。弘はもっと必死だった。以前私に買うと約束していたゲーム機も、フィギュアも、コンサートのチケットも、全部買い直していた。泣きながら、これからは何でも私の言うことを聞く、二度と私を悲しませないと約束した。彼らはたくさんのことを言った。何度も繰り返されるのは、謝罪と約束ばかりだった。けれど私は、ただ黙々と自分の荷物をまとめていた。「もう、いらない」スーツケースを閉め、私は彼らを見た。「推薦枠も、もういらない。海外で勉強するのも、悪くないと思ってる。それに、あの頃好きだったものも、もう必要ない。昔は好きだったから欲しかったんじゃない。あなたたちが私のことを大切に思ってくれている、その気持ちが嬉しかったから欲しかったの。今はその気持ちがなくなった。だったら、物だけ残っていても意味がないから」その日のうちに、清音は父によって家から追い出された。彼女名義のカードはすべて停止され、これまで与えていたものも、すべて取り上げられた。彼女は一度、家まで押しかけてきた。けれど翔は警備員を呼び、そのまま彼女を外へ連れ出させた。ほどなくして、彼女のこれまでの行いは社交界にも広まり、その評判は完全に地に落ちた。でも、そんなことはもう、私にはどうでもよかった。1週間後、母と私は海外行きの飛行機に乗った。窓の外に広がる街が、少しずつ小さくなっていく。目には涙が滲んだ。それでも心には、ようやく解放されたような軽さがあった。ここは、十数年間、私がたくさんの愛情を受けた場所。そして同時に、全身に傷を刻まれた場所でもある。それも、今日で終わり。すべてが終わったのだ。……母はすでに学校を手配してくれた。以前、雑誌で見たことがある、世界でも有数のデザイン学院だ
母だ。目を開けようとしたけれど、まぶたは鉛でも入っているかのように重かった。ぼんやりと、誰かが私を抱きしめているのを感じた。何度も私の名前を呼ぶ声。その声には、泣き出しそうな響きが混じっている。「安奈ちゃん、怖くないからね。母さんが来たから」混乱した意識の中で、父の慌てふためく声と、兄たちの驚きの気配が聞こえた。次に目を覚ましたとき、私はもう病院のベッドに横たわっていた。鼻をつくのは消毒液の匂い。後頭部はまだ鈍く痛み、手には点滴の針が刺さっていた。母がベッドのそばに座っていた。目はウサギのように真っ赤になっている。私が目を覚ましたのを見ると、すぐに身をかがめ、優しい声で尋ねた。「安奈ちゃん、目が覚めた?どこか痛いところはない?」私は首を横に振った。喉が乾いて、声を出すだけでも痛かった。「母さん……」母は私の額を撫でると、さらに目を赤くした。「何ともなくてよかった。本当によかった。先生が言うには、軽い脳震盪と、暑さによる脱水症状で気を失ったんだって。この子ったら……どうしてそんなに馬鹿なの。あの人たちと張り合って、何になるの?」私は口元をわずかに引き上げただけで、何も言わなかった。病室のドアが開いた。父と翔、弘が入口に立っていた。3人とも、浮かない顔をしている。父の腕の傷は簡単に手当てされただけで、まだ血が滲んでいた。翔は眉間に深い皺を寄せ、目には複雑な色が浮かんでいる。弘は一番後ろに立ち、気まずそうに視線を逸らして、私を見ようとしなかった。その後ろには、清音が俯き、今にも泣き出しそうな顔で立っていた。彼女が病室に入ろうとした瞬間、母が鋭く制した。「あなたは入らないで。私たち家族のことに、部外者が口を挟む資格はないわ」清音の足が止まった。そして、縋るように父を見た。以前の父なら、すぐに彼女を庇っていただろう。けれど今回は、父は何か言おうと口を開いただけで、結局何も言わなかった。後になって知った。私が倒れて病院へ運ばれている途中、翔のスマホに匿名のメッセージが届いたのだという。そこには、大量のチャット履歴のスクリーンショットが添付されていた。すべて、清音と友人とのやり取りだった。私を「偽のお嬢様」だとネットで故意に吹聴したこと。