LOGIN気温が40度に達する真夏の中、私・佐伯美奈(さえき みな)は酷い風邪で高熱を出していた。 それなのに両親は、弟である佐伯陽斗(さえき はると)の荷物持ちをさせるため、私を無理やり遊園地へ連れ出した。 車を降りるなり、陽斗がアイスを食べたいと駄々をこねた。 両親は陽斗を甘やかすように抱きかかえてそそくさと立ち去り、私はロックされた車内に一人置き去りにされた。 うだるような熱気に目を覚ました私は、助けを求めて必死に車の窓を叩いた。 ガラス越しに、母がふと振り返るのが見えた。 母は父に向かって「あの子ったら、どうせ車の中でエアコンに当たっていたくて降りてこないんでしょ」と言っていた。 車内の温度は70度近くまで跳ね上がっていた。 薄れゆく意識のなか、最後に目にしたのは、アイスを手にした陽斗が私に向かってあっかんべーをしている姿だった。 私の魂が体を離れ、車外へと揺らめき出ていく。 お父さん、お母さん。これでようやく、私を目障りに思わずにすむね。
View More夜になると、苦しみが始まった。母は耳元で、誰かの声が聞こえるのだという、ずっと怯えていた。「お母さん、暑いよ……助けて……」それは私の声ではない。彼女自身の罪悪感と狂気が、彼女を苛んでいるのだ。母はベッドから跳ね起きると、裸足のまま部屋中を駆け回り、すべての窓を押し開け、エアコンの設定温度を16度に下げ、扇風機を自分に向けて強く風を当てた。髪をぐしゃぐしゃに乱しながら、母はガタガタと震えつつ叫び続けていた。「美奈、もう暑くないわよね?お母さんが冷たい風をいっぱい当ててあげるから……いっぱい冷やしてあげるからね……」それどころか、母は冷蔵庫から冷凍肉を取り出し、ベッドの上に氷をぶちまけると、溶けた氷水の中で歯をガチガチと鳴らしながらゴロゴロのたうち回った。一時的に預かっていた町内会のおばさんに連れられて帰ってきた陽斗がドアを開けると、氷水の中で這い回る母親の姿を見ると、驚きのあまり、その場に尻餅をついた。「キチガイだ!お母さんが頭おかしくなっちゃった!」陽斗は部屋に逃げ込むと、タンスをドアに押し付けて閉じこもり、ガタガタと震えていた。息子の泣き叫ぶ声を聞いた母は、濁った瞳をすっと彼に向けた。突然ドアを力任せに突き破ると、陽斗の襟首をひっ掴んで首ねっこを持ち上げた。「あんたのせいよ!あんたがアイスなんか食べたいなんて言ったから!」その声は耳をつんざくほど鋭く、かつての溺愛の面影など微塵もなかった。「あんたが美奈を殺したのよ!あんたが!」母は目がひどい赤になって陽斗の首を力入れてしめ上げてる、その姿は悪鬼そのものだった。陽斗の顔色は青くなり、足をジタバタと暴れさせながら、ヒューヒューと喉を鳴らしていた。買い出しから戻った町内会のおばさんは、その光景を目にして買い出し袋を落とした。悲鳴を上げて駆け寄ると、必死で母の指を解こうとした。「真理子さん、狂ったの!?やめなさい!人が死んじゃうわ!」おばさんは必死の思いで二人を引き離した。床に崩れ落ちた陽斗は股間を酷く濡らし、這うようにしてその家から逃げ出した。二度と戻ってくることはなかった。彼は路上でホームレス同然の生活を始めた。お腹が空けば食堂の裏口のゴミ箱をあさり、野良猫と腐った飯を奪い合った。学校でも、誰も彼に近づこうとはし
「お父さんとお母さんが言ってたもん。お姉さんはお金を食いつぶすだけの存在だって。お姉さんが死んだら、家のお金は全部僕のものになるんだ。もうテレビのチャンネル争いもしなくていいし」女性警察官は、8歳の子供の口から飛び出した言葉に絶句した。「……そんなこと、誰に教えてもらったの?」「お父さんとお母さんが、家で毎日言ってるもん」陽斗は得意げに胸を張り、自慢するように語った。「お姉さんが病気になった時、お母さんは『また仮病』だって言ってたし。お姉さんがテストで一番を取った時も、お父さんは『女が勉強したって意味ない』って言ってたし。両親が愛してるのは、僕だけなんだ」女性警察官は握りしめたペンにギュッと力を込めた。私は空中に漂いながら、その光景を見下ろしていた。これが私の家族、私の血のつながった肉親だ。さあ、報いの時間が始まったのだ。……この事件は瞬く間に大手メディアのトップニュースとして報じられた。【18歳の少女、実の親によって車内に閉じ込められ熱中症死】【「姉が死ねば金は僕のもの」8歳男児の発言に衝撃】ネット上の掲示板やSNSは大炎上した。【人の皮をかぶった悪魔だ】【こんな親、死刑にしたって生ぬるい】【弟も生まれついてのモンスターだな】父の個人情報は、ネットのユーザーによって拡散された。勤務先、自宅住所、電話番号に至るまで、あらゆる情報がネットに晒された。世間の激しい怒りを鎮めるため、父が勤めていた会社は即座に解雇の声明を発表した。【当該社員の極めて悪質な行いは我が社の倫理規範に著しく反するものであり、本日付で懲戒解雇処分といたしました】父のスマホには鳴りやまない非難の電話と、「この畜生が」という大量の罵倒メッセージが殺到した。親戚や友人たちもこぞって連絡を遮断し、父のために庇おうとする者は誰一人いなかった。それどころか、祖父母すらもマスコミの取材に対し、こう吐き捨てたのだった。「あんな息子、最初からいなかったと思うことにします」逮捕された父は留置場に収監されたが、そこでも同室の容疑者たちから連日のように激しい暴行を受けた。「自分の実の娘を車の中で死なせ、お前人間じゃねえよ!」体格のいい男たちにトイレへと押し込まれ、頭から冷水を何度も浴びせかけられ
父の顔からは血の気が引き、額からは大粒の冷や汗がポタポタと落ちていた。「お、俺は……電力を節約しようと……」車内を調べていた監察医が外に出てきてマスクを外し、深々と息を吐いた。「田中刑事、酷い惨状です。被害者は生前、極限の高熱と酸素欠乏に晒されていました。爪は剥がれ落ち、指先は血まみれです。頭蓋骨にも激しい打撃痕がありました。車内で少なくとも2時間はもがいていたはずです。熱中症と脱水による、あまりにも残酷な死です」監察医の言葉を聞いて、周囲を取り囲む野次馬たちから息をのむ音が漏れた。「これが実の親のやることかよ!?」「けだもの以下だな!」「死刑にしたって生ぬるいくらいだ!」父は両手で顔を覆い、取り乱して泣き叫んだ。「こんなことになるなんて知らなかったんだ!ただ寝てるだけだと思ってたんだよ……!」田中刑事は父の胸ぐらをがっつりと掴み上げた。「思っていた、だと?防犯カメラの映像はもう押さえてあるんだよ!お前らが車を降りた時、被害者は窓を叩いて助けを求めていた!お前の妻は振り返ってそれを見たのに、お前らはそのまま立ち去ったんだ!車から50メートルも離れていない店でアイスを食っていた時、娘さんがどんな思いで車の中で絶望しながら死を待っていたか、考えたこともないのか!」父は地面にひざまずき、自分の顔を何度も何度も叩いた。「俺が悪かった……本当に俺が悪かったんだ……!」傍らには、抱え込んだロボット玩具を離さない陽斗が立っていた。陽斗は不満そうに口を尖らせた。「警察のおじさん、僕のお父さんを怒らないでよ。お姉さんが死んだからって何さ。どうせ普段からむかつく人だったんだし。こんなに臭くしてさ、マジでキモいんだけど」……その場の誰もが息を呑み、静まり返った。その場の全員が怪物でも見るような目でこの8歳の子供を見つめていた。田中刑事の握りこぶしから、ミチミチと骨の鳴る音が聞こえる。殴り飛ばしたい衝動を力ずくで押し殺した。「署へ連行しろ!」警察署の取調室、白熱灯の刺さるような光が室内を無機質に照らしている。パイプ椅子に腰掛けた父の手首には手錠がかけられ、その姿は一気に10歳も老け込んだかのようだった。田中刑事は、何枚もの写真を取り出すと、テーブル
屋外駐車場は街灯の光が薄暗く照らしている。その隅っこに、あの黒い乗用車がひっそりと停まっている。窓ガラスは蒸気とほこりで曇り、外から車内の様子を窺うことは到底できなかった。父がキーレスエントリーのボタンを押すと、ライトが2回ピカピカと点滅した。父が運転席のドアを引き開けるその瞬間、死体が腐敗した強烈な悪臭が、激しい熱気とともにぶわっと押し寄せてきた。父は思わず大きく後ずさりし、鼻を固く押さえた。「なんだこの臭いは!?クサっ!」後部座席のドアを開けようとしていた母が、不快そうに眉をひそめる。「あの出来損ない、車の中で糞でも漏らしたんじゃないでしょうね?ほんと、どこまで出来の悪い奴なの!」母は苛立たしく後部座席のドアを強く引き開けた。「ちょっと、さっさと降りてこ……」言いかけた言葉が、ぴたりと途切れる。街灯のほの暗い光の中に浮き上がった車内の様子を目にしたからだ。後部座席の足元にあるフロアマットの上に、パンパンに腫れ上がった私の遺体が横たわっていた。皮膚は変色して禍々しい紫色に染まり、カッと見開かれた両眼は大きく飛び出し、口は半開きのままだ。母の手からビニール袋が落ち、中からあの食べかけのハンバーガーが地面へ転がり出た。腰を抜かした母はその場にへたり込み、耳をつんざくような悲鳴を上げた。「あ、あぁーーっ!」その叫び声が、夜の駐車場の静寂を鋭く引き裂いた。父が慌てて駆け寄ってくる。「どうしたんだ!そんな大声を出すな!」母の視線の先を覗き込んだ瞬間、父の全身が金縛りになっている。目を限界まで見開き、ガタガタと唇を震わせる。「な……なんだこれ……」陽斗が興味津々といった様子で覗き込んできた。「お母さん、お姉さんは?」車内をひょいと覗き込むや否や、すぐに鼻を固く押さえた。「うわっ、くっさ!キモーい!お姉さん、怪物になっちゃったの!?」母は体をビクンと引きつけさせると、そのまま気を失い、崩れ落ちた。父は腰が抜け、半狂乱で後ずさった。隣に停まっていた車に激しく衝突し、その場に尻餅をついてハァハァと荒い息を吐き出す。「通報……早く……!」震える手でポケットからスマホを取り出そうとするが、何度も手から滑り落ち、焦るあまりボタンの操作すらままならない。異
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