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第5話
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66回も結婚式を中止したので、私は彼のもとを去ることにした 第8話
再びアンドリューの消息を聞いたのは、それから一年後のことだった。ルーシーがメッセージをくれた。【アンドリューはあなたが国境なき医師団で働いてるって知って、履歴書を送ったみたい】私を探すために。私は自らルーシーに連絡を取った。彼女は私が知らなかったアンドリューのその後を語ってくれた。私がいなくなってから、アンドリューは酒に溺れるようになった。彼は本来なら最も優秀な外科医で、明るい未来があるのに、酒に溺れたせいで病院を辞めさせられた。セレナだけは彼のそばを離れなかった。最初、アンドリューはセレナを激しく拒絶していた。それでもセレナは諦めず、ついには私の服装や髪型を真似しはじめた。その姿にアンドリューはようやく彼女を「そばにいてもいい存在」として受け入れた。ある晩、酔ったアンドリューは、セレナを私と勘違いして抱いた。その日から、二人は付き合うようになった。でもそれは、セレナにとって地獄の始まりだった。アンドリューは、彼女を「アイビーの代わり」としか見ていなかったから。二人は婚姻届を出す約束までしていたが、アンドリューは六十六回も、それを直前でキャンセルした。ついに、セレナは限界を迎え、自殺をちらつかせて結婚を迫った。アンドリューは「またか」と冷たくあしらった。まさか、本当にセレナが命を絶つとは思わなかった。彼女は死ぬ直前、病院に助けを求めていたという。でもアンドリューはそれを無視した。私は、その事実を知った時、心の底からセレナに同情した。私と同じように、66回も彼に裏切られた彼女。でも私は強かった。彼に見切りをつけ、歩き出す勇気を持っていた。ルーシーは最後にまじめな声でこう言った。「こんな話をしたのはね、あなたにアンドリューって人間をちゃんと知ってほしかったから。セレナが亡くなってから三日後、あの男、また国境なき医師団に履歴書送ったのよ。あなたに会いたくて。だから、お願い。もう二度とあいつにほだされないで」でも、私はもう何も感じなかった。アンドリューに対して、愛情も、怒りも、憐れみすらも。彼は私にとって、ただの「知らない人」だった。その後、アンドリューは一度、国境なき医師団の選考で落とされたらしい。飲酒が理由で病院を解雇された医者など、信用される
66回も結婚式を中止したので、私は彼のもとを去ることにした 第7話
アンドリューはまるで狂ったように私を探し始めた。彼は私の友人たち全員に連絡を取り、居場所を尋ね回った。けれど、誰ひとりとして、私の消息を知る者はいなかった。彼は他人の携帯を借りて私に連絡を取ろうとしたが、私の携帯はずっと電源が切られたままだった。その時、アンドリューはようやく気づいた。私は彼から逃れるために、すべての人間関係を断ち切ったのだということを。その頃の彼は、まるで抜け殻だった。眠るためには酒に頼るしかなく、日常は完全に崩れていた。セレナはその隙を狙ってアンドリューに近づこうとした。やたらと世話を焼き、優しい言葉をかけたが、アンドリューはそれらを何度も突き放した。ついには、セレナへの感情が「憎しみ」へと変わっていった。もし彼女が現れなければ、自分はとっくにアイビーと結婚していた。66回も彼女を傷つけることなんてなかった。セレナはアンドリューの冷たさに耐えきれず、ついにヒステリックに叫んだ。「どうして私を責めるの？自分の本音に向き合いたくないだけでしょ？本当にアイビーを愛してたら、なんで私のことを気遣ったの？私のために、なんで何度もアイビーを置いて行ったの？私に優しくするって、誰にも強制されてなかったでしょ？全部、あなただけの選択だったのよ！」その言葉は、アンドリューの心の中でもっとも醜い秘密を突き刺した。彼は確かに私を愛していた。でも、七年の歳月のなかで、その愛は少しずつ「慣れ」になっていた。そんな時、セレナが現れた。若くて、美しくて、孤独で、助けを求めている女の子。彼は自然と惹かれてしまったのだ。セレナの世話を焼くことで、彼は「優しさを与える側」の快感を覚え、それを「同情」と言い訳しながら、自分の心をごまかしていた。「でも自分は浮気していない、セレナを愛していない、一番大事なのはいつだってアイビーだ」そう信じたかった。彼は私と一緒にいる限り、一生忠誠を誓うと神に誓ったのだから。そんな時、セレナがあのカップルネックレスを取り出した。鎖の形のネックレスと、それにぴったり合う鍵の形のネックレス。「アイビーはもうあなたのもとを去ったけど、彼女はこのネックレスを私にくれたの。きっと、私たちのことを祝福してるんじゃない？」アンドリューはそのペアネックレス
66回も結婚式を中止したので、私は彼のもとを去ることにした 第6話
翌朝。アンドリューのスマホが鳴った。まだ酒が抜けきっておらず、ふらつく体を無理やり起こして着信を確認する。だが、表示された名前は私ではなかった。彼は落胆した顔でスマホを放り投げた。けれど、スマホは何度も鳴り続けた。イライラしたアンドリューはようやく電話を取った。すると、受話器の向こうからセレナのか細い声が聞こえた。「アンドリュー、どうしてまだ出勤してないの？8番ベッドのおじいさんにさっきお尻を触られて、すごく怖かったの……」アンドリューは無言でそのまま通話を切った。受話器の向こうのセレナは呆然とした。彼は優しくて、今まで一度も自分の頼みを断ったことがなかったのに。受け入れられないセレナは、さらに何度もアンドリューに電話をかけた。ついに再び電話に出たアンドリューは、苛立ちを隠さずに言い放った。「用があるなら看護師長に言えよ。いちいち俺に頼るな！」ついに、彼の口からセレナへの拒絶の言葉が出た。もし私がこの場にいたら、きっと嬉しくて泣いていたと思う。でももう私はいない。私たちの関係はもう元には戻らない。セレナはアンドリューの弱点を突くように話し出す。「アンドリュー、さっき聞いたんだけど、アイビーは病院を辞めるって噂があるの」その一言で、アンドリューはガバッと立ち上がった。彼は私がただの拗ねから別れを言っただけで、いくらでも取り戻せると思っていた。しかし、あの日、私が上司に辞表を出すのを見ていたのに、彼はそれを軽く受け流していた。だって、私は絶対に離れていかないと、彼は思い込んでいたから。彼は慌てて車を走らせ、病院に向かい、私の上司に確認した。そして、私の退職が事実であることを知った瞬間、彼はその場に立っていられないほどの衝撃を受けた。「アイビー……本当に、俺のもとから……行ってしまったんだ……」セレナはすかさず近づいてきて、彼を慰めるように言った。「アンドリュー、そんなに落ち込まないで。アイビーってほんと子どもっぽいよね」それを聞いた同僚のルーシーが、冷ややかに笑った。「子どもっぽい？アイビーが？違うよ。彼女はあまりにもわかりすぎる女だったんだよ」ルーシーはアンドリューとセレナを真っ直ぐに睨みつけて、嫌悪をにじませた声で言った。「胃が痛くて立
66回も結婚式を中止したので、私は彼のもとを去ることにした 第5話
セレナのために料理をしていたアンドリューは、私からのメッセージを見た瞬間、完全に固まった。七年間付き合って、一度も別れを切り出したことはなかった。それだけ私はこの関係を誰よりも大切にしてきた。彼は私との結婚式を66回もキャンセルしたくせに、今回、私がたった一度、彼との式をキャンセルしただけで、彼は目を潤ませ、狂ったようにメッセージを送り続けた。もちろん、私はすでに彼をブロックしていたから、送られたメッセージは何度も宛先不明で跳ね返されていた。セレナはシャワーを終えて浴室から出てきた。「アンドリュー、なにボーッとしてるの？ステーキ焦げてるよ！私、低血糖なんだから、ちゃんと作ってくれなきゃ困る」アンドリューは何も返さなかった。セレナは不思議そうにキッチンに入ってきて、カウンターの上に置かれた私からの別れのメッセージを見つけた。その瞳に一瞬、確かに喜びの色が浮かんだ。「アイビー、頭おかしいんじゃない？あなたみたいな最高の男と別れるなんて、正気とは思えない」彼女はアンドリューに抱きついて、濡れた髪と小さなキャミソールで、露骨に誘惑を始めた。「アンドリュー、そんなに落ち込まないで。アイビーが悪いんだよ。あなたには私がいるじゃない？もしつらいなら、一緒にお酒でも飲もうよ……」アンドリューは彼女を勢いよく突き放した。その目には、失恋の苛立ちがそのまま現れていた。「やめろ、誘惑するな。お前は孤児で、俺はただ同情してただけだ。俺が本当に愛してるのは、ずっとアイビーだけだ」セレナは言葉を失って、目に涙を浮かべた。「でも……彼女、あなたと別れるって……」「ありえない！」アンドリューはセレナの言葉を遮った。「アイビーが俺と別れるなんて、絶対にない。六十六回も式を中止して、それでも彼女はずっと俺のそばにいた。そんな彼女が、今さら俺を見捨てるはずがない！」彼はそう言いながら、何度も私に電話をかけた。でも、すでに私は電源を切っていた。彼に届くのは、冷たい自動音声だけ。彼は留守電に言葉を残しながら、玄関を飛び出した。「アイビー、今すぐ家に戻る。ちゃんと話し合おう。たとえ俺に何か非があっても、七年の絆を思えば、一度くらいチャンスをくれてもいいだろ？」チャンス。私はもう、彼に66回もチャンスをあ
66回も結婚式を中止したので、私は彼のもとを去ることにした 第4話
アンドリューが言っていたデート、まさか観覧車だった。私は観覧車が大好きで、彼と一緒にこの街を見下ろしながら、頂上でキスすることを何度も夢見てきた。でも彼は高所恐怖症で、一度話したきり、それ以上は望まなかった。まさか、私が去ろうと決めた今になって、その夢を叶えてくれるなんて思わなかった。「アンドリュー、ありがとう」この言葉は本当に心からの感謝だった。けれど次の瞬間、ポップコーンを抱えたセレナが駆け寄ってきた。「わあ、偶然だね！デート中？いいなあ、二人で楽しそう。私なんて一人で来たのに」わざとらしく落ち込んだ声でアンドリューを見上げた。アンドリューは気まずそうに笑いながら言った。「じゃあ、俺たちと一緒に回ろうか」私の笑顔はその場で凍りついた。セレナは私を見て、挑発するように笑った。「ごめんね、デート邪魔しちゃって」アンドリューは私を見て、不安そうに聞いてきた。「アイビー、嫌だったらはっきり言っていいよ」なんだか不思議な気分だった。最近、アンドリューはやたらと私の意見を聞こうとするようになった。でも私の心はもうとっくに死んでいた。私は優しく答えた。「大丈夫だよ、気にしてない。人数が多い方が楽しいし」私は嫌だなんて、絶対に言えない。そんなことを言えば、また「孤児をいじめてる」なんて言われるに決まってる。観覧車の中。アンドリューとセレナは楽しそうに話していた。病院の患者の話、有名人のゴシップ、マッシュルームスープのレシピまで。私は思わず口元を歪めた。どう見ても、私より二人の方が恋人らしかった。「そういえばアンドリュー、前に私の家で作ってくれたマッシュルームスープ、人生で一番美味しかったな。アイビーが一生飲めるなんてうらやましい」その言葉に、アンドリューは慌てて私の方を見た。何か言いかけていたけど、私は一度も彼らの方を見なかった。私はただ、観覧車の窓から、七年間暮らしてきた町を見下ろしていた。そのとき、セレナが隣に来て言った。「綺麗だよね、この景色。私は観覧車って一番好きなの。前に飼ってた犬が死んだ時、もう死にたくなっちゃって……でもアンドリューが慰めるために一緒に観覧車に乗ってくれたの」聞かないように、見ないように、考えないように努力していた
66回も結婚式を中止したので、私は彼のもとを去ることにした 第3話
アンドリューは私を上司のオフィスから引っ張り出して、責めるような顔で言った。「アイビー、また拗ねてるのか？もうちょっと大人になれないのか？二日前に結婚式を中止したのは俺の本意じゃないんだよ。セレナはゲストとして祝福しに来てくれたのに、式の最中にアレルギーで窒息して倒れたんだ。そんな彼女を放っておけると思うか？」私は無表情で答えた。「怒ってないよ。彼女を看病するのは当然でしょ」アンドリューは一瞬黙り込んで、ぼそっと呟いた。「なんでそんなに急に大人しくなったの？怒ってないなら、なんで辞めるんだ？」「新しい仕事が決まったから」私は何年も医学を学んできた。一心で困っている人を助けたい。だから、国境なき医師団に加われることが嬉しかった。けれど、アンドリューの顔色が突然曇った。「今はまだ辞めないでくれ。セレナは私たちの結婚式でアレルギーを起こして、式が中止になったばかりなのに、あなたが今すぐ退職願を出したら、彼女が自分のせいだって思い込むに決まってる。彼女は孤児で繊細だから……」私の胸にあった期待は彼の言葉で冷たく打ち砕かれた。ただセレナを気遣うために、私の夢をまた先延ばしにしろと言うのか。たぶん私の顔に出た失望があまりにもはっきりしていたのだろう。アンドリューの声は少しだけ優しくなった。「もうちょっとだけ我慢して。式が終わったら、やりたいこと何でも応援するから」この期に及んで、彼はまだ結婚式を挙げようとしてる。でも、私はもう限界だった。これ以上はもう、耐えられない。私が黙っていると、アンドリューはそれを同意だと受け取った。今までもずっと、彼が何かを望めば、私は断らなかったから。「ほら、そんな顔すんなよ。今夜はデートしようか？」アンドリューは手を差し出してきた。私たちはいつも決めていた。喧嘩しても、デートのときは仲良くするって。「うん」私は微笑んで応えた。この関係に、せめて綺麗な終止符を打ちたかった。だが、またしてもセレナが現れた。「アンドリュー、助けて……8番ベッドのおじいさん、また私をいやらしい目で見てきたの。検査、代わりにやってくれない？」私は冷たい目でセレナを見た。彼女は看護師で、こういう問題があれば看護師長に相談すべきなのに、わざわざアンドリューに頼るの
