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第8話

作者: 詩理
咲は部屋の中で、何かを必死に探していた。

化粧台の下、ベッドの下、クローゼットの奥……

まるで怯えたウサギみたいに、手当たり次第に引き出しや箱をひっくり返していく。

額には汗がにじみ、動きはどんどん乱暴になっていった。

どれだけ探しても、欲しいものは見つからない。

「咲、何を探してるんだ?」怜司の声が、氷のように冷たく響く。

咲はびくりと振り返り、怯えた声で言い訳を口にした。

「……私……」咲の声は震えていた。「ちょっと体調が悪くて、アレルギーの薬を探してたの」

「これのことか?」

怜司がゆっくりと白い小瓶を持ち上げる。それは、咲が帰宅する前に部屋で見つけておいたものだった。

咲の顔がみるみる青ざめていく。

咲だけは知っている。それがアレルギー薬じゃなくて、発疹を作るための特製の皮膚刺激剤だということを。

家の医者に成分を調べられたら、すべてが終わってしまう。

「……うん、そう……」咲は蚊の鳴くような小さな声で答えた。

「咲、お前は昔から体が弱いって言ってきたけど、こういう薬はあまり使わないほうがいい」怜司の目には、見たこともない冷たさが宿っていた。「今日はたくさんローズマリーに触れただろう。念のため医者に診てもらおう」

そう言って、怜司は小瓶をしっかりと握りしめる。

咲には、もう逃げ場がなかった。

家の診療所で検査を受けた後、医師は困惑した表情で言った。

「おかしいですね、咲さんにはアレルギー体質の兆候が全くありません」

「たぶん……今日は接触量が少なかったせいかも」咲は無理やり笑みを作り、ごまかそうとした。

だが、怜司はその小瓶を医師に手渡した。

「この薬の成分を調べてほしい」怜司の声は、嵐の前の夜のように低く重かった。

しばらくして、医師は驚愕の表情で戻ってきた。

「怜司さん、これ……これ、アレルギー薬じゃありません!高濃度の皮膚刺激剤です!しかも、あのサプリメント……中身は骨髄の造血機能を壊す慢性毒薬です。長期服用すれば……間違いなく命に関わります!」

怜司の顔色が、一瞬で真っ白になった。

思い出すのは、これまで何度も咲のために澪を責め、罰し、信じなかった日々。

全て――とてつもない嘘の上に築かれていた。

診療室は静まり返り、世界が崩れていく音がした。

録音は本物だった。咲は本当に澪の食事に毒を盛ってい
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