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99回目の拒絶のあとに訪れる涙

99回目の拒絶のあとに訪れる涙

Par:  詩理Complété
Langue: Japanese
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鷹野家の後継ぎであり、一族のナンバーツーである夫・鷹野怜司(たかの れいじ)は、今日も私の電話を無視した。 白血病の末期を抱えた私は、ふらふらの体で家の顧問弁護士を訪れる。 「すみません、離婚の手続きをお願いします」 その十数分後、怜司と家族たちが大慌てで事務所に押しかけてきた。 怜司は、私の顔を見るなり平手打ちを食らわせた。 「咲(さき)の昇進パーティを妨害したくて、緊急連絡番号を使ったのか?お前、頭はどうかしてるんじゃないか?」 私がしっかりと握っていた診断書は、母に無理やり奪われる。 母はちらっと診断書を見て、あざけるように鼻で笑った。 「またその手?仮病で同情を引いて、みんなの気を引きたいだけでしょ。澪(みお)、あんたは小さい頃から嘘ばかりついてきたじゃない」 妹の咲は、涙を浮かべて怜司の腕にすがる。 「ごめんね、お姉ちゃん。私なんかが昇進しなければよかったんだよね……だから、もう自分や怜司さんを傷つけたりしないで」 私は唇から滲む血をそっと拭って、弁護士をまっすぐ見つめた。 「……私にはもう、家族なんていません。三日後に遺体を火葬できるよう、離婚の手続きを急いでもらえますか」

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Chapitre 1

第1話

私が鷹野家の顧問弁護士事務所を訪れるのは、これが最後だった。

冷たい大理石の床が足裏を擦るたび、全身に裂けるような痛みが走る。

白血病の末期症状で、もはや普通に歩くことさえできない。呼吸一つが、拷問だった。

「……すみません、鷹野家の跡取り、鷹野怜司(たかの れいじ)との離婚手続きをお願いしたいんです」

スーツ姿の弁護士が、哀れみを隠せない目で私を見つめてきた。

「奥様、ご家族の同伴は……?こういった手続きでご家族抜きというのは……珍しくて…」

私があまりにも青白く痩せているせいか、弁護士の声はやけに小さい。

何年も結婚しているのに、怜司は一度も私に公認の妻としての式を挙げてくれなかった。家の催しに連れて行かれることも、ほとんどない。

だから、誰も「跡取りの妻」が私だなんて、ろくに知らない。

「いいんです」私は淡々と言った。「死にかけの女に家族なんて必要ないですから」

その瞬間、事務所の扉が乱暴に開いた。

怜司の怒鳴り声が響く。「澪(みお)!お前、何やってるんだ!」

振り返ると、怜司の目に激しい怒りの炎が燃えていた。

その背後には桐島咲(きりしま さき)がぴたりとついてきて、いつもの嘘くさい笑顔を浮かべている。

「よりによって、今日まで騒ぐのか?」怜司は私の目の前まで詰め寄る。「咲が家の財務担当に昇進した日なんだぞ。家族みんなでお祝いしてるのに、こんな茶番をぶつけてきやがって!」

言うが早いか、平手打ちが飛んだ。衝撃でよろけて、頬がジリジリと痺れる。

しばらくしてから気づく。今日は確かに咲の昇進祝いだってことに。

怜司はわざわざ海外での仕事を延期してまで、咲のために予定を空けていた。

白血病の末期で、いつ死んでもおかしくない私は、たった一度、緊急連絡用のコードで助けを求めただけ。

その結果が、怜司からの「乱用」呼ばわりだった。

涙が滲む。でも絶対に泣かないと決めている。

何か言いかけた瞬間、激しい咳が襲った。

血がぽたりと床に落ちて、淡い大理石に濃い赤の花が咲いた。

やっと体を支えて、かすれ声で訴える。こんな時でさえ、私はまだ、どこかで期待していた。「怜司、私は本当に……」

怜司が私の口元の血に気づいたのか、眉をひそめる。

咲がすかさず声を上げる。「でも、怜司さんはお姉ちゃんのためにパーティーから駆けつけたんだよ……」

「だから言ったでしょ、咲。あの子が現れるとろくなことにならないって」母の桐島綾子(きりしま あやこ)が、扉の向こうから声を上げた。

「小さい頃から人の注目を集めたくて何でもやる子だったのに、いまさら信じろって?」

怜司の目が一気に冷たくなる。「澪。お前、俺を騙して咲の昇進祝いを台無しにしようとしてるのか?自分を傷つけてまで?」

じわじわ詰め寄ってきて、私の襟元をつかむ。咲が慌てて怜司を止める。

咲の目に涙が浮かび、か細い声で訴えかけてきた。

「ごめんね、お姉ちゃん。私、昇進なんて受けるべきじゃなかった。全部私のせいだから、もう自分を傷つけないで。怜司さんだって、お姉ちゃんのことですごく悩んでるの。もし本当に反省するなら、私……家からのどんな役職も受けないから!」

一つ一つの言葉が胸を抉り、私をどんどん悪者に仕立て上げていく。

その様子を見て、母の綾子が急に優しい声になる。「咲、あなたが立派だからこそ手に入れた役職なのよ。胸を張りなさい」

そんな「理想の母娘」の芝居も、見慣れているはずだった。それでも、何度見ても胸が痛くなる。

母親からもらえるはずだった愛情は、すべて咲に注がれた。

でももう、どうでもよくなっていた。死ぬ間際には、何もかもがどうでもよくなる。

心の中は砂漠のように乾いていた。なのに、また口の端に血の味が広がる。

怜司が私の診断書をもぎ取った。ざっと目を通し、鼻で笑う。

「白血病?演技が下手すぎるな」

びりっと音を立てて紙を破る。細かい紙片が足元に散った。

怜司の視線が、私の青白い顔で一瞬止まる。

目が合ったとき、不意に思い出す。二十歳の成人式、怜司の瞳は星みたいに輝いていた。でも今、その光はどこにもなかった。

もう愛なんて、残っていないんだろう。だから、もう光もない。

私は震える手で血を拭い、崩れそうな体をなんとか弁護士の方へ向ける。

「三日後にはこの家をきっぱり出ていきます。離婚の手続き、縁切りの書類もまとめてお願いします」

怜司の体が一瞬揺れた。私の手首を掴み、「咲の祝いを台無しにしたくて、弁護士まで巻き込んで芝居か!」

怒りを押し殺した声で、「くだらない真似はやめろ!いい加減にするんだ!澪。恥さらしだ」

そう言い残して、咲を抱き寄せ、出ていった。

赤くなった手首を見下ろして、私は笑ってしまった。

どうせ……わかってたことだ。怜司は、私のことなんて、信じたことなんてなかった。

体の痛みに耐えながら、私は一人で離婚協議書にサインをした。

私が死ぬその日、怜司のもとに、署名済みの離婚協議書と遺産分配の書類が届くだろう。

死までの三日間、自分の手で、この結婚に終止符を打つ。

その間も、夫は別の女を腕に抱き、栄誉とやらのために乾杯している。

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commentaires

ひとみ
ひとみ
来世では絶対関わらないで下さい
2026-09-15 17:10:57
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まかろん
まかろん
あきらか殺人なのに、裏社会のボス?なくせに悪女への制裁が優しすぎない?! 後ろ楯なくして、町から追放って。自分の権力弱まってるし、やられちゃうよ 悪女は、5体満足のまんまだし、あっさり戻ってくるか隣町で悠々自適に生きていけるやん
2026-07-01 12:42:12
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ノンスケ
ノンスケ
家族みんな、夫にまで信用されずに最後はたった1人信じられる知人のところで死を迎えた主人公。死でしか彼女を解放できなかったのが悲しい。でも12歳から毒薬を姉に飲ませるとか、どうやって入手してたのかな?
2025-11-08 10:54:18
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ヤンヤン
ヤンヤン
ただ、澪が残した手紙だけが気になる… 内容が知りたかったな…
2026-04-07 00:21:42
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松坂 美枝
松坂 美枝
いつもの家族総出で主人公を虐め殺した後で後悔して霧散する話 子供の頃から邪心を抱き、姉を貶める咲の薬物入手ルートはどうなってるのか気になる どんなコネがあったんだろうか
2025-11-08 09:37:42
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第1話
私が鷹野家の顧問弁護士事務所を訪れるのは、これが最後だった。冷たい大理石の床が足裏を擦るたび、全身に裂けるような痛みが走る。白血病の末期症状で、もはや普通に歩くことさえできない。呼吸一つが、拷問だった。「……すみません、鷹野家の跡取り、鷹野怜司(たかの れいじ)との離婚手続きをお願いしたいんです」スーツ姿の弁護士が、哀れみを隠せない目で私を見つめてきた。「奥様、ご家族の同伴は……?こういった手続きでご家族抜きというのは……珍しくて…」私があまりにも青白く痩せているせいか、弁護士の声はやけに小さい。何年も結婚しているのに、怜司は一度も私に公認の妻としての式を挙げてくれなかった。家の催しに連れて行かれることも、ほとんどない。だから、誰も「跡取りの妻」が私だなんて、ろくに知らない。「いいんです」私は淡々と言った。「死にかけの女に家族なんて必要ないですから」その瞬間、事務所の扉が乱暴に開いた。怜司の怒鳴り声が響く。「澪(みお)!お前、何やってるんだ!」振り返ると、怜司の目に激しい怒りの炎が燃えていた。その背後には桐島咲(きりしま さき)がぴたりとついてきて、いつもの嘘くさい笑顔を浮かべている。「よりによって、今日まで騒ぐのか?」怜司は私の目の前まで詰め寄る。「咲が家の財務担当に昇進した日なんだぞ。家族みんなでお祝いしてるのに、こんな茶番をぶつけてきやがって!」言うが早いか、平手打ちが飛んだ。衝撃でよろけて、頬がジリジリと痺れる。しばらくしてから気づく。今日は確かに咲の昇進祝いだってことに。怜司はわざわざ海外での仕事を延期してまで、咲のために予定を空けていた。白血病の末期で、いつ死んでもおかしくない私は、たった一度、緊急連絡用のコードで助けを求めただけ。その結果が、怜司からの「乱用」呼ばわりだった。涙が滲む。でも絶対に泣かないと決めている。何か言いかけた瞬間、激しい咳が襲った。血がぽたりと床に落ちて、淡い大理石に濃い赤の花が咲いた。やっと体を支えて、かすれ声で訴える。こんな時でさえ、私はまだ、どこかで期待していた。「怜司、私は本当に……」怜司が私の口元の血に気づいたのか、眉をひそめる。咲がすかさず声を上げる。「でも、怜司さんはお姉ちゃんのためにパーティーから駆けつけたんだよ……
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第2話
よろよろと鷹野家の屋敷に戻ったけれど、別にここで死ぬつもりはなかった。ただ、自分の荷物をまとめようと思っただけ。だけど、改めて見渡してみたら、持っていくものなんて何もなかった。かつて自分の部屋だったはずの場所は、今やただの物置に変わり果てている。ドレッサーは隅に追いやられ、分厚い埃が積もっていた。大事にしていた本や写真立ても、無造作に段ボールへ押し込まれている。ベッドだけは元の場所に残っていたけど、シーツはいつの間にか無機質なグレーの安物に変わっていた。そして、埃まみれの古いアクセサリーケース。中には怜司が私にくれた唯一の誕生日プレゼント、安っぽいシルバーのチェーンだけが入っていた。ベッドの端に座り、そっとドレッサーの埃を拭う。指先が写真立てに触れて、手が止まる。そこには、二十歳の成人式で撮った一枚があった。シャンパン色のドレスを着ていた私は、まだ目に光が宿っていた。あの頃は目が輝いていたのに、今はもう、すっかり光が消えてしまった。咲の衣装部屋は、この物置の何倍も広い。しかも咲がいらなくなったものだけがここに運ばれてくる。跡取りの妻だった私の寝室は、二年前から咲のヨガルームに改装された。最新設備に、最高級のアロマ。私は窓もない物置に追いやられて、それが私の部屋になった。でも、今やその物置すら私のものじゃなくなっていた。不意にスマホの着信音が鳴って、思考が中断された。「……はい、天使湾記念霊園です」穏やかな女性の声が電話の向こうから響く。「鷹野澪様、先日ご相談いただいたお墓の件ですが、いまご入金いただければ七日間お取り置きできます。期限を過ぎますと、他のお客様を優先せざるを得ません」一か月前、死後のために下見した場所だ。純白の大理石像が立ち並び、天井から光が差し込む水晶の棺がきらめいていた。もし死ねるなら、あそこで永遠に眠りたい。それが私の唯一の願いだった。値段は1200万円。財布の中にあるのは、数万円だけ。「大丈夫です。やっぱり結構です」骨髄移植の費用すら払えない人間に、死ぬことさえ、許されないみたいだった。電話を切ったと同時に、ドアが開く音がして顔を上げる。怜司が部屋に入ってきた。この家のどこにいても、ふわっと鈴蘭の香りがするのが当たり前だった。私が鈴蘭の香
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第3話
一睡もできないまま朝を迎えた。明るくなった頃、下のほうから車のエンジン音が聞こえてくる。父と母、それに咲が帰ってきたのだ。遠くからでもわかるほどの怒鳴り声が、玄関越しに響いてくる。「澪、お前、よくも平気でここに帰ってこられたもんだ!」部屋のドアが乱暴に開き、父の桐島義人(きりしま よしひと)が冷たい目で私を見つめた。「咲の昇進パーティーをめちゃくちゃにして、咲はお前を許してほしいと泣き崩れるほどだったんだぞ!少しは反省したらどうなんだ?今すぐ咲に謝りなさい!」私はそっと目を閉じて、深呼吸する。あと二日。あと二日だけ耐えればいい。昔、父はこんなふうに優しく私を守ってくれたことがあった。初めて銃に触れて怖がったとき、「大丈夫だ、澪。人それぞれだ」と、何度でも励ましてくれた。鷹野家の仕事を覚えられずにつまずいたときも、根気よく、何度も何度も教えてくれた。けれど咲がやってきてから、すべてが変わった。咲は十五歳で家の財務を一人で任され、十六で一家の精鋭チームのリーダーにまでなった。私は十八になっても銃も持てず、家の仕事も一族で最下位。気がつけば、父の「自慢の娘」の座は咲に奪われていた。しかも咲が家に来てから、私はどんどん身体が弱くなっていった。めまいや吐き気、訓練でもすぐに息切れし、小さな傷さえなかなか治らない。家の医者は「体質だから、もっと栄養を」と言ったけれど、どれだけ努力してもどんどん悪くなる一方だった。やがて、父の目には落胆しかなくなっていった。「澪、咲を見てみろ。お前と同じくうちの娘なのに、どうしてこうも違う?鷹野家の跡取りの妻として、そんな能力じゃ何も守れないだろう。怜司さんを支えることもできない。家同士の縁談がなかったら、お前にこの地位を与えたことさえ後悔してるくらいだ」そのうち、父の目は落胆から恥へと変わった。まるで、私が「家の恥」で、咲こそが誇りの娘だとでも言いたげに。私はそっと顔を上げ、ドアのそばに立つ咲を見る。無垢な瞳でこちらを見つめ、心配そうな顔をしている。「お姉ちゃん、仲直りしよう?昔みたいに戻ろうよ?」やけに優しい声で、涙までにじませてみせる。――それが、咲の得意技だ。「私のために香水を調合してくれたの、覚えてる?」咲が続ける。「
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第4話
母の綾子が私の口元の血に気づいたとき、一瞬だけ目に迷いが浮かんだ。その刹那、ほんのわずかだけ昔の優しかった母の面影がよぎった気がした。けれど、すぐに咲の泣き声が大きくなると、母はそちらへ駆け寄り、「大丈夫?お医者さん呼ぶ?」と甘い声で慰め始めた。私は手の甲で血を拭い、ふらつきながらゆっくり立ち上がる。部屋の隅には、ぼろぼろのキャリーケースがひとつだけ。中身は、少しの衣類と小物だけ。もう何日も前から、ここを出ていく覚悟はできていた。この二日間、心の中でずっと別れの準備をしていた。そんな私の行動を見て、家族は不思議そうに見ていたけれど、すぐに冷たい皮肉が飛んできた。「どうした?もう親の言うことなんて聞かなくなったのか?出て行く気か?お前のためを思って注意してるのに、お前にはその気持ちが伝わらないのか?」父の義人が無表情で言い放つ。「逃げて済むと思うなよ」母も責める。「澪は昔から、困ったことがあればすぐ逃げ出そうとする。何も変わっていない。あんたみたいな娘を育てた覚えはないわ」と冷たい声。怜司は咲をベッドに寝かせると、私の方に向き直る。その目には、一片の情もない。ただ、冷たい嫌悪だけがあった。「どこに行くつもりだ?」「鷹野家を出る」「澪!」怜司が急に声を荒げる。「自分が何をしようとしてるか分かってるのか?この家を出て行ったら、もう誰もお前を守れないんだぞ!」何度も何度も繰り返された脅しの言葉。もう、そんなものには何も感じない。この家は、一度だって私に帰る場所を与えてくれなかったから。「構わない」私はキャリーを引きずって玄関に向かう。「もともと私には、居場所なんてなかったから」だって、もうすぐ死ぬんだから。そのまま振り向きもせず、大きな玄関扉へと向かった。怜司は私の後ろ姿を見て、何かに突き動かされるように胸を押さえた。どこか、嫌な予感がしていたのだろう。あのとき放った冷たい言葉が、自分自身を切り刻む刃になって返ってきたような感覚。それでも、強いプライドと怒りが怜司の心を支配していた。「全部、澪自身のせいだ。弱いから、こうなるんだ」と自分に言い聞かせるしかなかった。それでも、わけのわからない焦りが消えず、イライラが募って、手元のガラスコップを力任せに投げつけた。
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第6話
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第7話
【怜司側】鷹野家の会議室では、怜司と幹部たちが家同士の縄張り争いについて議論していた。突然、怜司の専用スマホが鳴った。澪からの暗号メールだった。「またかよ……」内心うんざりしながらも、ようやく澪から連絡がきたことに少しだけ安堵した。今度こそ、もう家に戻りたいと謝罪してくるのかもしれない――そう思って開いたメールには、録音データが添付されていた。再生が始まった瞬間、怜司の顔から血の気が引いた。咲の声がはっきりと流れる。「十二歳からずっと、あんたのサプリに毒を混ぜてた……高台から突き落としたのも、毒入りの薬も、ぜんぶ私がやったんだよ……あんたが弱っていく姿を見るのが、一番の楽しみだったんだ……」録音が終わると、会議室は凍りついたように静まり返った。幹部たちは互いに顔を見合わせ、誰も言葉が出てこない。怜司は自分でもうまく言葉にできない喪失感に襲われた。その原因が澪にあることは、考えなくても分かった。数秒間固まったまま、次の瞬間、感情が一気にあふれ出した。「こんなの……合成に決まってる!」怜司は叫び、椅子を蹴飛ばして立ち上がる。「澪が仕組んだに決まってる!自分を正当化するために、こんな卑劣なことまで……」理性が否定しようとする。ずっと信じてきた「優秀な妹」、家族の誇りである咲が、こんなことをするなんて、どうしても認められなかった。「怜司さん……落ち着いてください」相談役の丸山(まるやま)が静かに諭す。「まずは録音の真偽を調べる必要があります」怜司の頭の中はぐちゃぐちゃだった。「澪……!澪!」必死に電話をかける。「出てくれ……頼むから、出てくれ!」何度電話をかけても、呼び出し音だけが延々とむなしく響いていた。そこへ、義人と綾子が駆け込んできた。二人も同じ録音データを受け取っていたのだ。それまで咲を溺愛してきた自分たちが、まさか、あんなにも澪を苦しめてきた「加害者」だったなんて。綾子は口元を押さえ、声もなく涙を流した。思い返せば、澪がどれほど冷たく扱われ、傷ついてきたか。澪が何度も真実を訴えようとしたとき、自分はそのたびに咲を信じて澪を突き放した。澪が痛みに泣き崩れたときも、慰めるのは決まって咲で、本当の「加害者」のほうだった。その事実に気づいた瞬間、どうしようもない罪悪
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第8話
咲は部屋の中で、何かを必死に探していた。化粧台の下、ベッドの下、クローゼットの奥……まるで怯えたウサギみたいに、手当たり次第に引き出しや箱をひっくり返していく。額には汗がにじみ、動きはどんどん乱暴になっていった。どれだけ探しても、欲しいものは見つからない。「咲、何を探してるんだ?」怜司の声が、氷のように冷たく響く。咲はびくりと振り返り、怯えた声で言い訳を口にした。「……私……」咲の声は震えていた。「ちょっと体調が悪くて、アレルギーの薬を探してたの」「これのことか?」怜司がゆっくりと白い小瓶を持ち上げる。それは、咲が帰宅する前に部屋で見つけておいたものだった。咲の顔がみるみる青ざめていく。咲だけは知っている。それがアレルギー薬じゃなくて、発疹を作るための特製の皮膚刺激剤だということを。家の医者に成分を調べられたら、すべてが終わってしまう。「……うん、そう……」咲は蚊の鳴くような小さな声で答えた。「咲、お前は昔から体が弱いって言ってきたけど、こういう薬はあまり使わないほうがいい」怜司の目には、見たこともない冷たさが宿っていた。「今日はたくさんローズマリーに触れただろう。念のため医者に診てもらおう」そう言って、怜司は小瓶をしっかりと握りしめる。咲には、もう逃げ場がなかった。家の診療所で検査を受けた後、医師は困惑した表情で言った。「おかしいですね、咲さんにはアレルギー体質の兆候が全くありません」「たぶん……今日は接触量が少なかったせいかも」咲は無理やり笑みを作り、ごまかそうとした。だが、怜司はその小瓶を医師に手渡した。「この薬の成分を調べてほしい」怜司の声は、嵐の前の夜のように低く重かった。しばらくして、医師は驚愕の表情で戻ってきた。「怜司さん、これ……これ、アレルギー薬じゃありません!高濃度の皮膚刺激剤です!しかも、あのサプリメント……中身は骨髄の造血機能を壊す慢性毒薬です。長期服用すれば……間違いなく命に関わります!」怜司の顔色が、一瞬で真っ白になった。思い出すのは、これまで何度も咲のために澪を責め、罰し、信じなかった日々。全て――とてつもない嘘の上に築かれていた。診療室は静まり返り、世界が崩れていく音がした。録音は本物だった。咲は本当に澪の食事に毒を盛ってい
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第9話
美園は無言で、怜司たちを食堂の奥の小部屋へと案内した。扉が開かれると、そこには白い布をかけられた遺体が一つ、静かに横たわっていた。空気が一瞬で凍りつく。「どういうことだ!なぜこんな所へ案内したんだ!?ふざけるな!」怜司の声は震えていた。その奥に、どうしようもない不安が混じっていた。怜司は怒りに任せて一気に駆け寄り、白布を乱暴にめくった。そこにいたのは――澪だった。安らかに眠るような顔。唇にはうっすらと微笑みが残っている。すべての苦しみから、ようやく解放されたかのような安堵の表情だった。けれど、もう二度と、目覚めることはない。その瞬間、怜司の心の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。魂ごと断ち切られるような痛みが、胸の奥深くまで響く。この苦しみは、どんな銃創よりもはるかに痛かった。まるで心臓を鋭い刃物で少しずつ切り裂かれていくようだった。怜司はその場に崩れ落ちそうになり、かろうじて立っているだけだった。「澪……私の娘……私の、かわいい娘……」綾子はベッドに駆け寄り、泣きながら澪の顔に触れようとするが、手が震えてなかなか届かない。義人も必死に感情を押し殺そうとするが、ついにこらえきれず、静かに涙を流す。こんなふうに彼が泣くのを見るのは、怜司も綾子も初めてだった。怜司は澪の遺体から、しばらく目を離すことができなかった。ひとつひとつの表情、細かな仕草――これまで気づこうともしなかったすべてを、どうしても目に焼き付けておきたかった。あの目は、かつて自分のためだけに輝いてくれたのに、もう永遠に閉じられたままだ。あの唇も、もう二度と「怜司」と呼んでくれることはない。「澪……澪……」怜司の声は、もう形を成していなかった。一言呼ぶごとに、喉が引き裂かれるように痛んだ。最後は静かに背を向け、部屋の外を見つめた。「……いつ……」義人の声はかすれていた。美園はそっと涙を拭い、「三時間前」と答えた。「とても安らかで、痛みも苦しみも、なかった」綾子は何度も意識を失いかけていた。繰り返し襲ってくる悲しみの中で、綾子はようやく気づいた。咲を傷つけないようにと、あんなに慎重に録音の真偽を疑い、「証拠としては弱い」なんて結論を出した自分たちが、どれだけ愚かだったか。録音が偽物なわけがない。あの中に
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第10話
場面は深い悲しみに包まれていた。そのとき、澪のスマホが突然鳴り響く。最初は営業か何かかと思ったが、数秒後、怜司たちは慌ててスピーカーに切り替えた。「鷹野澪様でしょうか?先日ご予約いただいたお墓ですが、5%のご入金で引き続きご用意できます。鷹野様、鷹野様?」「お墓」という言葉に、怜司の息が詰まった。「……やっぱりあの日、聞き間違いじゃなかった。澪は離婚の申請に行った日に、自分の墓の手配までしてたんだ……」怜司の声は震えていた。「澪が目の前で墓の話をした時、俺は……縁起でもないなんて叱りつけた」義人と綾子は肩を寄せ合い、立っているのがやっとだった。ようやく気づいた、澪は一度も嘘なんてついていなかった。本当に、死ぬ覚悟で最後の助けを求めていた。けれど自分たちは、その声を何度も拒み続けた。綾子は泣きながらスマホを奪い取り、強い声で言う。「お墓、お願いします。澪に一番いい場所、一番高い棺を用意してください。私たちは……澪にあまりにも多くを背負わせてしまった。せめて、最後くらいは報いたいんです」怜司も涙を拭いながら言った。「金はいくらでも出す。澪には、世界で一番きれいな水晶の棺を用意してやりたい。俺の妻は、それだけの価値がある人間だ」そのとき、美園が静かに口を開いた。「でも――澪ちゃんは『山の中で、静かに眠りたい』って言ってた。自然の中で、もう誰にも縛られずに眠りたいって。その願いを守れないなら、あなたたちに澪ちゃんを渡せない」怜司は激しく動揺し、美園に銃口を向けてしまう。「澪は俺の妻だ。お前に何の権利がある!?彼女が重病だと知ってて、なぜ俺に連絡しなかった?お前は一体、何を企んでるんだ!?」その怒りの裏には、どうしようもない恐怖と後悔があった。けれど、美園は一歩も引かなかった。その声は、冷たく鋭かった。「今さら妻だなんて、どの口が言うの?夫のくせに、いままで何してたのよ?澪ちゃんが最期に頼ったのは私よ……あなたじゃない。それがすべての答えでしょ?彼女の願いを叶える。それが私の役目。もし本気で止めたいなら、私を倒してからにしなさい!さもなきゃ、澪ちゃんの遺志を邪魔する権利なんて、あなたにはない」怜司のプライドは、その言葉で完全に砕けた。彼はその場に崩れ落ち、顔を両手で覆って泣き崩れた
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