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99回目の拒絶のあとに訪れる涙

99回目の拒絶のあとに訪れる涙

Oleh:  詩理Tamat
Bahasa: Japanese
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鷹野家の後継ぎであり、一族のナンバーツーである夫・鷹野怜司(たかの れいじ)は、今日も私の電話を無視した。 白血病の末期を抱えた私は、ふらふらの体で家の顧問弁護士を訪れる。 「すみません、離婚の手続きをお願いします」 その十数分後、怜司と家族たちが大慌てで事務所に押しかけてきた。 怜司は、私の顔を見るなり平手打ちを食らわせた。 「咲(さき)の昇進パーティを妨害したくて、緊急連絡番号を使ったのか?お前、頭はどうかしてるんじゃないか?」 私がしっかりと握っていた診断書は、母に無理やり奪われる。 母はちらっと診断書を見て、あざけるように鼻で笑った。 「またその手?仮病で同情を引いて、みんなの気を引きたいだけでしょ。澪(みお)、あんたは小さい頃から嘘ばかりついてきたじゃない」 妹の咲は、涙を浮かべて怜司の腕にすがる。 「ごめんね、お姉ちゃん。私なんかが昇進しなければよかったんだよね……だから、もう自分や怜司さんを傷つけたりしないで」 私は唇から滲む血をそっと拭って、弁護士をまっすぐ見つめた。 「……私にはもう、家族なんていません。三日後に遺体を火葬できるよう、離婚の手続きを急いでもらえますか」

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Bab 1

第1話

私が鷹野家の顧問弁護士事務所を訪れるのは、これが最後だった。

冷たい大理石の床が足裏を擦るたび、全身に裂けるような痛みが走る。

白血病の末期症状で、もはや普通に歩くことさえできない。呼吸一つが、拷問だった。

「……すみません、鷹野家の跡取り、鷹野怜司(たかの れいじ)との離婚手続きをお願いしたいんです」

スーツ姿の弁護士が、哀れみを隠せない目で私を見つめてきた。

「奥様、ご家族の同伴は……?こういった手続きでご家族抜きというのは……珍しくて…」

私があまりにも青白く痩せているせいか、弁護士の声はやけに小さい。

何年も結婚しているのに、怜司は一度も私に公認の妻としての式を挙げてくれなかった。家の催しに連れて行かれることも、ほとんどない。

だから、誰も「跡取りの妻」が私だなんて、ろくに知らない。

「いいんです」私は淡々と言った。「死にかけの女に家族なんて必要ないですから」

その瞬間、事務所の扉が乱暴に開いた。

怜司の怒鳴り声が響く。「澪(みお)!お前、何やってるんだ!」

振り返ると、怜司の目に激しい怒りの炎が燃えていた。

その背後には桐島咲(きりしま さき)がぴたりとついてきて、いつもの嘘くさい笑顔を浮かべている。

「よりによって、今日まで騒ぐのか?」怜司は私の目の前まで詰め寄る。「咲が家の財務担当に昇進した日なんだぞ。家族みんなでお祝いしてるのに、こんな茶番をぶつけてきやがって!」

言うが早いか、平手打ちが飛んだ。衝撃でよろけて、頬がジリジリと痺れる。

しばらくしてから気づく。今日は確かに咲の昇進祝いだってことに。

怜司はわざわざ海外での仕事を延期してまで、咲のために予定を空けていた。

白血病の末期で、いつ死んでもおかしくない私は、たった一度、緊急連絡用のコードで助けを求めただけ。

その結果が、怜司からの「乱用」呼ばわりだった。

涙が滲む。でも絶対に泣かないと決めている。

何か言いかけた瞬間、激しい咳が襲った。

血がぽたりと床に落ちて、淡い大理石に濃い赤の花が咲いた。

やっと体を支えて、かすれ声で訴える。こんな時でさえ、私はまだ、どこかで期待していた。「怜司、私は本当に……」

怜司が私の口元の血に気づいたのか、眉をひそめる。

咲がすかさず声を上げる。「でも、怜司さんはお姉ちゃんのためにパーティーから駆けつけたんだよ……」

「だから言ったでしょ、咲。あの子が現れるとろくなことにならないって」母の桐島綾子(きりしま あやこ)が、扉の向こうから声を上げた。

「小さい頃から人の注目を集めたくて何でもやる子だったのに、いまさら信じろって?」

怜司の目が一気に冷たくなる。「澪。お前、俺を騙して咲の昇進祝いを台無しにしようとしてるのか?自分を傷つけてまで?」

じわじわ詰め寄ってきて、私の襟元をつかむ。咲が慌てて怜司を止める。

咲の目に涙が浮かび、か細い声で訴えかけてきた。

「ごめんね、お姉ちゃん。私、昇進なんて受けるべきじゃなかった。全部私のせいだから、もう自分を傷つけないで。怜司さんだって、お姉ちゃんのことですごく悩んでるの。もし本当に反省するなら、私……家からのどんな役職も受けないから!」

一つ一つの言葉が胸を抉り、私をどんどん悪者に仕立て上げていく。

その様子を見て、母の綾子が急に優しい声になる。「咲、あなたが立派だからこそ手に入れた役職なのよ。胸を張りなさい」

そんな「理想の母娘」の芝居も、見慣れているはずだった。それでも、何度見ても胸が痛くなる。

母親からもらえるはずだった愛情は、すべて咲に注がれた。

でももう、どうでもよくなっていた。死ぬ間際には、何もかもがどうでもよくなる。

心の中は砂漠のように乾いていた。なのに、また口の端に血の味が広がる。

怜司が私の診断書をもぎ取った。ざっと目を通し、鼻で笑う。

「白血病?演技が下手すぎるな」

びりっと音を立てて紙を破る。細かい紙片が足元に散った。

怜司の視線が、私の青白い顔で一瞬止まる。

目が合ったとき、不意に思い出す。二十歳の成人式、怜司の瞳は星みたいに輝いていた。でも今、その光はどこにもなかった。

もう愛なんて、残っていないんだろう。だから、もう光もない。

私は震える手で血を拭い、崩れそうな体をなんとか弁護士の方へ向ける。

「三日後にはこの家をきっぱり出ていきます。離婚の手続き、縁切りの書類もまとめてお願いします」

怜司の体が一瞬揺れた。私の手首を掴み、「咲の祝いを台無しにしたくて、弁護士まで巻き込んで芝居か!」

怒りを押し殺した声で、「くだらない真似はやめろ!いい加減にするんだ!澪。恥さらしだ」

そう言い残して、咲を抱き寄せ、出ていった。

赤くなった手首を見下ろして、私は笑ってしまった。

どうせ……わかってたことだ。怜司は、私のことなんて、信じたことなんてなかった。

体の痛みに耐えながら、私は一人で離婚協議書にサインをした。

私が死ぬその日、怜司のもとに、署名済みの離婚協議書と遺産分配の書類が届くだろう。

死までの三日間、自分の手で、この結婚に終止符を打つ。

その間も、夫は別の女を腕に抱き、栄誉とやらのために乾杯している。
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第1話
私が鷹野家の顧問弁護士事務所を訪れるのは、これが最後だった。冷たい大理石の床が足裏を擦るたび、全身に裂けるような痛みが走る。白血病の末期症状で、もはや普通に歩くことさえできない。呼吸一つが、拷問だった。「……すみません、鷹野家の跡取り、鷹野怜司(たかの れいじ)との離婚手続きをお願いしたいんです」スーツ姿の弁護士が、哀れみを隠せない目で私を見つめてきた。「奥様、ご家族の同伴は……?こういった手続きでご家族抜きというのは……珍しくて…」私があまりにも青白く痩せているせいか、弁護士の声はやけに小さい。何年も結婚しているのに、怜司は一度も私に公認の妻としての式を挙げてくれなかった。家の催しに連れて行かれることも、ほとんどない。だから、誰も「跡取りの妻」が私だなんて、ろくに知らない。「いいんです」私は淡々と言った。「死にかけの女に家族なんて必要ないですから」その瞬間、事務所の扉が乱暴に開いた。怜司の怒鳴り声が響く。「澪(みお)!お前、何やってるんだ!」振り返ると、怜司の目に激しい怒りの炎が燃えていた。その背後には桐島咲(きりしま さき)がぴたりとついてきて、いつもの嘘くさい笑顔を浮かべている。「よりによって、今日まで騒ぐのか?」怜司は私の目の前まで詰め寄る。「咲が家の財務担当に昇進した日なんだぞ。家族みんなでお祝いしてるのに、こんな茶番をぶつけてきやがって!」言うが早いか、平手打ちが飛んだ。衝撃でよろけて、頬がジリジリと痺れる。しばらくしてから気づく。今日は確かに咲の昇進祝いだってことに。怜司はわざわざ海外での仕事を延期してまで、咲のために予定を空けていた。白血病の末期で、いつ死んでもおかしくない私は、たった一度、緊急連絡用のコードで助けを求めただけ。その結果が、怜司からの「乱用」呼ばわりだった。涙が滲む。でも絶対に泣かないと決めている。何か言いかけた瞬間、激しい咳が襲った。血がぽたりと床に落ちて、淡い大理石に濃い赤の花が咲いた。やっと体を支えて、かすれ声で訴える。こんな時でさえ、私はまだ、どこかで期待していた。「怜司、私は本当に……」怜司が私の口元の血に気づいたのか、眉をひそめる。咲がすかさず声を上げる。「でも、怜司さんはお姉ちゃんのためにパーティーから駆けつけたんだよ……
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第2話
よろよろと鷹野家の屋敷に戻ったけれど、別にここで死ぬつもりはなかった。ただ、自分の荷物をまとめようと思っただけ。だけど、改めて見渡してみたら、持っていくものなんて何もなかった。かつて自分の部屋だったはずの場所は、今やただの物置に変わり果てている。ドレッサーは隅に追いやられ、分厚い埃が積もっていた。大事にしていた本や写真立ても、無造作に段ボールへ押し込まれている。ベッドだけは元の場所に残っていたけど、シーツはいつの間にか無機質なグレーの安物に変わっていた。そして、埃まみれの古いアクセサリーケース。中には怜司が私にくれた唯一の誕生日プレゼント、安っぽいシルバーのチェーンだけが入っていた。ベッドの端に座り、そっとドレッサーの埃を拭う。指先が写真立てに触れて、手が止まる。そこには、二十歳の成人式で撮った一枚があった。シャンパン色のドレスを着ていた私は、まだ目に光が宿っていた。あの頃は目が輝いていたのに、今はもう、すっかり光が消えてしまった。咲の衣装部屋は、この物置の何倍も広い。しかも咲がいらなくなったものだけがここに運ばれてくる。跡取りの妻だった私の寝室は、二年前から咲のヨガルームに改装された。最新設備に、最高級のアロマ。私は窓もない物置に追いやられて、それが私の部屋になった。でも、今やその物置すら私のものじゃなくなっていた。不意にスマホの着信音が鳴って、思考が中断された。「……はい、天使湾記念霊園です」穏やかな女性の声が電話の向こうから響く。「鷹野澪様、先日ご相談いただいたお墓の件ですが、いまご入金いただければ七日間お取り置きできます。期限を過ぎますと、他のお客様を優先せざるを得ません」一か月前、死後のために下見した場所だ。純白の大理石像が立ち並び、天井から光が差し込む水晶の棺がきらめいていた。もし死ねるなら、あそこで永遠に眠りたい。それが私の唯一の願いだった。値段は1200万円。財布の中にあるのは、数万円だけ。「大丈夫です。やっぱり結構です」骨髄移植の費用すら払えない人間に、死ぬことさえ、許されないみたいだった。電話を切ったと同時に、ドアが開く音がして顔を上げる。怜司が部屋に入ってきた。この家のどこにいても、ふわっと鈴蘭の香りがするのが当たり前だった。私が鈴蘭の香
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第3話
一睡もできないまま朝を迎えた。明るくなった頃、下のほうから車のエンジン音が聞こえてくる。父と母、それに咲が帰ってきたのだ。遠くからでもわかるほどの怒鳴り声が、玄関越しに響いてくる。「澪、お前、よくも平気でここに帰ってこられたもんだ!」部屋のドアが乱暴に開き、父の桐島義人(きりしま よしひと)が冷たい目で私を見つめた。「咲の昇進パーティーをめちゃくちゃにして、咲はお前を許してほしいと泣き崩れるほどだったんだぞ!少しは反省したらどうなんだ?今すぐ咲に謝りなさい!」私はそっと目を閉じて、深呼吸する。あと二日。あと二日だけ耐えればいい。昔、父はこんなふうに優しく私を守ってくれたことがあった。初めて銃に触れて怖がったとき、「大丈夫だ、澪。人それぞれだ」と、何度でも励ましてくれた。鷹野家の仕事を覚えられずにつまずいたときも、根気よく、何度も何度も教えてくれた。けれど咲がやってきてから、すべてが変わった。咲は十五歳で家の財務を一人で任され、十六で一家の精鋭チームのリーダーにまでなった。私は十八になっても銃も持てず、家の仕事も一族で最下位。気がつけば、父の「自慢の娘」の座は咲に奪われていた。しかも咲が家に来てから、私はどんどん身体が弱くなっていった。めまいや吐き気、訓練でもすぐに息切れし、小さな傷さえなかなか治らない。家の医者は「体質だから、もっと栄養を」と言ったけれど、どれだけ努力してもどんどん悪くなる一方だった。やがて、父の目には落胆しかなくなっていった。「澪、咲を見てみろ。お前と同じくうちの娘なのに、どうしてこうも違う?鷹野家の跡取りの妻として、そんな能力じゃ何も守れないだろう。怜司さんを支えることもできない。家同士の縁談がなかったら、お前にこの地位を与えたことさえ後悔してるくらいだ」そのうち、父の目は落胆から恥へと変わった。まるで、私が「家の恥」で、咲こそが誇りの娘だとでも言いたげに。私はそっと顔を上げ、ドアのそばに立つ咲を見る。無垢な瞳でこちらを見つめ、心配そうな顔をしている。「お姉ちゃん、仲直りしよう?昔みたいに戻ろうよ?」やけに優しい声で、涙までにじませてみせる。――それが、咲の得意技だ。「私のために香水を調合してくれたの、覚えてる?」咲が続ける。「
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第4話
母の綾子が私の口元の血に気づいたとき、一瞬だけ目に迷いが浮かんだ。その刹那、ほんのわずかだけ昔の優しかった母の面影がよぎった気がした。けれど、すぐに咲の泣き声が大きくなると、母はそちらへ駆け寄り、「大丈夫?お医者さん呼ぶ?」と甘い声で慰め始めた。私は手の甲で血を拭い、ふらつきながらゆっくり立ち上がる。部屋の隅には、ぼろぼろのキャリーケースがひとつだけ。中身は、少しの衣類と小物だけ。もう何日も前から、ここを出ていく覚悟はできていた。この二日間、心の中でずっと別れの準備をしていた。そんな私の行動を見て、家族は不思議そうに見ていたけれど、すぐに冷たい皮肉が飛んできた。「どうした?もう親の言うことなんて聞かなくなったのか?出て行く気か?お前のためを思って注意してるのに、お前にはその気持ちが伝わらないのか?」父の義人が無表情で言い放つ。「逃げて済むと思うなよ」母も責める。「澪は昔から、困ったことがあればすぐ逃げ出そうとする。何も変わっていない。あんたみたいな娘を育てた覚えはないわ」と冷たい声。怜司は咲をベッドに寝かせると、私の方に向き直る。その目には、一片の情もない。ただ、冷たい嫌悪だけがあった。「どこに行くつもりだ?」「鷹野家を出る」「澪!」怜司が急に声を荒げる。「自分が何をしようとしてるか分かってるのか?この家を出て行ったら、もう誰もお前を守れないんだぞ!」何度も何度も繰り返された脅しの言葉。もう、そんなものには何も感じない。この家は、一度だって私に帰る場所を与えてくれなかったから。「構わない」私はキャリーを引きずって玄関に向かう。「もともと私には、居場所なんてなかったから」だって、もうすぐ死ぬんだから。そのまま振り向きもせず、大きな玄関扉へと向かった。怜司は私の後ろ姿を見て、何かに突き動かされるように胸を押さえた。どこか、嫌な予感がしていたのだろう。あのとき放った冷たい言葉が、自分自身を切り刻む刃になって返ってきたような感覚。それでも、強いプライドと怒りが怜司の心を支配していた。「全部、澪自身のせいだ。弱いから、こうなるんだ」と自分に言い聞かせるしかなかった。それでも、わけのわからない焦りが消えず、イライラが募って、手元のガラスコップを力任せに投げつけた。
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第5話
キャリーケースを引きずり、町はずれの古びた安宿を見つけた。かび臭く、空気はどこまでも淀んでいる。壁紙は剥がれ、カーペットにはしみが広がっていた。でも、家を追い出された私には、ここしか泊まる場所がなかった。深夜、激しい痛みにうなされて悪夢から目覚める。がんが骨まで広がったせいで、体の奥が針で刺されるみたいに痛い。息をするだけで苦しい。薄い毛布の中で丸くなりながら、子供の頃の記憶が押し寄せてくる。あのとき私は十二歳。やっと家の勉強が始まったばかりだった。咲はいつも「お姉ちゃん、この服似合うよ」と優しく選んでくれた。でも彼女がくれた服を着ると、決まって肌が痛くて痒くなった。授業中も体がきつくて倒れてしまい、全身に発疹。みんな「澪が弱すぎるせい」としか思わず、私自身もそう信じかけていた。「澪は本当にひ弱だなあ」先生もため息をついていた。咲は駆け寄ってきて、「大丈夫?薬持ってくるね」と心配そうに声をかける。十四歳のときは、模擬戦の訓練中に誰かに突き落とされ、高台の下で一晩中動けなかった。捜索隊が見つけてくれたときには、高熱で意識も朦朧としていた。咲は涙を浮かべ、「私がもっと早く助けてあげればよかった」と周囲に語ってヒロインになる。私はどんどん助けが必要な厄介者というレッテルが貼られていった。でも本当に恐ろしかったのは、「栄養補給」と称したサプリだった。怪我をすると、決まって咲が「私がやる」と言って薬を用意してくれる。優しいふりをして飲ませてくれたけど、私はますます体が弱くなった。今思えば、あのサプリには骨髄をじわじわ壊す毒が混じっていたんだ。ゆっくり、静かに、私の命が削られていった。みんな、私が生まれつき弱いんだと思い込んでいた。私自身でさえ、ずっとそうだと信じてた。まさか十二歳のころから、ずっと毒を盛られていたなんて――そのころ、鷹野家本邸では怜司が机に向かっていたが、仕事なんて手につかなかった。得体のしれない不安が胸に溜まり、じっとしていられない。「……くそっ!」怜司は衝動的に机の上の書類を払いのけた。すぐにでも澪の元へ駆けつけて、無事を確かめたかった。でも、自尊心が邪魔をしてどうしても理由が欲しかった。ベッドサイドのスマホが鳴ったとき、私は痛みで意識が飛びそうになっていた
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第6話
スマホの録音ファイルを開いて、ためらいなく怜司と両親に一斉送信した。同時に、家の相談役や幹部たちにもバックアップを送る。あの音声データには、咲のすべての悪事が克明に残されている。「高台から突き落としたのも、毒入りの薬も、ぜんぶ私がやったんだよ。お姉ちゃんが死んだら、怜司さんの隣にいるのは私だけ」全部、証拠として残った。そして私は、携帯のSIMカードを抜き、すべての連絡手段を断った。残り20時間しかない命。やっと、やっと自分の手で何かを成し遂げた。もう、静かに最後の時間を過ごしたい。外はすっかり夜になって、安宿の看板がぼんやり光っている。私はよろよろと部屋を出て、美園(みその)の食堂へと向かった。この世界で、唯一、私を拒まなかった場所。10分、20分と歩いて、やっと明かりの灯る小さな店にたどり着く。窓の向こうで、美園が一人でテーブルを拭いている。その手つきは穏やかで、どこまでも優しい。「美園さん……」そっとドアを開けると、美園の顔に驚きと心配が浮かんだ。「澪ちゃん?どうしたの、そんな顔色して」「……少しだけ、ここにいてもいいですか」「もちろんよ。ほら、座って。すごく疲れてる顔してる。スープでも作ってあげるから、待っててね」何も聞かず、ただ静かに食べ物を用意してくれる。その優しさに、思わず目頭が熱くなった。やがて熱々の野菜スープが運ばれてきた。「さあ、これを飲んで。少しは楽になるはずよ」私は一口ずつ、ゆっくりスープを飲んだ。体の芯まで冷えていたのに、少しだけ温かさが戻ってきた。美園は、そっと優しく問いかける。「澪ちゃん、どうして家に帰らないの?」私は静かに微笑んで答えた。「……もう、帰る場所なんてないんです。家族にも、もう要らないって言われましたから」美園はしばらく私を見つめてから、静かに語り始めた。「ねえ、澪ちゃん。私、昔、あなたと同じくらいの娘がいたの。でも、ある日突然、事件に巻き込まれて帰ってこなくなったのよ。もしあの子が生きていたら、きっとあなたみたいに優しくて、綺麗な女の子になっていたと思う」美園はそっと私の髪を撫でてくれた。「澪ちゃん、よかったら……私に、少しだけお母さんをやらせてくれない?」その瞬間、こらえていた涙が一気に溢れた。こん
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第7話
【怜司側】鷹野家の会議室では、怜司と幹部たちが家同士の縄張り争いについて議論していた。突然、怜司の専用スマホが鳴った。澪からの暗号メールだった。「またかよ……」内心うんざりしながらも、ようやく澪から連絡がきたことに少しだけ安堵した。今度こそ、もう家に戻りたいと謝罪してくるのかもしれない――そう思って開いたメールには、録音データが添付されていた。再生が始まった瞬間、怜司の顔から血の気が引いた。咲の声がはっきりと流れる。「十二歳からずっと、あんたのサプリに毒を混ぜてた……高台から突き落としたのも、毒入りの薬も、ぜんぶ私がやったんだよ……あんたが弱っていく姿を見るのが、一番の楽しみだったんだ……」録音が終わると、会議室は凍りついたように静まり返った。幹部たちは互いに顔を見合わせ、誰も言葉が出てこない。怜司は自分でもうまく言葉にできない喪失感に襲われた。その原因が澪にあることは、考えなくても分かった。数秒間固まったまま、次の瞬間、感情が一気にあふれ出した。「こんなの……合成に決まってる!」怜司は叫び、椅子を蹴飛ばして立ち上がる。「澪が仕組んだに決まってる!自分を正当化するために、こんな卑劣なことまで……」理性が否定しようとする。ずっと信じてきた「優秀な妹」、家族の誇りである咲が、こんなことをするなんて、どうしても認められなかった。「怜司さん……落ち着いてください」相談役の丸山(まるやま)が静かに諭す。「まずは録音の真偽を調べる必要があります」怜司の頭の中はぐちゃぐちゃだった。「澪……!澪!」必死に電話をかける。「出てくれ……頼むから、出てくれ!」何度電話をかけても、呼び出し音だけが延々とむなしく響いていた。そこへ、義人と綾子が駆け込んできた。二人も同じ録音データを受け取っていたのだ。それまで咲を溺愛してきた自分たちが、まさか、あんなにも澪を苦しめてきた「加害者」だったなんて。綾子は口元を押さえ、声もなく涙を流した。思い返せば、澪がどれほど冷たく扱われ、傷ついてきたか。澪が何度も真実を訴えようとしたとき、自分はそのたびに咲を信じて澪を突き放した。澪が痛みに泣き崩れたときも、慰めるのは決まって咲で、本当の「加害者」のほうだった。その事実に気づいた瞬間、どうしようもない罪悪
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第8話
咲は部屋の中で、何かを必死に探していた。化粧台の下、ベッドの下、クローゼットの奥……まるで怯えたウサギみたいに、手当たり次第に引き出しや箱をひっくり返していく。額には汗がにじみ、動きはどんどん乱暴になっていった。どれだけ探しても、欲しいものは見つからない。「咲、何を探してるんだ?」怜司の声が、氷のように冷たく響く。咲はびくりと振り返り、怯えた声で言い訳を口にした。「……私……」咲の声は震えていた。「ちょっと体調が悪くて、アレルギーの薬を探してたの」「これのことか?」怜司がゆっくりと白い小瓶を持ち上げる。それは、咲が帰宅する前に部屋で見つけておいたものだった。咲の顔がみるみる青ざめていく。咲だけは知っている。それがアレルギー薬じゃなくて、発疹を作るための特製の皮膚刺激剤だということを。家の医者に成分を調べられたら、すべてが終わってしまう。「……うん、そう……」咲は蚊の鳴くような小さな声で答えた。「咲、お前は昔から体が弱いって言ってきたけど、こういう薬はあまり使わないほうがいい」怜司の目には、見たこともない冷たさが宿っていた。「今日はたくさんローズマリーに触れただろう。念のため医者に診てもらおう」そう言って、怜司は小瓶をしっかりと握りしめる。咲には、もう逃げ場がなかった。家の診療所で検査を受けた後、医師は困惑した表情で言った。「おかしいですね、咲さんにはアレルギー体質の兆候が全くありません」「たぶん……今日は接触量が少なかったせいかも」咲は無理やり笑みを作り、ごまかそうとした。だが、怜司はその小瓶を医師に手渡した。「この薬の成分を調べてほしい」怜司の声は、嵐の前の夜のように低く重かった。しばらくして、医師は驚愕の表情で戻ってきた。「怜司さん、これ……これ、アレルギー薬じゃありません!高濃度の皮膚刺激剤です!しかも、あのサプリメント……中身は骨髄の造血機能を壊す慢性毒薬です。長期服用すれば……間違いなく命に関わります!」怜司の顔色が、一瞬で真っ白になった。思い出すのは、これまで何度も咲のために澪を責め、罰し、信じなかった日々。全て――とてつもない嘘の上に築かれていた。診療室は静まり返り、世界が崩れていく音がした。録音は本物だった。咲は本当に澪の食事に毒を盛ってい
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第9話
美園は無言で、怜司たちを食堂の奥の小部屋へと案内した。扉が開かれると、そこには白い布をかけられた遺体が一つ、静かに横たわっていた。空気が一瞬で凍りつく。「どういうことだ!なぜこんな所へ案内したんだ!?ふざけるな!」怜司の声は震えていた。その奥に、どうしようもない不安が混じっていた。怜司は怒りに任せて一気に駆け寄り、白布を乱暴にめくった。そこにいたのは――澪だった。安らかに眠るような顔。唇にはうっすらと微笑みが残っている。すべての苦しみから、ようやく解放されたかのような安堵の表情だった。けれど、もう二度と、目覚めることはない。その瞬間、怜司の心の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。魂ごと断ち切られるような痛みが、胸の奥深くまで響く。この苦しみは、どんな銃創よりもはるかに痛かった。まるで心臓を鋭い刃物で少しずつ切り裂かれていくようだった。怜司はその場に崩れ落ちそうになり、かろうじて立っているだけだった。「澪……私の娘……私の、かわいい娘……」綾子はベッドに駆け寄り、泣きながら澪の顔に触れようとするが、手が震えてなかなか届かない。義人も必死に感情を押し殺そうとするが、ついにこらえきれず、静かに涙を流す。こんなふうに彼が泣くのを見るのは、怜司も綾子も初めてだった。怜司は澪の遺体から、しばらく目を離すことができなかった。ひとつひとつの表情、細かな仕草――これまで気づこうともしなかったすべてを、どうしても目に焼き付けておきたかった。あの目は、かつて自分のためだけに輝いてくれたのに、もう永遠に閉じられたままだ。あの唇も、もう二度と「怜司」と呼んでくれることはない。「澪……澪……」怜司の声は、もう形を成していなかった。一言呼ぶごとに、喉が引き裂かれるように痛んだ。最後は静かに背を向け、部屋の外を見つめた。「……いつ……」義人の声はかすれていた。美園はそっと涙を拭い、「三時間前」と答えた。「とても安らかで、痛みも苦しみも、なかった」綾子は何度も意識を失いかけていた。繰り返し襲ってくる悲しみの中で、綾子はようやく気づいた。咲を傷つけないようにと、あんなに慎重に録音の真偽を疑い、「証拠としては弱い」なんて結論を出した自分たちが、どれだけ愚かだったか。録音が偽物なわけがない。あの中に
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第10話
場面は深い悲しみに包まれていた。そのとき、澪のスマホが突然鳴り響く。最初は営業か何かかと思ったが、数秒後、怜司たちは慌ててスピーカーに切り替えた。「鷹野澪様でしょうか?先日ご予約いただいたお墓ですが、5%のご入金で引き続きご用意できます。鷹野様、鷹野様?」「お墓」という言葉に、怜司の息が詰まった。「……やっぱりあの日、聞き間違いじゃなかった。澪は離婚の申請に行った日に、自分の墓の手配までしてたんだ……」怜司の声は震えていた。「澪が目の前で墓の話をした時、俺は……縁起でもないなんて叱りつけた」義人と綾子は肩を寄せ合い、立っているのがやっとだった。ようやく気づいた、澪は一度も嘘なんてついていなかった。本当に、死ぬ覚悟で最後の助けを求めていた。けれど自分たちは、その声を何度も拒み続けた。綾子は泣きながらスマホを奪い取り、強い声で言う。「お墓、お願いします。澪に一番いい場所、一番高い棺を用意してください。私たちは……澪にあまりにも多くを背負わせてしまった。せめて、最後くらいは報いたいんです」怜司も涙を拭いながら言った。「金はいくらでも出す。澪には、世界で一番きれいな水晶の棺を用意してやりたい。俺の妻は、それだけの価値がある人間だ」そのとき、美園が静かに口を開いた。「でも――澪ちゃんは『山の中で、静かに眠りたい』って言ってた。自然の中で、もう誰にも縛られずに眠りたいって。その願いを守れないなら、あなたたちに澪ちゃんを渡せない」怜司は激しく動揺し、美園に銃口を向けてしまう。「澪は俺の妻だ。お前に何の権利がある!?彼女が重病だと知ってて、なぜ俺に連絡しなかった?お前は一体、何を企んでるんだ!?」その怒りの裏には、どうしようもない恐怖と後悔があった。けれど、美園は一歩も引かなかった。その声は、冷たく鋭かった。「今さら妻だなんて、どの口が言うの?夫のくせに、いままで何してたのよ?澪ちゃんが最期に頼ったのは私よ……あなたじゃない。それがすべての答えでしょ?彼女の願いを叶える。それが私の役目。もし本気で止めたいなら、私を倒してからにしなさい!さもなきゃ、澪ちゃんの遺志を邪魔する権利なんて、あなたにはない」怜司のプライドは、その言葉で完全に砕けた。彼はその場に崩れ落ち、顔を両手で覆って泣き崩れた
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