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007:砂漠の獅子と月夜の盗賊

Autor: 佐薙真琴
last update Última actualización: 2025-12-14 17:12:45

第一章 王宮の罠(The Trap)

 砂漠の大国アズラク。

 太陽が地平線の彼方に沈み、灼熱の大地が深い瑠璃色の夜に包まれる頃、王都は妖艶な静寂に支配される。

 巨大な城壁に囲まれた王宮の尖塔が、月の光を受けて白銀に輝いていた。

 その王宮の屋根を、音もなく駆ける黒い影があった。

 ジャミルだ。二十一歳の彼は、貧民街で育った孤児でありながら、悪徳商人の蔵しか狙わない義賊として、裏社会で「青い月(カマル)」と呼ばれ英雄視されている。

 しなやかな肢体は猫のように軽やかで、夜風に靡く黒髪の間から、宝石のような青い瞳が鋭く光る。

(今日の獲物は、王の寝室にあるという『嘆きのダイヤ』だ)

 ジャミルは警備兵の巡回を完璧なタイミングですり抜け、最も高い塔のバルコニーへと降り立った。

 侵入成功。

 そう確信して、透かし彫りの施された豪奢な窓枠に手をかけた、その時だった。

 ガシャリ、と冷たい金属音が響く。

 足元の床が抜け、ジャミルは抗う間もなく落下した。

「うわっ!?」

 受け身を取って着地した先は、石造りの冷たい地下牢――ではなく、ペルシャ絨毯が敷き詰められた広大な部屋だった。

 甘い香油の匂いが鼻をくすぐる。

 無数の絹のクッション、金細工の施された柱、そして部屋の中央にある天蓋付きの寝台。

 そこには、一人の男が優雅に寝そべり、グラスを傾けていた。

「ようこそ、我が寝室へ。……随分と可愛らしい鼠が迷い込んだものだ」

 男がゆっくりと身を起こす。

 鍛え抜かれた褐色の肌に、王族の証である黄金の装飾品。猛禽類を思わせる鋭い金色の瞳。

 アズラク国の若き王、カリムだ。「黄金の獅子」と畏れられる、この国の絶対支配者。

「罠か……!」

 ジャミルは即座に腰の短剣に手を伸ばすが、それより早く、部屋の四隅から現れた近衛兵たちに取り押さえられた。

「離せ! 卑怯だぞ、王なら正々堂々と……!」

「盗っ人が正々堂々を語るとは笑わせる。……だが、いい度胸だ」

 カリムが近づいてくる。

 その威圧感は、砂漠の太陽のように圧倒的だ。

 彼は捕らえられたジャミルの前に立ち、無遠慮にその顎を掴んで顔を上げさせた。

「ほう。貧民街の塵にしては、随分と美しい目をしている」

 カリムの指が、ジャミルの頬を撫でる。

 値踏みするような、それでいて獲物を愛でるような視線。ジャミルは屈辱に唇を噛み、その手を睨みつけた。

「俺に触るな。殺すなら早く殺せ」

「殺す? 勿体ない」

 カリムはニヤリと口角を上げ、残酷なほど愉しげに告げた。

「お前のような威勢のいい獲物は久しぶりだ。今日からお前は俺のものだ。この王宮(おり)で、俺だけに囀(さえず)る小鳥として飼ってやる」

第二章 黄金の鳥籠

 それからの日々は、ジャミルにとって屈辱と混乱の連続だった。

 彼が閉じ込められたのは、王宮の離宮にある「寵愛の間」。

 逃げ出そうにも、窓には強固な格子がはめられ、扉の前には常に屈強な衛兵が立っている。

 だが、扱いは囚人のそれではない。

 与えられる食事は、王族しか口にできないような山盛りの果物と肉料理。着せられる衣服は、肌が透けるほど薄く上質な絹織物。

「気に食わんな」

 夜。豪奢な寝台の上で、カリムが不満げに呟いた。

 ジャミルは部屋の隅で膝を抱え、出された食事には手を付けずに睨み返していた。

「なぜ食わん。なぜ着飾らん。俺が与えるものに不満があるのか」

「全部だ。俺はあんたのペットじゃない。餌付けされるつもりはない」

 ジャミルが吐き捨てると、カリムはため息をつき、寝台から降りて歩み寄ってきた。

 彼はジャミルの腕を掴み、強引に立たせた。

 身長差。体格差。

 カリムの広い胸板に押し付けられ、ジャミルは身動きが取れない。

「痩せっぽちの分際で、強情なやつだ。……だが、その強気な目が濡れるところを見てみたいとも思う」

 カリムの手が、ジャミルの腰を這い上がる。

 熱い。

 砂漠の熱気を帯びたような王の手のひらが、薄い絹越しに肌を焼く。

「やめろ……ッ!」

「嫌か? 多くの者が、俺の寵愛を求めて列をなすぞ」

「俺は多くの者じゃない! ……身体を奪えても、心までは奪えないと思え!」

 ジャミルは必死に抵抗し、カリムの手を振り払おうとする。

 その必死な形相を見て、カリムはふと動きを止めた。

 金色の瞳に、僅かな驚きと、それ以上の興味の色が宿る。

「……心、か」

 カリムはジャミルの顎をすくい上げ、唇が触れるほどの距離まで顔を近づけた。

 甘い香油の香りと、雄々しい体臭がジャミルを包み込む。

「面白い。ならば賭けようか、盗賊。俺がお前を抱く時、お前が心から俺を求めるようになるまで、無理強いはしない。……ただし」

 カリムはジャミルの耳元に唇を寄せ、低く囁いた。

「この檻からは出さない。お前が俺のものになるまで、一生な」

 それは慈悲なのか、それともより深い執着の現れなのか。

 解放されたジャミルはその場に崩れ落ち、去っていく王の背中を、熱くなった顔で見送るしかできなかった。

第三章 熱砂の反乱

 変化が訪れたのは、数日後のことだった。

 カリムが王都の視察に出ることになり、なぜかジャミルも同行させられたのだ。

 「俺の目の届くところにいろ」という命令で、ジャミルは王と同じ馬車に乗せられた。

 市場は活気に溢れ、民衆はカリムに歓声を送っている。

 傲慢な暴君だと思っていたが、民の暮らしを見るカリムの目は真剣そのものだった。

(意外と、まともな王なのかもしれない……)

 そう思い直した矢先、異変が起きた。

 路地裏から突如、覆面の男たちが現れ、王の馬車を取り囲んだのだ。

 反王派の暗殺者たちだ。

 護衛兵たちが応戦するが、敵の数は多い。混乱の中、一人の暗殺者が馬車に飛び乗り、短剣を振り上げた。

「死ね、暴君!」

 カリムは剣を抜こうとしたが、狭い馬車内では長剣が使えない。

 刃がカリムの心臓に迫る。

 その瞬間、ジャミルは身体が勝手に動いていた。

 隠し持っていた――食事用のナイフを盗んで研いでおいたものだ――小さな刃を抜き、暗殺者に飛びかかったのだ。

「王に手を出すなッ!」

 ジャミルのナイフが暗殺者の手首を裂く。

 だが、同時に暗殺者の短剣も、ジャミルの脇腹を浅く切り裂いた。

 鮮血が舞う。

「ジャミル!」

 カリムが叫び、怯んだ暗殺者を蹴り飛ばした。

 直後に近衛兵が駆けつけ、暗殺者たちは制圧された。

 騒然とする馬車の中で、ジャミルは傷口を押さえてうずくまっていた。

 カリムが青ざめた顔でジャミルを抱き起こす。

「馬鹿者が! なぜ飛び出した! 逃げる好機だったはずだろう!」

 そうだ。この混乱に乗じて逃げれば、自由になれたはずだ。

 なのに、なぜ。

 ジャミルは脂汗を流しながら、ニヤリと笑ってみせた。

「……勘違いするな。あんたに死なれたら、俺を捕まえた奴がいなくなる。……貸しを作っただけだ」

「……お前という奴は」

 カリムは呆れたように、しかし愛おしそうに呟くと、自分のマントを引き裂いてジャミルの傷を縛った。

「王宮へ戻る! 全速力だ! ……死なせるな、絶対にだ!」

 王の怒号が響く中、ジャミルは薄れゆく意識の中で、自分を強く抱きしめるカリムの腕の温かさを感じていた。

第三章 千夜一夜の誓い

 王宮の寝室。

 治療を終えたジャミルは、天蓋付きの寝台で目を覚ました。

 傷は幸いにも浅く、丁寧に包帯が巻かれている。

 枕元には、カリムが座っていた。あの傲慢な王が、一睡もしていないような顔で。

「……目が覚めたか」

「ああ。……ここは?」

「俺の寝室だ。……安心しろ、傷が癒えるまでは何もしない」

 カリムは水差しから水を注ぎ、ジャミルの口元に運んでくれた。

 その献身的な姿に、ジャミルの胸が締め付けられる。

 水を飲み干すと、カリムは静かに言った。

「約束しよう。傷が治ったら、お前を解放する」

「……え?」

「お前は俺の命を救った。その礼だ。……自由になれ、青い月(カマル)」

 カリムの顔に、寂しげな色が浮かんでいる。

 全てを手に入れてきた王が、初めて手放すことを選んだのだ。愛する者を繋ぎ止める鎖が、相手を傷つけると知ったから。

 ジャミルは起き上がろうとして、顔をしかめた。

「……馬鹿な王様だ」

「何?」

「せっかく捕まえた獲物を、みすみす逃がすなんて。商売下手にも程がある」

 ジャミルは、カリムの手を取った。

 その大きな手を、自分の頬に寄せる。

「俺は義賊だぞ。欲しいものは自分で盗む。……俺はまだ、一番でかい宝を盗んでない」

「一番でかい宝……だと?」

 ジャミルは青い瞳で、真っ直ぐに黄金の瞳を見つめ返した。

「あんただ。……あんたの心を盗みに来た」

 カリムの目が大きく見開かれ、やがて歓喜の炎が燃え上がった。

 彼はジャミルを引き寄せ、今度は躊躇いなく唇を重ねた。

 強引で、けれど震えるほど優しい口づけ。

「……もう遅い。俺の心など、最初に会った時から盗まれている」

 カリムはジャミルの服をゆっくりと解いた。

 露わになる肌。脇腹の包帯が痛々しいが、それがかえって二人の絆を証明している。

 カリムはサイドテーブルにあったローズオイルの小瓶を手に取り、その芳醇な液体を自身の手に垂らした。

 部屋中に薔薇の香りが充満する。

「ジャミル……俺の全てをお前にやる。だから、お前の全てを俺に寄越せ」

「命令するな……。全部、あんたのものだ」

 琥珀色の小瓶から垂らされたローズオイルが、カリムの掌で温められ、芳醇な香りを放ち始めた。

 それはダマスクローズの濃厚な甘さと、王の体温が混ざり合った、理性を溶かす媚薬のような香りだった。

「……力むな。俺に委ねろ」

 カリムが低く囁き、オイルに濡れた手をジャミルの肌へと滑らせる。

 熱い。

 それは砂漠の真昼の太陽を凝縮したような熱量でありながら、驚くほど滑らかで、とろけるような感触だった。

 カリムの大きな掌が、ジャミルの首筋から鎖骨、そして薄い筋肉に覆われた胸板を、慈しむように辿っていく。

 かつて剣を握り、敵をなぎ倒してきたその武骨な手が、今は壊れ物を扱うような慎重さで、ジャミルの輪郭をなぞっている。そのギャップが、ジャミルの胸を締め付けた。

(……なんて手つきだ。宝物を鑑定する時でも、こんなに優しい目はしないくせに)

 ジャミルは熱に浮かされた頭で、ぼんやりと考えた。

 脇腹の包帯が巻かれた部分だけを巧みに避け、カリムの指が敏感な胸の突起を掠める。

 電撃のような痺れが走り、ジャミルの背中がシーツから浮き上がった。

「あ……っ、んぅ……!」

「ここか? 盗賊のくせに、随分と感じやすい身体だ」

 カリムが愉しげに、けれど甘く切ない声で囁く。

 執拗に指先で弄られ、尖らされ、快楽の種火を植え付けられる。

 ジャミルは無意識にシーツを強く握りしめた。

 悔しい。

 身体の主導権を完全に握られていることが、そしてそれを拒絶できない自分が、どうしようもなく悔しく――同時に、堪らなく愛おしい。

 この男は、アズラクの絶対支配者だ。その王が、ただの一人の男として、ジャミルという存在に溺れている。

「……俺の名前を、呼んでみろ」

 カリムがジャミルの耳元に唇を寄せ、懇願するように言った。

 王への敬称ではない。ただの、恋人の名を。

「……っ、カリム……」

 掠れた声で、初めてその名を呼んだ。

 それが、最後のリミッターを外す合図だった。

 カリムの金色の瞳が、情欲と歓喜で揺らめいた。

「ああ……愛しい、俺のカマル

 カリムはジャミルの両脚をゆっくりと割り、自身の腰をその間に沈めた。

 露わになった秘所が、オイルと愛液で濡れて灯りを反射している。

 恥辱に顔を背けようとするジャミルの顎を、カリムは優しく掴んで自分の方へ向かせた。

「目を逸らすな。お前を貫くのが誰なのか、その目に焼き付けろ」

 カリムの亀頭が、ジャミルの窄まりに宛がわれる。

 熱く、脈打つ、王の楔。

 ジャミルは息を飲み、覚悟を決めてカリムの首に腕を回した。

「……来い、カリム。俺の全部を……やるよ」

 ずぷり、と沈み込むような音と共に、侵入が始まった。

「ぐ、ぁ……っ、うあぁ……!」

 異物が体内を押し広げる感覚。裂けるような痛みと、それを上書きするほどの圧倒的な充足感。

 カリムはジャミルの呼吸に合わせ、焦らすように、ゆっくりと、最奥を目指して進んでいく。

 痛みに顔を歪めるジャミルの額に、カリムが雨のようなキスを降らせる。

「大丈夫だ……力を抜け。俺がお前を受け止める」

「は、ぁ……っ、熱い、カリム……お前の中、焼けるみたいだ……」

 ついに根元まで飲み込まれた瞬間、二人の吐息が重なった。

 繋がっている。

 物理的な結合以上に、精神の深い部分で回路が接続されたような感覚。

 カリムの鼓動が、ジャミルの脈拍と共鳴し、一つの大きなリズムを刻み始める。

 カリムが動き出した。

 最初は優しく、やがて激しく。

 打ち付けられるたびに、ジャミルの身体が揺れ、絹のシーツが波打つ。

 脇腹の傷が痛むことはなかった。カリムがそこを庇うように体重を支え、ジャミルを抱きすくめていたからだ。

 その配慮が、ジャミルの心臓を快楽以上に激しく揺さぶる。

「あ、ぁあっ……! そこ、深い……ッ!」

「ジャミル……! お前は、俺だけのものだ……!」

 王の楔は、大きく、熱く、ジャミルの理性の防波堤を容赦なく打ち砕いていく。

 だが、そこにあるのは一方的な支配ではなかった。

 ジャミルもまた、カリムの背中に爪を立て、その逞しい身体を自分の中へと引きずり込んでいた。

 王が盗賊を捕らえたのではない。

 盗賊が王をその身に閉じ込めたのだ。

 黄金の瞳と、瑠璃色の瞳が至近距離で絡み合う。

 互いの瞳の中に、自分の姿しか映っていないことを確かめ合う。

 それは、言葉を介さない魂の対話だった。

(俺はもう、屋根の上を一人で走ることはないだろう)

 激しい快楽の奔流に流されながら、ジャミルは思った。

 自由を失ったのではない。

 「孤独」という名の自由を捨て、「愛」という名の黄金の鎖を、自ら選び取ったのだ。

「愛している、ジャミル……!」

「俺もだ……! 愛してる、カリム……ッ!」

 絶頂の瞬間、二人の魂が火花を散らして融合した。

 カリムの熱い飛沫がジャミルの深部へ注がれ、ジャミルもまた、カリムの腹部に自身の白濁を解き放つ。

 視界が白く弾け、世界が二人のためだけに収束していく。

 揺れる天蓋のレース越しに、月の光が二人を照らしていた。

 煌めく黄金の装飾も、部屋に満ちる薔薇の香りも、この瞬間の二人の輝きには及ばない。

 余韻に浸りながら、カリムは愛おしそうにジャミルの汗ばんだ髪を梳き、ジャミルは王の胸に顔を埋めてその鼓動を聞いていた。

 王宮の夜はまだ長く、二人の吐息と愛の言葉は、終わりのない千夜一夜の物語のように、尽きることなく紡がれていった。

 窓の外では、満月が砂漠を青く照らしている。

 「青い月」はもう空には帰らない。

 黄金の獅子の腕の中こそが、彼が最後に見つけた、安住の地だったのだから。

(了)

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    第一章 敗北の海戦(Defeat at Sea) 「七つの海」と呼ばれる広大な海域。その西端に位置する珊瑚の海で、今まさに歴史的な激戦が繰り広げられていた。 轟音と黒煙が、紺碧の空を汚している。 帝国海軍の誇る無敵艦隊の旗艦『ソブリン号』が、片舷を大きく傾け、悲鳴のような音を立てていた。「提督! 第三マストが折れました! これ以上は持ちません!」「……狼狽えるな。舵を切れ、風上に立て直す!」 指揮官であるエリアス・フォン・ベルク提督は、硝煙の舞う甲板で叫んだ。 二十五歳という若さで提督の地位に上り詰めた、「氷の提督」。銀髪をきっちりと結い上げ、純白の軍服には塵一つついていない。その青白い美貌は、戦場にあって異質なほどの冷徹さを保っていた。 だが、その冷静な瞳も、今は焦燥に揺らいでいる。 敵は、ただ一隻の海賊船だった。 深紅の帆を張った高速フリゲート艦『レッド・オルカ号』。 帝国の包囲網を嘲笑うかのような操舵技術で懐に潜り込み、至近距離からの砲撃で、巨象のような戦列艦の足を止めたのだ。「野郎ども、乗り込めェ! 帝国の坊ちゃんたちに、海の厳しさを教えてやれ!」 野獣のような咆哮と共に、鉤縄(かぎなわ)が投げ込まれる。 乗り込んできたのは、潮と血の匂いを纏った海賊たちだ。その先頭に立つ男を見て、エリアスは息を呑んだ。 燃えるような赤髪。潮風に晒された褐色の肌。シャツのボタンを弾け飛ばすほど鍛え上げられた胸板。 バルバロス。「海魔」と恐れられる伝説の海賊船長だ。「貴様……ッ!」 エリアスはサーベルを抜き、自ら前線へ躍り出た。 バルバロスがニヤリと笑い、巨大なカトラス(曲刀)を一閃させる。 ガキンッ! 火花が散り、強烈な衝撃がエリアスの腕を痺れさせる。「へぇ、綺麗な顔して、いい剣筋だ。……だが、海はお前の遊び場じゃねえぞ、提督!」「黙れ、無法者!」 剣戟が交錯する。技量はエリアスが上だが、バルバロスには圧倒的な腕力と、波の揺れを味方につける野性的な勘があった。 不意に船が大きく揺れた瞬間、エリアスの体勢が崩れた。 その隙をバルバロスは見逃さなかった。 強烈な蹴りがエリアスの腹部に叩き込まれ、彼は甲板に吹き飛ばされた。「ぐ、ぅ……ッ!」 起き上がろうとしたエリアスの喉元に、冷たい刃が突きつけられる。 見上げれば、バル

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    第一章 共鳴する魂 王立魔導研究所の第十三研究室。 深夜二時を回っても、そこには怒号と魔力の火花が散っていた。「だから! 君の計算式は美しくないと言っているんだ、ノア!」 冷徹な声が響く。声の主は、ルシウス・ヴァン・アスター。名門貴族出身のエリートα(アルファ)であり、若くして魔導工学の権威となった天才だ。 銀色の長髪に、氷のように冷たい灰色の瞳。その全身からは、「ビターチョコレートと冷たい雪」を混ぜたような、理知的で威圧的なフェロモンが漂っている。 対するノアは、白衣の裾を握りしめ、食い下がった。「美しさなんて関係ありません! この術式なら、Ω(オメガ)の魔力供給量でも安定します。ルシウス室長は、αのスペックを基準にしすぎです!」 ノアは平民出身の劣性Ω。蜂蜜色の髪と榛(はしばみ)色の瞳を持つ、どこにでもいる平凡な研究員だ。 だが、その優秀さと頑固さだけは、ルシウスが唯一認める点でもあった。「Ωの基準になど合わせる必要はない。……そもそも、君たちがすぐに体調を崩し、発情期(ヒート)などという非効率な生理現象に振り回されるのが悪い」「っ……! それは、どうしようもない体質です! あなたがたαには、一生分からないでしょうけど!」 ノアが叫ぶと、ルシウスは鼻で笑った。「分かる必要もない。精神力が足りないから、本能ごときに支配されるんだ。……いいから、その『共鳴石』を貸せ。私が調整する」 ルシウスが強引に、実験台の上にあった巨大な魔石に手を伸ばした。 ノアも負けじと石を掴む。「待ってください! 今触れると、魔力波形が……!」「離せ!」 二人の魔力が同時に石へと流れ込んだ。 αの強大な覇気と、Ωの繊細な魔力。 相反する二つの波長が、共鳴石の中で予期せぬ化学反応(バグ)を引き起こした。 カッ――!! 視界が真っ白に染まるほどの閃光。 鼓膜を破るような轟音と共に、二人の意識は吹き飛ばされた。 ***「……う、ぐ……」 どれくらいの時間が経ったのか。 ノアは、ひどい頭痛と共に目を覚ました。 視界が高い。 いつも見上げている実験棚の上が見える。それに、身体が鉛のように重く、そして妙に熱い力が漲っている。 ノアはふらりと立ち上がった。手を見ると、そこには自分のものではない、大きく骨ばった手があった。「え……?」 ノアが

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