Se connecter「男が生まれない」呪いを受けた一族に、例外として生まれた少年・猫柳春馬。 彼は生きるため、“少女・春菜”として偽りの人生を送ってきた。 卒業間近、名門・狗飼家の御曹司、狗飼来人との出会いをきっかけに、二人は契約結婚を結ぶことになる。 正体を隠したまま始まる関係。 しかし、第三者の介入と誤解が、少しずつ二人の心を引き裂いていく。 犬と猫のように噛み合わない二人は、本当の想いに辿り着けるのか――。 これは、嘘と秘密の先にある恋の物語。
Voir plus僕はずっと、ひとつ疑問に思っていることがある。
物語でよくある、先祖が犯した罪を子孫が背負わされる話。 あれってさ……理不尽じゃない? だって、アホな先祖がやらかしたせいで、 何の関係もない子孫が不幸になるんだよ? 普通に可哀想すぎない? ……なんでいきなりこんな話をしているのかって? わかる。 僕が読者側だったら、間違いなくそう思う。 でもね。 何を隠そう、その可哀想な子孫が──僕だからだ。 僕の名前は、猫柳春馬《ねこやなぎ はるま》。十八歳。 まず言わせてほしい。 なんで名前に、動物が二匹も入ってるんだよって話だよな? ……いや、これ、全然笑い事じゃない。 僕が生まれた猫柳家は、昔むかし、 村を守っていた神様を裏切った一族らしい。 その罰としてかけられたのが── 「男が生まれない呪い」。 うん。意味が分からないよな。 僕も、最初に聞いた時はそう思った。 ところが、なぜかその呪いをすり抜けて、 母さんは僕を産んでしまった。 理由は諸説ある。 母さんが駆け落ち同然で家を出たからなのか、 呪いが弱まっていたのか―― 正直、どれも眉唾ものだ。 ともかく、生まれたのが僕だった。 母さんは父親らしき男に捨てられ、 途方に暮れていたところを、祖父に連れ戻された。 猫柳家に戻った母さんと僕を、祖父母は温かく迎えてくれた。 そして僕が男だと分かった瞬間―― それはもう、家を挙げての大宴会だった。 ……が。 喜びも束の間、僕は高熱を出して寝込んだ。 さらに医者から告げられたのは、 男性ホルモンが急激に減少し、女性ホルモンが増加しているという謎の症状。 悩みに悩んだ末、祖父母が出した結論は── 「春馬を、女の子ってことにしちゃえば良くない?」 ……はい。 僕の人生、詰みました。 その日から僕は、 猫柳春馬ではなく――猫柳春菜になった。 服も、生活も、学校も、すべて女の子仕様。 すると不思議なことに、熱は下がり、体調も安定した。 (……神様、それでいいの?) そうして僕は今、 名門女子校に通う「お嬢様」として生きている。 護衛と称した執事に見張られ、 更衣室も洗面所も特別仕様。 無事に卒業まで、残り二ヶ月──。 そんなある日。 僕は、狗飼来人《いぬかい らいと》と出会った。 この出会いが、 僕の人生を根こそぎ変えることになるなんて―― この時の僕は、まだ知らなかった。来人はあの日、契約結婚の話をした後、 一度も猫柳家を訪れなかった。 再会したのは結納の場。 それから会うこともなく、結婚式を迎え、現在に至る。 結婚してからも、来人がこの別邸を訪れることはほとんどない。 気まぐれに顔を出す程度で、夫婦とは名ばかりの関係だった。 それなのに── 時々、こうして無防備に懐へ踏み込んでくる。 僕は線を引くために 「旦那様。どのような方とお付き合いなさっても構いませんが…… 口の固い方をお選びくださいませ」 そう言って通り過ぎようとした瞬間、 腕を掴まれた。 「……嫉妬か?」 甘く囁かれ、睨み上げる。 「ご冗談を。手を離してください、旦那様」 鼻で笑うと、来人は静かに告げた。 「一つ言っておく。 俺にとってセックスは浄化の手段だ。 祐希は、受けた瘴気を身体で浄化してくれているだけだ」 顔を覗き込まれたが、僕は腕を振り払った。 「興味ありません。 旦那様は、旦那様のお好きなように」 そう言い残し、部屋へと戻る。 「……はぁ」 深い溜め息が零れた。 来人の瞳は、普段は薄茶色だ。 だが異能を使う時だけ、金色に輝くらしい。 それなのに── 僕と話す時、あの目はいつも金色に見える。 その瞳に見られると、全てを見透かされている気がして怖くなる。 正直、来人には感謝している。 本来なら本邸で暮らすはずの僕を、こうして別邸で生活させてくれていること。 嫁ぐ時に一人では可哀想だと、猫柳家で身の回りの世話をしてくれていた鈴本を、そのまま付けてくれたこと。 嫁いだ当初、僕を侮辱した使用人を全員解雇し、 本邸でも別邸でも、 「狗飼春菜は、狗飼来人の妻である。 春菜への侮辱は、来人への侮辱に値する」 そう言って、はっきりと釘を刺してくれた。 だから僕も鈴本も、狗飼家で何不自由なく暮らせている。 感謝しているはずなのに── 僕の中で、何かが強く警告していた。 来人に、近付くな。 その声だけが、 胸の奥で、何度も反響していた。
その日は、朝から本邸がどこか騒がしかった。 「春菜様、いらっしゃいますか?」 本邸からの使いが、別邸まで息を切らしてやって来た。 ただ事ではないと察し、鈴本と顔を見合わせる。 「なにごとですか?」 玄関へ向かいながら問いかけると、使いの者は顔を強張らせて言った。 「若様が……来人様が、巨大な瘴気に襲われ、危険な状態でございます」 その言葉を聞いた瞬間、身体が勝手に動いていた。 「来人様は、どちらに?」 返事を待つことなく、用意されていた車に押し込まれる。 車は二十分ほど走り、大学病院の特別病棟へと辿り着いた。 特別室の扉が開いた瞬間、思わず息を呑む。 ──酷い。 何も知らない僕でさえ分かるほど、来人の状態は深刻だった。 全身は黒く変色し、呼吸は浅く弱い。 心電図の電子音と、呼吸器の無機質な音だけが、部屋に響いている。 そっと、来人に触れようとしたその時 「なりません!」 鈴本に腕を掴まれた。 「離しなさい」 静かに、けれど有無を言わせぬ声で告げる。 「春菜様! 瘴気はあなたの命まで蝕むのですよ!」 叫ぶ鈴本を、真っ直ぐ見据え 「聞こえないのですか。離しなさい」 怒鳴らなかったが、その場にいた誰もが息を呑み、 口を閉ざした。 やがて、鈴本は観念したように手を離した。 僕はそっと来人の頬に触れ、絞り出した 「旦那様……」 の声が、思わず震えていた。 すると、来人の瞼が微かに揺れた。 纏わりつく瘴気の痛みが、皮膚越しに伝わってくる。 まるで、無数の針で刺されているような痛みだった。 「……あなたは、こんなにも痛みを背負って、この国を守っていらしたのですね」 狗飼家の仕事は極秘任務だ。 だが僕は、この家に嫁ぐことが決まった日に、母から全てを聞かされていた。 ──何かあった時、あなたの力が必要になる。 僕は決意を固め、静かに口を開いた。 「来人様を助けたいのです。 人払いを、お願い出来ますか」 その瞬間だった。 「ふざけるな!」 半身を黒く染めた竜ヶ峰が叫んだ。 「お前……来人に何をする気だ!」 (瘴気に侵食されている割に、元気だな) 心の中で毒づいていると、低く鋭い怒声が響いた。 「竜ヶ峰!」 視線を向けると、現当主が睨み据えていた。 「春菜は来人
来人の恋愛対象が男だと知り、僕はひどく焦った。 今は女だと思われているから、まったく興味を持たれていない。 けれど──もし僕が男だと知られたら。 考えただけで、喉がひくりと鳴る。 そんな時、ふと脳裏に浮かんだのは竜ヶ峰の顔だった。 とにかく感じの悪い男だが、驚くほど整った容姿をしている。 来人と同じ二十五歳。 大人の余裕と、抗いがたい色気を併せ持った男。 ……それに比べて。 鏡に映る自分は、童顔で華奢な身体。 思わず、乾いた笑みがこぼれた。 そもそも僕なんて、最初から来人の視界にすら入っていない。 「はぁ……」 溜め息をついた、その時だった。 「どうした?」 背後から低い声が落ちてきた。 振り向くと、紺色のシャツの前をはだけさせた来人が立っていた。 鍛え上げられた体躯。切れ長の目が、僕を見下ろす。 「いえ……何でもありません」 首を振ると、来人は一歩、距離を詰めた。 「オヤジに呼び出されたらしいな」 低く、甘い声。 そのまま、ふいに頭を撫でられる。 「すまないな。嫌な思いをさせて」 ぽつりと落とされた言葉に、胸が揺れた。 「……いえ。妻の務めを果たせていないのですから」 百八十センチを超える来人を見上げる。 男に興味のない僕から見ても、彼は格好いい。 気だるげな雰囲気は、だらしなさではなく色気になり、 紺のシャツと黒いスラックスが逆三角形の体躯を際立たせている。 額に落ちた前髪が、 ──触れてはいけないと思うほど、来人を魅力的に見せていた。 そんな事を考えていると── 来人との距離が、近すぎると気付いた時には 「……なんだ。務めを果たしたいのか?」 気付けば腰を抱かれ、顎を軽く掴まれていた。 「妻殿が望むなら、叶えなくもないぞ」 揶揄うような囁きに、頬が熱くなる。 「ご冗談を……。あなたの情夫から聞きました。女性に興味はないのでしょう?」 顎を掴む手をそっと払い、小さく笑う。 来人は面白がるように目を細め 「ああ……祐希から聞いたのか。 まぁ、そうだが…… 不思議だな。お前なら、抱けそうな気がする」 そう甘く囁かれ、背筋がひやりと冷えた。 だが次の瞬間、来人は低く笑い── 「安心しろ。約束通り、お前
本邸は、だだっ広い平屋造りの和風建築だ。 長い廊下を進み、当主との謁見の間へ通される。 襖が静かに開き、 姿を現した当主は──渋い、イケおじだった。 「楽にしなさい」 そう言われ、顔を上げる。 「結婚して半年。 まだ夜伽を済ませていないらしいな」 「……申し訳ございません」 頭を下げると、当主は深く溜め息をついた。 「そなたは悪くないと聞いておる。 毎晩、来人の帰りを待っているそうだな」 ──それも、契約の一つだ。 来人は結婚初夜 「お前には、何の落ち度もない状態で離婚できるようにする」 そう言って、見える形での行動を指定された。 だから僕は、 帰らない旦那を待つ“健気な妻”を演じているのだ。 「来人様は悪くありません。 私に魅力がないだけでございます」 そう答えると、当主は眉をひそめた。 「これほど愛らしい妻を放って遊び歩くとは……嘆かわしい」 「……申し訳ございません」 「謝らなくて良い。 もし来人が、このままそなたを無碍にするなら、自由にしてやろう」 だから ──もう少し、頑張ってはもらえぬか。 その言葉に、僕は静かに頷いた。 部屋を出た瞬間、 胸に溜まっていた息を吐き出す。 「……ふぅ」 その時だった。 「――あれ? 本妻様じゃん」 現れたのは、来人の付き人。 竜ヶ峰祐希。 嘲るような笑みを浮かべ、近づいてくる。 「珍しいね。本妻様が本邸にいるなんて」 立ち去ろうとした瞬間、腕を掴まれた。 「せっかくだからさ、来人に会っていきなよ」 嫌な予感しかしない。 引きずられるように辿り着いた、本邸最奥の部屋。 障子が、ゆっくりと開く。 そこにいたのは── あられもない姿で眠る、来人だった。 事後。 それ以外の言葉が、見つからない。 「ごめんね」 竜ヶ峰は、楽しそうに笑いながら 「来人はさ、男しか抱けないんだ」 と、僕の耳元に囁いた。 その言葉が、 胸の奥に、深く突き刺さった。 「残念だったね。本妻さん」 クスクスと笑う声だけが、 いつまでも耳に残っていた。 ──僕の頭は、真っ白になった。 ──僕の頭は、真っ白になった。