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#1

last update Last Updated: 2025-11-01 13:19:38

互いに気を失っていたようだ。

一架は深呼吸して、近くに落ちている枯葉を持ち上げた。

延岡より先に目覚めたものの、脇腹が痛くて起き上がることができなかった。

崖から転落した。

それでも下がアスファルトなどではなく、柔らかい土の上だったことは不幸中の幸いだろう。

「延岡、どこが痛い? 俺は脇腹なんだけど」

「右脚。動かすと……やばい」

ため息がもれそうになる。最悪だ。

どちらも起き上がれる状態じゃない。実は既に一つ絶望的な出来事があった。

「助けを呼ぼうと思ったんだけど、俺のスマホ強く叩きつけられたみたいで反応しないんだよ。お前のは?」

痛む首を捻って問い掛ける。彼は少しポケットの中をさぐってから、とても小さな声で答えた。

「スマホがない。……落ちた時に、どっかに吹っ飛んだのかも」

それから手を放って、彼は深く息をついた。

「わざとじゃないんだ。本当に、足が滑っただけなんだ。わるい……」

「そっか、良かった。わざとだったらマジでぶっ飛ばそうと思った」

冗談まじりに笑って返す。けどそれが身体に響いた。正直、声を出すだけで打った部分に痛みが走る。

「大丈夫だよ。今夜はこのままでも、明るくなれば子どもや家族連れがやってくる。そしたら大声で助け呼ぶ作戦でいこう」

息づきもせずに提案した後、密かに唇を噛んだ。

「それじゃあ俺はこのまま寝るよ。ちょっと、喋んのもキツいんだ……何かあったら起こして。虫いそうで嫌だけど、ワガママ言ってらんないからな」

脇腹に手を当て、瞼を閉じる。

開けても閉じても、見える景色はそう変わらなかった。どちらも暗い。自分達は今、誰にも気付いてもらえない闇の中にいる。

昼間は賑やかだろうに……。

こんな事なら継美さんに送ったメッセージに、延岡とどこで会うのか書けばよかった。すぐに帰って電話するつもりだったから、超短文で済ませてしまった。

でも、父には帰ると伝えた。朝まで帰らなかったら心配するだろう。

……やっぱ、帰らなきゃいけないんだ。帰りを待ってくれてる人がいる以上、絶対に帰る。

隣にいる彼だって同じ。帰りを待ってる人がいるはず。

「崔本……喋らなくていいから、ちょっといい?」

穴蔵の中にいるような、暗い闇と距離感の掴めない声。

遠いどこかで、延岡の声が聞こえていた。

一架は密かに息をついた。

目を瞑ったものの、本当は痛すぎて眠れなかった。

だが気分は晴れ
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  • Dress Circle   #5

    街灯が一斉に点いて辺りを照らす。夜が来た。急がないと。もう時間だ。一架は慌てて電車を降り、改札口を抜けた。待ち合わせの時間を過ぎている為、人混みを掻き分けて目的の店へ向かう。思いの外時間がかかってしまった。病院を出たあと、特に寄り道もしなかったのに……通り雨に降られたのもツイてなかった。「継美さん、ごめん! 待った?」「全然待ってないよ。……って、言っといた方が株が上がるかな」「ははは。ごめんて、俺も全力疾走はできないからさ」待ち合わせしていたレストラン、その窓際のテーブルで待っていた人物に両手を合わせる。今夜は予定の空いていた継美と食事の約束をしていた。「走らなくていい、むしろ走ったら怒るぞ。お前もまだ全快じゃないんだから」彼からメニュー表を受け取り、食べたい洋食を注文した。待ってる間に、学校では絶対できない話を切り出す。「うん、でも俺、意外と丈夫なんだよね。……それとさっき延岡に会ってきた。思ったより元気そうだったよ」「そうか……良かった。一ヶ月の休学をとったとしても、彼の出席日数なら進級も問題ないからな」継美はアイスティーを口にし、軽く肩を竦めた。「……とは言え、久しぶりの学校は色々不安だろう。戻ってきたら、ちょっと気にしてやれよ」「ああ。友達だからね」最後の一言はかなり小声で言った。ちょうど頼んだ料理が二人分きたから、食べる方を優先する。……ん?継美さんは中々料理に手を付けない。頬杖をついて、じっとこちらを見つめてる。何だ。何か食べづらいぞ。「どうしたの? ご飯冷めるよ?」「いや、ちょっと感動してるんだ。お前は度量だけはあるよな。自分のことより延岡の心配ばっかしてるんだから」「そりゃ、俺はもうピンピンしてるし」軽く返したけど、継美さんがしおらしい理由はわかっていた。「大丈夫だと思うよ……あの二人。もちろん、心配なところは心配だけどさ」「ふう。……だと良いな」朝間さんにされたことも、彼は全部知っている。それを許し、且つ平然と学校生活を楽しんでいる自分に感心しているんだろう。俺は俺で、単純に深く考えない性質なだけだ。だって死ぬわけじゃないし、何かあれば常にやり返してやるつもりでいる。「朝間さんは……相当お前に執着してたからな。まだしばらくは様子見しないといけないけど」継美さんは小さなため息をつく。彼の言

  • Dress Circle   #4

    雨音が全てをかき消していく。心の柔い部分まで叩きつけるようで、何だかそわそわした。まず間違いなく、気まずいからだ。二人きりで過ごすのはあの夜以来。朝間さんがお見舞いに来たのは、今日が初めて。手術の日は来なかった。彼は連日仕事だと知っていたし、来る義理もないから忘れるように努めた。このまま、ずっと忘れるのも……ひとつの手だと思ったけど。「脚はどう?」「先生に言われて、すぐリハビリ始めたんです。今日も、もうちょっとしたら行かないといけなくて」事実とはいえ、少し虚しくなる。来てもらってばかりなのにまた離れることが切ない。でも仕方ない。そんなことに一々傷ついていたら生きてけない。きっとこれから、もっと辛いことが自分を待ってる。「今日は祐代に伝えたいことがあって来たんだ。すぐ終わるから聞いてほしい」現実を受け入れなきゃいけない。目の前に屈む朝間さんを見て、そう痛感した。これから聞かされるのは、本当は耳を塞いどきたい別れの挨拶だ。でもそれを跳ね除けることはできない。彼の気持ちを変えるような力を、自分は持ってない。彼はまだ崔本を想っている。そして、その崔本を傷つけた俺に失望したはずだ。だからこれは事実上の別れ。最後通牒は辛いけど、わざわざ言いに来てくれただけ感謝しよう。「俺も……朝間さんに言いたいことがあります。今まで、本当にありがとうございました。これからは真面目に生きていくので、朝間さんも幸せになってください」想いが先走って、彼より先に告げた。でもこれでいい。この方が彼も話がしやすいだろう。もう戻れないように、自分から吊り橋を断ち切った。これでいいんだと言い聞かせて……返事を待った。「はは……」けど、彼は俺の手を握って瞼を伏せた。「祐代は思ったより酷いな。告白するチャンスもくれないなんて」「え」告白?そんな馬鹿な。……どうせいつもの、彼の悪い冗談だろう。笑って首を傾げるけど、彼は笑い返したりしなかった。「本当は、君に告白する資格なんて俺にはない。それでも無理を承知で会いにきたんだ。どうしても伝えたかった。……突き放されても、失望されても、俺を想い続けていた君を忘れられなくて」朝間さんは目を細める。それが何だか泣いてるようだった。「一架と君を天秤にかけるようなことは絶対にしない。好きと憧れは違うんだ……俺はもう、一架と

  • Dress Circle   #3

    どこで立ち止まろうと季節は移ろいで、現実は目まぐるしく変わる。良いニュースはともかく、悪いニュースはあまり聞きたくないけど……不変を求めること自体、無駄なことなのかもしれない。何かを強く願えば願うほど、手痛い仕打ちを受けるものだ。「ん~……」痛いといえば、だいぶ身体の痛みはとれてきた。通院生活は続いているものの、それなりに運動もできる。すっかり調子よく学校へ通えていた。夕暮れ時、一架は教室を後にした。しかし机の中に眼鏡を忘れたため、再び向きを変える。……。やっぱり、いらないな。数秒迷った後、鞄を背負い直して学校を出た。今日はこれから予定が二つある。まずはそのうちの一つ……目的地へ向かう為バスへ乗った。三十分ほどで辿り着く。街の外れ、自然に囲われている大きな病院。そこで受付を済ませ、目的の病室へ向かった。「よ、元気? 延岡」「崔本。来てくれたんだ」多床室の一番奥、窓際のベッドに座っている延岡に声を掛けた。彼は驚きつつも、少し照れた様子で微笑む。「俺は打撲と捻挫だけだったし。すっかり元気だから顔見にきたんだよ。美人だから目の保養になるだろ」「崔本、美人は三日で飽きるって知ってる?」「知ってる。でも三日空けたらまた見たくなるんだろ?」「さあねえ。あ、文化祭楽しかった?」「……あぁ」延岡の問いに静かに頷く。カーテンを引っ張って声をひそめた。公園で転落した夜から今日でちょうど一週間。俺はすぐ回復して学校へ行くことができたけど、延岡は右脚を骨折していて、すぐに手術を受けた。今は脚に入れたボルトも固定し、リハビリに専念してるらしい。長距離の移動はまだ車椅子を使用してるけど、本人も慣れてきたのか、表情は柔らかかった。折れた部分が治りやすかったのは不幸中の幸いだろう。「来年の文化祭は絶対出ろよ。高校最後なんだから」「そーだね。早く退院できるように頑張るよ」売店で買ってきたジュースと菓子を適当に並べ、また延岡の方を振り返る。「何かしてほしいことあるか」「大丈夫だよ、会いに来てくれただけで充分。……本当にありがとう」彼は笑って、ゆっくり体勢を変えてこちらに向き直った。「俺、あのままだったらもっと自分を嫌いになってた。嫉妬して、嫌がらせして。それで一時はスカッとするけど、そのまま繰り返してたらどうなってたか。分からなくて、時々すご

  • Dress Circle   #2

    時間ばかり過ぎていく。それはわかりやすいバロメーターで、どんどん心臓を絞めあげていた。幸い、今は吐き気や目眩はない。しかし頭を打った可能性もあるので、容態が急変することがあるかもしれない。それに軽い怪我だったとしても、笑って済ませられる問題じゃないから。初めから俺が全部間違ってたんだ。「崔本……ごめん」「もう良いっつってんだろ。大丈夫だよ……それより、俺達これから進路なんだぞ。これからやっと、真面目に生きるんだから」崔本は吹っ切れたように笑った。……強い奴だ。女顔で線が細くて、ナルシストの塊みたいな奴なのに。こいつは優しい。こいつだけは助かってほしい。夜空に浮かぶ光の粒に願ったとき、人の声と眩しい光が飛び込んできた。「一架!」驚いたけど、ライトを向けて走ってきたのは梼原先生だった。どうやら朝間さんは彼と一緒にいたらしい。「継美さん!? 何で……?」「朝間さんと一緒にいたんだ。そしたらお前から延岡に会いにいくって連絡が来てたから……このバカ! 本当に駄目だ、お前は!」「ごめんなさい……でも俺満身創痍なんだ。そんな罵声は浴びせない方がいい。心臓止まる」抜け殻のように文句を言う崔本を抱き起こし、彼はホッとした顔で叫んだ。「それもこっちの台詞。お前に何かあったのかもって思ったとき、……心臓が止まると思った」「そ、っか。ごめん」二人は困ったように笑って、そして抱き合った。とりあえず良かった。あとは……。「祐代」枯れ葉を踏み潰す音が耳元で鳴る。見上げると、いつもと同じ朝間さんが俺を見下ろしていた。いや、同じは嘘だ。普段とは決定的に違う。────彼は、笑ってない。申し訳ないけど、疚しい気持ちもあって顔をそむけてしまう。するとさらに近くで音が鳴った。恐る恐る確認すると、彼は地面に膝をついて俺の顔を覗き込んでいる。どうしたんだろう。言いたいことあるなら言えばいいのに。妙な重圧感に苛まれる。それでも黙ってると、彼は俺の目元に触れてきた。「梼原さんが君達のことを心配してね。何がどうなってるのかサッパリだったけど、電話に出てくれて助かった」……助かった?その台詞はおかしい。助かったのはこっちだ。そして、全ての元凶はこの俺。「ごめんなさい。……俺のことはいいから、行ってください」震える声で呟く。これ以上、こんな姿を見られたくな

  • Dress Circle   #1

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  • Dress Circle   対比

    「予定より大幅に上回る来客数……今回の展示会も大成功でしたね」広いホールに佇み、展示物の片付けに追われるスタッフ達に目を向ける。次いで、今日の集客数をタブレットで確認しているに企画部の青年に振り返った。「先月のプロジェクトもすごい動員数だったし……やっぱり朝間さんのサポートのおかげです」「いいえ、私は何も」丁寧に頭を下げ、周りのスタッフに挨拶してから会場を出た。朝間はスマホで時間を確認して、襟元を緩めた。今日は提携先の企画参加で、一日中来客の応対をしていた。普段から話し続けるのは慣れてるものの、さすがに喉が痛む。時間的にも自宅に直帰することを決め、駐車場へ続く街道を歩いた。すると前方に佇み、こちらを直視してる青年が居たので足を止める。体感では、二秒ほど時間が止まった。「初めまして。朝間さん、ですよね。少しだけお話できませんか」まだ若いが、まじまじ見てしまうほど丁寧なお辞儀だった。物腰も口調も柔らかで、接客の多い身からすると好印象。しかし心を許すかどうは別の話だ。「突然すみません。私、高校の教員をしている梼原継美と申します」「存じてます。一架の担任の先生でしょう? 実は僕も、貴方とゆっくりお話してみたいと思ってたんです」朝間は笑顔を浮かべた。継美の隣に並び、少し先のバーを指さす。「お仕事帰りでしょう。良ければ飲みながらお話しません?」「いえ、車なので。ただのお茶なら、そこの喫茶店でも」「ふふ。すいません、それならここで大丈夫です。俺も車だし、喉が乾いていただけなので」方向を変え、すぐ近くの自販機に向かう。缶コーヒーを二本買い、一本を継美に手渡した。「……ありがとうございます」「いいえ。わざわざ会いに来てくださったんですから」よく場所が分かりましたね、と言うと彼は一瞬気まずそうにした。それ以上はあえて踏み込まず、朝間は顔を背けた。あっという間にコーヒーを飲みきり、缶をゴミ箱に捨てる。もっとも継美はプルタブも開けずに、通り行く人々を眺めた。「そんな気を遣わないでくださいね。俺と継美さん、同い年みたいだし。……それでお話というのは、やっぱり一架のことですよね」「はい。どうしても直接会って訊きたかったんです。貴方は一架を……彼をどうしたいんですか?」束の間の沈黙。その後零れる小さなため息。朝間は困り顔で継美を見つめていた

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