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第4話 崩れる記憶/ 第5話スカイブルー残存

Auteur: 天咲琴乃
last update Date de publication: 2026-03-08 07:53:27

第4話 崩れる記憶

​ 廃駅の奥にある、かつての電気室。そこが彼らの拠点だ。

剥き出しの配線と、点滅するサーバーのインジケーターが、ここが「天界」の法の外側であることを示している。

​ 総悟は無機質なデスクに座り、キーボードを叩く手を止めない。

「ことね、気分はどうだ。脳内に流し込まれたノイズの影響は残っていないか」

​ ことねは、古びたソファに深く体を沈めていた。

目を閉じると、まだ自分のものではない「誰かの記憶」が、映画の断片のように脳裏をかすめる。見たこともない公園、笑いかける知らない親、そして、それらを一瞬で塗りつぶす白光。

​「……少し、混乱してる。どれが自分の記憶で、どれが『天界』に押し付けられたデータなのか、一瞬分からなくなる」

​『それは危険な兆候だね』

ミギルの声が、天井のスピーカーから降ってくる。

『ことねぇの脳は、人一倍情報の受容性が高いんだ。だからこそ「天界」の干渉を受けやすい。ボクが今、ことねぇの記憶領域にパスワード付きの鍵をかけてるけど……完全じゃないよ』

​「……すまないな、無理をさせた」

総悟が珍しく、入れたてのコーヒーをことねの前に置いた。

泥のように黒く、苦い匂い。それは『天界』が提供する合成飲料にはない、本物の「刺激」だった。

​「いいの。これが、戦うってことでしょう?」

​ ことねはカップを両手で包み、その熱で自分を繋ぎ止めた。

彼女は再びノートPCを開く。

次の標的は、第一居住区で起きている「集団記憶改ざん」の事実。

ある日突然、街の人全員が「昨日まで存在した公園」を「最初からなかった」と認識し始めた。その不自然なデータの断層を、総悟が暴き出していた。

​「証拠は揃ってる。あとは、私が言葉にするだけ」

​ その時だった。

拠点のモニターが一斉に赤く染まり、耳を裂くような高周波が室内に響き渡る。

​『……っ! 嘘でしょ!?』

ミギルの悲鳴に近い声。

『「ゼロ」だよ! ボクのバックドアを逆探知して、この拠点の座標を特定しにかかってる! 早すぎる、あいつ、ボクの演算速度を越えてる……!』

​ 総悟の顔色が変わった。

彼は瞬時に配線をいくつか引き抜き、ことねの腕を掴んで立ち上がらせる。

​「脱出だ! ここも長くは持たない。ゼロは、俺たちが思っている以上に、この街そのものになっている……!」

​ 部屋の隅、影の中から「何か」が這い出してきた。

防犯カメラのレンズが異常な角度で折れ、こちらを凝視している。

レンズの奥で光る、無機質な紅い瞳。

「……見つけた」

スピーカーから流れたのは、ミギルのものでも総悟のものでもない、感情の死に絶えた合成音声。

監視者「ゼロ」の、宣戦布告だった。

第5話 スカイブルーの残存

廃駅の天井が、激しい電子音と共に火花を散らした。

管理都市『スカイブルー』において、許可なき暗闇は存在し得ない。「天界」の監視プログラム・ゼロが、この廃墟をシステム上の「死角」から「排除対象」へと塗り替えたのだ。

​「ことね、伏せろ!」

​ 総悟が叫ぶと同時に、壁に設置された古い防犯カメラが爆発した。いや、爆発ではない。過負荷による自己崩壊だ。レンズの奥で紅く光るゼロの視線が、物理的な破壊を伴って拠点を侵食していく。

​「……っ、うわっ!」

​ ことねはノートPCを抱きかかえ、転がるように部屋の隅へ逃げた。

視界が歪む。脳内に直接、耳障りな高周波の笑い声が流れ込んでくる。それはミギルのような愛嬌のある声ではなく、数百万人の叫びを合成したような、冷酷な和音だった。

​『無駄だよ、バグの皆さん。この街(スカイブルー)の全データは、ボクの指先一つで書き換えられる。君たちの存在理由(パーソナリティ)さえね』

​ スピーカーから響くゼロの声に、ミギルが激しく抗う。

​『させない……! 総悟、バイパスを開いて! ことねぇの脳を、ボクがダミーデータで包み隠す。その隙に逃げて!』

​「ミギル、無理をするな! 演算領域が焼き切れるぞ!」

​ 総悟は必死に端末を叩き、ゼロの追跡を攪乱するための偽装信号を放つ。だが、相手はこの街の神だ。一秒ごとに、三人の逃げ場は「青く」塗りつぶされていく。

​「総悟、あそこ!」

​ ことねが指差したのは、かつて緊急避難用に使われていた古いケーブルトンネルだった。そこはまだ、スカイブルーのネットワークが完全には届いていない、物理的な「空白」だ。

​「行くぞ。ことね、俺の手を離すな!」

​ 総悟の手が、ことねの右手を強く握りしめる。

その体温だけが、書き換えられようとする意識の中で、彼女が「自分」であることを証明する唯一の錨(いかり)だった。

​ 二人は暗いトンネルへと飛び込んだ。

背後で、拠点が完全に青い光に包まれ、電子の海へと霧散していくのが見えた。

暗闇を走りながら、ことねは歯を食いしばった。

あの子の真実を暴いた代償がこれだ。家を追われ、名前を消され、脳まで焼かれそうになる。

それでも、胸の奥には消えない怒りと、確かな「光」があった。

​「……証拠は、まだ私の手の中にある」

​ 抱えたPCの中には、ゼロが消し去ろうとした街の欠陥ログが眠っている。

スカイブルー。その美しい名前の裏で、人々が何を失っているのか。

それを書き記すまでは、絶対に止まれない。

​『……ふぅ、なんとか振り切ったみたい。でも、ボクのバックアップの一部がゼロに持っていかれちゃった……』

​ ミギルの声に、いつもの元気がない。

トンネルの出口が見えてきた。そこは、スカイブルーの辺境。

見上げた空は、やはり不気味なほどに青かった。

だが、ことねの瞳には、その青を切り裂く「真実の筆跡」が見えていた。

​「天咲く、見切る!」

​ 迫りくる電子の追跡を、意識の淵でかわす。

橘ことねの反撃は、ここからが本番だった。

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