LOGIN漆黒を貫く冷たい眼孔、闇を誘うかのように揺れる長く黒い髪 唇に薄く引く紅は男の為では無く、死神に捧げる祝詞を唱える為だ 彼女の名前は「QUCA」 死の匂いを黒い外套で包み、短めのスカートを覘かせる彼女を人々は『死神の娘』と恐れ畏怖した そんな彼女は幼い頃に両親と行った外国で孤児になり、某国の研究機関に拾われて暗殺者として育てられた 任務先で研究機関を裏切り、監視チームを殲滅したのちに脱走する 国際テロリストとして指名手配された彼女が何故か日本に現れた 彼女を捕まえるべく奮闘するのは、家族を事故で失い天涯孤独となった中年の刑事 そんな二人のお話です。ハッピーエンドではありません
View More「あの娘はこれから友達を沢山作って、恋も一杯して、そしていつか結婚して子供たちに囲まれて静かに暮らす」 クーカは目を細めて『妹』の姿を見ていた。「そんな平凡な人生を送っていくの……」 打球を撃ち返せずに悔しがる妹。その妹を励ます友人たち。微笑ましい光景だ。「どれも…… お前には手の届かないものだな」 そんな様子を見ながら先島が言った。 「人は平凡なんかつまらないと言うけど、私から見れば眩しいくらいに羨ましいわ……」 実の姉が生存している事を知らない『妹』は、周りに居る友人たちと屈託なく笑っている。「彼女は私とは違う人生を送っていって欲しい。 それが私の残された願い…… 誰にも邪魔はさせないわ」 きっと何事も無ければ、妹の隣で共に光り輝いていたであろう自分の青春に思いを馳せていた。「……お前はそれで良いのか?」 先島が尋ねた。「物心付いてから今までに覚えたのは、人の殺し方と獲物を追い詰めるコツだけよ……」 クーカは口元に薄い笑いを浮かべがら言った。自分の人生にあるのは硝煙と血の匂いだけだ。今、居なくなっても誰も気に留めないし振り返られもしない。「……今更、どうにもならないわ」 きっと、どこか遠い国の知らない街の路地裏で、ひっそりと始末されるのが運命なのだと悟っている。風に吹かれると消えてしまう煙のようなものだ。「俺たちなら違う人生を送れるように手配できる」 俺たちとは先島が所属する組織の事だ。「表の世界に戻ってこないか? このまま暗闇の中をいくら走っても何も見えないままだぞ……」 先島は彼女をスカウトしようとしていた。殺し屋になるしかなかった不遇の人生を思いやっている訳ではない。 何とかして絶望の中で足掻いている少女を救いたかったの
小高い丘の上。 平日の午後。住宅街に設置されている児童公園には散策する人すらいない。 その児童公園は小高くなっている丘の上にあった。そして、公園の眼下にあるテニスコートが一望できていた。 テニスコートには部活なのだろうか、付近の中学校の生徒たちがラケットを振るっていた。 そんな学生たちをクーカはベンチに座ってぼんやりと眺めていた。「ここに居たのか…… 探したよ……」 クーカがチョコンと座るベンチの隣に先島が腰を掛けて来た。「……」 クーカは先島がやって来た事に関心が無いようだ。気が付いて無いかのように無言でコートを眺めている。 眼下に見えるテニスコートからは、テニスボールを撃ち返す音が響いて来た。それに交じって仲間を応援する声もする。 それは平和な日本を満喫するどこにでもある風景だ。「俺にもあんな時代があったな……」 生徒たちの上げる嬌声を聞きながら先島がポツリと言う感じで言った。「周りに居る大人は全部自分の味方だと信じていたもんさ」 そんな学生たちを見ながら、先島がおもむろに口を開いた。「無心に部活に打ち込んで、家に帰ってからは勉強そっちのけでゲームばかりやっていたっけ……」 もちろん人間関係の煩わしさもあったが、大人となって足枷だらけになった今とは雲泥の差だ。「……」 クーカは先島の話に関心が無いのか無言のままだった。 二人が見つめるコートの中に、一人の女子生徒が歩み出て来た。どうやら打球を受ける練習を行うようだ。 それを見ていた先島がおもむろに口を開いた。「彼女の名前は親谷野々花(おやたにののは)。年齢は14歳の中学生……」「成績は中くらいで友人は多数。 勉強は大嫌いだがスポーツは大好き」「まあ、どこにでも居る平均的な
(急がないとクーカの足取りが消えてしまう……) あの銃撃戦の跡にクーカの死体は無かったと聞く。もっとも素人に毛の生えた程度の連中では歯が立たないのは解っていた事だ。恐らくは無事に脱出している物だと考えていた。(まずは当日の監視カメラ映像を藤井に頼むか……) ポケットから携帯電話を取り出そうとした。カツンと何かに触れた感覚がある。 先島は上着のポケットにメモリスティックがある事に気が付いた。「なんだ?」 もちろん、そのメモリスティックは自分のものではない。会社の物でもない。「……」 先島は車に積んであるノートパソコンを起動した。メモリスティックの中身をチェックする為だ。 ノートパソコンに差し込んで中身を確認したが0バイトと表示押されている。それが増々不信感へと掻き立てた。「これは…… クーカが使っていた奴なのか?」 先日の事件があった時。 怪我で気を失う寸前に、くーかが何かを落としていたのを思い出した。殆ど無意識のうちに握り込んでいたのであろう。 きっと、先島を救助してくれた隊員は、私物と思ってポケットに入れてくれたらしい。 問題は中身が何なのかだ。「物理トラックを解析トレースしてみるか……」 ファイルの消去と言っても、単純な消去では物理的な領域を消されている事は少ない。ファイル消去後に何も操作されていなければ中身自体は残っている可能性が高いのだ。それを読み出せる状態にしてあげれば消去ファイルを復活させることは可能だ。 先島は自分のパソコンにインストールされている復元ツールを使って復活させる事にした。作業自体は難しくは無い。ツールが示すコマンドを認証していくだけだ。後はツールが推測して勝手にやってくれるのだ。 ほんの一時間程度で終了した。 もう一度メモリスティックの中身を表示させてみると、そこには改変前と改変後のファイルがあった。「やはり、何
都内の病院。 医者が言う事を聞かない人種はどこにでもいる。 先島もその一人だ。傍に居る医者は渋い顔をしていた。「どうしても。 仕事に戻らないといけないんですよ」 病院のベッドから起き上がった先島は、そんな言い訳にもならない事口にしていた。 ところが、先島の担当医は首を縦に振らない。一緒に居た看護師もあきれた顔をしている。「せめて縫い合わせた所が融着するまでは退院は許可できません」 そう言ってメガネの下から先島を睨んでいる。 致命傷では無かったが、弾は身体をすり抜けているのだ。少し動けば再び出血してしまうのが分かっている。そうなれば命に係わるので反対しているのだった。「いいえ。 自分が担当している事件は時間との勝負なので……」 そんな事は意にも介さずに自分の荷物(元々そんなに無かったが)をまとめ上げていた。 病院に見舞いに来ていた青山に、車を置いていってくれと頼んでおいたのだ。「駄目なものは駄目だと言っている」 医者は更に言い募ったが、先島は医者の忠告を無視しながら身支度をしていた。「歩ければそれでいいんで……退院しますね?」 先島は既に上着を羽織っていた。元より人の言う事を聞かない男だ。「万が一の事が有っても責任は持てんよ?」 医者は最後まで首を縦に振らなかった。「元々、自分の命は使い捨てですから……」 先島は自嘲気味に言いながら病室を後にした。 そんな先島の後姿を見ながら、医者は首を振りながらため息をついた。手元のボードに何かを書きつけて、次の患者の診察の為に歩み去った。 工場が無事に爆破されたのは知っている。青山がこっそりと教えてくれた。きっとクーカが始末してくれたのに違いない。(大人としては是非とも礼を言わないとな……) 工場はボイラー設備で不具合が発生して、『小規模な火災』が発生したと処
保安室。 室長が部屋に入って来た。「全員集まってくれ、クーカに関する新しい資料を手に入れた」 室長がCIAからクーカに関する資料を持ち帰って来た。どうやって手に入れたのかは謎だった。「資料によると彼女の本名は榊原美優菜(さかきばらみゆな)。 年齢は16歳。 学校には通った記録はない」 何時ぞやCIAが寄越した黒塗りの資料では無く、名前も全て表示されている資料だった。そこには家族構成も出身地も掛かれていたのだ。「ちょっと待ってください…… 日系人では無くて日本人なんですか?」 先島はクーカの本名を聞いた時に思わず口から出てしまっていた。そんな気はしていたが、てっきり中国人だと思
(しかし、あの格好って……) 狙撃手はクーカが普段着ている黒い外套を身に着けていた。(似たような格好でごまかすのか……) 黒い外套はトレードマークのつもりは無く、背中に装着させている二本のククリナイフを隠すための物だ。 他にも咎められたら拙い物を一杯持っているクーカには便利な物なのだ。(その格好を目撃させて私に罪を擦り付けると……) クーカは掃除道具入れから四角い箱を取り出して開けた。ヨハンセンが運び入れてくれたのだ。いくら何でも大きい荷物は見咎められてしまう。そこで予め運んで置いたのだ。 中には分解されたドラグノフ・ライフルが入っている。銃身はモップに偽装してある。基幹部分は
クーカが話題を変えようと尋ねきた。ヨハンセンが大人しく捕まっていたという事は、何かしらの金絡みの企てを嗅ぎ付けたに違いない。そう考えていた。『首相暗殺は本来のターゲットへの警告のつもりらしいですね』 強引で稚拙な計画には理由があったようだ。つまり、ばれやすくしたかったらしい。『本来?』 やはり、単純な狙撃では無かったようだ。仕事の内容が単純すぎるし、対象が小物の政治家だったからだ。 つまり本来のターゲットに国際的に有名な暗殺者に狙われているという事実が欲しかったのだろう。そして、それを使って脅しをかける予定なのだと考えた。『立場が上だからと言って偉いとは限らないみたいですよ。
「私を罠に嵌めようとしたのは何故なの?」 クーカが言っている罠とは生活雑貨用品倉庫の事だけではない。 探していたトラックの運転手。後から依頼された武器商人とその居場所。 自分が知りたい事が次々と都合よく出て来る時には、何か裏がある事をクーカは知っているのだ。「こちらの本来の依頼を確実にこなしてもらう為に保険を掛けたかったのさ」 飯田はあっさりと白状した。「内閣総理大臣の狙撃は断ったはずよ? 射角も逃げ道も確保が難しいから地方遊説まで待ちなさいと……」 飯田たちは何故か早く実行しろとせっついた。クーカは時期が悪いと断っていたのだ。「そうだがね。 それでも実行して欲しかったのさ…