船の中は狭い廊下にゴツいパーツ。
豪華さなど何も無い質素な空間だった。「観覧者って、金持ちなんだろ ? こんな雑な場所に来んの ? 」
「お客様はこっちだよ」
ルキが甲板へ向かう。
積み重なったコンテナの中の一つを開ける。 暗幕があり、手の甲でソッと隙間を作る。 無数の人影が見えた。「うわ……なんか、いかにもって感じの部屋……」
「外からじゃ全然分からなかったでしょ。ホールがあって、その外周をコンテナで囲んである」
中はまだ薄暗く、窓のない密室とは思えないほど広い。上流階級の夜会のような高貴な空間と、ドレスを着込んだ大人達。趣味のいいフレグランスの香りに混じり、アルコールと煙草の臭いが混じり合っている。床は絨毯張りで、天井も高く、小さなシャンデリアが幾つも連なってギラギラ輝いていた。
そして、正面に大きなスクリーンが二張あった。
まだ何も写ってはいないが、恐らく自分はこのスクリーンで観覧されるのだろうと理解した。「あんたもここにいるの ? 」
暗幕を元に戻すと、ルキは首を横に振る。
「最初と最後に顔は出すけど、殆どこのフロアにはいないよ」
一度外に出ると、船の上の船員の居住空間を指す。
「あそこが俺がいるところ。一番高い部分。裏の部屋から繋がってるんだ。
船の中にもコンテナはビッチリ。その中でケイがゲームするんだよ」零れた一つの情報。
ビッチリ積んだコンテナ船の中。 ゲームをする為に自分は何処かに詰められる。だとしたら、それは恐らくそのコンテナの中なんだろうという事。 蛍はホール外周にあるコンテナをそっと触る。 金属質で外からも内側からも破壊は出来ないだろう。勿論、外側からしか開かない。 密室ゲームだ。 何かをなさなければクリア出来ないゲーム。「俺は負けないよ」
「勿論。期待してる」
蛍のぎらつく様な欲望と勝利への確信
時は過ぎ、午前十時。 目的地に着いたルキと蛍は、想定外の事態に陥っていた。「……ッく」 青々とした芝生に膝を付き、ルキは両手を頭の上にゆっくりと上げる。 場所は湊市駅前。日々野高校や図書館と目と鼻の先の住宅地。ニュータウンとして山を切り崩した土地で、30坪程の一般的な住宅がひしめき合う。 その家は一般住宅と同じ様な外観だった。 だが造りまでそうでは無い。洋風建築の窓は厳重にフィルムが貼られ中は見えず、車庫もいつも締めっきり。二層の外壁で、隙間に硬質材料を流し込んだ防弾防音に特化したキングダム。 鳥避けの為に広げられたネットは二階建ての屋根から庭を巡り、空からの侵入経路も簡単ではなく、その不自然さを緩和するためにゴルフボールがこれ見よがしに転がっている。「…… ! 何故なんだ……こんなっ」 ルキが奥歯を噛み締めるそばで、蛍は同じく戸惑っていた。ルキがこんな醜態を晒している姿にだ。第二ゲーム戦に引き込まれたのを「醜態だ」と言っていたルキだが、蛍には今現在の方が余程ピンチに見えた。「早く ! 」 目の前で銃口を向けられルキは仕方なく手を上げた。「もっと上に手を !! 早く !! 」 蛍には元々危険認識というものが欠けている。しかし、目の前のモノを天秤にかけることは得意なのだ。 だからこそ困惑した。 目の前にいるのは女だ。それもルキは今、武装している。 しかしこの女は、ルキの車が敷地に入るな否や、恐怖の大王のように二階から降りてきた。 女は凄まじい剣幕で、庭先の銃を手に取るとルキと蛍を跪かせて、それを躊躇いなく二人に向けたのだ。「死ね ! 」 引き金が引かれた。 あのルキが誰かに命令されて、Mの他にも従うような……この女はそんな間柄の存在だったのだろうか。だとしたら、この扱いは何なのか。 もう終わりだ。 ブシャーーーっ !!!!
蛍たちと別れた後、結々花はまっすぐ美果をアパートまで送り届けていた。 結々花の車の中、美果は目の前にある自室に着いてからも別れの挨拶を返さない運転席の結々花を覗き込む。「結々花さん ? 」「ねぇ、美果ちゃん。 中野みたいな男に靡かない、強いあなたが好きだわ」「えっ !? はぁ……。ど、どうしました ? 急に」「美果ちゃんはさ。ケイくんを助けたいけど、ルキをわたしがどうしようと関係無いよわよね ? 」「ええ。それは勿論」 結々花は小さく微笑むと、エンジンを止めて美果に向き直る。「美果ちゃん、わたしの組織に興味は無い ? 勿論、それなりに訓練はしてもらうけど……まだ二十歳でしょ ? 大学卒業からでも十分間に合うし……」「ゆ、結々花さん。待って ! わたしにそんな気はありません、わたし絵描きですよ ? 」「美果ちゃん、それもカモフラージュとしてとてもいいわ。留学してフランスで絵を学ぶとかどうかしら ? 」 突然の申し出に美果も困惑してしまう。「あの……結々花さんってICPOでしょ ? わたし、警察官になるほどの体力とか無いし、英語もままならないのに……。一般の警察官がなるものじゃないんでしょ ? 」「仏の本部に推薦するわ」「いえ……そういう問題じゃなくて……。そもそも警察にはなれませんよ。体力無いですし、警視庁にいても一握りのエリートじゃないですか」「そうよね。急に言われても困るわよね。 でも、わたしも諦め悪いから付き合ってね♡」「え……えぇ…… ? 」 ルキまで短期間で踏み込んだ美果の手腕を買っての事だったが、美果からすればクズのようなゲームの狂気だけが繋いだ間柄だ。
「だから ? 殺しと性欲は同じだ。色恋なんかいらない」「別に何も。俺は止めたりしないって言ったろ ? 望み通りにするさ。ほら、脱いでごらん」 ルキはケイの下部を剥き出しにすると、自分の露出したものを合わせて手に包む。「エアコン付けないと暑いんじゃ……んぁ、 そんなとこ……一緒に擦るなよ…… ! 」「せっかくの血が乾く前に、俺にも分けてよ。ね ? 全部混ざって気持ちいいだろ ? 」「お前……っ ! 動か……すな」 ルキの手の中。二匹の淫らな蛇がしごかれる。その上、ルキの腰は手の中でもゆっくり動き、二つの刺激に蛍は悶え息が上がる。「こんなケイを見せられちゃ……俺も我慢は出来ないよ」「う……むっ」 深く。 息を吹き込む様に口付けを交わす。 溢れた二人分の体液で蛍のものをするすると愛撫しながら、ルキの視線がふと犯行現場に向く。暗闇に目が慣れて、人体が重なるように路上に積もっているのが車内からでも分かる。「ふふ……通行人が来て、あの現場に反応するのも見てから帰りたいね……」「っ……この車こそ、見られて大丈夫なのか ? 」「俺が証拠の一つ消せないとでも ? 」「ああ。あんた、そう言う奴だったな……あっ……」 首筋に這うルキのピアス。「はぁ……っ、あっ……あぁ……っ」 蛍は躊躇いなく吐息を漏らし、煽る様にルキの背に手を回す。「……ん……んぅ。わっ、うくっ ! 舐め回すなよ、くすぐったい ! 早くしろよっ」 車内に響く蛍の震えた声と、ルキの立てるリップノイズ。「……ふふ」 血と臓物の匂いの中、二人は赤く染まりながら互いの肌を合わせていく。 蛍がルキの肩に力を入れると、ルキはそれに答えるように後部座席へと蛍を連れ込んだ。上下逆になった蛍が、ルキの反り立った部分を口に含む。 小さな舌が淫らに動くのを見ると、ルキは容赦なく蛍の髪を掴み、思い切り自分に押し付ける。「ング
まず蛍が笑顔で集団に近寄ると、グループのリーダー格に手を伸ばす。恐らくあれが中野なのだろう。 人懐こく笑顔で中野を見上げる蛍の手を、ヘラヘラとその手を握った。次の瞬間、思いがけない電撃に、中野が苦悶の表情で仰け反った。 蛍の身体が揺らぐ。 中野の腹を蛍のナイフが横に滑っていた。ボロボロとホースのような物体が地面に落ちる頃、隣にいた女の髪を掴み、素早く首を掻っ切った。「う、うわぁぁぁっ !! 」 ようやく悲鳴が車まで届いたが、蛍のナイフは既に逃げようとした別な男の背を捉え、立ちすくんでしまった最後の女にも容赦無く襲いかかった。 一瞬だ。 蛍は倒れ込んだ四人を見下ろすと、念入りに全員の首をしっかりと斬り付け、確実に致命傷を与えて戻って来た。「ちょっとケイ〜。その格好で俺のゴーストに乗るつもり ? 」「知らないよあんたの車なんて」 全身に血を浴びて戻ってきた蛍に、ルキは高揚感を抑えられなかった 。「まだまだ殺人鬼として蛍は未発達だ」と思ったからだ。「一撃で殺しきってしまうなんて……勿体無い事するなぁ〜」「今日は殺れればいい」 ぐしょぐしょのグローブをリュックに詰め込み、ナイフをシャツの裾で拭う。顔から靴まで生臭い血に塗れた蛍を見たルキは運転席から蛍に抱きつく。 ルキが見慣れた人殺し──蛍は殺し屋にとても近しい。手早く、痕跡を残さない殺人。蛍は自身の『趣味趣向での殺人』も犯すが、今のルキに見せたのは作業的なものだった。欲望のセーブが出来る上に、金や地位では買収出来ない自己世界が強い殺戮者。「ケイ〜♡」「……いや。どっか行くんだろ ? ……行けよ早く。運転しろ」 突然絡みついてきたルキに蛍が顔を背ける。「無理じゃん。こんな姿見せられたらさぁ。それに、初めから俺を誘ってたろ ? 」「誘ったのはゲームだけだよ」「ふーん ? そうなの ? 」 ルキは素っ気なく窓の外を見る蛍の上に、スルリと跨った。「はぁっ !? なんだよいきな
ずっとやり取りを聞いていたケイがタブレットから顔を上げた。「美果、そいつ。どういう奴なの ? 」 珍しく蛍が美果に交友関係を聞き出した。「え ? どういうって……中野 祐介っていう奴で……。あれね。『なんで芸大に来たのか ??? 』ってイメージの男だったわ。 どうして ? 気になるの ? 」「だって美果に交際申し込むとか、絶対マトモじゃないし」「ブフっ !! 」「ちょっと ! ケイ君、酷っ !! そんな事ないわよ ! ってかルキ ! あんた笑ったわね !? 」「ごめんごめん、ケイに同感過ぎてさぁ」「ったく !! ほんとにアンタにだけは言われたくない ! 中野は一応、皆に一目置かれてるのよ。南湊市のデザイン会社は両親が経営してるらしいの。既に『絵』のレールが確定してる男よ。芸大にいる全員が芸術を仕事にできる訳じゃない。だからそういう交友関係には敏感に反応しちゃうのかもね。取り巻きが多いわ」「南湊のデザイン会社って、美術館の建築にも関わった会社よね ? 確か建築の方が妻の実家だ〜とかで」「ええ。社長夫人はパッケージデザイン会社で、夫婦揃って創作的。経営は波に乗ってるし、中野は実家から通学で、大金持ってうろついてるらしいです」「ふーん」「金持ちのデザイン会社ねぇ。いいじゃない、玉の輿よ ! 美果ちゃん、なんで断ったの ? 」 結々花の問いに、美果は唇をウィッと曲げる。「中野が下戸だからよ」「「「あぁ〜…………」」」 居合わせた三人全員が呆れた溜息を吐いた。熊のように改造しようがあっても、下戸は体質的なものだ。最初から縁のない仲なのだ。「さてと ! 」 ルキは頃合を見計らい、手をポンと膝に付ける。「報告も済んだし。これでお開きかな」「そうね。美果ちゃん、アパートまで送るわ。 ルキくん、明日から通常業務に戻るわね」「ああ。ご苦労様。 美果ちゃんも気をつけて」「……
全国ニュースを読み上げる番組が終わり、16時ジャスト。爽やかなメロディと共にローカルニュースへ切り替わる。キャスターの挨拶が終わると早速始まった。『続報です。六月十五日 正午過ぎに、西湊市の芸術大学の駐車場で女性が拉致された事件です。防犯カメラに映っていた被害者女性が昨夜、警察に保護されました』 ここでカメラが切り替わる。 美果が誘拐される瞬間の映像が映し出された。『被害女性は緑星市に住む、29歳の臨時講師で、たまたま当日は大学へ出勤しており、退勤時に車へ乗せられたという事で……『交際していた男性に借金があった』『知人の代理と名乗る男に車に乗るよう脅迫された』という旨を話しており、自力で逃げてきた所を交番で保護されました。尚、怪我は無く、命にも別状はないとの事です。引き続き、警察が詳しく調べています。 続いて、地元小学校の学習発表会に知事が訪れ、賑わいを──』 全員、タブレットから顔を上げる。「随分アナログなアフターフォローだけど。29歳……なら、流石に美果だとは思わないかな」「大丈夫。こっちもあるわよ」 結々花がタブレットを動画サイトに切り替える。「今回作ったアカウントよ。投稿時間を過去に細工するのが一番大変な作業だったわ。 これ、被害者女性が交番に駆け込んだ瞬間の動画よ」 映し出された動画は、知らない男がラーメンをハフハフと啜っているだけだった。動画名には『ラーメン超査 ガン』と書いてある。そして男は店を出ると、看板の前で食べた感想や味の種類を、知った風な口調でベラベラ語り始めた。 その背後。件の交番が写っていた。「あ、来た」 交番の入口に、美果が着ていたチュニックと同じ服装の女性がフラフラと入って行った。「これだけ ? このチャンネル、観てる人どのくらいなの ? こんなんで気付かれるものなの ? 」「勿論、畳み掛けたわよ」「ラーメン配信者はルキくんの黒服さんにお願いしたの。こっちは別なチャンネル」 次に映った動画は