目が覚めた中年男性は、直ぐに上半身を起こした。部屋を見回し、汗だくで目の前に座り込んだ少年を見て悲鳴を上げた。
「うっ !! うわぁっ !! 助けてくれ !! 頼む ! なんでもする ! 」
見知らぬ場所。
閉ざされたドア。 窓が無く、カメラだらけのコンクリート壁。 無機質な空間だった。 ひと目でわかる密室。 空調は小さな配管のみ。通れるのはネズミ程の生き物だけだろう。男性は誘拐されてきた自分に、災厄が襲って来るのが確定しているかのように怯えていた。
しかしそばにいた少年もまた、起きたばかりだった。目をシパシパとさせ、明るい蛍光灯の光に顔を歪めていた。 そして男の方をゆっくり見上げる。 ぼうっとしていて、いまいち状況を理解していない様子だったが、錯乱した男性を見て連鎖するように取り乱した。「え……? えぇ !?
あの…… ! 違います ! その ! 僕も今、目が覚めたんです ! お兄さん、お願い ! 僕をほっといて ! こっちに来ないで ! 僕は何も…… !! ……あ……うぅ……頭が痛い…… ! 」さらりとした黒髪に、どんぐりの様な瞳。
本当にただの子供じゃないかと、男は一度生唾を飲み込んだ。 少年の無害そうな素振りに、男も少し状況が見えてくる。 怯えきった少年を、壁に張り付きながらもう一度まじまじと見つめた。子供。
自分よりずっと年下の……高校生の制服少年。「あ、頭…… ? だ、大丈夫か ? 殴られたのか ? ここに来る時、なにかされたのか…… ? 」
「あ……。
ケイはシリアルキラーなのか シリアルキラーっていうのはいわゆる連続殺人犯。 定義は、複数の被害者がいること。 犯行後に一定期間が空き、また犯行を始める。 被害者が三人以上いる事。 これらが判断基準です。ゾディアックやアンドレイ・チカチーロがこのタイプかと思われます。マスマーダーってのもあって、大量殺人犯の事です。 一日に四人以上殺す者を言うんです。通り魔なんかが町中で大量殺人を犯すのがこのタイプ。 チャールズホイットマンがまさにそうでした。鐘楼からライフルで撃ちまくる……。 ふらっと出かけてさっくり殺るケイに、このタイプには当てはまりません。 三章で蛍は、一度に中野を含めた四人を殺めましたが、動機や何を主体に動いたかは連続殺人犯の衝動的な波によるものです。多く殺ろうとか、そういう意思は無関係です。 シリアルを食べるようにお手軽に犯行を犯してしまう、という事でシリアルキラーという事ですね。スプリーキラーってのもいて、それは短時間で場所を移動しながら殺し回る者である。津山三十人殺しがそうです。マスマーダーに近いかと思われますが、場所を移動しまくる、という点が違いますね。シリアルキラーの中でも分類があって、オーガナイズド型とディスオーガナイズド型があります。後者のシリアルキラーは衝動的で、その場にある物を使いったり、遺体を隠そうともしない。一匹オオカミタイプで友人も少なかったりする。しばしば精神障害があったり、犯行に決まった手口ないといった具合。で、しばしば過剰な暴力と、ときに屍姦などの性的暴行を伴う……と。 そうなると、蛍はシリアルキラーであり、ディスオーガナイズド型ということになるのかもしれませんね。ナイフは愛用してますが、無ければこだわらないし、性倒錯からの犯行でもあります。あくまでフィクションですから「混合型です」と言ってしまえば早いのですが、少しプロファイルや社会分類などの文献を参考にているので、折角なので書いてみました( *´꒫`)
「ニューヨークのライブスタジオで歌ったことがあってね。その日、舞台裏でマネージャーが殺されたの。強盗が入って……わたしがステージで身に付けてた宝石が目当てだったそうよ。 事情聴取も英語がままならないし、四苦八苦でさぁ〜。やっと日本語の分かるお巡りさんが来たけど、強盗が来たって全然信じてくれなくて。マネージャーと仲が悪かったから余計に。わたしがギャングに殺しを依頼したんじゃないか〜とか、馬鹿な事を疑われてさ。 やっとこ宿泊してるホテルに戻れたんだけど、もうフラフラで……」「そこでMに ? 」「そう。エレベーターホールで『お嬢さん、大丈夫ですか ? 』って。わたしもスタッフと離れてて、食べてないし寝てないし一人だし、憔悴してたのね。話の流れで、顔も知らないその男に、めちゃくちゃ愚痴ったのよ〜ふふふ。 食事を奢って貰ったの。それがさ、とにかく凄くゴージャスだったの。でも、わたしもまだ子供だったのね。品なくガッツいちゃったのよねぇ ! あははっ ! 思い出すだけで恥ずかしいわ ! スタッフも警察から開放されて……その直後、わたしたちを取り調べてた分署に、盗まれた宝石と、強盗の生首が送られてきた……」「首…… ? 余計に疑われそうですけど…… ? 」「だよねー。 でも仲間を殺られたギャングも同じ。わたし達が強盗を探して殺した、と思ったんでしょうね。ギャングのリーダーの逆鱗に触れて、わたしは誘拐されたの」「……」「全て失ったと思った。女性としての何もかもが奪われると覚悟してね。 死体が出れば幸運。バラバラにされて捨てられるんだろうなって思った頃、鉄のドアを思い切り蹴り開ける足が、光と共に入ってきた……。白いスラックスに、長い足と革靴……今でも忘れない」「Mがギャングのとこに助けに来たの ? 自分で ? 」
トツン…… 軽い音を立てたドアに気付き、蛍は目を覚ました。 暗いが大きな出窓から、月明かりが部屋を照らしていた。 真理の家の三階。 屋根裏の三角形の部屋。そこにはシングルベッドと少しの家具、消耗品だけしかない。 寝る前に軽食でトーストを真理に用意され、二人はこの部屋に通された。 □『まさか本当にアイスを買いに行かせられるとはね。いつも我儘なんだよ』『お疲れ様。寝ていい ? 』『ああ。昨日は車だったからね。ゆっくり休もうか。 俺も隣に。はは。あったかい』 掛け布団の中で笑うルキを、蛍は戸惑った気分で見詰める。 どうしてそんな笑って自分といられるのかと。『おやすみ、ケイ。お父さんにはいつまで美果ちゃんといることになってるの ? 』『シルバーウイーク中は……ずっと……』『なんだ……あと二日かぁ……』 ハンガーにかかっている上着と武装コルセット。コルセットの重みに、針金がしなっている。それほど重い装備と、キツく締める為のバックル。以前から長く付けているのだろう、現にルキの腰は細く身長ほどの厚みが無い。 今、ルキはシャツ一枚で目の前にいる。その腰つきは、蛍は獲物を見たような妙な気分になるのだ。 目を閉じようとするルキの腹をそっと撫でる。『なんだよケイ……ふくく。くすぐったいってば』『細いなって……』『それだけ ? ケイ、素直じゃないな』 そう言い、布団の中へ潜って行く。『はぁ ? 違っ ! そんなつもりじゃねーよっ ! 』『アダッ !! 』 暴れた蛍の膝が、ルキの顔面にヒットしてしまった。『あ……ごめ……』『痛ったァ〜。てっきり、そうかと思うじゃん』『思わないよ。寝るってば。おやすみ』 固く目を閉じる。自分から寝てしまったら、もう何も気にならない。そんな蛍を胸に抱き寄せ、そのままルキも目を閉じる。(なんだよ
ルキが片足をあげて、踵から靴の中の水を流す。「ぐっちょぐちょ。靴くらい脱がせてくれてもいいでしょう。高いのにー」「知ったことじゃないわ。なんなのその格好。相変わらずおかしな事してたんでしょ……」「仕事だからさ」「あんた昔から嘘が下手よね。その血は仕事じゃないでしょ ? ケイくんかぁ。可愛いわね〜。 いい事考えた ! あの子を連れて隠居しちゃえば ? 」「彼も仕事の……半分は仕事の付き合いですし……彼には彼の生活がありますよ」「あ〜ヤダヤダ。その隙の無い返事。 それじゃあ、いつまでもあの子と恋人にならなくない ? あんたに恋人が必要とは言いきれないけど。 だいたい何 ? なんでゴースト ? あんなのおっさんが乗る車じゃん。趣味悪 ! マセラティにしなさいよ」「言いたい放題ですね……」 真理は一度煙草を消すと、今度はミントタブレットを口の中に流すようにしてボリボリ噛み砕く。「ふん。あんたがあたしの生活を奪ったんだもの。恨みたらたらよ」「貴女をMから離したかった。仕方が無かったんです」「別に……頼んでないわ。あんたをこんな馬鹿なイベント担当にだけはさせたくなかった」「……引退する時、御自身が暴れて過激なショーをしたせいでしょう ? 俺はそのままのスタイルを引き継いだだけです。 ……ケイには真理さんの事は言わないで置こうかと思ってたんです。でも気が変わって……」「ふぅーん。珍しい事もあるものね。あんた、他人に執着するんだ。 ねぇ……あの人も日本に来てるの ? 」 不意に真理の表情が曇る。「ええ。でももう日本を発ちましたよ。十日前です」「そう……
時は過ぎ、午前十時。 目的地に着いたルキと蛍は、想定外の事態に陥っていた。「……ッく」 青々とした芝生に膝を付き、ルキは両手を頭の上にゆっくりと上げる。 場所は湊市駅前。日々野高校や図書館と目と鼻の先の住宅地。ニュータウンとして山を切り崩した土地で、30坪程の一般的な住宅がひしめき合う。 その家は一般住宅と同じ様な外観だった。 だが造りまでそうでは無い。洋風建築の窓は厳重にフィルムが貼られ中は見えず、車庫もいつも締めっきり。二層の外壁で、隙間に硬質材料を流し込んだ防弾防音に特化したキングダム。 鳥避けの為に広げられたネットは二階建ての屋根から庭を巡り、空からの侵入経路も簡単ではなく、その不自然さを緩和するためにゴルフボールがこれ見よがしに転がっている。「…… ! 何故なんだ……こんなっ」 ルキが奥歯を噛み締めるそばで、蛍は同じく戸惑っていた。ルキがこんな醜態を晒している姿にだ。第二ゲーム戦に引き込まれたのを「醜態だ」と言っていたルキだが、蛍には今現在の方が余程ピンチに見えた。「早く ! 」 目の前で銃口を向けられルキは仕方なく手を上げた。「もっと上に手を !! 早く !! 」 蛍には元々危険認識というものが欠けている。しかし、目の前のモノを天秤にかけることは得意なのだ。 だからこそ困惑した。 目の前にいるのは女だ。それもルキは今、武装している。 しかしこの女は、ルキの車が敷地に入るな否や、恐怖の大王のように二階から降りてきた。 女は凄まじい剣幕で、庭先の銃を手に取るとルキと蛍を跪かせて、それを躊躇いなく二人に向けたのだ。「死ね ! 」 引き金が引かれた。 あのルキが誰かに命令されて、Mの他にも従うような……この女はそんな間柄の存在だったのだろうか。だとしたら、この扱いは何なのか。 もう終わりだ。 ブシャーーーっ !!!!
蛍たちと別れた後、結々花はまっすぐ美果をアパートまで送り届けていた。 結々花の車の中、美果は目の前にある自室に着いてからも別れの挨拶を返さない運転席の結々花を覗き込む。「結々花さん ? 」「ねぇ、美果ちゃん。 中野みたいな男に靡かない、強いあなたが好きだわ」「えっ !? はぁ……。ど、どうしました ? 急に」「美果ちゃんはさ。ケイくんを助けたいけど、ルキをわたしがどうしようと関係無いよわよね ? 」「ええ。それは勿論」 結々花は小さく微笑むと、エンジンを止めて美果に向き直る。「美果ちゃん、わたしの組織に興味は無い ? 勿論、それなりに訓練はしてもらうけど……まだ二十歳でしょ ? 大学卒業からでも十分間に合うし……」「ゆ、結々花さん。待って ! わたしにそんな気はありません、わたし絵描きですよ ? 」「美果ちゃん、それもカモフラージュとしてとてもいいわ。留学してフランスで絵を学ぶとかどうかしら ? 」 突然の申し出に美果も困惑してしまう。「あの……結々花さんってICPOでしょ ? わたし、警察官になるほどの体力とか無いし、英語もままならないのに……。一般の警察官がなるものじゃないんでしょ ? 」「仏の本部に推薦するわ」「いえ……そういう問題じゃなくて……。そもそも警察にはなれませんよ。体力無いですし、警視庁にいても一握りのエリートじゃないですか」「そうよね。急に言われても困るわよね。 でも、わたしも諦め悪いから付き合ってね♡」「え……えぇ…… ? 」 ルキまで短期間で踏み込んだ美果の手腕を買っての事だったが、美果からすればクズのようなゲームの狂気だけが繋いだ間柄だ。