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第2章:フェニックスからの招待

Author: 佐薙真琴
last update Huling Na-update: 2025-12-04 18:14:07

 翌日、麗華は渋谷のフェニックスバイオテック本社ビルの前に立っていた。

 三十階建ての近代的なビル。エントランスには、炎の中から飛び立つ鳥――フェニックス――のロゴが輝いている。

 受付で名前を告げると、若い女性が笑顔で最上階へのエレベーターカードを渡してくれた。

「神宮寺は、こちらでお待ちしております」

 エレベーターが上昇する間、麗華は自分の服装を確認した。持っている中で一番まともなスーツだが、それでも三年前に買ったもので、少し色褪せている。

 最上階に着くと、そこは一面ガラス張りの開放的なオフィスだった。東京の街並みが一望できる。

 そして、窓際に立つ一人の男性が、こちらを振り向いた。

「柊さん、ようこそ」

 神宮寺隼人は、麗華が想像していたよりも若かった。三十代後半だろうか。黒縁の眼鏡をかけ、シンプルな白いシャツとジーンズという、CEOらしからぬカジュアルな服装だった。

 しかし、その目は鋭かった。

「お忙しい中、来ていただいてありがとうございます。座ってください」

 麗華は、勧められたソファに座った。神宮寺は、彼女の向かいに座り、コーヒーカップを二つ、テーブルに置いた。

「ブラックでいいですか?」

「はい、ありがとうございます」

 麗華がカップを手に取ると、神宮寺は単刀直入に話し始めた。

「あなたの研究を、私は三年前から追っています。タンパク質フォールディングの制御メカニズムに関するあなたのアプローチは、独創的です」

「三年前……それは、私が達也さんの研究室に入る前ですね」

「ええ。その後、あなたの名前が論文から消え、代わりに芦原達也の名前が第一著者として並ぶようになった。不思議でした」

 神宮寺は、眼鏡を外し、レンズを拭いた。

「そして、最近の彼の研究を見て、確信しました。彼は、あなたのアイデアを盗んでいる」

「証明はできません」

「必要ありません」

 神宮寺は、眼鏡をかけ直し、麗華を見た。

「私が必要なのは、証明ではなく、あなた自身です。柊さん、あなたは本物の研究者です。芦原達也のような……寄生虫ではない」

 麗華は、カップを握る手に力を込めた。

「神宮寺さんは、なぜそこまで私のことを?」

「私も、かつて似たような経験をしたからです」

 神宮寺は、窓の外を見た。

「私は十年前、大手製薬会社の研究員でした。画期的な新薬の開発に成功したのですが、上司がそ
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