雨が窓を叩く音が、会議室に響いていた。 柊麗華は、自分の五年間が終わる瞬間を、まるで他人事のように眺めていた。目の前には婚約者だった男――芦原達也が立ち、その隣には為末茂美が、申し訳なさそうに、しかしどこか誇らしげに視線を逸らしている。「麗華、君には感謝している。本当に」 達也の声は、いつもの穏やかな調子だった。まるで天気の話でもするように。「でも、これは仕方ないんだ。プロジェクトの成功には、より高度な専門性が必要だった。君のサポートは素晴らしかったが……」「サポート」 麗華は、その言葉を繰り返した。声は震えていなかった。むしろ、不思議なほど平坦だった。「私が書いた研究ノートを使って、茂美さんと共同で論文を発表する。それが、『プロジェクトの成功に必要なこと』なのね」 達也の顔に、わずかな苛立ちが浮かんだ。「君は誤解している。あのアイデアは、確かに君が最初の種を蒔いた。でも、それを形にしたのは僕と茂美だ。研究というのはそういうものだろう? 協力して――」「あなたは、私の研究ノートを盗んだ」 麗華は立ち上がった。テーブルの上には、彼女が五年かけて蓄積してきた研究データが入ったフラッシュドライブがある。達也はそれに手を伸ばし、ポケットにしまった。「返して」「これは研究室の資産だ。個人のものじゃない」「私が自宅で、週末も夜も、睡眠時間を削って書いたノートよ」「君が研究室のメンバーである以上、その成果は研究室に帰属する。契約書にもそう書いてあるはずだ」 麗華の指が、わずかに震えた。「婚約は?」 達也は溜息をついた。「それも、今日で解消させてほしい。茂美と僕は……」「愛し合っているのね」 為末茂美が、ようやく口を開いた。「麗華さん、ごめんなさい。でも、私たちは本当に……」「いいわ」 麗華は、自分でも驚くほど冷静に言った。「指輪、返すわね」 左手の薬指から、小さなダイヤモンドの指輪を外す。達也はそれを受け取ると、何も言わずにポケットにしまった。「それと、もう一つ」 達也は、用意していたかのように封筒を差し出した。「研究不正の疑いで、大学側が調査を始めている。君の過去のデータに、改ざんの痕跡があるという報告があった」「何ですって?」「僕も信じたくはない。でも、第三者機関の調査結果を見る限り……」 封筒の中身を見て、
最終更新日 : 2025-12-04 続きを読む