LOGIN一年後の春。
フェニックスバイオテックは、さらに成長していた。
麗華の率いる研究チームは、次々と画期的な成果を発表し、世界的な注目を集めていた。
為末茂美も、独自の研究テーマを持ち、初めての単独論文を発表した。
そして、麗華と神宮寺は婚約した。
結婚式は、桜の季節に行われることになった。
ある日、麗華のもとに一通の手紙が届いた。
差出人は、芦原達也だった。
麗華は、少し迷ってから封を開けた。
『柊先生
お久しぶりです。手紙を送る資格があるのか分かりませんが、どうしても伝えたいことがありました。
私は今、地方の小さな企業で、研究補助として働いています。研究者としてのキャリアは終わりましたが、それは自業自得です。
あなたの発表を見て、私は自分がどれだけ愚かだったか気づきました。
研究とは、誰かから盗むものではなく、自分の頭で考え、自分の手で形にするもの。あなたの言葉が、今でも心に残っています。
私は、あなたに謝ることしかできません。
でも、一つだけ言わせてください。
あなたと出会えて、本当に良かった。
あなたは、私に本物の研究者の姿を見せてくれました。
遅すぎましたが、私は今、それを学ぼうとしています。
あなたの幸せを、心から祈っています。
芦原達也』
麗華は、手紙を読み終えて、静かに微笑んだ。
そして、その手紙を引き出しにしまった。
過去は、もう終わった。
大切なのは、これからだ。
結婚式の日。
麗華は、純白のドレスに身を包んでいた。
鏡に映る自分を見て、彼女は思った。
五年前、達也と婚約した時、自分は本当に幸せだっただろうか。
いや、あれは幸せではなく、安心だった。
誰かに必要とされている安心。
誰かに認められている安心。
でも今
一年後の春。 フェニックスバイオテックは、さらに成長していた。 麗華の率いる研究チームは、次々と画期的な成果を発表し、世界的な注目を集めていた。 為末茂美も、独自の研究テーマを持ち、初めての単独論文を発表した。 そして、麗華と神宮寺は婚約した。 結婚式は、桜の季節に行われることになった。 ある日、麗華のもとに一通の手紙が届いた。 差出人は、芦原達也だった。 麗華は、少し迷ってから封を開けた。『柊先生 お久しぶりです。手紙を送る資格があるのか分かりませんが、どうしても伝えたいことがありました。 私は今、地方の小さな企業で、研究補助として働いています。研究者としてのキャリアは終わりましたが、それは自業自得です。 あなたの発表を見て、私は自分がどれだけ愚かだったか気づきました。 研究とは、誰かから盗むものではなく、自分の頭で考え、自分の手で形にするもの。あなたの言葉が、今でも心に残っています。 私は、あなたに謝ることしかできません。 でも、一つだけ言わせてください。 あなたと出会えて、本当に良かった。 あなたは、私に本物の研究者の姿を見せてくれました。 遅すぎましたが、私は今、それを学ぼうとしています。 あなたの幸せを、心から祈っています。 芦原達也』 麗華は、手紙を読み終えて、静かに微笑んだ。 そして、その手紙を引き出しにしまった。 過去は、もう終わった。 大切なのは、これからだ。 結婚式の日。 麗華は、純白のドレスに身を包んでいた。 鏡に映る自分を見て、彼女は思った。 五年前、達也と婚約した時、自分は本当に幸せだっただろうか。 いや、あれは幸せではなく、安心だった。 誰かに必要とされている安心。 誰かに認められている安心。 でも今
それから三ヶ月が経った。 春が来て、桜が咲いた。 麗華は、フェニックスバイオテックの新しい研究棟のバルコニーに立ち、満開の桜を見ていた。「綺麗ですね」 後ろから声がして、振り返ると神宮寺が立っていた。「はい。毎年、桜を見ると新しい始まりを感じます」「あなたにとって、今年の春は特別な始まりですね」「ええ」 麗華は、微笑んだ。 この三ヶ月で、多くのことが変わった。 為末茂美が、フェニックスの正式な研究員として加わった。 達也の研究不正が明らかになり、彼は大学を辞職した。 そして、麗華は「柊麗華」として、堂々と研究者人生を再開した。「麗華さん、一つ聞いてもいいですか」「何でしょう?」「あなたは、今、幸せですか?」 麗華は、少し考えてから答えた。「はい。幸せです」「それは良かった」 神宮寺は、麗華の隣に立った。「実は、あなたに話があります」「話……?」「ええ。三ヶ月前、私が言いかけたことです」 麗華の心臓が、激しく打ち始めた。「あの時の……」「はい」 神宮寺は、麗華を見た。「麗華さん、私はあなたを愛しています」 麗華は、言葉を失った。「最初に会った時から、あなたの強さと優しさに惹かれていました。でも、あなたが復讐に囚われている間は、何も言えなかった」「神宮寺さん……」「でも今、あなたは自由です。過去から解放され、未来を見ている。だから、私は言います」 神宮寺は、麗華の手を取った。「私と一緒に、未来を歩いてくれませんか?」 麗華の目に、涙が浮かんだ。「私……私は、恋愛が下手です。不器用で、感情表現も苦
学会の翌日、麗華は為末茂美から連絡を受けた。「柊先生、お会いできませんか?」 二人は、静かなカフェで会った。「昨日は、本当に素晴らしい発表でした」 茂美は、麗華を見て言った。「ありがとうございます」「先生……いえ、麗華さん。私、謝らなければなりません」 茂美は、深く頭を下げた。「あなたを裏切ったこと、達也さんに加担したこと、全て謝ります」「顔を上げてください」 麗華は、茂美の肩に手を置いた。「あなたは、既に謝りましたよね。それで十分です」「でも……」「為末さん、あなたはこれからどうするんですか?」 茂美は、少し考えてから答えた。「達也さんとは、別れることにしました」「そうですか」「はい。彼は、私を研究者として見ていませんでした。ただの便利な助手として」 茂美は、カップを握りしめた。「でも、先生のおかげで、私は気づきました。自分にも才能があるって」「それは良かった」「麗華さん、一つお願いがあります」「何でしょう?」「私を、あなたの研究チームに入れていただけませんか?」 麗華は、驚いた顔をした。「私の……チーム?」「はい。あなたのもとで、もう一度研究者として学びたいんです」 麗華は、茂美の目を見た。 そこには、真摯な決意があった。「分かりました。神宮寺さんに相談してみます」「本当ですか! ありがとうございます!」 茂美の顔が、明るくなった。「でも、一つ条件があります」「何でしょう?」「これからは、自分を信じてください。誰かの影に隠れるのではなく、自分の名前で研究を発表してください」 茂美は、涙を浮かべて頷いた。「は
プロジェクト開始から六ヶ月。 ついに、研究は完成した。 タンパク質フォールディング制御技術を用いた新しい医薬品開発の基礎理論が、完全に確立された。 その成果を発表する国際学会が、東京で開催されることになった。 R.H.も、初めて公の場に姿を現すことが決まった。「柊さん、準備はいいですか?」 学会当日の朝、神宮寺が麗華のラボを訪れた。「はい……少し緊張していますが」 麗華は、新しいスーツに身を包んでいた。黒のパンツスーツに、白いブラウス。髪は、きっちりとまとめている。「あなたは、美しいですね」 神宮寺の言葉に、麗華は顔を赤らめた。「そんな……」「本当です。内面の強さが、外見にも現れています」 麗華は、鏡に映る自分を見た。 そこには、自信に満ちた女性が立っていた。「神宮寺さん、一つ決めました」「何を?」「今日の発表で、私は正体を明かします」 神宮寺は、驚いた顔をした。「R.H.が、柊麗華だと?」「はい。もう、隠す必要はありません」 麗華は、神宮寺を見た。「私は、柊麗華として、堂々と研究者であり続けたい」 神宮寺は、長い間麗華を見つめた。 そして、微笑んだ。「分かりました。あなたの決断を、尊重します」 国際学会の会場は、東京国際フォーラムの大ホールだった。 五百人以上の研究者が集まり、R.H.の初登壇を待ち構えていた。 舞台裏で、麗華は深呼吸をした。「大丈夫ですか?」 神宮寺が、隣に立っていた。「はい。もう、迷いはありません」「では、行きましょう」 司会者が、マイクを手に取った。「それでは、本日の基調講演者をご紹介します。生物工学界の新星、数々の画期的な研究成果
プロジェクトは、順調に進んでいた。 麗華の指導のもと、実験データは着実に蓄積され、問題だった細胞毒性も解決の目処が立った。 しかし、ある日、予期せぬ事態が起きた。 為末茂美が、一人で麗華のラボを訪れたのだ。「R.H.先生、少しお時間いいですか?」 茂美の顔は、青ざめていた。「どうぞ。何かありましたか?」 茂美は、ためらいながら口を開いた。「先生に、謝らなければならないことがあります」「謝る……?」「私、達也さんから、先生の実験ノートを盗み見するように言われました」 麗華の手が、止まった。「それは……」「でも、私にはできませんでした。それは、間違っていると思ったから」 茂美は、涙を流し始めた。「私、ずっと罪悪感を抱えてきました。柊麗華さんのことも……」 麗華の心臓が、止まりそうになった。「柊麗華……?」「はい。達也さんの元婚約者です。達也さんは、彼女の研究を盗んだんです。そして、私はそれを知っていながら、黙っていました」 茂美は、顔を覆った。「私、最低です。柊さんを裏切って、達也さんと一緒に論文を発表して……でも、最近気づいたんです。達也さんは、私のことも利用しているだけだって」 麗華は、静かに茂美の隣に座った。「為末さん、顔を上げてください」 茂美は、涙で濡れた顔を上げた。「あなたは、悪くありません」「でも――」「あなたは、達也さんに利用されていただけです。かつての柊麗華さんと同じように」 麗華は、茂美の目を見た。「でも、あなたは気づいた。それだけで、十分です」「先生……」「為末さん、あなたには才能があります。ただ、自分を
フェニックスのラボでの共同実験が始まった。 達也、茂美、助手の田中の三人が、毎週火曜日と木曜日に訪れ、麗華の指導のもとで実験を行う。 最初の数週間、達也は明らかに居心地が悪そうだった。 自分より若く見える女性研究者に指導される。しかも、その指導が的確すぎて、反論の余地がない。「ここの手順、もう少し効率化できませんか?」 ある日、達也が提案した。「効率化? どのように?」「この工程を省略すれば、時間が半分になります」 麗華は、達也の提案を見て、首を振った。「その工程を省略すると、データの信頼性が損なわれます」「でも、大まかな傾向は分かるはずです」「科学は、『大まかな傾向』では不十分です。再現可能で、検証可能なデータが必要です」 達也は、不満そうに黙った。 麗華は、達也の姿を見て、ある種の哀れみを感じた。 彼は、本質的に研究者に向いていないのだ。 近道を探し、楽な方法を選び、細部を疎かにする。 それは、研究者としては致命的な欠点だった。 一方、為末茂美は真面目に学んでいた。「R.H.先生、この反応、どうして温度を5度上げただけで、こんなに結果が変わるんですか?」「タンパク質の立体構造は、温度に非常に敏感です。5度の差で、フォールディングのパターンが変わることもあります」「なるほど……」 茂美は、熱心にノートを取った。「先生は、どうやってこういう知識を身につけたんですか?」「経験です。何千回も実験を繰り返し、失敗から学びました」「何千回……」 茂美は、驚いたように麗華を見た。「私、まだまだですね」「いいえ。あなたは真面目に学んでいます。それが一番大切です」 麗華は、茂美に微笑んだ。 その瞬間、茂美の目に涙が浮かんだ。「先生…