ある夜、太一は自分の部屋の鏡をじっと見つめていた。
「鏡って、本当に左右を反転させているのかな?」 彼はそっと手を動かしながら鏡の中の自分を観察する。 鏡の中の自分は、まるで手前の空間がそのまま続いているように見える。でも、なんだか違和感がある。 昔、理科の授業で先生が話していたことを思い出した。 「鏡は左右を入れ替えているんじゃなくて、単純に“表裏をひっくり返した姿”を映しているんだよ。 見る角度によっては、前後ろや上下が逆に見えることもあるんだ」 「表裏をひっくり返す……?」 太一は鏡の前で体を傾けてみた。すると、鏡の中の自分が、ほんのわずかに動きが遅れて見えた気がした。 これは光の反射のせいではなく、自分の目がそう見せているだけではないか――そう考えた瞬間、 鏡の表面がゆらぎ、太一はまるで引き込まれるように倒れ込んだ。 目を開けると、太一は自分の部屋にいた――はずだった。 でも、よく見ると細かいところが微妙に違う。 鏡の中の自分の動きが、少しズレて見える気がする。これは目の錯覚なのか、それとも本当に鏡の中が変わっているのか? 時計の針は普通に動いているのに、視点を変えると、逆方向に動いて見えることがある。 これは、見る角度によってそう見えてしまうだけなのかもしれない。 窓の外の景色も普段と同じはずなのに、意識してよく見ると少し色が違って見える気がした。 これは、脳が情報を処理するときにフィルターのような働きをしているのかもしれない。 「……ここ、本当に僕の部屋なのかな?」 太一がゆっくり立ち上がると、鏡の向こうで少女が微笑んでいた。 「……君は誰?」 「あなた、そっち側に来ちゃったんだね。」 「私は……陽菜。」 陽菜は、この鏡の世界の仕組みについて話し始めた。 「そこではね、あなたが『本物』だと思ったものが、現実になるの。」 太一は、先生が話していた「鏡に映る自分の認識」について思い出した。 鏡は、映る姿をひっくり返しているだけ。 でも、人の脳は「鏡の向こうも現実の続きだ」と考えるから、錯覚が起きる。 鏡の世界では、その認識を変えることで、見えるものも変わってしまうらしい。 「もし僕がこの世界を本物だと考えたら……世界そのものが変わる?」 すると陽菜は静かに微笑んだ。 「あなたがそこを現実だと信じれば信じるほど、その世界はあなたの記憶とつながっていくの。」 太一は、この世界のルールを慎重に探ろうとした。 「ここは単なる鏡の中の世界じゃなくて、僕の認識によって変わる空間だ。 でも、どうすれば元の世界に戻れるんだろう?」 彼は数学の座標の考え方を思い出した。 鏡は、映る姿の表裏をひっくり返しているだけ。 だから、基準を変えれば、前後・上下・左右のどの方向も逆にすることができる。 ただし、人の脳は「左右が逆になっている」と認識しやすいから、錯覚が生まれる。 つまり、この鏡の世界は、実際に存在するというよりも、僕の認識によって作られた世界なんじゃないか。 「僕がここを本物の世界だと思い続けたら、ここが本物になってしまう……?」 そう考えた瞬間、鏡の表面がゆらぎ始めた。 「君は、その世界をどうするの?」 陽菜が問いかける。 「その世界に留まれば、あなたの認識はそこを『本物』だと受け入れてしまう。 そうすると、元の世界の記憶がどんどん薄れていくの。」 太一は静かに決断する。 「僕は帰るよ。でも、この経験は絶対に忘れない。」 彼が鏡の表面に手を伸ばすと、世界が反転し、ふわりと浮くような感覚に包まれた――。 次に目を開けると、太一は元の部屋に戻っていた。 「……本当に戻れたのか?」 鏡の表面を見ると、一瞬だけ、陽菜の姿が映った気がした――。「私は何も言ってないよ!」 葉奈がそう言った瞬間、空間が揺らぐ。 言葉が響いたはずなのに、耳に届いた音は掠れていた。 「私は何も書いてないよ!」 彼女の指先が淡く透け、まるで存在が薄れるかのようだった。 空気が変わる。 太一は息をのむ。 どうして、こんなことが起こるのか。 どうして、妹・葉奈の声が消えかけているのか。 彼は分からなかった。 だが、葉奈の口から発された無責任な言葉が—— 彼女自身の存在を侵食していることだけは、確かだった。 ある日、太一は異変に気づいた。 葉奈の声が、どこか不自然に響く。 そして、矛盾した発言をするたび、体がわずかに薄くなっていくのだ。 「私は何も言ってないよ!」 その瞬間、彼女の声がかすれ、少し小さくなった。 「私は何も書いてないよ!」 その瞬間、彼女の指先が薄れ、まるで霧のようになった。 「この話は誰にも言っちゃいけないことだからね、いい?」 彼女の瞳が、どこかぼやける。 最初は誰も気に留めなかったが、太一だけははっきりと異常を感じていた。 このままでは——葉奈が、この世界から消えてしまう。 太一は決意し、その夜、神社の鳥居をくぐった。 狐のお面をかぶった青年が、そこにいた。 「お前の妹は、言霊の檻に囚われたな。」 青年は、まるで太一の妹の運命を知っているかのように告げる。 「言葉は、ただの音ではない。 それは、世界を縛る力だ。 無責任な言葉を発した者は、その重みを背負うことになる。 お前の妹は——自分自身を矛盾させることで、消えかけている。」 「どうすれば助けられる?」 太一は必死だった。 青年は肩をすくめる。 「簡単だ。お前の妹に真実の言葉を語らせろ。 矛盾のない、自らを定義する言葉だ。」 「……真実の言葉?」 狐面の青年は、太一に問いかける。 「お前の妹は、誰のために生きている?」 「……家族のためだと思う。 俺たちに迷惑をかけたくないって、いつも思ってるみたいだった。」 青年は苦笑し、「それは違う」と言った。 「お前の妹は、自分のために生きていない。 だからこそ、自分の言葉が軽
前回のあらすじ: 【太一と遥音は、幼い頃からの思い出を分かち合いながら、長い間抱えていたわだかまりと後悔をようやく打ち明ける。互いを傷つけた過去、謝ることができなかった時間を乗り越え、二人は心を通わせる。 過去の楽しい日々、そして最後に交わした冷たい言葉――その痛みを乗り越え、太一は遥音に心からの謝罪を伝え、遥音もまた彼の言葉を待っていたことを告げる。時を経て再び向き合った二人は、幼い頃に交わした約束を思い出す。「ずっとそばにいる」と誓い合ったあの日。その約束を果たせなかった悔しさが胸を締めつける。遥音の瞳には、ほんのわずかに涙が滲んでいたが、その奥には太一への変わらぬ想いが宿っていた。 優しく微笑む遥音の姿に、太一は涙を流しながら彼女の頬に触れる。そして、ふたりの想いが交わる瞬間、あふれる記憶とともに、遥音は光の中へと消えていく。その瞬間、太一は不思議な温もりに包まれ、遥音の囁きが微かに聞こえた。「ありがとう、ずっと忘れないよ」――静寂の中、太一は空を見上げ、胸の奥に響く遥音の言葉をそっと抱きしめるのだった。――。】 目を覚ますと、太一は自室のテレビの前にいた。 薄暗い部屋の中、かすかに差し込む朝の光がカーテンの隙間から揺らめいている。 彼が不意に視線を落とすと、手の届く場所にあるゲーム機がふと目に入った。 その姿は変わらない。けれども――壊れていた。 もう、再び起動することはない。 何度電源を押しても、何度コードを繋ぎ直しても、 彼の手元で動き出すことはなくなってしまった。 「……これで、本当によかったのかな」 囁くような声が、静かな部屋に溶けて消えていく。 太一はそっとゲーム機を撫でた。 その表面には、長年触れてきた感触が染み付いている。 数え切れないほどの時間を、この画面の前で過ごした。 それは、遥音との最後の時間を刻んだ場所でもある。 「……またね、遥音ちゃん」 その言葉がこぼれ落ちると同時に、太一は静かに立ち上がった。 ぎしり、と床が軋む音がする。 窓の外には青空が広がり、柔らかな風が木々を揺らしていた。 太一はゆっくりと玄関へ向かい、靴を履くと外へと踏み出した。 向かった先は、遥音の墓。 墓地へ続く道は、静かで落ち着いた雰囲気に包まれていた。 遠くで鳥のさえ
前回のあらすじ: 【王国の玉座前で始まった謎の決闘。姫の掛け声と共に始まったのは、まさかの「ラジオ体操アルティメットリミックス」。 太一はウラ拍やオモテ拍のリズムに翻弄され、混乱の渦に巻き込まれる。 一方、余裕の青年は完璧な動きでリズムを制圧する。 しかし、カエルの謎のボーカルが入り乱れ、さらに状況はカオスにな展開に。 ミスを検知する審判・ボム師範の厳しい目が光る中、追い詰められた太一は突如覚醒。何かしらの謎の力により、完璧な跳躍とリズムの波動を掴み、カエルのテンポさえもシンクロ。 その瞬間、場の空気が一変し、観衆は息を呑んだ。 太一の動きに合わせて床が共鳴し、リズムの波が王国全体を揺るがす。 青年も動揺しながらも全力で応戦し、激しい応酬が続く。 最後の決め技が炸裂し、太一は完璧な着地を決める。 ボム師範の「勝者、太一!」の宣言とともに、王国中が歓声に包まれた。】 「僕ね……実はずっと、遥音ちゃんに言いたかったことがあるんだ」 太一は、小さく震える声で言葉を紡ぐ。 「僕は……あの時、君を傷つけた」 遥音は、ゆっくりと目を伏せる。 「私も……太一君を傷つけた……」 いや違う――。 「僕は……僕は、君にちゃんと謝らなかった」 遥音の瞳が潤む。 「私も……ずっと謝りたかったの……」 二人の心が、静かに重なる。 幼い日の記憶が、ゆっくりと巡り始める――。 僕たちは、ずっと一緒だった。 夏の日、木陰で並んでアイスを食べたこと。 「ちょっと溶けてるよ」 遥音が笑いながら言ってくれたこと。 春の日、桜の下でお互いに夢を語ったこと。 「僕たち、大人になったら、どんな風になるのかな?」 僕は、何も気にせず「楽しい人生を送りたい」と言った。 でも、遥音は。 「私は……ずっと、太一君のそばにいたい」 あの日の言葉が、今になって胸に刺さる。 そして、最後の日――。 「そんなの、知らない!!」 遥音は怒っていた。 「だったら勝手にすれば?」 僕も、彼女に冷たく言い返した。 あの日、僕は何も知らずに、何も考えずに言葉を投げた。 遥音は、小さく眉をひそめていた。 でも―― それが、彼女と最
あらすじ: 【王宮の玉座前に巨大な和太鼓が運ばれ、試合が始まる。主人公・太一は、貴族の青年との太鼓勝負に挑む。青年の演奏は芸術的な腕前で、太一も必死に食らいつくが、指がほんの一瞬ズレたことで敗北してしまう。しかし、なぜか試合に関係ないオッサンがボム師範によって爆破され、謎の展開で幕を閉じる。】 「次は……ラジオ体操で勝負よ」 姫が高らかに宣言すると、まるで魔法のように、玉座の前に謎のステージが現れる。 黄金の縁取りがされた床には、なぜか巨大なスピーカーがいくつも設置されていた。太一の目が点になる。 「いや、なんでこの流れでラジオ体操!?!?!?」 叫ぶ太一をよそに、審判役のボム師範は深く頷きながら腕を組んだ。 もはや疑問を挟む余地はないというような顔だ。 「極めれば極めるほど、体の芯からリズムを感じられるものだ……」 青年は余裕の笑みを浮かべながら、体操の構えをとった。背筋を伸ばし、ゆったりと足を開く。 その姿はまるで戦場に立つ剣士のように堂々としていた。 そして―― 「ラジオ体操アルティメットリミックス、開始!!!」 突如、スピーカーから謎のおじさんの掛け声が爆音で流れ始める。 「ハ、ハ〜イ、!ホ!ホ!ホ!ホ!!」 その瞬間、会場全体が震えた。ステージの床からビートが伝わり、空間そのものがリズムに乗っているかのようだった。 青年はすぐさまテンポを掴み、流れるように腕を振る。 しかし――太一は全く理解できていない。 「え!?どっち!?オモテ!?ウラ!?!?」 腕を振る方向を誤り、ボム師範がピクリと反応する。 観客席にいるオッサンはひそかに太一を応援していたが、彼も困惑している。 「ミス検知中……」 冷たく響く判定の声。太一の額に汗がにじむ。 「やばいよやばいよ!!」 ぎこちなく動く太一を見て、オッサンはオロオロしている。そんな中、 青年は完璧な動きでウラ拍とオモテ拍を交互にこなし、まるでリズムを制圧しているかのようだった。 突然、スピーカーから謎の歌声が響き渡る。 「ゲロッ!ゲロ!ゲロ〜!!」 「ちょ!!歌付いたぁぁ!?!?」 ラジオ体操なのに、どこからか現れたカエルのボーカルが謎の曲を歌い始める。そのメロディーがラジオ体操のリズムを狂わせる。
前回のあらすじ: 【太一とオッサンは魔法使いの試練を乗り越え、王の謁見の間にたどり着く。しかし、囚われているはずの姫はそこに普通におり、彼女の隣には気品ある貴族の青年が立っていた。驚く太一に、姫は自分がさらわれたのではなく、政略結婚でこの城へ来ただけだと告げる。完全な勘違いに絶望する太一と、責任逃れしようとするオッサン。混乱の中、姫は太一に対決を申し込む。貴族の青年とのゲーム勝負に勝てば姫が太一の願いを聞き、負ければ貴族の願いを聞くという条件。競技は「太鼓」と「ラジオ体操」という謎のルールで行われることになり、騒然とする場の空気の中、勝負の幕が上がる――。】姫の宣言が玉座の間に響き渡ると、重厚な音とともに巨大な和太鼓が運び込まれた。漆黒の太鼓皮が厳かに輝き、装飾された木枠が高貴な雰囲気を醸し出している。周囲の貴族や侍従たちは息をのんで見守り、試合の緊張感が一層高まっていった。「……本当にこれで決めるの?」太一は目の前の太鼓を見つめながら、バチを握りしめる。彼の眉間には深い皺が刻まれ、決断の重みがのしかかっていた。対する貴族の青年は、既に余裕の笑みを浮かべ、まるで勝利を確信しているかのようだった。「君が勝てば、願いをひとつ叶えてもらえるんだ。やるしかないだろう?」青年は挑発するような口調で言い放つ。その言葉に、太一はぐっと歯を食いしばる。望みを叶えるには、この試合に勝つしかない。しかし、青年の表情と姿勢からは、圧倒的な自信が感じられた。彼はただ者ではない。そう思った瞬間、太一の心に不安が広がった。「くっ……」ため息をつきながらも、太一は覚悟を決めてバチを強く握り直す。そして――「試合開始!!」姫の号令と同時に、貴族の青年が美しいフォームでバチを振るった。まるで舞うように軽やかで、洗練された動き。静寂を切り裂くように響く太鼓の音――「ドン!カッ!ドドン!カカッ!」そのリズムは、まるで芸術品だった。均整の取れた音の流れが、空間を支配する。観客たちは息を呑み、彼の卓越した技術に魅了されていく。太一は圧倒されるように呆然とした。「うまっ……!!」戦う前から、すでに彼の敗北が決まったような気すらした。しかし――「俺だって……!!」太一は歯を食いしばり、自分を奮い立たせるように叫びながら、バチを振るった。「ドン
前回のあらすじ: 【太一とオッサンの前に突如として巨大な魔法陣が出現。異次元の魔法使いが現れ、戦闘ではなく「クイズの試練」を課すことに。次々と難問が出題されるが、オッサンの的外れな回答のせいで罰ゲームが発動。空腹のワンちゃん軍団がじわじわと迫り、試練が進むごとに彼らの動きは加速。最後の問題で太一が「円」と正解を叫ぶと、魔法陣が輝き、ワンちゃん軍団の進撃は止まる。そして魔法使いは満足げに微笑み、門を開いた。こうして太一たちは次のステージへと進むことができた】 魔法使いのクイズを乗り越えた太一とオッサン。 彼らの前に広がるのは荘厳な王の謁見の間だった。 漆黒の石造りの壁には荘厳な紋章が刻まれ、天井からは煌めくシャンデリアが輝いている。中央には立派な玉座が鎮座し、その豪華な装飾には黄金と宝石がふんだんに散りばめられていた。床には長い赤い絨毯が敷かれ、歩くたびに静かに沈み込む柔らかさを感じる。 しかし―― 「え……、何で……?」 太一は目を疑った。 その玉座の前にいたのは、囚われているはずの姫―― しかし、彼女の隣には、背中に弓と片手剣を背負い、緑色の上下の軽装をし、緑の頭巾を被った気品のある貴族の青年が立っていた。鋭くも穏やかな瞳がこちらを見つめ、その整った顔立ちには余裕の笑みが浮かんでいる。 「な、なんで姫が普通にそこにいるの……!?」 戸惑う太一をよそに、オッサンは辺りを見回す。 「こ、これはドッキリ……そうでしょ、姫?」 オッサンが興奮気味に叫ぶ。 しかし姫は静かに微笑みながら答えた。 「私は……囚われていたわけじゃないの」 そして―― 衝撃の事実が語られた。 姫はさらわれたのではなく、政略結婚によってこの城へ来ただけだった――! 「えぇぇぇぇぇぇ!?!?」 「つまり……オッサンとクリマッチョの完全なる勘違いじゃないかぁぁ!!」 太一が頭を抱えて絶望する。 「……あぁぁぁぁぁ!?!?クリマッチョはどこ行ったかなぁ〜!?」 オッサンはそう白々しく呟くと、太一に見つからないよう、ゆっくりとその場を立ち去ろうとする。 しかし―― 太一の怒りの矛先はオッサンへと向き、場の空気が一気に険しくなる。 「ち、違うんだ!オレは悪くねぇ!ク