Tyron's Temptation

結婚前日、夫がオーダーメイドした高価なウェディングドレスが届いた。

私は少し膨らんだお腹を撫でながら、彼に離婚を切り出した。

西野聡（にしのさとし）の秘書は、電話をかけてきて泣きながら説明した。

「奥様、すべて私のせいです。あなたの好みのデザインをちゃんと理解していませんでした。どうか、社長に怒りをぶつけないでください」

電話の向こうから聡の穏やかな声が聞こえ、ただ一言「後悔しないで」と言い残した。

私は自分の荷物をまとめ、何の未練もなく家から離れようと決意した。

荷物を整理した後、スーツケースを引きずって出ようとしたところ、ちょうど聡が帰ってきた。

聡は私が持っているスーツケースを見て眉をひそめ、冷たい口調で言った。

「陽子、まだ怒っているのか？今はそんなことで構っている暇はない」

その硬く冷たい口調は、まるで部下を叱るような感じだった。

以前、私が不満を言った時、聡はいつも優しく抱きしめ、冷静に説明してくれた。

今は、ただ一言で私を追い払おうとする。

でも、今回私は言い争うつもりはなく、冷静に彼を見つめながら、真剣に言った。

「聡、いつか離婚しよう」

聡は苛立ちながらネクタイを引っ張ったが、私がまだ感情的になっていると思っているだけだった。

「雅子はお前が白いウェディングドレスが嫌いのを知らなかった。明日は我慢して着るだけだろう？」

上野雅子（うえのまさこ）はまだ二十歳過ぎの若い女性で、卒業してすぐに聡の専属秘書になった。

どれほど近い関係かと言うと、二人はほとんど一緒にいる。

業界では冗談交じりに「聡がいるところには、三歩以内に必ず雅子がいる」と言われている。

ウェディングドレスですら、聡は雅子にデザインを決めさせ、私という正妻には決める権利がなかった。

その結果、結婚式前日に、私が最も嫌いな白いドレスは届いた。

私は雅子がこのデザインを選んだことを責めない。普通の人がウェディングドレスは白だと思っているだろうから。

でも、聡はあの時の約束を覚えているべきだ。

明らかに、今の彼は忘れてしまった。

だから、この結婚式はもはや意味がない。

私がスーツケースのハンドルを握ったまま動かないのを見て、聡はますますイライラしてきた。

「妊娠しているお前がどこに行けるというんだ？

それに、お前は雅子のような若い子じゃないだろう？こんな年になって家出ごっこをするなんて、恥ずかしくないのか？」

離婚を決意した私でも、爪が手のひらに食い込むほどの痛みを感じていた。

この言葉を初めて聞くわけではない。

雅子が会社に来たばかりのころ、聡はよく私に彼女の大まかで面倒なことを愚痴っていた。書類を間違えて送ったり、資料をなくしたり……時には彼女を採用したことを後悔していた。

その時、私は雅子を擁護し、聡を慰め、彼女はただの新卒で、職場ではミスがあるのは仕方ないと言っていた。

でも、いつの間にかすべてが変わってしまった。

雅子が電話で泣きながら「誰かに追われている気がして怖い」と言った時、その時に雅子を面倒だと愚痴っていた聡は、迷うことなく車の鍵を取って出かけた。私に残されたのは彼の急いだ後ろ姿だけだ。

女性の直感は正しい。

彼らの異常な上下関係は、私には受け入れられなかった。

私は聡に雅子を秘書の職から外してほしいと頼んだが、聡は初めて私に怒った。

「会社のことを分かっていないくせに、口出しするな」

その後、態度が強すぎたと感じたのか、彼はすぐに語調を和らげ、雅子とは距離を置くと約束した。

しかし、バレられない秘密がない。

噂が耳に入ったとき、外の人々の目には雅子が聡の良き妻のように映り、誰も私が家に取り残されて忘れられた妻だとは知る由もなかった。

私が崩れ落ちて問い詰めると、聡は冷たい表情で私を非難した。

「雅子はまだ若い子で何も知らないんだ。彼女に教えてあげたかっただけだ。お前がそんな歳を取って、彼女と争う必要があるのか？

家にいるだけで暇だから、そんなに敏感になるんだ」

その一言が私の心に深く突き刺さった。

その後、私は騒がず、聡と雅子の関係を気にしなくなった。

聡は私が納得したと思っていた。

でも、私は知っている。私がかつて聡のために築いた心の壁が、一枚また一枚と崩れ落ちていったことを。

私は涙をこらえ、スーツケースを引く手が微かに震えていた。

「聡、今のあなたの目には、私が何をしても筋合いはないの？怒ることも、自分の嫌いなことを持つことも」

私は目を上げ、この7年間愛してきた男を見つめた。

22歳から29歳へ。時間は彼に何の痕跡も残さなかったかのように、ただ成熟した男性としての魅力が増すばかりだった。

聡は何も変わらないように見えた。

でも、私は知っている。すべてが、7年前とはまったく違うということを。

「今、私はあなたの言う年老いた女性ではなく、ただの小川陽子（こがわようこ）になりたい。

明日の結婚式はキャンセルして、暇を作って離婚しよう」

そう言い、私は振り返らずにスーツケースを引いて去った。

聡は私の言葉に腹を立ち、背後で物が壊れる音がした。

「いいだろう、後悔しないでくれ。お前が妊娠している状態で、誰がお前を迎え入れると思うんだ！」