LOGINそれからの年月、芽衣は他の子と比べると成長がゆっくりだったが、順調に育っていった。
もちろんその過程で免疫力の低さからくる感染症や、言葉の遅さからくるコミュニケーションの取りづらさなど、いろいろと乗り越えなければならないことは多かった。
筋力も弱く、歩行訓練にも通った。言葉の方は、3歳になった頃から医師の勧めで言語訓練に通っている。
成長の度合いが何もかも遅いことに、祖父母にあたる聖一や英恵はいい顔をしなかったが、尚や聖人は寝返りもハイハイも、つかまり立ちも、初めての一歩も、全て見逃すことなくビデオに収められる、と前向きに考えていた。
そして彼女は、少しずつ成長していくほどにその可愛らしい笑顔で周りの人々を癒し、年齢よりも幼く見える容姿や舌足らずな言葉で愛嬌を振りまいていた。
最初のIQテストで軽度の知的障害があることが分かったが、その頃にはもう、誰もそんなことは気にしていなかった。
「じーじ!ばーば!」
全開の笑顔で、トテトテと小走りで寄って来る芽衣の可愛らしさには、あれほどいい顔をしなかった聖一でさえ僅かに絆されているようだった。
英恵に至っては、今や普通のどこにでもいる孫可愛がりの祖母になっていた。
尚は、娘が祖母の胸に飛び込んで嬉しそうに笑っているのを見て、安心したように微笑んだ。
「芽衣ちゃん」
その時、部屋で着替えを済ませてきた准がリビングにやって来た。
「じゅんちゃ!」
芽衣は英恵の側から、大好きな従兄の下へ行こうと足を踏み出し、気が焦ったのか転びそうになってしまった。
「危ないー!」
急いで皆が駆け寄ったが床に倒れてしまって、一瞬固まった芽衣は次の瞬間、涙をボロボロと零し始めた。
「いちゃい……じゅんちゃ、こえ、いちゃい…」
必死に訴える芽衣に、准はしゃがんで抱き起こし、よしよしと頭を撫でてやった。
「うんうん、大丈夫だよ。見せてごらん?」
「ここ…ここ…」
覚束ない言葉で掌を見せる芽衣に、准はそっとそれを手にとってふーふーと息を吹きかけてやった。
「痛いの痛いの……飛んでけ〜っ」
呪文を唱えると、彼女も嬉しそうに唱えた。
「とんじぇけ〜」
そして2人で顔を見合わせて、クスクスと笑った。
「もう痛くない?」
「あい!」
准の問いかけに元気よくビシッと手を上げる芽衣。
リビングには笑顔が溢れていた。
*
その日の夕食は、准の念願叶って音楽大学に合格したお祝いで賑わっていた。
「准」
父親の怜士が呼びかけると、芽衣の隣で彼女の口を拭いてやっていた准が振り向いた。
「なんですか?」
そう言って首を傾げると、それを見ていた芽衣も一緒になって首を傾げた。
皆はそれを見て一様に笑ったが、怜士だけは真剣な顔のまま口を開いた。
「あとでお前専属の秘書とボディーガードをつけてやる。大学に行くまでに、彼らとの信頼を築いておきなさい」
「秘書とボディーガード、ですか…?」
戸惑い気味に問い返すと、説明を返された。
「おそらく今までにも経験はあっただろうがー」
准の立場なら、男女共にお前に取り入ろうといろいろと誘惑があっただろう。それはおそらくこれからも続くし、これからの方がより露骨になってくるだろう。
「だがそんなくだらないことに、お前がいちいち対応する必要はない。そういう意味もあってのことだ」
「……わかりました」
准は素直に頷いた。
実際彼には、うんざりするほどの誘惑の手があった。
それはほんの子供の頃から父親目的であったり、真田家との繋がり欲しさだったりと、いろいろだった。
それでもまだ彼が子供と呼ばれるような頃だったら、そこまでのものではなかった。例外でヤバそうな人はいたけれど…。
でもそれは父親が片付けてくれた。
それが中学、高校と上がってくるにつけ、父親が言ったようにどんどん露骨になっていっていた。
特に女の子。彼女たちは時にわざとらしく自分の前で派手にコケてみたり、あるいはわざと躓いたフリをして、自分に抱きつこうとしてきたりしていた。
准ほど条件が良く、傲慢でもなく紳士的で優しくて、おまけに容姿も良い、そんな男にまだ婚約者がいないというのは、彼女たちにとって飛び込んで来てくださいと言っているようなものだった。
どこにチャンスが転がっているか分からないのだ。やって駄目なら他に、脈がありそうなら全力で挑まなければ人生のステップアップは望めない。
そんな気迫に、准は軽く苛ついていたのだった。
だからこの父親からの申し出は、彼にとって最高のプレゼントだった。贅沢を言うのなら、もっと早くつけて欲しかった…。
准は心の中でそう呟いて、苦笑した。
「ありがとうございます。父さん」
そう言ってニッコリ笑うと、怜士も微かに微笑って応えた。
「じゅんちゃ、ごあん」
自分の袖をクイッと引く芽衣に准は振り向いて、彼女の好きなおかずを何品か選んで取ってやった。
「あいあとー」
口を尖らせて嬉しそうにそう言った従妹に准も満足気に微笑って、彼女の食事を見守った。
「准くん、後は私がみるからあなたも自分の食事をして」
反対隣に座っていた尚にそう言われて、彼も頷いた。
「いつもありがとう」
「ううん、大丈夫。僕は好きでやってるんですから」
そうして時々芽衣の様子を見ながら、自分の食事に集中した。
柔らかいほっぺを膨らませてもぐもぐと食べる芽衣ちゃんは、本当に可愛い。
准の慈愛に満ちた視線は、一時も彼女から離れなかった。
「ひどいわっ…」眉をきゅっと寄せて泣きそうな声で訴えるも、准は首を傾げるだけだった。「ひどい?私のことか?」「そうよ!」「紗英、やめろっ」そのとぼけた声に腹が立って、紗英は兄の匠が止めるのも聞かずに言い放った。「ちょっと映像をイジっただけじゃないっ。大したことじゃないでしょ!?」「ちょっとイジっただけ…?」彼女の言葉が放たれた瞬間、准の雰囲気が変わった。「お前のその行動が、俺の婚約者の命を奪う結果になるかもしれなくても…そう言えるのか…?」「え……」命を奪う?なにそれ。まさか…あんなことくらいで、自殺でもしたっていうの?紗英が戸惑いに眉を顰めると、准がジリ…と一歩踏み出した。「答えろ。言えるのか?」「っ…」紗英は咄嗟に恐怖を感じて一歩下がる。とー。「キャッ!」「紗英!」下がったところがちょうど階段の縁で、彼女の身体がグラリと傾いた。匠が飛び出して彼女に駆け寄って来たが、紗英は慌てて自力で手摺を掴み、事なきを得た。その間、准はといえば、慌てるでもなく、ただ冷たく彼女の様を見ているだけだった。助けるつもりもない。いっそ、このまま落ちてしまえ…とでもいうように、手摺に掴まってホッと胸を撫で下ろしている彼女に向かって、ふん…と鼻を鳴らすことさえした。「あなた……」青ざめた顔で紗英が呟くと、准はつまらなそうに息をついた。「惜しかったな…」「!!」小さな声で残念そうに吐き捨てる彼に、紗英はゾッと血の気が引くのを感じた。正気なの…?彼女の唇が微かに震えるのに、准は僅かに口の端を上げて嗤った。「お願い……」許して…。懇願するように呟くと、彼は明らかにバカにした視線を向けてきた。「今更か?」「……」恐ろしかった。そしてー。紗英が恐怖に思考を手放したその頃になって、この祝賀会の主催者で真田エンターテインメント社長、そして准の叔父でもある真田英明がやって来た。「何事だ?」「あの…っ」「なんでもないよ」紗英の言葉に被せるようにして平然とそう言った准に、英明はチラリと階段に蹲る彼女を見て、そして言った。「ここではやめといてもらえるかな?」「!?」紗英はその言葉に愕然とした。助かったと思った瞬間に、そのまま地獄へ落とされた気分だった。だが准は、気に入らない…とでもいうような顔で口を開いた。「場所は選ばな
「准さんっ」前をスタスタと歩く男に、紗英は必死でついて行った。今夜は、真田エンターテインメントに所属する俳優が主演した映画が海外で賞を獲ったということで、華々しい祝賀会が開かれていた。その俳優はこれを機に海外進出も視野に活動範囲を広げることになり、今日は顔繋ぎの目的もあって、各分野の大物や実力者も大勢招かれていた。関係事務所のスタッフやタレントなども招いて場を華やかに盛り上げていたおかげで、この祝賀会はきらびやかなものとなっていた。そんな中、紗英は事務所を代表するモデルの一人として、社長やマネージャーと共に参加をしていた。彼女は身体のラインを強調したドレスを身に着け、髪の毛を結い上げてその細いうなじを晒していた。首元にはキラキラと輝く宝石が散りばめられたネックレスが飾られ、彼女の魅力を更に引き立てているようだった。紗英はモデルらしく細身でありながら出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んだ、完璧ともいえるスタイルをしている。そんな彼女は会場に入った時から注目の的で、いろんな男たちから声をかけられていたが、誰一人として彼女の手を取ることに成功していなかった。それもそのはず、「あら、紗英じゃない?どうしたの、こんなところで。あなたの未来の旦那さま、あっちにいたわよ?」「……」彼女は今や、この界隈で〝あの真田准をおとした女〟として有名だったからだ。でも誰もが知っていた。それが単なる彼女の独りよがりで、実際はまったく相手にされていない…という事実を。わざとらしく〝未来の旦那さま〟と言ったモデル仲間は、自分の言葉に黙って睨みつけてくるだけの紗英をふふんっ…と嘲笑った。「私を睨みつけてる暇があったら、彼に弁解しに行ったら?」そう言って、周りにいた取り巻きの女たちと〝ごめんなさ〜い〟〝どうしてもあなたの妻になりたいの〜〟などとふざけた口調で腰をくねらせ、彼女をからかってきた。紗英は悔しさに歯噛みして、ダンッと足を踏み鳴らすとぷいっとその場を後にした。そして偶然見つけた准を追って来たところ、彼に氷のような視線を浴びせられ、その場に足を縫い付けられたのだった。「准さー」「桐谷家の躾はいったいどうなってるんだ?」呼びかけようとした言葉を遮られ、彼女は口を閉ざすも准は容赦なかった。「口を開けばデタラメばかり、仕事はいい加減、責任も取ら
学校には行きたい。でも……。明らかに落ち込んでいる芽衣に、リオンは不安そうに尋ねた。「どうしたの?僕…何か悪いこと言ったかな…?」 「ううん…」芽衣は緩く首を振ると、淡く微笑んだ。「もうずっと、学校に行ってないから…」「あ……」そうだった。彼女はずっと病気の治療で学校には行けてないって、母さんが言ってたのに…。リオンは自分の迂闊さに、思わず頬を叩いた。ペチッ!「きゃっ…!何してるの!?」慌てた芽衣が、リオンの頬を叩いた手を握りしめた。「なんで、叩いたの?」心配そうにそう尋ねる芽衣の瞳には、じわりと涙が滲んでいた。「ごめん…。僕が、無神経なこと言ったから…」「無神経…?」首を傾げる芽衣に、リオンは説明した。「学校のこと。病院にいたから、行けてないって聞いてたのに…」「……」芽衣はパチパチと瞬きして、そしてふわりと笑った。「気にしてないよ。大丈夫、もう退院したから」その笑顔に、リオンの胸がドキンと鳴った。意識をすると、それはドキドキと早鐘のように胸を打ち鳴らし、今頃になって握られた手をどうしようかと焦りだした。その時、「お兄ちゃん、なんで顔赤いの?」ハナが不思議そうに訊いてきた。「あ、ほんとだ。お熱があるのかな?」「え!?大変だっ」それを聞いたハナと、芽衣が慌てて「どうしよう?お母さん呼んでくる?」なんて言い出すものだから、リオンまで慌てて両手をぶんぶんと振って否定したのだった。「だ、大丈夫!熱じゃない!あ…暑いだけ!」そう言って、彼はバタバタと家の中へと入って行ってしまった。残された芽衣とハナはポカーンとその場に立ち尽くし、2人で顔を見合わせて首を捻っていた。「暑い…?」「そうだって…」彼女たちは、どちらかといえば肌寒い今日の天気を不思議そうに見上げて、どちらからともなくリオンに続いて家の中へと歩き出したのだった。ハナの家のリビンクには、落ち着きを取り戻したリオンと祖父母が座っていて、芽衣が現れると笑顔で歓迎してくれた。「メイ、こっちにおいで。お婆ちゃんの隣に座って」彼女は芽衣の手を取り、優しく自分の隣へと導いた。「ありがとう。お婆ちゃん」芽衣はニコッと笑うとそこへ座り、自然と家族団らんに加わった。その様子は、彼女がもうずっとこうしてこの家に馴染んでいるのだと教えてくれた。リオンはそんな
数週間後。「まだ見つからないのか!?」准は、手元の書類をバサッ!と投げ捨てた。本田はそれを見て静かにため息をつくと、黙ってしゃがみ込み、それらを拾って整えたのだった。「彼らの足取りはA国で途絶えています。そこから他国へ行った可能性もありますので、今は全ての搭乗者記録を確認中です。ですが、まだA国に滞在している可能性もありますのでー」「御託はいい。世界中、ひっくり返してでも捜せ!っ…」「社長ー!」顔を青ざめさせ、ふらついて机に手をついた准に駆け寄り、本田は言った。「あまり眠っていらっしゃらないのでは?根を詰めすぎるのはよくありません。少しでも横になってください」「うるさいっ…」准はこめかみを指で揉み、はぁ…と息を吐き出した。本田はそんな彼にお茶を淹れ、そっと目の前に差し出した。「ご両親も一緒にいらっしゃるんです。危険なことはないはずです。焦らず、じっくり捜しましょう」「……」そんな励ましは、准にとってなんの意味もないものだった。その頃ー。「メイ!」バタンッと勢いよく玄関ドアを開けて入って来たのは、近所に住む小さな女の子だった。「Hannah(ハナ)、どうしたの?」キッチンで尚と一緒にクッキーを作っていた芽衣は、目をパチクリさせて飛び込んで来た彼女を見た。ハナは今の家に来て初めてできた友達で、尚が言うには、普段この家の管理を任せている家族だということだった。お爺さんとお婆さん、お母さんとハナ。あとは、街の学校に行く為に家を出ているハナのお兄さん。お兄さんには会ったことがないからわからないが、皆優しい人たちだった。「あ!クッキーだ!」駆け寄って来たハナが嬉しそうにテーブルにしがみつくのに、尚は笑って「後で持って行くね」と言い、芽衣に手伝いはもういいから…と頷いた。芽衣はエプロンを外して汚れた手を洗い、ハナの前にしゃがんだ。「何か用事?」小首を傾げてそう問うと、彼女は「あ!」と思い出したように芽衣の手を取った。「お兄ちゃんが帰って来たの!メイ来て!」「え?でも…」「いいから!」小さな女の子にぐいぐいと手を引かれ、芽衣は困ったように母親を見た。尚はその様子に楽しそうに微笑い、「行っておいで」と彼女を促した。ハナと芽衣が揃って出て行く姿を見送りながら、尚は思い出していた。前世、彼女は親友の美月の遺骨を持って
その日、准は戸部から一方的な報告を受けた。〝真田芽衣の投薬治療は終了した。残りの服薬治療に関しては、本人と家族の希望により、他所で行うことを決定した。〟というものだった。「それは、どういうことですか?」意味がわからずそう尋ねた准に、だが戸部は同じ事を繰り返し言っただけだった。准は苛立たしげに更に問うた。「では、どこで服薬治療を行うのか、教えてください」『それに関してはー』本人の希望により、あなたには教えられません。そう言われた。ショックだった。これまでただの一度も、芽衣は自分に内緒で何かをするなんてことはなかった。例えば誕生日のサプライズでさえ、彼女は我慢できずに「お誕生日、楽しみだね〜」などと匂わせていたのだ。それが…。准は初めて彼女に拒否された感覚に、胸が締めつけられるようだった。芽衣…。自分は、彼女の信頼を失ったのか…?呆然としていていつの間にか切れていた通話に、准はスマホを投げだし大きく息をついた。戸部の口調から、彼女たちが既に研究施設を出ていることが察せられた。どこだ?どこに行った?考えられるのは怜士のところか、各地に点在する別荘のどこかにいるのでは…。そう思い、准は急いで怜士に連絡を取った。だが、彼は「来ていない」と言った。それが本当なのかどうかすら、わからない。他にも各地の別荘やホテルを捜させた。が、どこを捜しても見つけられなかった。准は気が狂いそうに焦った。十中八九そうだと思った場所にいなかったことが、彼の思考を混乱させていた。ダンッ!!苛立ちをぶつけるように拳を叩きつけて、准は更に思考を巡らせた。*「わぁ〜、綺麗だね〜」芽衣のはしゃいだ声に、尚はホッと息をついた。A国。ここは前世、尚が聖人と共に過ごし、生涯を終えた場所だ。怜士も知らない田舎町にあって、景色の良い小さな家だった。使用人もいない。完全に、家族3人だけの空間だ。「不便だと思う?」隣に立つ夫に訊くと、彼はニコッと笑って否定した。尚は元々自分だけで生活をしていた。使用人を使うような生活は、聖人と結婚してから得たものだ。だから家事などにも困らない。彼女は久しぶりの感覚に、実は少し開放感も感じていた。この家は、作家の仕事で稼ぐようになってすぐに手に入れていた。思い出の場所であり、心が安らぐ場所だったからだ。今回、准には
わかっている。彼は、こんな答えを聞きたいんじゃない。でもー。匠には答えるべき回答がなかった。「調べます……お時間を、いただけませんか…?」「…いえ、結構です。今までに関わった全ての人物を出してください。後は、こちらで調べます」「……」准は暗に、こちらサイドの人間は信じられない…と言ったのだ。「わかりました…。あの…こういったものは、これだけですか…?」「どう思います?」「……」その冷たい視線と口調、そしてバカにしたように薄っすらと嗤う口元に、匠はゾッとした。終わった…。ほんの少しの希望も打ち砕かれた気分だった。なんてことをしてしまったんだ…!依頼主の信頼をぶち壊すような真似をしてくれた妹に、匠はグッと奥歯を噛み締めた。*准は匠を送らせた後、そのまま他の映像にも目を通していた。小高い丘の上にある、小さな古い教会。周りの景色と相まって、そこはまるで物語の中に出てくるような雰囲気を持っていた。芽衣の好きそうな場所だった。彼は、匠に撮影を依頼した際、一つのコンセプトを呈していた。それは、正しく〝芽衣と准が見ている〟体で映すというものだ。そして、彼女が健康を取り戻したらすぐにでも結婚式の準備を進めたいと思っていることから、芽衣に〝結婚式〟を現実に意識させるような映像を撮ることも依頼していた。最初のコンテでは教会の入り口を通り、バージンロードを歩き、そしてそのまま美しいステンドグラスを見上げるように映像をパーンして外へ向かい、青空から花びらが舞う教会の外へ歩み出たような映像へと移る。そんな感じだったはずだ。だが今、目の前に映し出された映像には、余計なものが足されていた。それは、いつの間に撮影をしたのか、ウェディングドレスを着た紗英の姿と、ブーケトスをしているような姿だった。花婿役は顔が映っていない為誰なのか分からないが、2人は仲睦まじげにしっかりと腕を組み、紗英は美しく微笑んでいた。准は怒りにぎゅっと拳を握りしめ、額には血管が浮き出るほどだった。「本田」低く抑えた声で呼ぶと、後ろに控えていた彼はすぐさま応えた。「お任せください」そう言うと、本田は部屋を出てスマホを手に歩き出したのだった。その頃、研究施設内ではー。「彼らしくないミスね」尚の言葉に、聖人も頷いた。彼らは日に日に芽衣の元気がなくなり、とうとう「病気なん
ギリギリと睨みつけると、海はフッ…と嗤った。「知ってた」「なに!?」「ていうか、気がついた?推測した?…て感じかな」「っ…!」海の悪びれたところのない答えに陸は咄嗟に言葉が出ず、ドンッ!と彼を強く押した。「痛いな。八つ当たりはよせよ」「うるさい!!」冷静すぎる弟に、陸は鬼のような形相で掴みかかった。「お前は!知ってたなら、どうして俺に言わなかった!?」「なんで俺が?」海は押された肩を手で払いながら言った。「お前はいつも人の意見なんか聞かないじゃないか?それで?言わなかったからって、こんな風に怒るのか?」「っ……」よく似た顔の、だがその雰囲気はまったく違う兄弟の言い
「緊張しているか?」自国の言葉で話しかけてくるノアに、陸も同じように「少し」と答えた。やがて、高齢の大司教が朗々と婚約の儀の言葉を語り始めると、今ではかなりL国の言葉を習得している陸の眉間にシワが寄った。そしてとうとう我慢できずに、口を開いた。「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」「……」その無礼な振る舞いに、王を始め、王妃や大司教も一様に顔を顰めた。「なんだ?」ノアが問うと、陸は躊躇いつつも口を開いた。「あの…僕の聞き間違えでなければ…今、〝王子〟と言われませんでした…?」「言った」不安げな顔つきだった陸の眉がピクリと動いた。「は…?」「何が問題だ?」平然とそう言う
その後。准は、芽衣の転院準備に全力を注いだ。S国にあるその病院は医療資源においても世界のトップレベルに属しており、特に准が考えている所は同国出身の医師が何人かいることから芽衣たちも意思の疎通がしやすく、細かい心情にも配慮をしてもらえるだろうと思った。しかもそこは療養型と一体となった入院施設で、終末を家族と過ごせるようにもなっている為、部屋自体が広々としていて、一つの家のような様相を呈していた。当然ながら費用も一般には手が届かないほど高く、何もかもが特別な場所だった。にも関わらず、そこへの入院を希望するVIPが多く、その質を証明していた。今も部屋の空きがなく、順番待ちの状態で芽衣の治
彼の意志を曲げることのできるたった一人の人物。それが、芽衣だった。「じゃあ…話した方が…いえ、話さないといけないわね…」『ああ…包み隠さず、主治医の言葉をそのまま伝えればいい。きっと准なら、芽衣にとって一番の方法を考えてくれる』尚は涙で頬を濡らしながら、夫の言葉に頷いた。「わかった…話してくるわ」そう言って、彼女は通話を終えたのだった。*准は、S国にある芽衣の転院先と考えている病院の医院長との話し合いを終えて、深いため息をついた。直接現地へ行って話し合いを詰めたかったのだが、今はできるだけ芽衣の側にいたかった為、ビデオ通話での会合となった。結果。芽衣の転院は1週間後以降な