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作者: 美桜
last update 公開日: 2025-12-30 17:11:00

大学に通い始めると准は車での送迎になり、格段に快適な登下校をしていた。

「いっちぇあ…さ〜い」

その日も、玄関先まで見送りに来てくれた芽衣に、准は朝から癒されて車に乗り込んだ。

聖人の家族は彼らが仕事をそれぞれ持っている為、なかなか芽衣にきちんと向き合ってやれないことがあるかもしれないと、怜士たちと同居していた。

同居とはいっても真田邸はとても広く、ほとんど別に住んでいるのと変わらない環境だった。

だが邸の中は当然繋がっているのでお互い好きに行き来できるし、准のことが大好きな芽衣は、毎日目が覚めると一目散に彼の下へと行ってしまうのだった。

それを見て父親の聖人は苦笑交じりに「嫁に出した覚えはないんだけどなぁ…」と呟き、尚に呆れられていた。

「じゅんちゃ、いった」

芽衣は、一緒に見送りをしていた執事の井上を見上げて、そう報告した。

彼はそれに微笑んで頷き、「上手にお見送りできましたね」と頭を撫でてやった。

芽衣は嬉しそうに笑うと朝ごはんの続きに戻っていき、ダイニングテーブルでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた怜士にも、同じように報告した。

「じゅんちゃ、いった」

「ああ、ご苦労さん」

怜士はその得意気な顔に目元を緩めると、彼女の好きな苺をひと粒取ってやった。

「あいあとー」

彼女はそれを受け取ってお礼を言うと、美味しそうに口に入れた。

尚はその場面をたまたま目撃し、幸せに目を細めたのだった。

*

「ねぇねぇ、ちょっと聞いたんだけど、この学年にすごい人がいるの、知ってた!?」

入学式からしばらく経つと、いくつかのグループに別れて人々は行動するようになった。

その中に一際目立つ、容姿の整った何人かがまとまっているグループがあって、彼女たちは既に大学の中でも有名人だった。

「すごい人?誰?」

興奮気味にまくしたてていた入江華子(いりえはなこ)は、一斉に振り向いた友人たちに得意気に言った。

「真田准。彼、本当にこの大学に来てたのよっ。びっくりだわ!まさか本人だったなんて!てっきり同姓同名の別人だと思ってたわよっ」

「……」

華子は頬を紅潮させて、益々興奮しているようだった。

そしてそれを、このグループのリーダー的な存在でもある有賀麻沙美(ありがまさみ)は興味なさげに聞いていた。他の皆も「ああ…彼ね」という感じで、実際、華子の情報はもうほとんどの者が知っていた。

「ね、ね、麻沙美。あなたなら彼とお似合いなんじゃない?」

「私?」

突然の華子の言葉に驚いたように片眉を上げた麻沙美だったが、内心は違っていた。

彼女は高校までずっと、准と同じところに通っていたのだ。だから、彼が真田家の唯一の後継者であることも知っていたし、未だに婚約者を決めていないことも知っている。

対外的には「婚約者はいる」ということになっているが、今まで彼はどこの集まりにもそれらしき女性を連れて来たことがない。

だからきっと、群がってくる女性や他家の人たちを牽制する為にそんな嘘をついているのだろう…と誰もが思っていた。

私ならお似合いって?当たり前じゃないっ。私以外に彼の婚約者になれる女がいるわけないでしょ!

そう心の中で言いながら、顔には困惑したような表情を乗せていた。

「さぁ、どうかな?わからないわ」

「ええ〜、絶対お似合いよ」

「そう?」

麻沙美は周りにいる他の友人たちを見渡した。

それを受けて皆「そうそう」「お似合い!」「美男美女だしっ」と持ち上げてきた。

彼女はそれに対し曖昧な微笑みを浮かべた。

ふん、わざとらしい。皆彼を狙ってるくせにっ。

彼女は、華子以外の友人は皆ライバルだと思っていた。

華子は少し調子に乗りやすいところがあるけれど素直で人を信じやすい、つまり扱いやすい友人だった。

今もおそらく本気で麻沙美と准がお似合いだと思い、応援するようなことを言っているのだ。

ただ現実はー。

有賀麻沙美は上流階級に属する名門、有賀家の令嬢であり、勉強も趣味のような習い事も何でもそつなくこなすことのできる人物だった。

彼女は幼い頃から噂話として、真田家の現当主である怜士が冷酷で非情な男であるのに対し、彼の一人息子の准は穏やかで優しく、かといって軟弱ではなく、強い信念を持った人物だと聞いていた。

そんな彼に婚約者は未だおらず、年齢も近く将来の真田夫人となれる女性は家柄的にも麻沙美しかいないだろう…という噂がまことしやかに流れていることも、彼女は知っていた。

誰にも渡さないわ。真田夫人になるのは私よっ。

彼女は、普通なら経済や経営を学ぶ為の大学に通うはずの准が音楽大学に進学すると知って以来、自分もここを目指して頑張ってきた。

それはひとえに、彼を捕まえる為だ。彼の妻になることさえできれば将来は安泰。もう勝ったも同然なのだから、努力しない手はない。

ただ、准はかなり潔癖なのか、今までに噂になった女の一人もいないのだ。自分を除いては。

子供の頃からピアノレッスンに通い、彼の側にはいつも誰かしらいた為、容易には近づけなかった。

正直、この大学に通う期間が唯一のチャンスだ。

行き帰りは車での送迎。移動中は少しも一人にならない。いつもボディーガードが付いていて、彼と親しくなりたい人たちを牽制している。

それでもきっと、彼が認めた者はあの中に入れてもらえるはず!

麻沙美はそのチャンスをずっと待っていた。

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