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家畜小屋✕7

last update Last Updated: 2025-07-10 20:02:39

辰巳はうまいこと顔を使い分けて七人の女を従順に仕上げていった。 彼女たちには自分しかいないと思わせた。 自分がいなくなったらお前なんか誰も相手にしてくれないぞという価値観を植え付けた。 元々従順だった彼女たちはますます盲目的に従うようになり、全員が髪の毛をベリーショートにした時点で、辰巳は大変満足し、彼女たちに7棟の別荘をそれぞれ与えた。

「俺の気持ちとして、君にこの家をあげたい。遠慮するな」

彼女たちは1~7と大きく書かれた家に、番号順に入っていった。 全員一斉にではない。一美を家に入れた翌日には二葉、次の日には三枝をと、7日かけて女たちに家を提供した。 数字はドアの上に黒いペンキで殴り書きされており、彼女たちはそれに疑問も不満を言うでもなくそこで生活を始めた。 監視カメラはすでに設置してある。 ここからが本番なのだ。 いつもの取り巻き達を無理やり呼びつけ、彼らが指定した場所へ行くと、辰巳は七つのモニターを見ながら酒を飲んでいるところだった。

「辰巳様…」

「おう、来たか!」

辰巳は上機嫌で彼らに座るよう指示し、モニターの中でそれぞれ生活している女性たちを見せた。 ベリーショートにした七人の女性は、見分けがつかないほど雰囲気が似ており、モニターの右下に番号がなければ誰が誰だかわからないところだった。 辰巳はスマートフォンを手にし、三枝にかけた。 三と書かれたモニターの中の女性が自分のスマホが鳴っていることに反応し、すぐさま飛びついた。

「もしもし」

「俺だ」

「はい」

辰巳はにやにやしながら言った。

「久しぶりにお前のビーフシチューが食べたいから、作っておいてくれ。俺が帰るまで食うなよ?」

「うん、わかった」 三枝は静かにうなずくと、財布を持って出て行った。

辰巳は次に、七湖にかけた。

「はい?」

「今日帰るから、焼き魚作っておいてくれ」

「……」

「おい?」

七湖はモニター越しでもわかるほど、不満げな様子だった。 辰巳は片方の眉毛を上げながら、

「おい、聞いてんのか?」 少し咎めるような声で言った。

取り巻きの何人かの肩がびくりと跳ねた。

七湖はしばらくしてから 「うん…わかった」 そう言って、辰巳の返事も待たずに切ると、少々肩を怒らせて出て行った。

「ちっ、あいつだけ妙に反抗的なんだよな」

辰巳はぶつくさ言いながら、二葉にかけた。

「はい」

「お元気ですか?」

辰巳が急に優しい声で相手に話しかけるので、取り巻き達はぎょっとした。辰巳がこんな声で話すのを聞いたことがない者もいた。

「はい」

「今日、デートしませんか?迎えに行きます」

「うん、わかった」

二葉の嬉しそうな声を聞き、辰巳も爽やかにまた声をかけて電話を切ると、六子にかけた。

「はい」

「忙しい?」

「いいえ」

「予定がなければ、どっか行かない?」

「うん、わかった」

今度は四つ葉にかけた。

「はい」

「おい」 辰巳は急に冷淡な口調になり、取り巻き達は固唾を飲んでそんな辰巳を見ていた。

「これから行くから、土下座して待ってろ」 明らかに他の女性たちとは違う要求だった。 しかし四つ葉は淡々としていた。 「うん、わかった」

辰巳は乱暴に切ると、最後に五実にかけた。 モニターの中の五実はびくりとして、おずおずと鳴り響くスマートフォンを手に取っていた。 辰巳はそれを見ながら相手が出るなり怒鳴りつけた。 「おいゴミ!」

「はいっ」 五実と一緒に身をすくませる取り巻きもいた。

「鳴らしたらすぐ取れって言ってるだろ!!」

「はいっ」 五実はモニターの中でぺこぺこと頭を下げていた。 辰巳はそれを満足そうに眺めながらさらに怒鳴った。

「十分おきに鳴らすからな、すぐに出ろよ!」

「うん、わか」 辰巳はすぐに切った。

モニターの中の五実はスマートフォンを持ちながらぶるぶると震えていた。 辰巳はそれと取り巻きたちを交互に見て、笑った。 「バカだろ、見ろよあいつ!」

「はは…」 取り巻き達は、苦笑した。

モニターの中で怯えるあの子はかつての自分たちでもあったからだ。 辰巳の命令にいやいや従い、親ですらどうにもならない。 犬の糞を食べろと言われればそうしなくてはならない。 自分の指を切り落とせと言われれば、そうするしかない。 そんな地獄の中を生き抜いてきた彼らには、空気の抜けた声で力なく笑うことしかできなかった。 辰巳は少しだけ眉をひそめたが、気にせず立ち上がって上着を取った。

「さ、飲みなおしだ!」

誰しもが、辰巳が彼女たちに命令したことを守るつもりがないことなどわかりきっていた。 七湖もわかっているから少しいらだっていたのだろう。 彼女たちは藤原グループの影響を受けていないはずだが、辰巳の戦略によって従順にさせられている。 家まで与えられたことを考えるに辰巳の家が金持ちで、逆らえばどうなるかなんとなくわかっているのだろう。 取り巻き達はちらちらとモニターを見ながら背を向けた。 彼女たちはいずれ、自分たちのグループに加えられるのかもしれない。

その夜、出来上がった辰巳達が戻ってくると、モニターの中の彼女たちはそれぞれテーブルについて辰巳を待っていた。 特に三枝と七湖は食事を作らされていたので気の毒に映った。 目の前にあるものに手をつけることもできず、ただただドアとスマホを交互に見ては、ため息をついていた。 自分からスマホにかけたところで辰巳が出ないことはわかっているので、かけることも最初からしていなかった。 二葉はおしゃれをした服装のままぽつんとテーブルにつき、窓の外を眺めている。 四つ葉は土下座したまま眠っているようだ。 五実はスマートフォンを握り締めてうずくまったまま。 辰巳が電話をかけなかった一美のモニターはすべて暗くなっていた。普通に眠っているのだろう。 辰巳は一美にかけ忘れたことを悔やみながら、ほかの女性たちの醜態を見て大声で笑った。

「バカじゃねえのあいつら!」 過呼吸になりながら笑い転げ、取り巻き達が気の毒そうにモニターを見つめていることに気づかなかった。 辰巳はこうして、七人の女性をいたぶっていった。

彼はもう、番号付きの彼女たちの家には行かなかった。モニター越しで十分であり、ただの家畜小屋でしかないその家々に、飼い主である自分がわざわざ赴くことはないと思っていた。

彼女たちは大学にはきちんと通っていたが、辰巳は目的を達成したので変装をする必要もなく、夜に彼女たちへ指令を出すだけでよかったので日常へ戻っていた。 彼女たちは辰巳にどこへいるのかすら聞かず、ただ辰巳からの連絡を待っているので辰巳のスマートフォンが鳴ることは一切なかった。 辰巳はよく色んな人に電話を掛けるが、彼に電話をかける人間はごくわずかだ。彼のような人間に用がある者はいない。 メッセージもほとんど受け取らない。辰巳の脅迫的なメッセージにおずおずと短めに返す程度だ。 取り巻き達は辰巳が女性たちへ意味のない指令を出すのを笑いながら見て、正直帰りたいと思っていた。 下手に口も出せない、便乗して指令のアイディアを出す気にもなれない、こんなものを見るくらいなら、おいしいものでも食べに行きたい。 中には好奇心でそれを楽しく見る者もいたが、やはり長続きはしなかった。 テレビ番組用に編集され、字幕がつき、BGMがあるものならともかく、リアルタイムで淡々とモニター越しに苦しんでいる女性たちを見続けるのは本当に苦痛だった。 辰巳もそれがだんだんとわかってきたのか、指令もエスカレートしていった。

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