辰巳は浮遊していた。
眼下に街並みを見たとき、自分は死んだのだと漠然と悟った。 苦しみも悲しみもそこにはなかった。 ただ、このままの状態でどうすればいいのかと思っていた。 不意に体が引っ張られ、辰巳はぐんぐんと下降した。 見覚えのある大学へ降り立った時、辰巳はそこでかつての自分を見た。 そばには髪を肩まで伸ばした女性が、少しおどおどと辰巳を見上げている。 「一美」 辰巳はつぶやいた。 髪の毛は切らせていたはず。あの長さは出会った当初のものだった。 カジュアルな服装をした自分は、快活な調子で一美にあれこれ話しかけていた。 そうだ、ああやって変装をして一美を口説いていた。 目の前の辰巳は様々な格好と態度で、日ごと女性たちに近づいていた。 遠巻きに、遠慮がちに、逃げ腰になっていた女性たちが、次々と辰巳に陥落していく。 それぞれに家を買い与えて彼女たちをそこに住まわせた後、辰巳は取り巻きたちとモニターを眺めて命令を下していった。 辰巳のスマートフォンは鳴りっぱなしだった。 「ねえ、どうして帰ってこないの?」 「料理冷めちゃったんだけど!」 「いい加減にしてよ、もう実家に帰る!」 「ふざけてるよね、私のことなんだと思ってるの!?」 「その呼び方やめろって、何度も言ったよね!? 私のこと好きじゃないならなんでつきあったの!?」 「こういう扱いする人だってわかってたらつきあわなかった。私の中ではもう別れてる。明日実家に帰る」 「あなた怖い。異常だよ」 彼女たちは毎回辰巳を罵倒した。 辰巳は怒鳴り返した。 「うるせえな、俺の言うことにいちいち逆らうな! 黙ってうんうん言ってりゃいいんだよ! 逆らったからお仕置きな、そこから出られると思うなよ!」 そう叫ぶと人に命じて彼女たちの家のドア、窓を開かなくした。 電波障害を起こす機械も設置して、ネットや電話も使えなくした。 完全な孤立無援にし、ついには彼女たちが泣いて謝るまで外に出さなかった。 「許してください。家に帰してください」 「もう逆らいませんから、お願いですから水と食べ物をください」 「言うことを聞きます。申し訳ありませんでした」 床に倒れながら懇願する彼女たちをモニター越しに眺め、辰巳は手を叩いて笑い転げた。 これを見ていた幽体の辰巳は、客観的に自分を見て、本当に異常だとしみじみと思った。 何よりそれを青ざめた顔で見ている取り巻き達の視線が痛かった。 彼らの指はどこかしらそれぞれ欠けていて、それはかつて自分が命令したもので、欠けた指をいじりながら辰巳を見つめる取り巻き達の顔は嫌悪で歪んでいた。 「もういいや、火をつけろ」 ひとしきり笑い終えた後、辰巳はスマートフォンでそう命じた。 さすがに周囲がざわついた。 「辰巳様、それは……」 取り巻き達のひとりがおずおずとそう言った。 「彼女たちは辰巳様のことを何も知らないんです。こんな死に方をしたら、彼女たちの両親や警察が……」 「うるせえ!!」 辰巳は持っていたスマートフォンを投げつけた。相手の額に当たり、彼は血を流してうずくまった。 「あ、ホラ見ろよ!」 辰巳はそれを見もせずモニターにくぎ付けになった。 モニターのあちこちから火が彼女たちに襲い掛かるのが見えた。 爆発とともに監視カメラが故障し、次々とモニターが黒くなっていく中、七湖が火を消そうともがきながら監視カメラを見た。 髪の毛はなくなり、焼けただれ、片目がつぶれていた。 「藤原……辰巳……!」 地獄の底から這い出たような、命を絞りつくす声だった。 さすがの辰巳も戦慄した。 七湖は震える焦げた指を突き出した。 「お前を絶対に許さない……絶対に……!!」 その言葉とともに、モニターがぷつりと切れた。 誰も何も言わなかった。 モニターはどこも何も映さなかった。 辰巳は青ざめながら立ち上がった。 「ははは! 死んだ!」 虚勢を張って、取り巻き達を見まわした。 「すごかったな! 人の焼死! リアルタイムだぜ!」 取り巻き達は、なんの反応もなかった。 「もう、つきあってらんねえよ」 額から血を流していた男が立ち上がって吐き捨てた。 「あぁ!?」 辰巳が男をにらみつけると同時に、先ほど投げた辰巳のスマートフォンが顔面にぶつかった。 「いてえ! 何しやがるてめえ!」 「うるせえ! この人殺し!!」 辰巳が身構えるより先に、男が飛び掛かる。他の取り巻き達も続いた。七人の 彼女たちは何もわからず殺されたが、彼らは何もかも知っていた。 恨みの年数は彼女たちの比ではない。 「こんなことしやがって……どうなるかわかってんのか!」 「よくもこんなことに巻き込んだな!」 「もう知らねえ、お前の言うことなんざ聞かねえ!!」 彼らの恨みと憎しみの拳と蹴りが、辰巳を襲った。 生まれてこの方、こんな扱いをされたことがない辰巳は戸惑いと怒りがごちゃごちゃになって抵抗したが、最初こそ優勢だったものの、歯止めの効かなくなった彼らの怒りには敵わなかった。 倒れこんだ辰巳に向かって各々が椅子やバット、酒瓶などを手に取った。 彼らは手を緩める気がなかった。 モニター越しに痛めつけられ、あげく焼き殺された無実の七人の女性の無念を、今まで虐げられ、指まで切断する羽目になった自分たちの恨みを晴らすかのように、彼らは辰巳が肉片になるまで攻撃の手を緩めなかった。 やがて辰巳が動かなくなると、血と汗にまみれた彼らは無言で建物を去り、ガソリンをまいて火をつけて立ち去った。 七人の女性たちを焼き殺した罪、今までの罪が次々と浮上し、復讐した彼らは捕まったが、彼らの罪を軽くしてほしいとの嘆願書や署名運動が各地で起こった。 藤原家の影響の及ばない、七人の女性の両親たちの悲痛は計り知れないもので、娘の仇を取ってくれた彼らのために奔走した。 藤原家当主もさすがに惨殺されたとはいえ息子の所業をかばうことができず、多額の保釈金を彼らのために支払った。 幽体の辰巳はそれを、他人事のように眺めていた。 これはいったい、いつの話なのか?辰巳は藤原家の影響を受けない町に来た。 そこで身分を変え、人の大勢いる場所、大学に足を踏み入れた。 幼少期からずるがしこく、演技力に長けていた辰巳は、おのれの目的のためなら相手に低姿勢で接することもできる。 おとなしくて従順そうで、名前に数字がついている女学生を調べ、さりげなく近づいて行った。 一美(ひとみ) 二葉(ふたば) 三枝(みえ) 四つ葉(よつは) 五実(いつみ) 六子(むつこ) 七湖(ななこ) それぞれに接触し、デートを重ね、告白し、恋人になった。 器用なことに、辰巳は彼女たちの前に出るときは変装し、間違えることはなかった。 何しろ彼女たちのことを数字で覚えていて、一番にはカジュアル、二番には黒縁眼鏡のインテリと役割も決めていたので、手下たちにも情報を共有し、デート前の服装チェック、言葉遣い、何を話したのかまで記録させ、会う前には簡単なおさらいをして彼女の前に立った。 彼女たちは純粋無垢で、多少の戸惑いは見られたが、すぐに辰巳の告白を受け入れて恋人になった。 辰巳は身分を明かさなかったため、彼女たちは辰巳が大金持ちであることも知らない。 なので質素なデートにも何も文句は言わず、ただおとなしく辰巳に従っていた。 7人もいるというのに、彼女たちは似たような性格であり、辰巳のことを知らないはずなのに、口数も少なく、ただただ辰巳の言うことを従順に聞くだけなので、辰巳は満足するとともに退屈を感じた。 辰巳が女たちを手荒く扱うときは、大抵女側が何かをねだったり、わがままを言ったり、気に入らないことをするときなのだが、7人いる彼女たちにはそれが全くない。 一週間、毎日違う女と会っているのに、あまりにも彼女たちは無個性だった。 血のつながりがあるのではと邪推して、部下に調べさせるほどであった。 だが彼女たちは学部も違うし、顔も全く違う。 いつも辰巳の言うことに、 「うん、わかった」 と答えて辰巳の言葉通りに動いた。 誕生日にもらったと嬉しそうに話す一美の手から「うっかり」それを奪って「うっかり」床に叩きつけても怒ることはせず、悲しげに見つめるだけ。 「ごめん」と謝れば、こくんとうなずいた。 「うん、わかった」 二葉と美術館へデートへ行ったとき、二葉は好きな画家のグッズが売られている販売所へ行き、ポストカードを買った。
藤原辰巳という男は、どうしようもない男だった。 御曹司の家に生まれたというだけでその幸運を余すことなく享受し、世界で一番自分がえらいとまで思っていた。 実際藤原家が及ぼす影響は大きく、辰巳が道を歩けば周囲の人間は目線を下げて場所を譲り、彼が何をしようが子供から大人までがそれを受け入れ、形作ったような笑みを浮かべてへこへことひれ伏した。 人を殺めたこともあるが、親がそれをもみ消した。警察も藤原家の影響を受けていたので何もできなかった。 女関係も派手で、目をつけた女はすべて彼の手中に収まった。 もちろん人を大事にするような男ではないから女性への扱いもひどい。 崖から蹴り飛ばされて頸椎を損傷した者、酒を飲ませすぎてアルコール中毒で入院させられた者、焼けた鉄板の上に顔面を押し付けられて顔を潰された者もいた。 それでも彼の恩恵にあやかろうとする女たちは後を絶たないのだから、彼が反省するわけもなく、金と権力の鎧をまとい、辰巳は人生を謳歌していた。 「ああ、いいことを考えた」 注がれた酒を数的こぼしたという理由で先ほどまで寵愛していた女の手首を折った辰巳は、女の悲鳴がうるさいと女を叩き出した後、ふと笑みを浮かべて周囲に目を輝かせて話し始めた。 「辰巳様はいつも壮大なことを考えなさるからな、楽しみです!」 バーを借り切り、周囲には若い男女がいたが、気の弱い者は手の震えをなんとかこらえようと両手を後ろに組んで、愛想笑いを浮かべた。 藤原辰巳という男はそういう光景に慣れており、人の喜怒哀楽がわからない。だから相手の笑みが本物かどうかまでの見分けがつかない。 放し飼いにされた狂犬は、機嫌次第でなんでもやる。 先ほどの女などはまだいいほうだ。手首だけですんだのだから。 辰巳は酒臭い息をまき散らしながら高慢に言った。 「女を7匹飼って、度胸試しをする」 誰も彼の言った意味がわからず、愛想笑いを貼り付けて返答できなかった。 「この間の殺しで親父に散々殴られて、もう殺すのはやめろと言われたんだ。で、さっきの女でとりあえず打ち止め。しばらくおとなしくするつもりだ」 辰巳は端正な顔にできた青あざを忌々しそうに撫でた。 彼がこの世で唯一逆らえないのは父親だった。 父親も息子の問題には少なからず頭を抱えており、幼少時から折檻で押さえつけようと彼なりに努力はした
消防車が現場に駆け付けた時には、すべてが遅かった。 七棟あった家の半分は焼け落ち、生存者はひとりもおらず、一番激しく燃えていた七湖の家の中で、辰巳の焼死体が発見されたのだ。 藤原家の息子が焼死したということで、一時は世間をにぎわせたが、最終的に辰巳が七湖の家に勝手に入り、そこで火事を起こした事故死と断定づけられた。 「藤原家の御曹司、冷酷な仕打ちの末焼死」 「七人の彼女たち、最後は誰もそばにおらず」 「【私は身内を殺された、指も切断した……犠牲者の魂の叫び】死んだドラ息子の壮絶な暴力のすべて」 辰巳が死んだことで、辰巳の過去が次々に暴かれていった。 辰巳の父親は示談金をひたすら払い続けた。息子をかばおうにも、何も手立てがない。弁護士も匙を投げて逃げて行った。 かつての栄光は地に落ち、彼は死んだ息子を弔おうともせず、後継者を探すことを優先しているらしい。 七人の女性も一時期マスコミに追われて大変だったが、彼と正式につきあっているわけでもなく、家は与えられたが住んでいないと主張し続けた。 最期の電話も確かに受けたが、辰巳からは余計な詮索をするなと言い含められていていつも通りに承諾の返事をしただけで、何もしていない。 七湖だけが通報してやった。彼女は最低限の義理は果たしたとマスコミに語った。 彼らの日常が通常に戻ったのを幽体の辰巳は見届けた。 客観的に自分の行いを見て、何を言う資格もないと思った。 一美がスマートフォンから自分の連絡先を削除するのを見つめていると、ふと体が軽くなったような気がした。 誰も自分を思い出さなくなった時、自分は消えていくのだろうと思った。 好き勝手に生きてきた人生だった……来世ではもっと人を大切に…… そう目をつぶった時だった。 「お前を絶対に許さない」 耳元で怨嗟の声を聞いた。 「!!」 目を開くと、そこには数十人の悪鬼がいた。 彼らの指は数本欠け、腕が曲がり、足が片方ない者もいる。 「おまえたちは……!」 誰だ? 辰巳が言おうとしたとき、ひとりが襲い掛かってきた。 「どうせ覚えちゃいまい。お前の快楽のために殺された者たちのことなど」 「やめろぉっ! 俺は、反省したんだ!!」 辰巳は手足を彼らにつかまれながら叫んだ。 「反省だと? それがなんだ?」 欠けた指を
彼女たちは打ち合わせ通りに動いた。 辰巳を完全に油断させるために、したくもない怪我を負い、濡れ衣まで被らされた。 数々の暴言にもひたすら耐えた。 全ては、家を与えられるまで。 数か月後に悲劇の最期を迎えたあの家をそれぞれ見上げた。 辰巳は誇らしげだった。 「この家をあげるから、今日からここに住んで。片付いたら遊びに行くから」 そう言って颯爽と去っていく後姿を、彼女たちは恨みを込めた目で見つめた。 最初から、七湖の家だけを撮影スタジオにしようと決めていたので、彼女たちは辰巳が去るとすぐに七湖の家に集まった。 一美、二葉、三枝、四つ葉、五実、六子、七湖… 一美は最初から自分にあてがわれた家に住むつもりはなかったので、すぐさま七湖の家に向かった。パスワード式の鍵で、七湖からあらかじめ教えられていたので入るのは簡単だった。包装してある家具に向かいビニールをはがしていると、残りの六人が続々と入ってきて、皆で辰巳の悪口を言いながら家具を配置した。幽体の辰巳は手持ち無沙汰にそれを見ていた。 やがて四つ葉がノートパソコンを開き、皆に動画を披露した。 辰巳ものぞき込むと、かつてそれを見て大笑いしていた自分がいかに滑稽だったか急に恥ずかしくなり、彼女たちがワイワイとそれを見ているのを尻目に窓の外を見た。 監視カメラの映像と、辰巳が見ている映像のすり替えは、なんと辰巳の取り巻き達の中のひとりが協力者になってくれた。 彼は恋人と弟を殺された恨みがあり、彼女たちの悲劇を止めたいと思っていたのだ。 彼女たちの前世では勇気がなくてそれができず、今生で記憶はないはずだが、彼は前世でふるえなかった勇気を彼女たちのために出してくれた。 こうして彼女たちは辰巳の手から逃れ、平穏な大学生活を謳歌し始めた。 たまにかかってくる辰巳の電話に「うん、わかった」とだけ言い、それから協力者に辰巳からの指令を伝え、協力者はストックしてある動画を選別して流す。 たまに想定外の指令があると、四つ葉が急ピッチで動画を作成して協力者に転送した。たくさんの動画を作ったおかげで、彼女の技術が上がったというのも皮肉な話だ。 そうして月日は流れ、火事になるにはうってつけの指令が来た。 七人の女性と協力者は狂喜乱舞した。 協力者は取り巻き達に少
辺りの景色がぼやけ、また鮮明になった時、幽体の辰巳は一美が蒼白な顔で大学へ来ているのを見た。 着席し、周囲を見渡し、何度もスマホを確認している。 「戻ってきた……戻ってきた……!」 一美はスマホの日付を見ては、そうつぶやき涙をこぼしていた。 一美はそれから、注意深く生活を始めた。 ある日、辰巳が話しかけてきた時に戦慄し、走って逃げた。 幽体の辰巳にはその光景に見覚えがあった。 初対面の時、声をかけたら一美が青ざめて走り去ったことを。 あの時は何とも思わなかったが、今思えば変だったと気づいた。 それから幽体の辰巳は一美のそばを漂うことになった。 一美はそこで、自分と会った時とは違う雰囲気の格好をした辰巳が、二葉になれなれしく話しかけるのを目撃した。 二葉も警戒して素早く辰巳の脇を通り抜けていった。 一美は二葉の後をつけ、思い切って声をかけた。 「あの」 「はいっ!?」 二葉はびくりと肩を震わせ、恐る恐る一美を見た。 「藤原辰巳が何をしたのか知ってる?」 一美の言葉に、二葉は震えだした。 「あの男は悪魔よ。近づかない方がいい」 「ねえ、落ち着いて聞いて。私、彼に殺されたことがある」 一美は胸に手を当てながら、慎重に言った。二葉の目が開かれた。 「私も……殺された……でも戻ってきた……!」 二葉はそう言って膝を折り曲げてしゃくりあげた。 「私も、戻ってきた……私だけじゃなかったんだ……!」 一美はぼろぼろと涙をこぼし、二葉に覆いかぶさるようにして泣いた。 人の目も気にせず、ふたりは泣き続けた。 ふたりはその日、大学をさぼって近くの喫茶店に入り、何が起こったかを情報交換した。 藤原辰巳という男が言葉巧みに近づいてきたこと。 デートを重ねるうちに、精神的に支配されていったこと。 嫌だとは思っていたが、好きだと言ってくれたし無下に出来ず、彼のいいところを探すうちに家を与えられ、感動したこと。 でも辰巳は一度も家に来たことがないこと。 要求がエスカレートしていって、最後は家に火を放たれたこと。 話すうちに、自分がどんな死に方をしたのか思い出し、ふたりは身を震わせ、怒りと悲しみで泣いた。 何故かはわからないが、自分たちは戻ってきた。 絶対にあの男を許せ
辰巳は浮遊していた。 眼下に街並みを見たとき、自分は死んだのだと漠然と悟った。 苦しみも悲しみもそこにはなかった。 ただ、このままの状態でどうすればいいのかと思っていた。 不意に体が引っ張られ、辰巳はぐんぐんと下降した。 見覚えのある大学へ降り立った時、辰巳はそこでかつての自分を見た。 そばには髪を肩まで伸ばした女性が、少しおどおどと辰巳を見上げている。 「一美」 辰巳はつぶやいた。 髪の毛は切らせていたはず。あの長さは出会った当初のものだった。 カジュアルな服装をした自分は、快活な調子で一美にあれこれ話しかけていた。 そうだ、ああやって変装をして一美を口説いていた。 目の前の辰巳は様々な格好と態度で、日ごと女性たちに近づいていた。 遠巻きに、遠慮がちに、逃げ腰になっていた女性たちが、次々と辰巳に陥落していく。 それぞれに家を買い与えて彼女たちをそこに住まわせた後、辰巳は取り巻きたちとモニターを眺めて命令を下していった。 辰巳のスマートフォンは鳴りっぱなしだった。 「ねえ、どうして帰ってこないの?」 「料理冷めちゃったんだけど!」 「いい加減にしてよ、もう実家に帰る!」 「ふざけてるよね、私のことなんだと思ってるの!?」 「その呼び方やめろって、何度も言ったよね!? 私のこと好きじゃないならなんでつきあったの!?」 「こういう扱いする人だってわかってたらつきあわなかった。私の中ではもう別れてる。明日実家に帰る」 「あなた怖い。異常だよ」 彼女たちは毎回辰巳を罵倒した。 辰巳は怒鳴り返した。 「うるせえな、俺の言うことにいちいち逆らうな! 黙ってうんうん言ってりゃいいんだよ! 逆らったからお仕置きな、そこから出られると思うなよ!」 そう叫ぶと人に命じて彼女たちの家のドア、窓を開かなくした。 電波障害を起こす機械も設置して、ネットや電話も使えなくした。 完全な孤立無援にし、ついには彼女たちが泣いて謝るまで外に出さなかった。 「許してください。家に帰してください」 「もう逆らいませんから、お願いですから水と食べ物をください」 「言うことを聞きます。申し訳ありませんでした」 床に倒れながら懇願する彼女たちをモニター越しに眺め、辰巳は手を叩いて笑い転げた。 こ