辺りの景色がぼやけ、また鮮明になった時、幽体の辰巳は一美が蒼白な顔で大学へ来ているのを見た。
着席し、周囲を見渡し、何度もスマホを確認している。 「戻ってきた……戻ってきた……!」 一美はスマホの日付を見ては、そうつぶやき涙をこぼしていた。 一美はそれから、注意深く生活を始めた。 ある日、辰巳が話しかけてきた時に戦慄し、走って逃げた。 幽体の辰巳にはその光景に見覚えがあった。 初対面の時、声をかけたら一美が青ざめて走り去ったことを。 あの時は何とも思わなかったが、今思えば変だったと気づいた。 それから幽体の辰巳は一美のそばを漂うことになった。 一美はそこで、自分と会った時とは違う雰囲気の格好をした辰巳が、二葉になれなれしく話しかけるのを目撃した。 二葉も警戒して素早く辰巳の脇を通り抜けていった。 一美は二葉の後をつけ、思い切って声をかけた。 「あの」 「はいっ!?」 二葉はびくりと肩を震わせ、恐る恐る一美を見た。 「藤原辰巳が何をしたのか知ってる?」 一美の言葉に、二葉は震えだした。 「あの男は悪魔よ。近づかない方がいい」 「ねえ、落ち着いて聞いて。私、彼に殺されたことがある」 一美は胸に手を当てながら、慎重に言った。二葉の目が開かれた。 「私も……殺された……でも戻ってきた……!」 二葉はそう言って膝を折り曲げてしゃくりあげた。 「私も、戻ってきた……私だけじゃなかったんだ……!」 一美はぼろぼろと涙をこぼし、二葉に覆いかぶさるようにして泣いた。 人の目も気にせず、ふたりは泣き続けた。 ふたりはその日、大学をさぼって近くの喫茶店に入り、何が起こったかを情報交換した。 藤原辰巳という男が言葉巧みに近づいてきたこと。 デートを重ねるうちに、精神的に支配されていったこと。 嫌だとは思っていたが、好きだと言ってくれたし無下に出来ず、彼のいいところを探すうちに家を与えられ、感動したこと。 でも辰巳は一度も家に来たことがないこと。 要求がエスカレートしていって、最後は家に火を放たれたこと。 話すうちに、自分がどんな死に方をしたのか思い出し、ふたりは身を震わせ、怒りと悲しみで泣いた。 何故かはわからないが、自分たちは戻ってきた。 絶対にあの男を許せない。 ふたりはそれから、他に被害者がいないか、藤原辰巳という男が何者なのかを自分たちのできる範囲で調べ始めた。 まず、藤原辰巳は隣町で有名な悪人であること。人を殺したこともあるということ。でも父親がそれをすべてもみ消したということ。 道理で家を与えられる経済力があったわけだ。それを聞いたこともあったが、詮索るのはやめろと怒鳴られて、怖くてできなかったことを思い出す。 彼の評判はすこぶる悪く、名指しこそされていないが、彼の被害者が集まってコミュニティを作り、互いの傷をなめあっているブログを発見した。 指を欠損させられただの、彼女を寝取ったあげくにその彼女を大事にせず、ごみのように捨てたことなど、彼らの怒りと嘆きの言葉がブログに充満し、そのブログのコメント欄も荒れていた。彼に対する不平や不満のはけ口は、そんなところでしか発散できなかった。 ふたりの後ろからその書き込みを覗いていた幽体の辰巳は、まさかここまで自分が嫌われ憎まれていたことを知らず、数多の自分へ向けた呪いの言葉に打ちのめされた。 自分が笑えばみんなも笑うから、それでいいと思っていた。 疑問を抱いたことすらなかった。 一美と二葉は、辰巳が毎日違う格好、違う話し方で女性を口説いているのを見た。 曜日ごとに違っていたから、もしかしたらあと五人ターゲットがいるのかもしれない。 話しかけられた女性たちに接触し、少し話しただけで彼女たちは泣いた。 彼女たちも戻っていた。 月曜日から日曜日まで、彼は七人分の男を演じていた。 それらがわかり、七人の女性たちは結託した。 意味もなく殺された自分たちがこうして過去に戻ってこられたのは、藤原辰巳という男に復讐する機会を神様が設けてくれたのではないか。 彼女たちは辰巳という男について分析した。 虚栄心の塊。逆らう者には容赦がない。人を支配することを好み、手口は残酷。気に入らなければ殺して排除する外道。 幽体の 辰巳は彼女たちの会議を見ながら、居心地が悪くなった。何も間違っていない。だからこそ自分はあんな最期を遂げたのだ。 「私たちがあんな死に方をしたのは、あいつに逆らったからだわ」 一美は歯を食いしばるようにして言った。 「何かあれば怒鳴りつけて、私たちを委縮させ、次に優しくして支配するのが好きだった」 「今思えばバカバカしいことなのに、必死になってあいつの命令を聞いていたよね」 土下座したまま夜を明かしたり、できない逆立ちを延々させられた四つ葉の言葉は重かった。 「私は何度もゴミって呼ぶなっていちいち怒ってたな。そのたびに怒鳴られて、だからか私にはずっと塩対応だった。優しくされた記憶がないわ」 五実(いつみ)はワナワナと指を震わせていた。 「私は何故か気に入られて好きだとかなんとか言われてたけどさ、だからって家に来るわけでもなかったし、なんなのって感じだった。他に女がいるのはわかってたけど、まさかこんなにいたなんて」 六子も吐き捨てるように言った。 「みんなもう気づいてると思うけどさ」 七湖が手を小さく挙げて言った。 「私たちの名前には数字が入ってるよね。家のドアの上にも殴り書きの数字があった。あの頃は家に閉じ込められて気づかなかったけど、あいつ私たちのことナンバーで管理してたわけよ。監視カメラもあったし、どこかで私たちのことを笑いものにしてたのは間違いないよ」 みんなでうなずきあって、最低とこぼした。幽体の辰巳は委縮した。 「で、焼き殺されないためにはどうすればいいと思う? 私は正直関わりたくないけど、あいつしつこかったし、せっかく入れた大学を、あんなののせいで退学したくない気持ちがある」 二葉がこめかみを押さえながら言った。 「私たちには、記憶がある」 一美が言った。 「どうすればあいつが怒り出すのか、どうすればあいつが機嫌がいいのか、全部わかってる」 「逆らわないで、従順なふりをしたほうがいいと思う。少なくとも暴力は防げる」 三枝が嫌そうに言った。 「私AIを学んでるんだけどさ」 四つ葉が言った。 「監視カメラの映像をどうにかハッキングして、あいつの命令に従ってるような映像を流すのはどうだろう」 みんなの目が輝いた。幽体の辰巳は驚愕した。 「よく見れば不自然だけど、あいつバカだからわからないと思う」 五実が身を乗り出し、幽体の辰巳は五実をにらみつけた。 「家の家具も全部同じじゃないかな? どんなものがあった?」 七湖が言い出すと、各々がスマートフォンを取り出し、家具の検索を始めた。ほどなくしてみんなで結果を照合すると、全く同じものが同じ位置に配置されていることがわかった。みんなでまた最低とつぶやきあった。幽体の辰巳は後ろを向いた。 「それじゃあ背景は変えず、人物だけ動かせばいいんだね」 四つ葉がうなずきながらデータをまとめ始める。 「従順にしなかったから火をつけられたけど、今回は従順にした上で火事にして、家に火をつけて終わらせようかな。いくつかパターンを想定して動画を作成しよう。現場にあいつが行ったって何も起こってないし、それまでに大学と警察にも話をしておこう。不審者がいるってあらかじめ言っておこう。証拠を残しておくのは大事だ」 「父の知り合いに弁護士がいるから、話してみるよ、警察に行くときは同行させておいた方が有利らしい」 「証拠のためとはいえ、あいつの言うとおりにするの嫌だなあ」 「髪の毛も切らされなかった? ベリーショートに」 「あったあった!」全員が激しく首を振った。 「じゃあ見分けなんかつかないし、顔は全部同じ動画作ればいいわ」 「家を与えられるまで我慢すればいいね、そうすればもうあいつ大学にも来ないし」 復讐の女子会は大いに盛り上がり、そばにいる幽体の辰巳は顔を覆ったり天を仰いだりと忙しかった。辰巳は藤原家の影響を受けない町に来た。 そこで身分を変え、人の大勢いる場所、大学に足を踏み入れた。 幼少期からずるがしこく、演技力に長けていた辰巳は、おのれの目的のためなら相手に低姿勢で接することもできる。 おとなしくて従順そうで、名前に数字がついている女学生を調べ、さりげなく近づいて行った。 一美(ひとみ) 二葉(ふたば) 三枝(みえ) 四つ葉(よつは) 五実(いつみ) 六子(むつこ) 七湖(ななこ) それぞれに接触し、デートを重ね、告白し、恋人になった。 器用なことに、辰巳は彼女たちの前に出るときは変装し、間違えることはなかった。 何しろ彼女たちのことを数字で覚えていて、一番にはカジュアル、二番には黒縁眼鏡のインテリと役割も決めていたので、手下たちにも情報を共有し、デート前の服装チェック、言葉遣い、何を話したのかまで記録させ、会う前には簡単なおさらいをして彼女の前に立った。 彼女たちは純粋無垢で、多少の戸惑いは見られたが、すぐに辰巳の告白を受け入れて恋人になった。 辰巳は身分を明かさなかったため、彼女たちは辰巳が大金持ちであることも知らない。 なので質素なデートにも何も文句は言わず、ただおとなしく辰巳に従っていた。 7人もいるというのに、彼女たちは似たような性格であり、辰巳のことを知らないはずなのに、口数も少なく、ただただ辰巳の言うことを従順に聞くだけなので、辰巳は満足するとともに退屈を感じた。 辰巳が女たちを手荒く扱うときは、大抵女側が何かをねだったり、わがままを言ったり、気に入らないことをするときなのだが、7人いる彼女たちにはそれが全くない。 一週間、毎日違う女と会っているのに、あまりにも彼女たちは無個性だった。 血のつながりがあるのではと邪推して、部下に調べさせるほどであった。 だが彼女たちは学部も違うし、顔も全く違う。 いつも辰巳の言うことに、 「うん、わかった」 と答えて辰巳の言葉通りに動いた。 誕生日にもらったと嬉しそうに話す一美の手から「うっかり」それを奪って「うっかり」床に叩きつけても怒ることはせず、悲しげに見つめるだけ。 「ごめん」と謝れば、こくんとうなずいた。 「うん、わかった」 二葉と美術館へデートへ行ったとき、二葉は好きな画家のグッズが売られている販売所へ行き、ポストカードを買った。
藤原辰巳という男は、どうしようもない男だった。 御曹司の家に生まれたというだけでその幸運を余すことなく享受し、世界で一番自分がえらいとまで思っていた。 実際藤原家が及ぼす影響は大きく、辰巳が道を歩けば周囲の人間は目線を下げて場所を譲り、彼が何をしようが子供から大人までがそれを受け入れ、形作ったような笑みを浮かべてへこへことひれ伏した。 人を殺めたこともあるが、親がそれをもみ消した。警察も藤原家の影響を受けていたので何もできなかった。 女関係も派手で、目をつけた女はすべて彼の手中に収まった。 もちろん人を大事にするような男ではないから女性への扱いもひどい。 崖から蹴り飛ばされて頸椎を損傷した者、酒を飲ませすぎてアルコール中毒で入院させられた者、焼けた鉄板の上に顔面を押し付けられて顔を潰された者もいた。 それでも彼の恩恵にあやかろうとする女たちは後を絶たないのだから、彼が反省するわけもなく、金と権力の鎧をまとい、辰巳は人生を謳歌していた。 「ああ、いいことを考えた」 注がれた酒を数的こぼしたという理由で先ほどまで寵愛していた女の手首を折った辰巳は、女の悲鳴がうるさいと女を叩き出した後、ふと笑みを浮かべて周囲に目を輝かせて話し始めた。 「辰巳様はいつも壮大なことを考えなさるからな、楽しみです!」 バーを借り切り、周囲には若い男女がいたが、気の弱い者は手の震えをなんとかこらえようと両手を後ろに組んで、愛想笑いを浮かべた。 藤原辰巳という男はそういう光景に慣れており、人の喜怒哀楽がわからない。だから相手の笑みが本物かどうかまでの見分けがつかない。 放し飼いにされた狂犬は、機嫌次第でなんでもやる。 先ほどの女などはまだいいほうだ。手首だけですんだのだから。 辰巳は酒臭い息をまき散らしながら高慢に言った。 「女を7匹飼って、度胸試しをする」 誰も彼の言った意味がわからず、愛想笑いを貼り付けて返答できなかった。 「この間の殺しで親父に散々殴られて、もう殺すのはやめろと言われたんだ。で、さっきの女でとりあえず打ち止め。しばらくおとなしくするつもりだ」 辰巳は端正な顔にできた青あざを忌々しそうに撫でた。 彼がこの世で唯一逆らえないのは父親だった。 父親も息子の問題には少なからず頭を抱えており、幼少時から折檻で押さえつけようと彼なりに努力はした
消防車が現場に駆け付けた時には、すべてが遅かった。 七棟あった家の半分は焼け落ち、生存者はひとりもおらず、一番激しく燃えていた七湖の家の中で、辰巳の焼死体が発見されたのだ。 藤原家の息子が焼死したということで、一時は世間をにぎわせたが、最終的に辰巳が七湖の家に勝手に入り、そこで火事を起こした事故死と断定づけられた。 「藤原家の御曹司、冷酷な仕打ちの末焼死」 「七人の彼女たち、最後は誰もそばにおらず」 「【私は身内を殺された、指も切断した……犠牲者の魂の叫び】死んだドラ息子の壮絶な暴力のすべて」 辰巳が死んだことで、辰巳の過去が次々に暴かれていった。 辰巳の父親は示談金をひたすら払い続けた。息子をかばおうにも、何も手立てがない。弁護士も匙を投げて逃げて行った。 かつての栄光は地に落ち、彼は死んだ息子を弔おうともせず、後継者を探すことを優先しているらしい。 七人の女性も一時期マスコミに追われて大変だったが、彼と正式につきあっているわけでもなく、家は与えられたが住んでいないと主張し続けた。 最期の電話も確かに受けたが、辰巳からは余計な詮索をするなと言い含められていていつも通りに承諾の返事をしただけで、何もしていない。 七湖だけが通報してやった。彼女は最低限の義理は果たしたとマスコミに語った。 彼らの日常が通常に戻ったのを幽体の辰巳は見届けた。 客観的に自分の行いを見て、何を言う資格もないと思った。 一美がスマートフォンから自分の連絡先を削除するのを見つめていると、ふと体が軽くなったような気がした。 誰も自分を思い出さなくなった時、自分は消えていくのだろうと思った。 好き勝手に生きてきた人生だった……来世ではもっと人を大切に…… そう目をつぶった時だった。 「お前を絶対に許さない」 耳元で怨嗟の声を聞いた。 「!!」 目を開くと、そこには数十人の悪鬼がいた。 彼らの指は数本欠け、腕が曲がり、足が片方ない者もいる。 「おまえたちは……!」 誰だ? 辰巳が言おうとしたとき、ひとりが襲い掛かってきた。 「どうせ覚えちゃいまい。お前の快楽のために殺された者たちのことなど」 「やめろぉっ! 俺は、反省したんだ!!」 辰巳は手足を彼らにつかまれながら叫んだ。 「反省だと? それがなんだ?」 欠けた指を
彼女たちは打ち合わせ通りに動いた。 辰巳を完全に油断させるために、したくもない怪我を負い、濡れ衣まで被らされた。 数々の暴言にもひたすら耐えた。 全ては、家を与えられるまで。 数か月後に悲劇の最期を迎えたあの家をそれぞれ見上げた。 辰巳は誇らしげだった。 「この家をあげるから、今日からここに住んで。片付いたら遊びに行くから」 そう言って颯爽と去っていく後姿を、彼女たちは恨みを込めた目で見つめた。 最初から、七湖の家だけを撮影スタジオにしようと決めていたので、彼女たちは辰巳が去るとすぐに七湖の家に集まった。 一美、二葉、三枝、四つ葉、五実、六子、七湖… 一美は最初から自分にあてがわれた家に住むつもりはなかったので、すぐさま七湖の家に向かった。パスワード式の鍵で、七湖からあらかじめ教えられていたので入るのは簡単だった。包装してある家具に向かいビニールをはがしていると、残りの六人が続々と入ってきて、皆で辰巳の悪口を言いながら家具を配置した。幽体の辰巳は手持ち無沙汰にそれを見ていた。 やがて四つ葉がノートパソコンを開き、皆に動画を披露した。 辰巳ものぞき込むと、かつてそれを見て大笑いしていた自分がいかに滑稽だったか急に恥ずかしくなり、彼女たちがワイワイとそれを見ているのを尻目に窓の外を見た。 監視カメラの映像と、辰巳が見ている映像のすり替えは、なんと辰巳の取り巻き達の中のひとりが協力者になってくれた。 彼は恋人と弟を殺された恨みがあり、彼女たちの悲劇を止めたいと思っていたのだ。 彼女たちの前世では勇気がなくてそれができず、今生で記憶はないはずだが、彼は前世でふるえなかった勇気を彼女たちのために出してくれた。 こうして彼女たちは辰巳の手から逃れ、平穏な大学生活を謳歌し始めた。 たまにかかってくる辰巳の電話に「うん、わかった」とだけ言い、それから協力者に辰巳からの指令を伝え、協力者はストックしてある動画を選別して流す。 たまに想定外の指令があると、四つ葉が急ピッチで動画を作成して協力者に転送した。たくさんの動画を作ったおかげで、彼女の技術が上がったというのも皮肉な話だ。 そうして月日は流れ、火事になるにはうってつけの指令が来た。 七人の女性と協力者は狂喜乱舞した。 協力者は取り巻き達に少
辺りの景色がぼやけ、また鮮明になった時、幽体の辰巳は一美が蒼白な顔で大学へ来ているのを見た。 着席し、周囲を見渡し、何度もスマホを確認している。 「戻ってきた……戻ってきた……!」 一美はスマホの日付を見ては、そうつぶやき涙をこぼしていた。 一美はそれから、注意深く生活を始めた。 ある日、辰巳が話しかけてきた時に戦慄し、走って逃げた。 幽体の辰巳にはその光景に見覚えがあった。 初対面の時、声をかけたら一美が青ざめて走り去ったことを。 あの時は何とも思わなかったが、今思えば変だったと気づいた。 それから幽体の辰巳は一美のそばを漂うことになった。 一美はそこで、自分と会った時とは違う雰囲気の格好をした辰巳が、二葉になれなれしく話しかけるのを目撃した。 二葉も警戒して素早く辰巳の脇を通り抜けていった。 一美は二葉の後をつけ、思い切って声をかけた。 「あの」 「はいっ!?」 二葉はびくりと肩を震わせ、恐る恐る一美を見た。 「藤原辰巳が何をしたのか知ってる?」 一美の言葉に、二葉は震えだした。 「あの男は悪魔よ。近づかない方がいい」 「ねえ、落ち着いて聞いて。私、彼に殺されたことがある」 一美は胸に手を当てながら、慎重に言った。二葉の目が開かれた。 「私も……殺された……でも戻ってきた……!」 二葉はそう言って膝を折り曲げてしゃくりあげた。 「私も、戻ってきた……私だけじゃなかったんだ……!」 一美はぼろぼろと涙をこぼし、二葉に覆いかぶさるようにして泣いた。 人の目も気にせず、ふたりは泣き続けた。 ふたりはその日、大学をさぼって近くの喫茶店に入り、何が起こったかを情報交換した。 藤原辰巳という男が言葉巧みに近づいてきたこと。 デートを重ねるうちに、精神的に支配されていったこと。 嫌だとは思っていたが、好きだと言ってくれたし無下に出来ず、彼のいいところを探すうちに家を与えられ、感動したこと。 でも辰巳は一度も家に来たことがないこと。 要求がエスカレートしていって、最後は家に火を放たれたこと。 話すうちに、自分がどんな死に方をしたのか思い出し、ふたりは身を震わせ、怒りと悲しみで泣いた。 何故かはわからないが、自分たちは戻ってきた。 絶対にあの男を許せ
辰巳は浮遊していた。 眼下に街並みを見たとき、自分は死んだのだと漠然と悟った。 苦しみも悲しみもそこにはなかった。 ただ、このままの状態でどうすればいいのかと思っていた。 不意に体が引っ張られ、辰巳はぐんぐんと下降した。 見覚えのある大学へ降り立った時、辰巳はそこでかつての自分を見た。 そばには髪を肩まで伸ばした女性が、少しおどおどと辰巳を見上げている。 「一美」 辰巳はつぶやいた。 髪の毛は切らせていたはず。あの長さは出会った当初のものだった。 カジュアルな服装をした自分は、快活な調子で一美にあれこれ話しかけていた。 そうだ、ああやって変装をして一美を口説いていた。 目の前の辰巳は様々な格好と態度で、日ごと女性たちに近づいていた。 遠巻きに、遠慮がちに、逃げ腰になっていた女性たちが、次々と辰巳に陥落していく。 それぞれに家を買い与えて彼女たちをそこに住まわせた後、辰巳は取り巻きたちとモニターを眺めて命令を下していった。 辰巳のスマートフォンは鳴りっぱなしだった。 「ねえ、どうして帰ってこないの?」 「料理冷めちゃったんだけど!」 「いい加減にしてよ、もう実家に帰る!」 「ふざけてるよね、私のことなんだと思ってるの!?」 「その呼び方やめろって、何度も言ったよね!? 私のこと好きじゃないならなんでつきあったの!?」 「こういう扱いする人だってわかってたらつきあわなかった。私の中ではもう別れてる。明日実家に帰る」 「あなた怖い。異常だよ」 彼女たちは毎回辰巳を罵倒した。 辰巳は怒鳴り返した。 「うるせえな、俺の言うことにいちいち逆らうな! 黙ってうんうん言ってりゃいいんだよ! 逆らったからお仕置きな、そこから出られると思うなよ!」 そう叫ぶと人に命じて彼女たちの家のドア、窓を開かなくした。 電波障害を起こす機械も設置して、ネットや電話も使えなくした。 完全な孤立無援にし、ついには彼女たちが泣いて謝るまで外に出さなかった。 「許してください。家に帰してください」 「もう逆らいませんから、お願いですから水と食べ物をください」 「言うことを聞きます。申し訳ありませんでした」 床に倒れながら懇願する彼女たちをモニター越しに眺め、辰巳は手を叩いて笑い転げた。 こ