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夢か現か幻か

last update Last Updated: 2025-07-10 20:02:42

ある時、辰巳は五実の家にアルコール度数の高い酒を届けた。 そしてそれを飲み干せと命令した。

五実はそれをむせながら飲み始め、辰巳は追加で届けるよう手配の電話をかけた。

次に七湖に電話をかけ、唐揚げを40個用意しろと命令した。 七湖は沈黙した。 辰巳は腹を立て、五実に届けた同じ酒を百本七湖の家に送り付けるよう手配した。

六子に甘い言葉をかける電話をしながら、冷酷な目で五実と七湖のモニターを見つめた。

七湖が唐揚げをいやそうな顔で揚げているとき、インターホンが鳴り、七湖は火を止めずに出た。すぐ終わると思ったのだろう。 しかし宅配業者は木箱に百本の酒をどかどかと運び始めたので七湖は仰天した。 あわてふためいて送り先を確認した後、途方に暮れながら空いた場所へ木箱を積み上げるよう指示し、辰巳はそれを見て六子との電話の最中であるというのに大声で笑った。 六子が驚いた声を出した瞬間に電話を切り、四つ葉に壁に向かって逆立ちをしたまま待てと電話をかけた。 四つ葉が何度も失敗しているのを見て笑い、辰巳は取り巻き達のライングループに今すぐ来るよう文字を打った。しかしいつもならすぐに既読が次々に増えていくのに、今夜に限ってグループチャットは静まり返っていた。辰巳は途端にイライラしだした。 最近、集まりが悪い。 辰巳の最近の関心はモニターの中にあり、取り巻き達とのつきあいがおろそかになっていた。この界隈で自由にできる人間が限られてきたからこそ、自分で七人の女を用意したのだ。そろそろ自分で味見してやってもいい頃合いかもしれない。 辰巳が下卑た笑いを浮かべた時だった。モニターの一部から目を覆いたくなるような光が走った。 慌ててそちらを見ると、なんと七湖のモニターが火で燃えている! いやよく見ると、モニターの中で火事が起きていた。 唐揚げを揚げたまま、それを忘れて酒を運ばせ、中身を確認していた七湖が中の酒を手に取って呆れながら揚げ物のそばにきたとき、跳ねた油に驚いて酒を手放し、それが粉々になったのを見て慌てた拍子に油が酒に燃え移ったのだ。 ものすごい爆音がした。 七湖の悲鳴が上がった。 煙と炎でどうなったかわからない。 辰巳は興奮して立ち上がった。 集まりの悪い連中などどうでもよくなっていた。 こんな面白い見世物、現場で見なくては! 出ていこうとしたとき、四つ葉の悲鳴が上がった。 振り返ると、逆立ちを失敗して転んだ四つ葉が音に気付いて外に出た後、慌てて戻ってきてスマートフォンを手に取ったのが見えた。

「もしもし!火事です!」 消防署に電話しているようだった。 六子も爆音と煙に驚き外に飛び出した後、また戻ってきて物置から消火器を手に取っていた。 五実は周辺の騒ぎに驚いて、千鳥足で外を確認した後、何故かそちらへ歩いて行った。 モニターからは見えないところで次々に悲鳴が上がっていた。

「燃えてる!燃えてる!」

七湖のモニターは故障したのか何も映らなくなっていた。 辰巳は今度こそ飛び出した。

ランボルギーニを飛ばして現場に着いた。

アドレナリンが止まらないまま車から降りた辰巳は、しんと静まり返った七棟の家の真ん中に立ち尽くしていた。

「どういうことだ……?」

真っ暗な窓を順に見やり、辰巳は戦慄した。 大きな火事があったはずだった。

五実と七湖の家のドアの前に積まれている酒箱だけが、辰巳を現実に引き戻していた。 間違いなく、彼女たちはここで生活をしていたはずだ。

辰巳はグループチャットを開いた。ひとりで確認する勇気が持てなかった。

「家畜たちの家の前に来い! 来なかったら、お前らの家を潰してやる!」

だが、相変わらず既読がつかない。 辰巳はじわじわと得体の知れない恐怖に包まれていった。 手足の先がなんとなくしびれている様で、踏み出した足もおぼつかなくなる。 歯の根がカチカチいいはじめ、辰巳はぶるりと頭を振った後、一美の家の前に立った。 鍵もかかっていないドアをゆっくりと開ける。 中は木のすえた臭いがして、辰巳がそろえた家具がビニールに包まれてそこにあった。梱包したままの状態だった。 二階に上がる勇気がなく、辰巳は二葉の家に行った。同じだった。 三枝も、四つ葉も、全く同じだった。 五実の家に来た時、酒の入った木箱がきちんと積まれてあるのを見て、辰巳は怒りがわいた。

「ふざけんなよゴミ!」 そう叫びながら乱暴にドアを開けた。 一番さげすんでいた女の家には勢いよく入っていけたが、やはりそこももぬけの殻だった。 ドスドスと足を踏みしめて中へ入ったものだから、埃がぶわりと舞った。長い間誰も入っていなかった証拠だった。 腕で口元を隠しながら五実を罵る言葉を吐きつつ、辰巳はうろうろと中を歩き回り、ほかの家と大差ないことを確認すると、乱暴にドアを閉めて外に出た。 六子もどうせ同じだろう。辰巳はそう判断して六子の家を通り過ぎて七湖の家の前に来た。 散々料理をさせては放置してきた。 七人の中で一番反抗的な態度を取ってきて、それが面白かったからだ。 罵声やあからさまないじめはしなかった。ぎりぎりなところで矛先を収め、バランスを取りつつ言うことを聞かせてきた。 一番攻略しがいのある女だった。

きちんと積まれた木箱は真新しく、先ほど配達員が置いていったものだ。 七湖の家には、何か痕跡が見つかるのではないだろうか? 辰巳は最後の望みをかけて、七湖の家のドアを開けた。 確かにそこだけは、ほかの家とは違った。 置いてある家具に、ビニール袋がかかっていない。 七湖の家には、誰かが生活していた痕があったのだ。

辰巳はうろうろと歩き回った。 七棟の家の間取りも、手配して配置させた家具もすべて同じだった。

今まで行けなかった二階にも行ってみた。

部屋もすべて確認した。

ようやく電気のことを思い出してつけた。何故か廃墟を探索している気持ちになっていたので、電気が通っている当たり前のことを失念していたのだ。 急に明るくなって、辰巳はわずかに目を細めた。

寝室のベッドのシーツには皴一つなく、誰かが使った形跡はない。

クローゼットを開けたが、何も入っていない。

ならば何故一階の家具のビニールがはがされていたのか? 辰巳は頭を振りながら一階へ戻った。

薄く埃のつもったテーブルを手で払い、そばの椅子に深く腰掛けた。 しばらく思案し、ポケットからスマートフォンを手に取り、ラインを開いた。 グループチャットを見るも、やはり既読はついていない。 なんとなく履歴をたどると、辰巳の高圧的な命令に対し、取り巻き達の「わかりました」という一言だけがずらりと並んでいる。 そんなやり取りが延々と続くだけの履歴を見て、辰巳は急に空しくなった。

静まり返った家の中では、シューシューという音と、自分の息遣いが弱弱しく聞こえるのみだった。

こんなに静かな時間を過ごすのは、久しぶりな気がした。

急に何もかもどうでもよくなり、辰巳は外に出ると横に積まれた酒の入った木箱を一箱、家の中に運んだ。 この虚しさをごまかすためなのか、消えた女たちの行方を捜す前の気合なのか。 中の酒を取り出し、そのままあおった。食器棚の中のグラスは使う気にもなれなかった。 しばらく飲んで、酒瓶が何本も転がり、辰巳は酔っぱらうと同時に強気になって、グループチャットに「おい!」と入力した。 やはり何の反応もないので、辰巳は取り巻きのひとりに電話を掛けた。 いつもならすぐに出る相手が出なかった。 辰巳は次々に他の人間にかけつづけたが、誰も出なかった。

「くそっ、あいつら……」

全員殺してやる。

辰巳の中にめらめらと殺意がわいた。

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