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⑧孤独

Author: 美桜
last update Last Updated: 2025-06-17 09:16:47

美月は眠気を散らすためにシャワーを浴びに行った親友の為に、夕飯を作ろうとキッチンに入って冷蔵庫を開けた。

「へぇ~、結構揃ってるのね」

確か前回ここへ来た時、この中には水とチーズ、それからなぜか化粧水が入ってるだけだった。

誰か料理上手な彼でもできたのかしら?

そう思いながら丁寧に中を見ていると、下ごしらえ済の食材がある事に気が付いた。

あぁ、これは…。

美月が一つの考えに行き着いた時、ピンポーン!と玄関チャイムが鳴り響いた。

「は~い」

パタパタとスリッパの音を鳴らしながら玄関に行き、ガチャリとドアを開けた瞬間、目の前にバッと突き出された花束に思わず美月は仰け反ってしまった。

「校了おめでとう!」

その声と一緒に彼女はふわりと抱き締められ、慌ててその腕の中から逃れようと厚い胸板を押した。

「ち、ちょっと…っ」

美月の声に相手の男が「ん?」と僅かに身体を離した。そしてそこにある見知らぬ顔にびっくりしたのか、そのまま固まってしまった。

「あの…」

固まるのはいいが、まわした腕を離してほしい…。

美月が困っていると

「ダーリン、人違いよ」

と彼女の親友が笑いながら近づいて来た。

お風呂上がりの彼女は仄かにピンク色の頬をして、まだ乾いていない髪の毛は湿って白いバスローブの襟元に散っていた。

「尚…」

ふわりと漂ってきたボディソープの香りに男は美月からそっと離れ、尚の手を取った。

「ごめん…」

「ふふ…。次はないわよ?」

尚はいたずらっぽくそう言って、男の頬を軽く抓った。

「美月、ごめんなさいね」

「すみません……」

気不味そうに頭を下げる男に、美月は微笑って言った。

「大丈夫。私こそ、サプライズの邪魔をしてしまって、ごめんなさい?」

「いえ……」

男は美月の言葉に照れくさそうに笑い、改めて尚に花束を渡した。

「校了おめでとう」

男の瞳には恋人への愛情が溢れんばかりに宿っていた。

彼女はそれを受け止め、綺麗に微笑った。

「美月、紹介するわ。彼、真田聖人(さなだまさと)よ」

「佐倉美月です」

2人は握手を交わし、連れ立ってリビングに入って行った。

「美月、ごめん。聖人にもお茶お願いしていい?私、着替えてくるわ」

「いいよ。任せて」

そう言って尚を部屋に戻すと、美月は早速キッチンで紅茶を淹れた。

2人はさして話題もなかったが特に気にすることもなく、やがてカップを置いた。

「さ
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