=この電話はお繋ぎする事は出来ません、電波の= 大智の携帯電話は繋がらなかった。受話器から流れる無機質なアナウンスが、明穂の胸に小さく刺さった。 「あら、繋がらなかったの」
(あぁ)寝室の扉は僅かに開き、薄暗い隙間から熱と音が漏れていた。 (あぁ、やっぱり)
明穂の両親は、大智が彼女にプロポーズしたことを知らない。
新婚当初、別々のベッドで眠ることに明穂は寂しさを覚えた。寄り添う温もりを想像していたあの頃の甘い期待は、今や遠い記憶だ。だが、吉高との間に漂う不協和音、紗央里の影や心のすれ違いを思えば、ツインベッドの距離感に心から安堵した。それでも安眠は訪れず、明穂は霞がかった朝を迎えた。カーテンの隙間から差し込む薄い光が、彼女の疲れた顔を冷たく照らす。
時計の針がどれだけ進んだのか、抱き合った二人の上に柔らかな日差しが降り注いでいた。ふと気づくと、明穂の右手が忙しなく動き、何かを探している。 「これか?」 大智がティッシュの箱を差し出した。
明穂を奪うと手紙で宣言した大智は、弁護士の記章を胸に金沢に帰ってきた。スーツ姿の彼は、3年前のやんちゃな面影を残しつつ、精悍な雰囲気をまとっていた。