あなたが私を裏切る時

あなたが私を裏切る時

last updateLast Updated : 2025-10-11
By:  雫石しまUpdated just now
Language: Japanese
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向坂橙子は美術工芸大学の学生だった。教授との道ならぬ恋で略奪婚となるがその生活はあっけなく終わりを告げた。そんな彼女の前に現れたのが学生の雨宮右京、二人は恋に落ちるが彼の両親にある理由で交際を反対される。そして右京に見合いの話が持ち上がる。再び向坂橙子は日陰の女となる...彼女の恋と人生を綴る物語。(過去作*オナガシリーズリメイク版)

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Chapter 1

プロローグ

抹茶碗の中で茶筅が細やかな泡を立てている。まるで私と向坂教授の道ならぬ恋を暴き出すように…。凛としたその美しい横顔から目を離すことが出来ない。心臓の動悸が激しく、ピンと伸ばした背に汗が流れるのを感じた。息苦しく、重い空気に潰されそうだ。

「…どうぞ」

その黒曜石のような瞳は静寂を切り裂き、鋭い。

「お手前頂戴いたします」

抹茶碗を持つ手が震え、唇でカタカタと音を立てる。

「ご馳走様でございました」

床の間の掛け軸には「一期一会」、深紅の椿の花がまるで首を落としたように転がっている。声に出さない責めの言葉が全身に突き刺さった。萌葱色の着物の袂をたくし上げ、流れるような仕草で碗を受け取った女性は…向坂教授の奥様だ。

「それで、橙子さん…向坂とはもう、長いのよね?」

向坂厳夫は美術工芸大学の教授で私の所属するゼミナールを担当している。私と教授は五年前から恋愛関係にある。いや、妻子ある男性との恋…不倫関係だ。これまで正妻である彼女は私という愛人の存在を黙認してきた。子供が来年二十歳を迎えるということで、熟年離婚を決意したと言い、私をこうして屋敷の茶室に呼び出した。

「息子と大して変わらない歳のあなたに手をつけるなんて…」

二十六歳の世間知らずの私は、これから何が起こるのか…何百万円の慰謝料を言い渡されるのかと生きた心地がしなかった。血の気が引くのを感じた。彼女はこちらに向き直ると背筋を伸ばし、私を厳しい目で見下ろした。

「慰謝料は要りません。向坂と添い遂げてくれればそれで良いわ」

「…え?」

向坂教授は既に五十歳を過ぎていた。私が教授と同じ歳を迎える頃、彼はもう百歳。彼女はその現実を突きつけた。

「頑張ってね」

煉瓦畳の舗道には白い雪が薄らと積もっていた。私の足跡は新しい人生へと踏み出した。

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第2話 白い鳥
八月の終わり。夏の陽光に照らされ、赤いカローラのボンネットは目玉焼きが焼けるほどに熱かった。私たちはサイダーを飲みながら、福井県の東尋坊に向かっていた。カーラジオからは懐かしいメロディが流れ、クーラーのついていない車内は暑く窓を全開にして私たちは国道8号線を下った。 「お母さん、元気かしら」「お義母さんには心配かけたからな…土下座だけじゃすまんな」「あら、あなた土下座するつもりだったの?」 私の実家は京都府舞鶴市にあった。東尋坊の帰りに、母の家に立ち寄ろうと話していた。ところが東尋坊の駐車場は満車で、仕方なく路肩に駐車した。下を覗くと荒波が巌門を駆け上り、白い飛沫をあげていた。私たちは恐る恐る車から降り、東尋坊の展望台を目指した。途中、サザエの壺焼きの露天商があったので後で食べようと話をした。ロープだけが張られた展望台は、激しい風を吹き上げ、波飛沫が岩を削っている。崖下に吸い込まれそうな錯覚を覚え、恐怖を感じた。 その時だった。 隣にいた夫に羽根が生えた。いや…生えたように見えた。白いワイシャツが大きく風をはらみ、グラリと前のめりになった。あっという間の出来事だった。夫の身体は宙を舞い、東尋坊の崖下へと消えた。悲鳴があちこちから上がり、親子連れの子供は泣き出した。顔色を変えた警備員が警察に連
last updateLast Updated : 2025-10-02
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第8話 告白
両脇が石垣の急勾配。葉桜が枝を伸ばす坂道を上ったその先に、煉瓦造りの美術工芸大学が建っている。一階の駐車場の片隅やその奥の空き地には彫刻デザイン科の生徒が掘り出した石膏作品がゴロゴロと転がり、正面玄関にはレプリカの”サモトラケのニケ”が大理石の台座の上で大きく羽根を羽ばたかせている。 私が助教授として勤める染色デザイン科の教室は、味気の無いコンクリート造りの二階にある。キュッキュッと滑りの悪いビニール貼りの床、鈍色の扉のネームプレートには「染色デザイン室」と黒いゴシック体の文字が並ぶ。隣室は油絵絵画室で、真夏になるとテレピン油独特の臭いが立ち込め気分が悪くなった。階段の踊り場からは青々とした芝生広場が一望でき、太い幹のシイノキの樹がポツンポツンと生えているのが見えた。 雨宮右京は、そのシイノキの樹の下が気に入っているようだ。他の学生との関わりが希薄な彼は、いつも一人で染色に使えそうな果物の皮を剥いていた。課題を出してから一ヶ月半、何の音沙汰もなく業を煮やした私は、黙々と作業に取り掛かる彼の前に腰に手を当て仁王立ちした。私の顔が逆光で見えなかったのか、見上げた彼の視力が弱いのか、雨宮右京は私を誰だろうという顔をして見上げた。 「雨宮くん、あなたいつになったら家に来るの?」「あぁ…向坂先生」「先生じゃ無いわよ、課題はどうしたの!」 
last updateLast Updated : 2025-10-08
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