All Chapters of あなたが私を裏切る時: Chapter 1 - Chapter 10

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第2話 白い鳥

八月の終わり。夏の陽光に照らされ、赤いカローラのボンネットは目玉焼きが焼けるほどに熱かった。私たちはサイダーを飲みながら、福井県の東尋坊に向かっていた。カーラジオからは懐かしいメロディが流れ、クーラーのついていない車内は暑く窓を全開にして私たちは国道8号線を下った。 「お母さん、元気かしら」「お義母さんには心配かけたからな…土下座だけじゃすまんな」「あら、あなた土下座するつもりだったの?」 私の実家は京都府舞鶴市にあった。東尋坊の帰りに、母の家に立ち寄ろうと話していた。ところが東尋坊の駐車場は満車で、仕方なく路肩に駐車した。下を覗くと荒波が巌門を駆け上り、白い飛沫をあげていた。私たちは恐る恐る車から降り、東尋坊の展望台を目指した。途中、サザエの壺焼きの露天商があったので後で食べようと話をした。ロープだけが張られた展望台は、激しい風を吹き上げ、波飛沫が岩を削っている。崖下に吸い込まれそうな錯覚を覚え、恐怖を感じた。 その時だった。 隣にいた夫に羽根が生えた。いや…生えたように見えた。白いワイシャツが大きく風をはらみ、グラリと前のめりになった。あっという間の出来事だった。夫の身体は宙を舞い、東尋坊の崖下へと消えた。悲鳴があちこちから上がり、親子連れの子供は泣き出した。顔色を変えた警備員が警察に連
last updateLast Updated : 2025-10-02
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第8話 告白

両脇が石垣の急勾配。葉桜が枝を伸ばす坂道を上ったその先に、煉瓦造りの美術工芸大学が建っている。一階の駐車場の片隅やその奥の空き地には彫刻デザイン科の生徒が掘り出した石膏作品がゴロゴロと転がり、正面玄関にはレプリカの”サモトラケのニケ”が大理石の台座の上で大きく羽根を羽ばたかせている。 私が助教授として勤める染色デザイン科の教室は、味気の無いコンクリート造りの二階にある。キュッキュッと滑りの悪いビニール貼りの床、鈍色の扉のネームプレートには「染色デザイン室」と黒いゴシック体の文字が並ぶ。隣室は油絵絵画室で、真夏になるとテレピン油独特の臭いが立ち込め気分が悪くなった。階段の踊り場からは青々とした芝生広場が一望でき、太い幹のシイノキの樹がポツンポツンと生えているのが見えた。 雨宮右京は、そのシイノキの樹の下が気に入っているようだ。他の学生との関わりが希薄な彼は、いつも一人で染色に使えそうな果物の皮を剥いていた。課題を出してから一ヶ月半、何の音沙汰もなく業を煮やした私は、黙々と作業に取り掛かる彼の前に腰に手を当て仁王立ちした。私の顔が逆光で見えなかったのか、見上げた彼の視力が弱いのか、雨宮右京は私を誰だろうという顔をして見上げた。 「雨宮くん、あなたいつになったら家に来るの?」「あぁ…向坂先生」「先生じゃ無いわよ、課題はどうしたの!」 
last updateLast Updated : 2025-10-08
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