تسجيل الدخول3か月後。将人は会社も失い、私も失い、詩織にも完全に見捨てられた。手元には多少の蓄えが残っており、半年ほどは生活できる程度だった。だが、彼自身はすっかり壊れてしまっていた。毎日酒に溺れ、現実から逃げ続ける。無精ひげは伸び放題で、体重は10キロ以上も落ち、頬はこけ、目は落ちくぼみ、鏡を見ることすらできなくなっていた。......ある週末。将人は何かに導かれるようにアパートを出た。2時間バスに揺られ、あの名門ゴルフクラブへ向かう。そこは私たちが出会い、恋に落ちた場所だった。かつて彼が日傘の下で、グリーンの脇に座り、私を待ち続けてくれた場所でもある。その日は公式大会が開催されていたらしく、観客席は満員だった。コースには割れんばかりの拍手が響き渡っている。将人はスタンドの一番隅まで歩いて行き、ティーイングエリアへ目を向けた。その一瞬で、彼は動きを止めた。ティーグラウンドには、一人の女性が立っていた。プロ仕様のゴルフウェアに身を包み、クラブを握るその凛とした姿。サンバイザーの下で一点を見据えるその横顔は――私だった。彼は一目で分かった。コースで集中し、颯爽と立つ私の姿を見つめながら、将人は奥歯を強く噛み締める。目頭は熱く痛み、喉仏が何度も震えた。結婚してからも、私は時々クラブへ来て趣味程度にラウンドしていた。けれど、あの日以来、一度も公式トーナメントへ出場することはなかった。なぜなら私は彼を抱きしめ、こう約束したからだ。「私にはもう将人がいるから。だからこれからは大会ばかりに人生を懸けたりしないよ。ちゃんと働いて、将人と一緒に歳を重ねていきたいな」私はその約束を、7年間守り続けた。そして今。私は再びプロ仕様のウェアを身にまとい、再び競技の舞台へ戻ってきた。将人は力なく手すりにもたれ、拳を固く握り締める。私がプロの世界へ戻ったということは、本来の輝きを取り戻したというだけではない。それは同時に、彼への想いも、あの結婚生活への未練も、すべてきれいさっぱり消え去ったということだった。――カンッ。澄み切ったインパクト音が響く。白いボールは稲妻のように飛び立ち、バンカーと池を軽々と越えていく。将人は、そのボールが空を切って飛び、何度も正確にグリーンへ乗
将人はスマホを握り締めたまま、街灯の下に立ち尽くしていた。全身が冷え切り、魂を失ったように街をさまよい続ける。やがて歩く力も尽き、道端のベンチへ腰を下ろした。頭の中では、まるで映画のように婚姻届を提出した日の記憶が何度も蘇る。白いワンピースを着た桐子が鏡の前に立っていた。将人は部屋へ入り、彼女の後ろに立って、しばらく見つめ続けた。彼女が笑って言った。「いつまで見るの?」彼は首を振った。「一生見ていたって足りないくらいだよ」一生――なんて皮肉な言葉だろう。その一生が終わる前に、自らその縁を断ち切ってしまったのだから。押し寄せる後悔が、濁流のように彼を呑み込んだ。将人はベンチで黙々と煙草を吸い続けた。一箱吸い終えると、力なく背もたれにもたれかかり、そのまま目を閉じて眠りに落ちた。翌朝。将人は清掃員が箒で掃く音に起こされた。「ちょっと、あなた。こんなところで寝ていたら凍え死ぬよ」彼ははっと目を覚ました。全身が痛み、体は鉛のように重い。皺だらけになった服と乱れた髪を見下ろし、ふと昨日、匠海が口にした「庄司家」という言葉を思い出した。最後の希望をつかむような思いで、彼はあちこち聞き回り、ようやく庄司家本邸の住所を突き止めた。山の手に建つ広大な私邸だった。タクシーで門の前まで行ったものの、警備員に行く手を阻まれる。門前で2時間も頼み込み、声が枯れ果てた頃になって、ようやく警備員が中へ取り次いでくれた。重厚な装飾が施された鉄門が、ゆっくりと開いていく。......私は灰色のニットを着たラフな格好で、片手をポケットに入れたまま、静かな表情で歩いてきた。私の姿を見た瞬間、将人の目は真っ赤に充血した。彼はよろめきながら駆け寄り、門越しに鉄柵を必死に掴んだ。「桐子!頼む......!俺が悪かった。本当に反省してる!」声はかすれ切り、鉄柵を握る指は血の気を失って白くなっていた。「だから、お願いだ!許してくれ!あの契約も受け入れるから......会社なんていらないから......金だっていらない!俺は、桐子さえ戻ってきてくれればそれでいいんだ!7年間の夫婦だったんだ。たった一度、俺が道を踏み外しただけで、全部終わりなのか?」私は門の内側に立ち、鉄柵越しに
父は鼻で笑い、冷たく言い放った。「娘は、もう二度とお前の顔なんて見たくないそうだ」その一言は、まるで鋭い刃のように将人の胸へ突き刺さった。彼は勢いよく椅子を蹴って立ち上がる。頭の中には、ただ一つの思いしかなかった。――桐子に会わなければ。彼はなりふり構わず外へ飛び出そうとしたが、詩織が溺れる者が藁をもつかむように彼へしがみついた。「将人さん!行かないで!将人さんまでいなくなったら、私はどうしたら......!!」将人は目を真っ赤にして怒鳴った。「どけ!俺に触るな!」そう叫ぶと、彼女を乱暴に振り払い、そのまま突き飛ばした。詩織は床へ倒れ込む。父は後ろから冷ややかに声をかけた。「松原さん、どこへ行くんです?会社の引き継ぎも、財産放棄の書類も、まだあなたの署名が必要ですよ」だが将人は振り返ることもなく、オフィスを飛び出し、そのままエレベーターへ駆け込んだ。――地下駐車場。将人は魂が抜けたような足取りで、自分の車へ向かっていた。詩織はなお諦めきれず追いかけてきて、車のドアに必死にしがみついた。「将人さん!桐子さんはもうあなたを捨てたんです!今のあなたには、もう私しかいませんよ!」その言葉に、将人は彼女の手を乱暴に振り払った。「何様のつもりだ!」彼は崩れ落ちるような声で怒鳴った。「お前ごときが桐子と比べものになると思っているのか!?お前がくだらない手くだで俺を惑わせたりしなければ、桐子が俺と離婚することなんてなかった!全部お前のせいだ......俺は何もかも失ったんだ!もう俺の前から消えろ!!」詩織は地面に座り込んだまま、将人が完全に態度を変えたのを見て、本性をむき出しにした。歯を食いしばり、彼を指差して怒鳴り返す。「今さら被害者ぶってんじゃないわよ!本当にあの女を愛してるなら、少し誘惑したくらいで簡単に私と寝たりする?あの女は手も出せないほどの名家の娘だって知ってたくせに、どうして私のために彼女を敵に回した?!この欲張りで愚かなクズ!これで何もかも失ったんだから、私も早くあんたと縁を切らないと巻き添えになるわ!」そう言い捨てると、詩織は疫病神でも避けるかのように、その場から逃げ去っていった。広い地下駐車場には、将人だけが取り残された。彼は車にもたれ、そのま
詩織は温かいコーヒーを一杯運んできて、愛想よく彼のデスクに置いた。「将人さん、コーヒーでも飲んでください。桐子さんは意地になっているだけです。気持ちが落ち着けば、きっと戻ってきますよ」将人はカップを受け取り、一口飲んだ。そして詩織を見つめるうちに、ふと複雑な気持ちになった。詩織は美人で、愛嬌があり、人の懐に入るのも上手い。彼女と一緒にいると、自分が二十代前半に戻ったような気分になる。誰かに慕われ、追いかけられ、大事にされ、気を遣われる。そんな感覚を、桐子はもう長いこと与えてくれなかった。こんな気持ちを抱くのは間違っている。――頭ではそう分かっていた。それでも、まるで取り憑かれたように抜け出せなかった。彼がカップを置こうとした、その時だった。社長室のドアが突然、外から勢いよく開け放たれた。バンッ!!大きな音に、二人は同時に顔を上げた。入ってきたのは父、庄司匠海(しょうじ たくみ)だった。その後ろには4人の弁護士と、無表情のボディガードが数人続いている。将人は呆然とした。7年前、一度だけ父と顔を合わせたことがあった。目の前の威厳に満ちた中年男性に見覚えはあったものの、すぐには思い出せない。「誰だ!誰の許可で入ってきた?警備は何をしている!」父は彼を一瞥すると、そのままデスクの前まで歩み寄り、資産の所有権を証明する書類と業務の引き継ぎ目録を机の上へ放り投げた。「失礼しました。自己紹介が遅れましたね。私は桐子の父、庄司匠海です。この会社は、もともと娘がちょっとしたお遊びで立ち上げたようなものです。今日は、うちの会社を回収しに来ました」――庄司家。その名前を聞いた瞬間、将人は雷に打たれたように全身を硬直させた。桐子の実家は裕福だとは知っていた。だが彼女は一度もそれをひけらかしたことがない。まさか、あの指折りの名門・庄司家の令嬢だったとは。頭の中が激しく鳴り響き、何も考えられなくなった。彼が呆然としている間に、父は隣の詩織へ視線を向けた。「君が三原詩織さんだな?」その声には威厳と嫌悪が隠そうともせず滲んでいた。「君は本日付で解雇だ。それから、契約違反寸前まで追い込まれたあの案件の経緯については、私から鈴木社長へすべて説明してある。勝手に重要書類の見
会社を出た私は車に乗り込んだが、すぐには発進しなかった。しばらくそのまま座り込み、胸の中の重苦しさがようやく少し和らいだ頃、私はスマホを取り出し、父に電話をかけた。「珍しいな」電話の向こうで、父は鼻を鳴らしながらからかうように言った。「ようやく父親に電話する気になったのか?」私は世間話をすることもなく、本題を切り出した。「お父さん、こっちは全部引き継ぎの準備が終わった。明日の手続きは問題ないよね?」父は小さくため息をつき、呆れ半分の口調で言った。「法務チームもM&Aチームも、もう準備はできてる。明日の朝9時、私が連れて行く。あの野郎のために意地を張って家を飛び出し、自分の力でやっていくと言い張っていたくせに......ようやく痛い目を見て、帰ってくる気になったか」私はシートにもたれ、苦笑を浮かべた。「そうだね。顔を見るのも嫌になるくらい冷め切っちゃったから、明日はよろしくね、お父さん」父は冗談めいた口調をやめ、穏やかな声で言った。「ああ、任せろ。外でどんなにつらい思いをしても、庄司家はいつだってお前の後ろ盾だ。もう家に帰れ。あとのことは全部、父さんがきれいに片付けてやる」電話を切った私は車を走らせ、法律事務所へ向かった。信号待ちの間、前の車のテールランプをぼんやり眺めていた。家を出る前、父は一度だけ将人と会ったことがある。その帰り道、父は私にこう言った。「あの若者は無駄にプライドが高い。少し気をつけなさい」その時の私は不機嫌になり、父と口論までした。その後、自分で起業してから7年。その7年間、私は実家の援助は一切受けず、人脈も一切使わなかった。その結果、会社はもう少しで丸ごと他人に奪われるところだった。30分後、私は法律事務所の応接室に座っていた。私は黒いUSBメモリと一つの書類袋を、弁護士の前へ静かに差し出した。その書類は、会社を設立した年に作成したものだった。もし私が将人を裏切るような行為をした場合、彼は一方的に婚姻を解消し、会社の全株式と全資産を取得できる。そんな内容の契約だった。当時の将人は感動で目を潤ませ、自分も同じだけ私を愛している証として、どうしても対等な条項を加えたいと言い張った。――もし彼が私を裏切った場合は、同じく財産を一切持たずに去り
将人は、私がこんな言葉を口にするとは夢にも思っていなかったのだろう。その目には困惑と怒りが入り混じっていた。「たかがハネムーンと部屋一つのことで、離婚を切り出したうえに、今すぐ俺を会社から追い出そうっていうのか?この会社がここまで大きくなったのは、俺が一緒に苦労してきたからだ!俺の努力だって詰まってる。お前に、何の権利があって俺を追い出すっていうんだ!?」私は何も答えなかった。ただ、おかしくて仕方がなかった。この会社の創業資金も、核心技術も、最初の人脈も、すべて私一人が築いたものだ。彼は会社が軌道に乗ってから加わっただけだった。私が彼を思いやり、「それなら社長も経営も彼に任せよう」と決めたのだ。そのうえ私は、自分が保有していた株式の30%まで彼に譲った。今思えば、本当に甘かった。重苦しい空気が流れる中、詩織はまたしても聞き分けのいいふりをしながら、どこか悲しげな表情を浮かべ、将人の袖をそっと引いた。「将人さん、落ち着いてください。桐子さんも、きっと今は感情的になってるだけです......やっぱり私が辞めます。このままじゃ、私のせいでお二人の関係まで壊れてしまいます......」その言葉は実に心がこもっているように聞こえ、瞳には涙まで浮かんでいた。もともと将人は、私がただ拗ねているだけだと思っていた。そんな彼女の言葉を聞いた途端、守ってやりたいという気持ちが一気に膨らんだのだろう。彼は振り向いて私を睨みつけ、冷たく言い放った。「会社は俺のものでも半分ある。俺は辞めないし、詩織も辞めさせない。明日、一体誰がこの会社を引き継ぐのか、この目で見てやるよ!」彼があの女をかばい、私に怒りをぶつける姿を見ても、不思議と心は静かだった。私は口元をわずかに歪めると、社員証を外し、そのまま背を向けた。将人は一瞬呆然としたが、すぐに大股で追いかけてきた。「待て!」その声には、さっきまでなかった焦りが混じっていた。「さっきの取引先について、今後の対応策はまだ決まってない。今ここでお前が帰ったら、この後始末はどうする?本気で会社を潰すつもりか?」私は彼の手を振り払った。「必要な引き継ぎはもう済ませてある。明日来る後任が、チームを率いて対応するわ。私が選んだ人材を信用できないなら、これまで通り詩織に







