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第16話

Author: 富貴
「……今のは全部、怒りで言っただけだよな?お前みたいに優しい人が、そんな言葉を本気で言えるはずないだろ……」

悠真は祈るような目でわたしを見つめていた。

あんな表情を見せたのは初めてだった。

まるで以前、翔琉くんがわたしの昔の絵をみせて、「婚約者がいるって、本当なのか?」と聞いたときの、あの少し拗ねたような顔と似ていた。

でも――

翔琉くんのそれは、見ていて可愛げがあった。

けれど、悠真のそれは……ただただ、吐き気がした。

きっとそれが、「愛してる」と「愛してない」の違いなのだろう。

わたしは迷いなく、掴まれていた手を振り払った。

「あんたが、わたしの命を盾にして署名させたあの日から――わたしたちの関係は終わってるのよ」

悠真の唇が微かに動いた。

でも、もう何を言っても無駄だった。

かつて、自分を深く愛してくれたわたしが、こうして離れていくなんて――

彼には想像もしていなかったのだろう。

たとえいつか、浮気の事実がバレたとしても、彼なら言い訳して乗り切れると、どこかで思っていたのかもしれない。

でも、今はもう違う。

もし、羽川とわたし、どちらか一人を選ばなければならないとしたら――

悠真は、どちらも手放せないのだろう。

だから、彼は何も言わず、わたしを行かせた。

けれどその背中に感じる、どろりとした視線は、言葉よりもずっと気持ち悪かった。

その後、翔琉くんが空気を変えようと、遊びに行こうと提案してくれた。

わたしの体調のこともあって、大きな冒険は避けたけれど、彼は最終的に遊園地へ連れて行ってくれた。

メリーゴーラウンドの前で――

「こんなの、初めて」

翔琉くんの目がほんのり輝いていた。

今までスキーも、登山も、カーレースも経験してきた彼にとって、これはまるで別世界のようだった。

けれど――好きな人と一緒なら、それも特別になるのだろう。

彼はどんなことがあっても、楽しそうだった。

メリーゴーラウンドの上で、わたしたちは左右に並び、上下に揺れながら、音楽に合わせてゆっくりと回っていた。

終わりが近づいた頃、わたしはずっと考えていたことを彼に伝えた。

「翔琉くん、わたしたちって……性格も真逆、趣味も違う。食べ物の好みだって合わない。

それでも、本当にうまくやっていけるのかな……?」

その言葉に、翔琉くんはすぐ
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