LOGIN私・岡崎紬(おかざき つむぎ)が切迫流産で入院した。 その夜、夫の岡崎承平(おかざき しょうへい)の秘書がSNSに投稿した。 私たちの新居で、その秘書・清水穂香(きよみず ほのか)が私のパジャマを着て、バスローブしか身につけていない承平と抱き合って、グラスを傾けている。背後のテーブルには、豪華な料理がずらりと並んでいた。 添えられた言葉はこうだ。 【ごちそうさまでした。お料理よりも、彼のほうがずっと美味しかった】 私はすかさずコメントを残した。 【避妊はちゃんとしてね。彼、まだ禁煙も禁酒もしてないから、できちゃったら大変よ?】 すると承平は、穂香がただ浴室を借りに上がってきただけだと言い張り、私の心がおぞましいから何を見ても汚く見えるのだと責め立てた。 さらに、私をわがままで器が小さく、底意地の悪い女だと罵り、私のせいで穂香が怯えて泣き出してしまったと怒り狂った。 まもなくして、穂香から使用済みの避妊具の写真とともに、挑発的なメッセージが届いた。 【おばさん、何様のつもりで私に勝とうとしてるわけですか?】 私は手首の医療用リストバンドを引きちぎった。 こんなクズ男なんて、誰が欲しがるっていうの? お腹の子は、もう諦める。
View More再びA市に戻ってきたのは、それから五年が経った頃だった。海外事業は順風満帆に成長し、私は会社の共同経営者になっていた。今回の帰国は、国内市場を本格的に開拓するためだった。帰国して最初に行ったのは、耳の不自由な貧困家庭の子どもたちを募り、私たちの開発した新しい補聴器を体験してもらうイベントの開催だった。新商品のプロモーションも兼ねた企画だ。イベントが始まる前、会場で中年の男と一人の老婦人が言い争いを始めた。男は老婦人と、その腕に抱かれた子どもを力ずくで引っ張って外へ連れ出そうとしていた。「母さん、タダより高いものはないんだ。また騙されるぞ!」老婦人は嫌がった。「いいじゃないの、お金なんて払わないわよ。ただこの子に見せてあげるだけだから」私は足を止め、その男に説明しようと歩み寄った。「お客様、私は『ささめき』の責任者です。私たちは……」男が振り返った。私は、目の前にいる人物が承平だとは、にわかには信じられなかった。彼は以前よりひどく痩せ細り、背中も少し丸まっているように見えた。その顔には、実年齢とはとても思えないほど、深い苦労の影が刻まれていた。承平の母親は私に気づくと、私を抱きしめて泣き出した。「紬、承平は本当に、幸せに見放された哀れな男だよ」実はあの当時、承平は穂香こそが私との離婚を招いた原因と思った。彼は彼女を責め立て、子どもを堕ろすよう迫っていたのだという。穂香は中絶費用として金を受け取りながらも、裏で密かに子どもを産み落とし、それを盾に承平を脅して結婚を迫ったのだった。承平は抗う術もなく、仕方なく彼女と子どもを受け入れるしかなかった。だが、承平の財産の大部分が私に分与されたことを知った穂香は、毎日狂ったように承平に掴みかかり、私から財産を取り戻してこいと責め立てた。家庭内は、一日たりとも心が休まる日がなかった。さらに追い打ちをかけるように、子どもが一歳を過ぎても言葉を発することも歩くこともできず、寝返りやハイハイすらできなかった。承平が病院に連れて行って検査を受けさせたところ、医師からは、妊活中の過度な飲酒が影響し、子どもは先天的な発達不全を起こしていると告げられた。あらゆる発育指数が異常値を示しており、重度の知的障害を抱えていると診断されたのだ。穂香はそれを知るや否や、すぐに元カレと
承平はそれでも、離婚を拒み続けた。彼は何かに憑りつかれたかのように、何度も何度も私に問いかけてきた。「麻酔なしなんて……痛かったよな?」自分を罵ってくれ、いっそ殴ってくれても構わない、と彼は懇願した。しかし、私は一貫して彼を無視し続けた。私は穂香から送られてきた写真やメッセージをすべてプリントアウトして一冊にまとめ、彼の目の前に放り投げた。彼女がこれまで仕掛けてきたマウンティングのすべてが、今や彼の不倫の「動かぬ証拠」となったのだ。承平は青ざめた顔で、力なく言い訳をした。「俺とあいつは……お前が思っているような関係じゃないんだ、本当だ。あいつのほうから誘ってきたんだ。あいつ、昔のお前に本当によく似ていて……お前は妊娠中で、体に触れることもできなかったから、俺も一時の気の迷いで、あいつをお前の身代わりにしてしまったんだ……あいつを愛したことなんて一度もない! 俺が愛しているのは、お前だけなんだ!あいつはすぐにクビにする。約束する、あいつは二度とお前の前に現れさせないから!」私は鼻で笑った。「承平、あなたって本当に恥知らずね」承平は顔を上げて私を見つめたが、私の本心がどうしても読み取れないようだった。私は言葉を続けた。「あなたが彼女をどう思い、どう扱おうが、私には何の関係もないこと。ただ、もしあなたが『あいつに心変わりした、不倫をした』と堂々と認めていたなら、まだ少しはあなたのことを見直してあげられたかもしれないけれどね。今のあなたのそんな姿、本当に反吐が出るわ。どうしても離婚に応じないと言うなら、法廷で決着をつけましょう。ただ、不倫というスキャンダルに、岡崎グループが果たして耐えられるかしらね」承平は私の行く手を塞いだ。「紬、俺たちの十年の絆を、そんな風に冷酷に切り捨てる気か!?」私は後ずさり、かたくなに彼から距離を置いた。「あなたが清水穂香と肌を重ねていたとき、それが私にとってどれほど残酷なことか、一度でも考えた?」部屋の中が、水を打ったように静まり返った。承平は床に膝をつき、もう一度だけチャンスをくれと何度も私に懇願した。私は振り返ることなく、まっすぐ出口へ向かって歩き続けた。しかし承平は狂ったように私に飛びかかり、こう叫んだ。「紬、もう一度子どもを授かりさ
承平は信じられないといった様子で、顔を醜く歪めた。彼は、常に周囲からちやほやともてはやされることに慣れきっていた。それに何より、かつての私は彼を骨の髄まで愛しており、彼が指一本でも傷つけられることを何より嫌がっていたのだから。不意に平手打ちを食らった彼は、反射的に拳を振り上げて反撃しようとした。私は避けようともしなかったが、彼の拳は結局、私の背後にあるテーブルに叩きつけられた。テーブルのガラス天板が一瞬にして白いひび割れを起こし、まるで大輪花が咲き誇るかのように広がっていった。眩いほどに美しく、そして、あまりにも無惨に。私の身体は、あまりの怒りにガタガタと震え続けていた。承平は私に歩み寄り、無理やり抱きしめてきた。「紬、もうこんなことはやめよう。前にも言った通り、俺は気にしない。今でもお前を愛しているんだ。もう離婚なんて口にするな。お前は俺の子を妊娠しているんだぞ。考えてもみろ。30歳を過ぎ、別の男の子を宿している女を喜んで引き受ける男が、この世のどこにいるっていうんだ。それに、俺、岡崎承平の子を、他人に育てさせるわけが……」私は我を忘れて大笑いし、彼の言葉を遮った。「子どもなんて、もういないわよ、承平。あなたの子どもは、とっくに死んだの!」承平は私の手首をへし折らんばかりの力で掴んだ。「お前はあいつの母親だろう! 自分の子どもに対して、どうしてそんな不吉な呪いを吐けるんだ!?」私は満面の笑みを浮かべ、診断書を彼の顔に投げつけた。「呪いなんかじゃないわ。これが紛れもない事実よ。よくその目で見なさい。他の難しい漢字は読めなくても、『掻爬』の二文字くらいは、さすがに読めるでしょう?」承平は震える手で診断書を開いた。目元を赤く染めながら、ただじっと「掻爬」の二文字を凝視している。彼は震える声で言った。「信じない……お前が偽造したに決まっている! お前だって俺と同じように、この子を十年間も待ち望んでいたはずだ。そんなお前が、自らこの子を諦めるわけがない!」彼はスマホをひったくるように手に取ると、かかりつけの医師に電話をかけた。通話が繋がると、彼はスピーカー通話に切り替えた。「小林先生、これから妻を検査に連れて行きます。手配をお願いできますか」小林先生は気遣わしげな声で言った。「承知いたしまし
胸の奥に針を何本も刺されるような痛みが走った。彼の無慈悲な言葉のせいで、思い出したくもないあの悪夢の夜が、再び脳裏に蘇る。当時、承平は起業したばかりだった。私は大口の契約を成立させるため、ある接待の席に向かった。取引相手の男たちはしきりに私を美しいと褒めそやし、執拗にお酒を飲ませてきた。契約がダメになるのを恐れた私は拒むことができず、ひどく泥酔してしまった。私は、同じ店で別の仕事相手と会っていた承平に、助けを求めて何度も何度も電話をかけた。しかし彼が駆けつけたときには、私はすでに下着一枚の姿に剥かれ、個室のソファで男たちに組み敷かれていた。そして、私の辱めを受ける姿を写真に収められていたのだ。私はずっと、最後の一瞬で承平が間に合ってくれたことを、天に感謝し続けていた。彼は、警察に通報すれば噂が広まり、私の今後の人生に傷がつくと主張して、通報を思いとどまらせた。それから、恐怖でガタガタと震える私を自分のコートで包み込み、力強い声で言ってくれた。「俺はまったく気にしていない。俺にとって、紬はいつまでも清らかで、何一つ汚れていない女の子だよ」その誠実な青年の姿を見つめながら、私は心に誓った。この人を一生愛し続けよう、と。だが、数日前にすべてを知った。あの獣のような男たちが私の服を脱がし始めたとき、承平はすでに部屋のドアの外に立っていたのだ。彼がギリギリの瞬間まで部屋に入ってこなかったのは、個室にあらかじめ仕掛けておいた隠しカメラに、あの男を完全に握り潰すための「決定的な証拠」を収めるためだった。そして、承平の最初の起業資金となったあの金は、あの男たちから脅し取った口止め料だったのだ。私は拳をぎゅっと握りしめ、必死で冷静さを保とうとした。「若い女の子の貞操を見過ごして、お前の友達の結婚式に行くなんて俺にはできない。お前ほど冷酷にはなれないんだ。あの時は、あのクズが頑なに車のドアを開けようとしなかったんだ。仕方がなかった。車が壊れたなら直せばいい。だが、女の子が一度でも辱めを受けたら、それは一生の傷になるんだぞ。あのときお前を守りきれず、あんな屈辱を味わわせたことを、俺はずっと悔やんできたんだ。ただ、穂香に第二の『お前』になってほしくなかっただけなんだよ」私は冷たい眼差しで彼を見つめた。「本当に悔やんでいるの? 心の