「もう1回告白して来いってことだよな。」
俺、三池勝利は思いっきり思わせぶりなことを言って去っていった松井えれなのことを考えていた。彼女は俺が思っていた人とは全く違う女だった。
俺は彼女のことを孤高で正義感が強くまじめな人間だと思っていた。俺は自分と全く逆なそんなところに強く惹かれていた。命をかける程、彼女が好きだった。俺がこちらの世界に戻ってきて、暫くは身動きできなかった。
やっと手紙が書けるくらいに回復した時に、あちらの世界に行った時のことについて、彼女に向けて手紙を書いて母に託した。もし、彼女も同じ経験をしていたとしたら俺のところを訪ねて来ると思ったからだ。俺よりも先に動けるようになった彼女は俺を訪ねてきた。
「申し訳ないけど、三池の気持ちにはこたえられない。そんな風に見たことないから。」彼女はまず懸念事項を片付けるかのように俺の告白を断って来た。凍りつくブリザードのような声だった。最初に怪我の状態を聞くとか、あの世界の話をして来るかと思ったのに。
それだけ俺の感情は彼女にとって迷惑だということだろう。身体だけでなく心に大きなダメージを負った瞬間だった。そんな彼女の態度が変わったのは、
俺の怪我への責任を感じただろう、彼女が勉強を教えようと俺の病室を訪れた時だった。彼女は俺を相手にする価値のない馬鹿だと思っていただろう。
俺が彼女の持って来た問題集の問題を全て解くと、一気に彼女の態度が変わった。おそらく、彼女にとって価値のある人間の枠に入れたのかもしれない。それから、毎日のように彼女は俺の病室に来た。
看護師さんが松井えれなは俺の彼女だと思っているほど、俺たちの仲は親密に見えるようだった。俺の家族が俺の病室に来た時も、彼女は俺の側にいた。
俺が彼女を助けようとして怪我をしたことも知っている家族は、えれなを見て当然俺の彼女だと思って大騒ぎした。「俺の家族騒がしくてごめんね。」
家族が去った後、彼女に謝った。「あら、残念。」俺はイヤホンから聞こえた、エレナ・アーデンのサンプルボイスに恐怖のあまりイヤホンをはずしてしまった。声だけで男を誘惑できる。超人気声優さんらしく、見た目が可愛いらしい。でも、この声優さんのスゴさは東京女らしいクレバーさだ。このセリフはエレナがライオットに無理な要求をして、初めてライオットが断った時のセリフだ。エレナはライオットに断られても別プランを持っているので、全く残念とは思っていない。だから、残念そうに言わないのが、このセリフを言う時の正解。適当に言われたことで、ライオットはエレナの要求をのまないと彼女に切り捨てられると思って焦る。結局、ライオットはエレナの無理な要求に従い、帝国に不利なことをしてしまう。このセリフをこんな風に適当に魅惑的に言うということは、脚本からライオットやエレナの関係性や心情の理解をしていないとできない。こんな声でこんなセリフを聞いたらオタクはいくらでもお金を貢いでしまいそうだ。この声優さんは東京で生き残るだけはある。可愛くて声が良いだけでは生き残れない、どういう風な話し方をすれば、人の気持ちを惹きつけるか常に計算している強かな女だ。俺の思っているエレナ・アーデンそのものだ。そんなことがあって楽しみにしていたアニメ第1話を見ようとしていた時だった。俺はオープニングを見た時点で今までにない、吐き気と冷や汗に襲われた。アニメのオープニングのクオリティーがとてつもなく高かったのだ。短期間でこれだけものを作ったアニメ制作会社の人たちを思い浮かべてしまった。きっと、俺のいたようなブラックな職場だ。やりがいを感じるように強制され、寝る間も惜しみ仕事に没頭させられる。『赤い獅子』はネタ元があったから書けた。その上、メディア界のフィクサーにエレナが気に入られたから運良くヒットした。フィクサーのおじさんのように成功していると美女に振り回されたい願望でも出てくるのだろうか。俺はもう強かな東京女に振り回されるのはたくさんだ。
ライオットのことを考えると、何もかも手につかなくなった。自尊心がズタボロになり、彼との恋と勉強を両立する自信がなくなった。私は少女漫画のアホ主人公のように恋に振り回されるのは嫌だった。恋を糧にして、しっかりと自分のすべきことを頑張りたいのだ。「あれ、でも私がやっていることって確実に悪役の行動。」小学校の頃借りた少女漫画を思い出すと、純粋な主人公の彼氏が入院中に悪役の女に近づかれる漫画があった。外堀を埋めて、あざとい言動で、周りの人間を味方につけた悪役の女。周りの人間は悪役の女が彼の彼女であると勘違いする。主人公はピンチに陥るが悪役の女はしっかり「ざまあ」されている。でも、電車の音で告白を聞きそびれたり、パンを咥えたまま登校したりする主人公が勝利するのはおかしくないだろうか。電車なんて新幹線でもない限り、声が聞こえないほど煩くない。大抵の少女漫画の主人公は聴力検査の再検査に引っかかるレベルで大切な言葉を聞落としたり、天然気取りですっとぼける。家で朝食を食べてから登校もできないズボラな女が好きな男がいるのだろうか。気になる相手を作戦を練って落とすのは当たり前だ。きっと少女漫画界にもダーク主人公の時代が来るに違いない。『赤い獅子の裏話』がヒットしたのは、大ヒットした『赤い獅子』の次回作であり、出てくる登場人物が同じということで話題になったのが大きい。雷さんが読んだら私の彼のかいた『赤い獅子の裏話』は便所の落書きかもしれない。でも、実際レオハード帝国のライオットの立場になったら、突然出兵を言い渡され、周りに翻弄され自分の考えなど尊重されない。敵が架空の魔物なのも彼が本当は戦いたくなかったという表れだろう。長い間入れ替われば、彼がどんな厳しい立場で神視点をもてる程情報を与えられてないことが分かるはず。おそらく短時間入れ替わって見た世界に刺激を受けて小説のネタにしたのだろう。会ったこともないけれど、私の彼をネタにして一儲けした雷さんが私は好きではない。雷
「SNSにでも載せるの?」家でフルーツカービングの練習をしていると、母から話しかけられた。一言だけイラっとする爆弾を置いて、母は自分の部屋へと消えていく。本当に18年一緒に暮らしても、彼女は全く娘のことが分かっていない。私くらいの年頃の子が、みんなSNSに夢中だと思っているのだろう。私は一切のSNSをやっていない。どうして、私の手の内を世界に発信してあげなければならないのだ。知りもしない人間に「いいね。」なんて言われても気持ち悪いだけだ。以前の私なら母は私のことを全然見てくれてないと、悲しい気持ちになり心の健康を害していただろう。今はただ誰でも良いから自分を認めて欲しいと、個人情報を晒すようなバカ共と同類に見られたようで腹立たしい。目の前の果物を全て握り潰してジュースにしてしまいそうだ。果物は高い、お取り寄せしなければ手に入らないものもあった。私の中でジュースにして良い果物はバナナだけ。安売りスーパーでも、一年中5本1束128円で手に入る。物価高も跳ね返す強さに真の果物王の称号を与えられる日も近いだろう。それにしても私のこの怒りっぽさは異常だ。異世界でもずっと苛立っては切れて喧嘩ばかりした気がする。ここまで人様の世界に赴いてキレ散らかしてくるのも私くらいだろう。原因は私が6年間ろくに人間と関わってこなかったからだろう。ゲームばかりしてキレやすくなることは問題視されているのに、勉強しすぎでキレやすくなることはなぜ問題にならないのか。将来、秘書ができるような要職についた時、キレたところを隠し録音されないように気をつけねば。異世界で9割の時間イライラしていて、怒りを抑えられずキレてしまったことが多かった。自分の問題に気が付けた私は「アンガーマネジメント」に関する本を何冊か読んだ。でも、一番の治療法は友達が多く怒ったことなど見たことのない三池の側にいて彼のコミュニケーション能力を学ぶことな気がする。気がつくと三池に心変わりしたような自分を正当化する思考をしている
『赤い獅子』と『赤い獅子の裏話』は主人公が強くてモテモテという共通点はあるが、同じ人が書いたものとは思えなかった。 対外的にはラノベ作家RAIの作品にはなっている。『赤い獅子』は多くの伏線が張り巡らされて、 その伏線がずいぶん後に回収されたりする。そして、主人公であるライオットは神視点を持っているのかという程の洞察力がある。 彼に惚れる人たちも自分のトラウマを解消されたり、 一番かけて欲しい言葉をかけられたり理由があって彼に惚れている。 私はそこに登場人物の女性たちが、本ばかり読んできた童貞の理想の女のように感じた。「両親の期待を得られずに寂しかったね。」 もし、私がそんな風に声をかけられたらトラウマが解消するどころか、 「お前、何様?お前ごときが私を語るな。」 と言った風にムカついたはずだ。「君はいつも頑張ってるって知っているよ。」 かけてもらったら嬉しい言葉。 でもその言葉は私の両親にかけて欲しい。 謎のイケメンにかけられたらムカつく。 「お前はもっと頑張れよ。」 そんなことを思い彼を蹴り上げてしまうかもしれない。ひょっとして、文系の人はそんな恋の仕方をするのだろうか。 トラウマを解消されたり、欲しい言葉をかけられたり。 『赤い獅子の裏話』を読む限りライオットも文系だ。 しつこいくらい、ポエミーな表現が多い。だとしたら、ライオットが恋に落ちたのは松井えれなではなくエレナ・アーデンだ。 彼の母が亡くなった時、エレナ・アーデンは彼に欲しい言葉をかけている。 おそらく、誰にも愛されていないと思っている彼のトラウマを少なからず解消している。私ではなくエレナ・アーデンが彼は好きなのだ。 分析するほど、その解に辿り着いてしまう。 自分や相手の気持ちを分析などせず、ただ馬鹿になって彼を好きでいたいのに。『赤い獅子の裏話』は起こる出来事が行き当たりばったりなところがあり、 主人公ライオットは物理的な強さは感じるが、状況に翻弄されている面もあ
「エレナ! 良かった! 主治医を呼んで来てくれ! エレナが目覚めた」豪華絢爛な寝台で目覚めた私。目の前には銀髪にアメジストのような紫色の瞳をもった超美形。「もしかして、アル?」宝石のようにキラキラしていた瞳が曇っていた。どうやら私はまた『赤い獅子』の世界に飛んできてしまったらしい。私と三池の仮説が確かなら、もしかして6年以上経過している?「レナなのか?嘘だろう。なんてことだ。」可愛い美少年から私より年上なのではないかという位、大人な美青年になったアランが呟いている。私がエレナの体に憑依してがっかりしている。また、彼は一瞬にして私の正体に気が付いた。私が彼をアルと呼ばなくても気がついていた、私を見た瞬間に。一体どうして、本当に超能力でもあるのだろうか。「私、朝起きて大学に行く準備をしていたところだったんですけど、エレナ嬢になんかあったんですか?」私は、意識を失っていないし、普通に外出着に着替えて一人朝食を食べていたところだった。もし、入れ替わることの入り口のスイッチがあるのなら意識を失うことだと思っていたのだ。「オタム湖にボート遊びにいこうと馬に跨った時、彼女が落馬をして意識を失ったんだ。」どんどん彼の瞳が光を失っていく、私は彼を元気付けようと口を開いた。「エレナ嬢は大丈夫ですよ。私と入れ替わっているだけです。日本の私は家にいて、今、家に誰もいないし安全です。」今回の日本での私は意識を失っていない、しかし外出もしていないから安全な場所にいる。「どこにも行かなくても、君がいれば幸せだと言えば良かった。馬なんか乗せるんじゃなかった。」今の状況に相当ショックを受けているのか、あの淡々と物事を解決するアランが切り替えられていない。「おそらく私の世界の1日とこの世界の1ヶ月が同じくらいの時間の流れなので、早めに戻ることができればエレナ嬢に害が及ぶことはありません。」彼を安心させるために、自信はないけれど言い切ってみた。「皇帝陛下に、皇宮医レノア・コットンがお
「流石だね、今受験したら受かっちゃうね。」なぜだか、宿題を俺にやらせた話は俺の力試しをしてやった的な話にすり替わっていた。彼女の退院と同時にアメリカに戻った彼女の兄がいたら、きっと彼にやらせていただろう。俺のカンニング疑惑事件の彼女を見るに、彼女はまじめな人間だと思っていた。そもそも、医者になるにはここからの勉強が大事なんのではないだろうか。医者になりたいというのも、俺が宇宙飛行士か社長になりたいというのと同じくらい曖昧な夢なのではないだろうか。中学から6年間学年トップの成績をとっていたわけだし、受験にも合格しているのだからヤル時はやるはずだ。でも、近寄りがたかった孤高の雰囲気からポヤポヤした感じになっている。受験疲れと異世界疲れで燃え尽き症候群になっているのではなかろうか。この病院はおそらく優秀な彼女の兄が継ぐだろうし、彼女が親から医者になることを強制されているとも思えないからプレッシャーはないだろう。それにしても、俺は彼女のことが心配になった。彼女の今いる場所は、日本のトップエリート集団が本気で勉強しているところだ。いくら優秀で強気な彼女でも本気で頑張らないと挫折してしまいそうだ。弱ってしまって、泣きそうになってしまったら近くにいて支えてあげたい。彼女にただ憧れていた時にはなかった色々な感情が目覚めてくる。そもそも、なんで東大なんだろうか。お嬢様が通う女子大とか行くのが今の彼女の雰囲気的には一番あっている。経済的に困っているようには見えないし、医者になりたいにしても私大にいけば良い気がする。東大なんて彼女の大好きな賢い人間がゴロゴロいるじゃないか。まさか、それが狙いなのか。狩猟本能が掻き立てられられるのだろうか。男子校育ちが多そうなのに、彼女みたいな女にロックオンされたら全滅しそうだ。日本のトップエリートたちの心を奪い、裏の支配者になるつもりなのか。彼女へのほのかな恐怖心から謎の妄想までしてしまった。俺の知る限り、彼女が誰