LOGIN結婚式場で、澪花は自らデザインしたウェディングドレスを身にまとい、ゆっくりと悠真のもとへ歩いていく。その姿を見た瞬間、悠真は目を赤くした。澪花へ駆け寄り、その手を取った。「澪花、愛してる!」二人は指輪を交換し、参列者の祝福と歓声に包まれながら誓いを交わした。そして、二人は抱き合い、唇を重ねた。少し離れた場所でその光景を見ていた晴臣は、その場で血を吐いた。もしあの出来事がなければ、今、澪花の隣に立っているのは自分だったはずだ。二人で家庭を築き、かわいい子どもが生まれ、澪花が好きな動物を飼う。そして、一生幸せに暮らしていたはずだ。けれど、もしもはない。幸せまで、あと一歩だった。それなのに、自分の手で壊してしまった。晴臣の指には、今もあの指輪がはまっている。澪花が捨てた指輪も、ネックレスに通して首から下げている。晴臣はその指輪を強く握りしめた。幸せそうな澪花を見つめながら、これで自分も、澪花と一緒に結婚式を迎えたようなものだと思った。智紀も目を赤くしている。この2年間、澪花から連絡が来ることは一度もなかった。ふと、母が亡くなる前に言い残した言葉を思い出した。「澪花ちゃんを、必ず守ってあげてね」あのとき、澪花を命よりも大切にすると誓った。それなのに、その誓いを破った。結婚後も、澪花は大好きな仕事を続けている。服やイラストのシリーズを次々と発表し、どれも人気を集めた。数々の賞にも輝き、充実した毎日を送っている。悠真は澪花に仕事を諦めるよう求めたことは一度もない。むしろ、澪花の仕事を全力で応援し、好きなように続けられるよう支えた。時間があるときは友人たちと買い物や食事に出かけ、集まりにも参加した。1年後、澪花の妊娠が分かった。家族は皆、心から喜んだ。なかでも佳代子は澪花の体を心配し、何人もの栄養士や理学療法士に来てもらった。10か月後、澪花は無事に愛らしい女の子を出産した。看護師は、おくるみに包まれた赤ん坊を澪花に抱かせた。澪花は赤ん坊の袖をそっとめくり、左腕に目を落とした瞬間、そのまま固まった。そこには、薄青い痣があった。大きさも位置も、モモの前脚にあった痣とまったく同じだ。澪花の様子に気づいた悠真は、不安そうに尋ねた。「どうした?どこか具合が悪いのか?」澪花は笑って首を横
2年後、澪花は卒業の日を迎えた。在学中は優秀な成績を収め、『再生』は世界のファッションランキングで上位を独占した。何度も個展を開き、多くの作品がコレクターの手に渡った。卒業生代表として壇上に立った澪花は、客席にいる友人や仲間、そして悠真を見渡した。この2年間、彼らはいつもそばにいてくれた。苦しい時も、大切な時も、変わらず一緒にいてくれたのだ。澪花はマイクを手に取り、笑顔で言った。「3年前、勇気を出してあの選択をした自分に、ありがとう。そして、友人たちにも、本当にありがとう!」卒業パーティーが終わると、悠真は澪花を海辺の散歩へ誘った。夕日が海をオレンジ色に染めている。二人は夕暮れの風に吹かれながら、自然と肩を並べて歩いている。「ありがとう」しばらく歩いたあと、澪花がふいに口を開いた。悠真は口元を緩め、隣にいる澪花へ目を落とした。「その言葉、もう何度も聞いたよ。そろそろ聞き飽きた。次は、ありがとう以外の言葉が聞きたいな」澪花が顔を上げると、悠真と目が合い、その優しい眼差しに思わず見入ってしまった。そのとき、花の入った籠を持った子どもが二人のもとへ駆け寄り、幼い声で呼びかけた。「お兄ちゃん、お姉ちゃん。お花、買いませんか?」籠の中は、澪花の好きな花ばかりだった。澪花は笑ってうなずいた。「これ、全部ください!」子どもはお金を受け取り、籠の中の花をすべて澪花に渡した。二人は再び歩き出し、取り留めのない話を続けた。すると今度は、ラッピング用の箱を手にした別の子どもが駆けてきた。「お姉ちゃん、そのお花、包みましょうか?」澪花は少し驚いたが、手にした花を見てうなずいた。子どもはあっという間に花を包んで澪花へ差し出し、笑顔で言った。「お姉ちゃん、幸せになってね」そう言い残し、走り去っていった。そのあとも、カードやシャンパン、花のブレスレットまで、次々と届けられた。澪花は隣にいる悠真を見て、不思議そうに尋ねる。「この辺って、いつもこんな感じなの?」悠真は愛おしそうに澪花を見て笑った。「気に入った?」「うん、好き!」「うん。俺も澪花が好きだ。いつの間にか、俺の毎日に澪花がいるのが当たり前になってた。今では、澪花のいない毎日なんて考えられない。笑ってる顔が
車のドアが開き、悠真が降りてきた。眉をひそめ、澪花の前に立って晴臣を遮った。「久世さん、澪花は帰ってほしいと言いましたよね。聞こえませんでしたか?」澪花の前に立つ悠真を見て、晴臣はようやく、これまで澪花の行方を追えなかったわけが分かった。親しげな二人の様子を目にし、胸に溜め込んでいた苦しみが一気にあふれ出した。晴臣は目を血走らせ、声を張り上げる。「澪花は俺の妻だ!外野に、俺たちのことに口を出される筋合いはない。俺に澪花を諦めろと言う権利もない!」悠真は鼻で笑い、軽く首を横に振った。晴臣をまっすぐ見据え、きっぱりと言う。「久世さんと澪花の婚姻届受理証明書は偽物です。二人が法的な夫婦だったことは一度もないんです。澪花を何度も傷つけた時点で、二人の関係はとっくに終わっています。澪花は誰のものでもありません。自分の人生を選ぶ権利があります。久世さんとは、もう何の関係もありません」その言葉に、晴臣の全身が震えた。拳を握りしめ、悠真に殴りかかろうとする。次の瞬間、悠真のボディーガードたちが前へ出て晴臣を取り押さえ、その場から連れていった。晴臣の姿が見えなくなると、悠真はすぐに隣の澪花へ目を落とし、優しい声で尋ねた。「さっき、あんなふうに腕をつかまれて、怖くなかった?どこか痛くない?」澪花は静かに首を横に振った。「大丈夫。いつまでも隠れてはいられないもの。いつかは見つかると思ってた。覚悟はしてたから」悠真は澪花と一緒に家へ入った。澪花が落ち着いたのを見届けてから、帰っていった。翌朝早く、智紀もやって来た。急いで家へ入ったところで、悠真と鉢合わせた。智紀はすぐに眉を寄せ、怒った声で問い詰める。「悠真、澪花ちゃんはずっとここにいたんだろ。どうして居場所を知らないなんて嘘をついた!」悠真は智紀から目をそらさず、静かに答えた。「澪花が二人に会いたくないと言ったんだ。俺も、智紀が来たところで、澪花を余計に悲しませるだけだと思った。澪花はもう二人と関わりたくないんだ。俺は澪花と約束した。だから、澪花が決めたことは全部尊重する」智紀の胸が激しく上下した。拳を握りしめたが、それ以上言い争わず、急いで中へ入る。リビングでは、澪花がデザイン画を整理していた。その姿を見た瞬間、智紀の足が止まり、目が赤くなった。
この日、澪花がアトリエでの仕事を終えて帰宅すると、門の前に立つ見覚えのある人影が目に飛び込んできた。晴臣が、ここまで捜しに来たのだ。ひどく痩せ、目の下には濃い隈が浮かんでいる。視線は澪花に釘づけになり、呼吸まで荒くなっている。澪花の胸の奥がわずかに重くなり、顔から笑みが消えていった。晴臣は澪花を見た瞬間、ずっとこらえていた想いがあふれ、勢いよく駆け寄った。澪花を腕の中へ抱き込み、二度と離さないかのように強く抱きしめた。抱きしめる腕には、痛いほど力がこもっていた。晴臣は声を詰まらせながら言った。「澪花、やっと見つけた。半年以上、考えられる場所はすべて捜した。昼も夜も、後悔し続けた。もう一生、澪花に会えないと思ってたんだ」澪花を離そうとせず、片手で頬にそっと触れた。「ごめん、澪花。全部俺が悪かった。全部、香澄が仕組んだことだった。俺は香澄を信じて、澪花が傷つけられるのを止めもしなかった。澪花、痛かったよな……?」澪花は静かに立っていた。目の前の晴臣を見ても、心は少しも動かなかった。「痛かった。晴臣。体の傷が治るまでには、長い時間がかかった。でも、心に残った痛みは一生消えない。たった一言謝ったところで、生まれるはずだったあの子は戻らない。モモも帰ってこない。私が受けた苦しみも、傷つけられた記憶も消えない」その言葉に、晴臣は目を真っ赤にし、慌てて澪花の手首をつかみ、しどろもどろになりながら何度も謝った。「ごめん。本当に知らなかった。俺は……」晴臣はうなだれ、必死に頼み込んだ。「全部俺が悪い。謝るだけじゃ足りないことも分かってる。怒りをぶつけたいなら、何をしてもいい。殴っても、責めてもいい。気が済むまで俺にぶつけてくれ。頼むから、俺から離れないでくれ。お願いだ」「嫌」澪花は手首を軽く引き、苦い笑みを浮かべながら晴臣を静かに見つめた。「殴って、責めたところで、何が戻るの?モモが車にはねられたとき、私は道路にひざまずいて抱きしめた。腕の中で、モモの体が少しずつ冷たくなっていった。手術台に横たわる私のお腹には、何本もの針が刺さった。あの子が少しずつ体から引き離されていくのを、はっきり感じた。晴臣が謝って、私が殴って責めれば、それで全部償えると思う?この痛みは、もう一生消えない。もし晴臣を許したら、あ
家へ戻った晴臣は、夜通し証拠を整理し、すべての事実を公表した。動画が投稿されると、ネット上は一瞬で大騒ぎになった。香澄を非難する声があふれ返った。以前、澪花と同じ会社で働いていた同僚たちも真実を知り、自分たちの言動を深く悔やんだ。次々と謝罪文を投稿し、香澄の話だけを信じるべきではなかったと詫びた。一方、智紀はあらゆる人脈と手段を使い、澪花の行方を捜し続けた。だが、手がかりは何一つ見つからない。智紀は晴臣の家へ乗り込んだ。晴臣は魂が抜けたような顔で、リビングに座っていた。積もり積もった怒りが一気に噴き出した。智紀は晴臣へ詰め寄り、その顔を殴って床へ倒した。「お前のせいで、澪花ちゃんが行方不明になったんだ!」晴臣は起き上がろうともせず、その場に力なく座り込んだままだった。澪花と過ごした日々が、次々とよみがえった。眠れない夜には腕の中に抱き、眠りにつくまで優しく語りかけた。バラが好きだと知ると、広大なバラ園を丸ごと買い取った。澪花は目を輝かせ、結婚式のことや、二人で過ごす未来について楽しそうに話していた。妊娠を知ったとき、晴臣は心の底から喜んだ。澪花と出会うまで、誰かをここまで愛するとも、温かな家庭を持つとも思っていなかった。澪花と出会い、晴臣の世界は大きく変わった。何もかもが、少しずつよい方向へ向かっていた。それなのに、自分の手ですべてを壊した。晴臣は胸を押さえた。激しい痛みに襲われ、息ができない。そのとき、あの日見た防犯カメラの映像を思い出した。澪花は去るとき、結婚指輪を道路脇へ投げ捨てていた。晴臣は何かにすがるように立ち上がり、家を飛び出した。車を飛ばし、指輪が捨てられた道路へ向かう。下水道のマンホールの蓋をこじ開けた。汚水にまみれるのも構わず、身をかがめて泥やごみをかき分けた。一昼夜捜し続け、ようやく泥の奥から指輪を探し出した。晴臣は指輪の汚れを丁寧に拭き取り、そっと手のひらに載せた。目は真っ赤だった。その頃、智紀は昔からの友人である悠真がM国にいることを思い出した。すぐに知人を通じて悠真へ連絡を取った。何か分かったら、すぐに連絡してほしいと頼んだ。悠真は、智紀が捜していることを澪花に伝えた。話を聞いた澪花はただ目を伏せ、淡々と答えた。「もうどうでもいい。探したいな
晴臣が玄関の扉を開けると、物音に気づいた香澄がすぐに駆け寄ってきた。目元を赤くし、いかにも傷ついたような顔をしている。「晴臣、もう二日も来てくれなかったじゃない。陽向が毎日、パパに会いたいって寂しがってるの」香澄は晴臣の腕に腕を絡ませ、柔らかな声で続けた。「陽向は最近、だいぶ回復してるの。ただ、前の担当の先生から、完全に治して再発の心配をなくすには、もう一人、子どもをもうけたほうがいいって言われたわ。同じ両親の子なら、型も100%合うし、弟か妹ができれば、陽向にも遊び相手ができるでしょう?」晴臣は何も答えなかった。腕に絡められた香澄の腕を振りほどく。黒い瞳で香澄をじっと見た。その視線は冷え切っている。その視線に、香澄の胸がざわついた。それでも平静を装い、無理に笑みを浮かべた。「どうしてそんな目で見るの?何かあった?」「澪花と俺の子を殺したのは、香澄だ」晴臣はゆっくりと言葉を続けた。「香澄、ずいぶん手の込んだことをしてくれたな。最初から最後まで、俺までまんまと騙されていた」香澄の目に一瞬、動揺が走った。すぐに何も知らないふりをして、首を横に振る。「晴臣、何を言ってるの?私には分からない」「分からない?まだ知らないふりを続けるつもりか」晴臣は一歩踏み出し、鼻で笑った。「俺が陽向に負い目を感じているのを利用して、何度も澪花を傷つけた。生まれてくるはずだった俺たちの子まで殺した。陽向は白血病なんかじゃない。最初から最後まで、全部、香澄が仕組んだことだ」晴臣は怒りに満ちた目で、一歩ずつ香澄へ迫った。「最初に、俺たちはお互いの都合で結婚しただけだと言ったはずだ。あのとき、香澄は俺に薬を盛り、陽向を身ごもった。それでも俺は、もう済んだことだと追及せず、大金を渡した。そのあと、自分から陽向を連れて出ていった。俺は一度も愛したことはない。そう言ったはずだ。それなのに、どうして俺と澪花を放っておかなかった?どうして俺たちの生活を何もかも壊したんだ!」香澄は慌てて近づき、晴臣の袖をつかんだ。涙をこぼし、すがるように訴えた。「本当に晴臣を愛してるの。澪花と一緒にいる晴臣を、黙って見ているなんてできなかった」晴臣は袖をつかむ香澄の手を乱暴に振りほどいた。香澄は数歩よろめき、ようやく踏みとどまった。「愛して