INICIAR SESIÓN数日後、晴臣から連絡があった。ようやく離婚に応じる気になったらしい。「離婚には同意する。財産は全部お前に渡す。ただし、一つだけ条件がある。あの日の事件について、警察に届け出たり、責任を追及したりしないでほしい」スマホを握ったまま、私は思わず鼻で笑った。「追及しないで、ですって?晴臣、今になってもまだ亜莉紗をかばうのね。あの男たちを手配したのは亜莉紗だったんでしょう?」電話の向こうが急に静まり返った。続いて、晴臣の荒い息が聞こえてきた。「お前……どうして、それを知ってるんだ?」私は義足に目を落とした。心はすっかり冷えきっていた。「あの日、襲われたときの亜莉紗の反応が、あまりにも不自然だったもの。あんな小細工、私には通用しないわ」私は悲しみをにじませた声で、静かにつぶやいた。「私がいったい何をしたっていうの?どうしてあんなに憎まれなきゃいけないの?どうして何度も何度も、私の人生を壊そうとするのよ……」晴臣は長い間、何も答えなかった。彼が認めようが認めまいが、もうどうでもよかった。結局、すべては亜莉紗の底なしの欲と嫉妬が原因だった。2日後、晴臣と離婚について合意し、離婚届は1か月後に提出することにした。その1か月、私は晴臣と一度も会わず、彼と亜莉紗のことも何も耳にすることなく、自分のことに専念し、この街を離れる準備を進めた。1か月後、晴臣と市役所で待ち合わせ、離婚届を提出した。受理され、私たちの婚姻関係は正式に終わった。手続きが済んでも、心は不思議なくらい静かだった。ようやく解放されたという安堵だけが残った。市役所を出たところで、晴臣に呼び止められた。「朱音、これから何か困ったことがあったら、いつでも俺を頼ってくれ。俺は……」最後まで聞くつもりはなかった。私は下腹部に手をやり、それから義足をつけた右脚を指した。「失った子どもも、損なわれた健康も、これまでの人生で味わった苦しみも、全部あなたたちのせいよ」晴臣の顔に、恥と後悔が浮かんだ。彼は深くうつむき、何も言い返せなかった。私は小さく手を振り、静かに告げた。「もう二度と会わずに済むといいわね」そう言い残し、私は空港へ向かい、そのままこの街を離れた。人の心は変わる。愛だっていつか壊れる。誰かを頼りにしたところで、最後に
その言葉に、晴臣ははっと我に返り、首を絞めていた手をゆっくり緩めた。晴臣は幼い頃から朱音に片思いしていた。ポニーテールを揺らして元気いっぱいに走り回る姿も、眉を寄せながら自分の口元についたご飯粒を拭ってくれる仕草も、ずっとこの目で見てきた。ようやく勇気を出して告白したのに、返ってきたのは「好きじゃない」という言葉だった。そのショックに耐えられず、晴臣は逃げるように海外へ渡り、何年も帰国しなかった。とりわけ、朱音が結婚したと知ったときは耐えられなかった。酒に溺れ、入院するほど体を壊したこともあった。だが、朱音が離婚したと知ると、すべてを投げ出して帰国した。今度こそ彼女のそばにいて、一生かけて幸せにできる。そう信じていた。けれど、亜莉紗が現れた。亜莉紗は思わせぶりな目で晴臣を誘い、朱音の目の前でテーブルの下からそっと彼の足首に触れた。弱々しい態度を見せ、晴臣の同情を引いた。晴臣はその誘惑に負けた。長い間抑え込んできた欲望も、亜莉紗の積極的な誘惑も、そしてバツイチの朱音なら自分から離れていくはずがないという思い上がりも、晴臣の判断を狂わせたのかもしれない。そうして晴臣は、引き返せないところまで関係を深めてしまった。朱音の隣の部屋で亜莉紗と体を重ねていた夜も、彼女の甘えた声を聞くたびに朱音の顔が浮かび、罪悪感に襲われて後悔した。それでも、亜莉紗の甘い言葉にまた惑わされてしまった。朱音が交通事故に遭ったあと、晴臣はようやく自分のしたことを悔い、亜莉紗との関係を終わらせようと決め、朱音だけを大切にしようと思った。だが亜莉紗は、「元気だった頃の朱音ですら私たちの関係に気づかなかったんだから、体に障害を負った今の彼女が気づくはずもない。これからも一緒に世話をしていけば、知られずに3人でずっと暮らせる」と何度も囁いた。あの日の「君が無事なら結婚する」という言葉も、亜莉紗と結婚したいからではなく、お腹の子を失いたくなかったから口にしただけだった。朱音に真実を知られるとは思っていなかった。まして、こんなに早く見抜かれ、ためらいもなく離婚を突きつけられるとは思いもしなかった。今さら何を悔やんでも、もう遅かった。
晴臣は逃げるように病院を出た。病院の外で壁にもたれ、タバコに火をつけた。煙の向こうに、涙に濡れた亜莉紗の顔が見えた。だが、それを見た途端、晴臣はひどくうんざりした。「晴臣、タバコはやめてくれない?私、妊娠してるのよ。これからどうしたらいいの……?」「どうしたらいい、だって?」晴臣は亜莉紗を見下ろし、鼻で笑った。声には隠しようもない皮肉がこもっていた。「亜莉紗、お前、他人の夫を奪ったときはずいぶん手際がよかったじゃないか。朱音が妊娠してる間に和真を誘惑して、そのあと今度は俺まで誘惑した。全部バレた途端、怖くなったのか?いったい何がしたかったんだよ」亜莉紗は涙を拭い、ふいに冷笑を浮かべた。「わからないわ。たぶん、嫉妬してたんでしょうね」かつて、亜莉紗は本気で朱音を友達だと思っていた。けれど、朱音の家はあまりにも裕福だった。命がけで朱音を助け、朱音の交友関係にも入り込んだ。それでも、朱音にとって自分はいてもいなくても変わらない存在なのではないか。そんな不安が消えなかった。やがて朱音の家が破産し、裕福な暮らしを失ったとき、亜莉紗は心の底から喜んだ。ようやく朱音と対等になれたと思ったのだ。けれど、就職してみると、現実は違った。学歴も似たようなもので、二人とも裕福ではなかった。それでも朱音は大手企業に就職し、将来有望で容姿も整った医師と結婚した。一方の亜莉紗は、何をやってもうまくいかなかった。嫉妬に駆られ、亜莉紗は和真と関係を持った。朱音は離婚し、中絶も経験した。ようやく自分と同じくらい惨めになった朱音を見て、亜莉紗は満足した。ところが、朱音はその不幸のあと、以前よりも自分を大切にしてくれる裕福な男と結婚した。亜莉紗は、朱音を憎むようになった。やがて、晴臣が自分に惹かれ始めたと気づいた亜莉紗は、付け入る隙を見つけたとほくそ笑んだ。もう友情なのか嫉妬なのか、自分でもわからなかった。ただ、朱音の持つものをすべて奪いたい。それだけだった。朱音より幸せになり、今度は自分が救う側に立って、彼女に自分を見上げさせたかった。二度と自分を見下せないように。そう考えながら、亜莉紗は晴臣の腕にすがり、声を和らげた。「晴臣、今まで私が間違ったことをしたのは認める。でも、あなたと一緒にいたいのは、本当にあな
私は亜莉紗の腹部に目を向け、冷ややかに言った。「4年前のこと、今でもはっきり覚えてるわ。私が和真の子どもを妊娠していた頃、あなたを心から信じて、一番の親友だと思ってた。悩みも打ち明けたし、つらいことがあれば何でも相談してきた。それなのに、あなたは和真を誘惑し、私が妊娠している間に関係を持った。私の最初の結婚を壊し、離婚と中絶に追い込み、体まで傷つけた。あのとき、私たちの友情なんて、少しも考えなかったの?中絶手術のあと、私は心も体もボロボロだった。そんな私を抱きしめて、あなたは声が枯れるほど泣きながら『一生そばにいる。もう誰にも傷つけさせない』って言ったわよね。あの頃の私は、本当にそう信じてた。結婚が終わっても、私にはあなたがいる。そう思えたから、何とかやってこられたのよ。何もかも打ち明け、あなたの頼みなら何でも聞いて、実の姉妹のように大切にしてきた。それなのに、あなたは私に何を返してくれたの?晴臣にプロポーズされたとき、私は心から嬉しかった。やっと、私を大切にしてくれる人に出会えたんだって思ったの。あなたも笑顔で祝福してくれた。それなのに、その裏でまた彼に近づき、私の結婚を壊した。私の気持ちを踏みにじったのよ!私があなたに何をしたっていうの?私のどこがあなたに劣っているっていうの?どうして何度も何度も私の人生を壊すの?どうして、そこまで私を追い詰めなきゃ気が済まないのよ!」話すうちに感情を抑えられなくなり、息が上がった。亜莉紗はその場に崩れ落ち、泣きながら必死に首を横に振った。「違うの、朱音!そんなつもりじゃなかったの。本当に、わざとじゃないの。自分でもどうにもできなかったのよ。私だって苦しかったし、ずっと罪悪感を抱えてた……」「罪悪感?」私は鼻で笑い、亜莉紗を見下ろした。「私が子どもを失い、子宮まで摘出することになったというのに、あなたは私の夫の子を妊娠した。それがあなたの言う罪滅ぼしなの?私の体をこんなふうにした男と関係を続け、私が苦しんでいるのを知りながら、何も知らないふりで世話を焼く。それがあなたの罪滅ぼし?亜莉紗、あなたの罪悪感なんて薄っぺらい。反吐が出るほど気持ち悪い!私から二人の男を奪い、私の人生を二度もめちゃくちゃにして、私の体までこんなふうにした。これから一生、子どもを失っ
私は再び亜莉紗に目を向けた。彼女は晴臣の後ろに隠れ、ぽろぽろと涙をこぼし続けていた。以前なら、泣いている亜莉紗を見れば、すぐにかわいそうに思い、抱きしめて許していたはずだ。今はもう、何もかも白々しく見えた。「まだその芝居を続けるの?亜莉紗。私を大切に思う親友のふりも、何も悪くないのに傷つけられた被害者のふりも、自分が一番不幸だって顔も。好きなだけ続ければいいわ」亜莉紗は必死に首を横に振った。「違うの、朱音。私は本当に朱音のことを大切に思ってるの」「本当に大切に思ってる人が、私の夫を二人も奪ったっていうの?」その言葉に、亜莉紗だけでなく晴臣まで呆然とした。二人の反応が、かえって滑稽に思えた。晴臣は亜莉紗の手首をつかみ、問い詰めた。「どういうことだ?俺以外にも、朱音の夫を奪ったっていうのか?お前、いったい何をしたんだ?」私は冷ややかに笑った。「晴臣、まさか亜莉紗があなたのことを好きだと思ってるの?あの子は、ただ私から奪うのが好きなだけよ。私の最初の夫だった和真も、亜莉紗が誘惑して浮気させたの。わざとレースのショーツを彼のポケットに入れて、私に見つけさせるようなことまでしたのよ」その言葉を聞いた晴臣は、よろめきながら後ずさった。晴臣の目には、亜莉紗は清純で世間知らずな女に映っていたのだろう。そんなふうに見せられれば、男は誰だって心を奪われる。晴臣も例外ではなかった。亜莉紗はなおも言い逃れようとした。「朱音、どうしてそんなこと言うの?証拠はあるの?」「証拠?ふふっ……」私は笑った。「私が二人を信じすぎていたのよ。あのことだって、本当なら一生隠し通せたはず。でも、全部あなた自身が教えてくれたのよ。忘れたの?この前、ネットで厄除けのお守りブレスを買ったでしょ。罪滅ぼしのつもりだったんでしょうけど、あれを売っていたのは私の店よ」亜莉紗はその場に崩れ落ち、床にうずくまったまま何も言い返せなかった。
晴臣の表情は、動揺から驚きへ、そして恐怖へと変わった。しばらく呆然としたあと、晴臣はようやく無理に笑みを浮かべた。「朱音、何を言ってるんだ?俺と亜莉紗はただの友達だよ。変な勘違いをするな。俺たちがそんなことするわけ……」パシンッ!言い終わる前に、私の平手打ちが晴臣の頬を打った。晴臣の顔が横を向き、頬には赤い手形が浮かんだ。晴臣は頬を押さえ、呆然と私を見つめた。私はじんじんとしびれる手を軽く振り、晴臣を冷ややかに見た。「まだ私を騙せると思ってるの?私に隠れて一番の親友と関係を持ち、こそこそと好き放題していたんでしょ?そんなにスリルがあって楽しかった?私には優しい言葉をかけて、愛情深い夫のふりをする。そのくせ、裏では亜莉紗と抱き合い、私に囁いた甘い言葉をそのまま彼女にも使って、機嫌を取っていた。二股をかけて、そんな生活がよっぽど楽しかったんでしょうね?」晴臣は口を開きかけたものの、しばらくまともに言葉が出てこなかった。「ち、違う……俺と亜莉紗は……ただの友達なんだ」私は自嘲気味に笑った。「私を騙すのは勝手だけど、自分まで騙すのはやめたら?友達?友達同士で、私の車の中で私に薬を盛り、意識を失わせてまであんなことをするの?事故が起きたときだって、二人そろって逃げて、妻の私を車に置き去りにした。おかげで右脚を失い、子どもも失い、子宮まで摘出することになったのよ!私たちの新居のソファで、裸になって抱き合っていたのも友達だから?まさか、ゲームでもしてたって言い訳するつもり?」私はスマホを取り出し、監視カメラの映像を晴臣の目の前に突きつけた。画面を見た瞬間、晴臣は目を見開いた。顔からみるみる血の気が引いていった。「朱音、頼むから話を聞いてくれ。ちゃんと説明させてくれ」私は努めて平静な声で答えた。「いいわ。聞いてあげる。話してみて」晴臣はその場に立ち尽くし、体をこわばらせていた。映像にあれだけはっきり映っていては、二人の関係を否定することもできなかった。もうこれ以上傷つくことはないと思っていた。それでも、青ざめて動揺する晴臣と、隣で血の気を失った亜莉紗を見ていると、胸の奥の鈍い痛みがまた広がり、骨まで凍るような冷たさを伴って私をのみ込んだ。右脚の断端はまだじくじくと痛んでいた。