Mag-log in私の名前は相沢知佳(あいざわ ちか)。彼氏の江坂隼(えさか はやと)は、私が離れていくんじゃないかといつも不安がり、SNSでもしょっちゅう私との仲のよさをアピールしていた。 私が少しそっけなく返しただけで、彼はあれこれ悪いほうに考え、まだ自分のことが好きなのかと聞いてきた。 そんなに私が離れるのが怖いなら、どうしてプロポーズしてくれないのか。そう聞くたび、彼は決まって私の頭を撫でながら、私のために最高の結婚式を挙げたいから、もう少し準備に時間をかけたいと答えていた。 でも、私たちはもう3年も付き合っていたし、そもそも私は豪華な結婚式なんて望んでいなかった。 それなら私からプロポーズしようと、彼の家で夜中まで待っていた。ところが、彼は私の親友の南条夕夏(なんじょう ゆうか)と抱き合い、キスをしながら帰ってきた。 夕夏は泣きながら、隼の頬を思いきり叩いた。 「毎日のようにSNSで知佳との仲をアピールしてたのは、私に見せるためだったんでしょ? 別れてからもずっとあなたのことが気になってたのは本当。でも、だからって知佳を裏切るわけにはいかない!」 隼は目を赤くし、夕夏を逃がすまいと強く抱き寄せた。 「ああ、そうだ。あの投稿はお前に見てほしくて載せてたんだ。あの頃の俺の悪いところはもう直したって、わかってほしかった。 知佳には俺からちゃんと話す。でも、お前と俺たちの子供を放っておくわけにはいかない。俺が責任を取る」 指輪の箱を握る手に力が入り、手のひらがじんじんと痛んだ。胸の奥も何かがつかえたようで、息苦しかった。 彼がSNSであれほど私との仲をアピールしていたのは、私のためじゃなかった。ただ、夕夏の気を引きたかっただけだった。 それなら、私が身を引けばいい。
view moreその言葉に、隼は目を見開いたまま固まった。何か言おうと口を開いたものの、言葉が出てこなかった。さっきまであれほど必死にすがっていたのに、今となってはその言葉も白々しく聞こえた。隼は呆然と私を見つめていた。「……いつから知ってたんだ?」「そんなの、今さらどうでもいいでしょ」私は隼から目をそらし、クローゼットを開けて自分の服をスーツケースに詰め始めた。「夕夏とお腹の子のこと、ちゃんと責任取ってよ。私が言いたいのはそれだけ」隼がなおも何か言おうと近づいてきたところを、蓮也が腕を伸ばして止めた。「出ていってください」隼は拳を握りしめたまま、何度も私の様子をうかがっていた。私が気を変えて振り向くのを待っていたのだろう。けれど私は一度も顔を上げず、黙って荷物を詰め続けた。隼はしばらくその場に立ち尽くしていた。部屋には私が荷物をまとめる音だけが響き、やがて隼は諦めたように肩を落とすと、重い足取りで玄関へ向かった。ドアが閉まる鈍い音を聞いて、私はようやく手を止め、長く息を吐いた。蓮也がこちらを振り向き、静かに声をかけてくれた。「……大丈夫?」私はうなずき、目元を拭った。涙は出なかったけれど、気持ちはまだ晴れなかった。「うん、大丈夫。荷物をまとめたら、すぐ出よう」そう答えて、私は残りの荷物をスーツケースに詰めた。あの日、マンションを出てから、隼はぱったりと姿を見せなくなった。連絡も来ず、私につきまとうこともなくなった。夕夏に引き止められたのか、それとも子どものことを言われて、ようやく考え直したのかはわからなかった。ただ、おかげで私はようやく静かな毎日を取り戻せた。落ち着いて体を休めることができ、手や腕の傷もすっかり治った。その間も、蓮也は変わらずそばにいてくれた。一緒に過ごすうちに、子どもの頃のように気兼ねなく話せるようになり、少しずつ距離が縮まっていった。そして、いつしか私たちは恋人同士になっていた。それから1年後、蓮也と結婚式を挙げた。派手な式ではなかったけれど、細かなところまで私の希望どおりで、思い描いていたような一日になった。蓮也は口先だけの約束をするような人ではなく、何気ないことでもいつも私を気にかけてくれた。一緒にいるだけで安心できて、大切にされていると感じられる。こん
マンションの前に車が停まると、蓮也は後部座席のドアを開け、私を支えながら降ろしてくれた。新しい部屋はきれいに整っていて、生活に必要なものもひと通り揃っていた。私はリビングのソファに腰を下ろし、傷ついた手のひらを差し出した。蓮也は救急箱を持ってくると、私の前にしゃがんだ。消毒液の匂いがした。綿棒で傷口をそっと拭かれると、ひりっと痛んで思わず手を引っ込めてしまった。「ちょっとしみるけど、我慢して」蓮也は力加減に気をつけながら、消毒を続けてくれた。真剣な横顔を見ているうちに、なぜか胸がどきっとして、私はそっと目をそらした。そのとき、テーブルに置いたスマホが何度も光った。隼からの電話はすでに着信拒否にしていたけれど、LINEには次々とメッセージが届いていた。通知に表示された文面だけでも、隼が謝ったり、戻ってきてほしいと頼んだりしているのがわかった。中身まで読む気にはなれず、私はスマホを手に取ると、LINEを開いて隼をブロックした。ようやく通知が止まった。私はスマホを伏せてテーブルに置き、ふうっと息を吐いた。蓮也は一瞬手を止めたが、何も聞かずに手当てを続けてくれた。薬を塗り終えると、傷口にガーゼを当て、包帯を巻いてくれた。「よし、これで終わり。2、3日は無理せず休んで。熱がまた上がったら、すぐ俺に連絡してくれ」それからの2、3日は新しい部屋で体を休め、病院にも通って点滴を受けた。熱は少しずつ下がり、手や腕の傷にも少しずつかさぶたができてきた。体調がだいぶ戻った頃、前のマンションに服や私物をまだたくさん置いたままだったことを思い出した。「一度、荷物を取りに戻らないと」蓮也にそう話すと、すぐにうなずいてくれた。「じゃあ、俺も一緒に行くよ」前のマンションに着くと、暗証番号で部屋の鍵を開け、中に入った。カーテンが半分閉まっていて、部屋の中は薄暗かった。すると、ソファで眠っていた隼が、物音に気づいたのか勢いよく飛び起きた。目は充血し、顎には無精ひげが伸び、目の下には濃いクマができていた。ここ数日ろくに眠っていなかったのか、すっかりやつれていた。私の姿を見るなり、隼はよろけながら駆け寄ってきて、痛いほど強く抱きしめた。「知佳!どこ行ってたんだよ!何日も探したんだぞ!もう、どうにかなりそうだ
一台の車がゆっくりと路肩に停まり、運転席の窓が開いた。運転していたのは、深瀬蓮也(ふかせ れんや)だった。母が前から何度も会うよう勧めてきた、お見合い相手だった。私を見た途端、蓮也は驚いたように目を見開き、さっきまでの笑顔がすっかり消えた。「知佳……?」私は道端の花壇のそばで、一人うずくまっていた。服の袖は破れ、熱で顔色もひどく悪かった。蓮也は慌てて車を降り、私のところへ駆け寄ってきた。「どうしたんだ、その腕!何があった?」立ち上がろうにも体に力が入らず、頭もぼんやりしていた。蓮也はすぐにかがんで私を抱き上げ、車の後部座席にそっと座らせてくれた。ドアを静かに閉めて運転席に戻ると、バックミラー越しに私を見た。「お母さんからは、熱があるから迎えに行ってほしいって聞いてたんだけど……まさか怪我までしてるなんて。大丈夫か?」私は冷たいシートにもたれたまま、かすれた声で答えた。「ちょっと転んじゃって……大丈夫だから」蓮也は少し黙ってから言った。「病院、すぐそこだろ?車停める場所を探してくるから、ちょっと待ってて」私は首を横に振った。「ううん、さっき点滴してもらったばかりだし。傷も帰って消毒すれば平気だよ」「……そっか。わかった」蓮也は小さくため息をついたが、それ以上は何も言わず、車を走らせた。しばらくすると会話も途切れ、車内にはエアコンのかすかな音だけが聞こえていた。私はバックミラーに映る蓮也の顔をぼんやり眺めていた。見れば見るほど、どこか懐かしい気がした。けれど、いつどこで会ったのか、どうしても思い出せなかった。気になって、少し迷った末に聞いてみた。「ねえ……なんだか見覚えがあるんだけど、私たち、昔どこかで会ったことない?」蓮也は小さく笑った。「え、覚えてないのか?それはちょっと寂しいな」学校で会った人だろうか。それとも、親戚の集まりで顔を合わせたことがあったのか。何人もの顔を思い浮かべてみたけれど、誰もしっくりこなかった。目を閉じて、もっと昔のことを思い返していると、ふと子どもの頃の光景が浮かんできた。家の近くで一緒に走り回り、何かあるといつも私を守ってくれた、少し年上の男の子。ぼんやりしていたその顔がだんだんはっきりしてきて、ようやく思い出した。「……もし
看護師はパソコンで受付の記録を確認し、しばらくして首を横に振った。「すみません、確認しましたが、相沢知佳さんは来られていません。事故でけがをした方も、今のところこちらには来ていませんね」「そんなはずないだろ!」隼は思わず身を乗り出した。「怪我してたんだぞ!外に血の跡まであったんだ!ここに来てないなら、いったいどこに行ったんだよ!」「申し訳ありませんが、確認した限りでは、こちらには来られていません」看護師は落ち着いた声で答えた。隼は受付の前で立ち尽くした。もし知佳があの事故で怪我をしていたなら、病院に来るはずだった。それなのに、ここにはいない。いくら考えても、知佳がほかにどこへ行ったのか見当もつかず、不安ばかりが募っていった。もしかしたら、知佳は自分のマンションに帰ったのかもしれない。「そうだ……きっと家に帰ったんだ」隼はそうつぶやくと、夕夏を病院に残したまま車に乗り込み、知佳が一人で暮らすマンションへ急いだ。マンションに着くと、車を停めて階段を駆け上がり、鍵を開けるなり声を張り上げた。「知佳!いるのか!」何度呼んでも返事はなく、部屋は静まり返っていた。隼はすぐに車へ戻った。病院からは自分の家のほうが近い。知佳はそちらに帰ったのかもしれないと思い、急いで車を走らせた。だが、家に着いてドアを開けても、人の気配はなかった。リビングから客間、ベランダまで隅々を探し回ったが、やはり知佳は見つからなかった。隼はリビングの真ん中で立ち尽くし、がっくりと肩を落とした。それでも諦めきれず、何度も知佳に電話をかけた。だが、聞こえてくるのはさっきと同じ自動音声ばかりで、何度かけ直してもつながらなかった。スマホをポケットにしまおうとしたとき、LINEの通知が届いた。知佳からだった。【もう別れよう】たった一言だった。理由も、隼を責める言葉も、問い詰めるような言葉もない。ただ、それだけだった。隼はスマホの画面を食い入るように見つめ、指先の震えを抑えられなかった。何かの間違いであってほしくて、何度もトーク画面を閉じては開いた。けれど、何度見直しても、別れを告げるメッセージはそのまま残っていた。「嘘だろ……」隼はかすれた声でつぶやいた。「知佳が俺を捨てるなんて……」もう一
Rebyu