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第5話

作者: 南杏
「由依!由依!」

知尚の叫び声が、朦朧としていた私の意識を引き戻した。

彼は私を抱き起こし、震える手で発作用の薬を口に押し込んだ。

薬が効き始め、胸の痛みが少しずつ和らいでいった。

顔を上げると、春一が意地を張って顎をツンと上げ、恨みがましい顔でこちらを睨んでいた。

知尚が彼の頬を打った。

「馬鹿者!誰がお前に、ママの薬を捨てろと言った!」

春一が「わあっ!」と泣き出すと、鈴美がすぐさま彼を抱き寄せてなだめた。

「知尚さん、そんなにこの子を責めないで。まだ小さくて、そういう込み入った事情なんて分からないのよ」

そう言いながら、彼女は偽造した手術記録を取り出した。

「本当は言いたくなかったけど、お姉ちゃんがあまりにもやりすぎだから。

彼女、とっくに心臓移植手術を受けているの。体はそんなに弱くなんてないのよ」

知尚は記録にさっと目を通すと、たちまち目つきが冷たくなった。

「とっくに回復していたくせに、ずっと弱々しく冷淡なふりをして、わざと俺に嫌がらせをしていたのか?」

私は言い返す気力もなく、ただ淡々と彼を見つめた。

知尚は手術記録を私の顔に叩きつけた。

「今日こそちゃんと誕生日を祝い直してやろうと思っていたのに。お前がそこまで恩を仇で返し、いつまでも被害者ぶるつもりなら、もう祝ってやる必要もない」

そう言い残し、彼は鈴美と春一を連れて出て行き、去り際に外から部屋の鍵をかけた。

心は不思議なほど冷めきっていた。もともと彼らと出かける気などなかった。

しばらくして、春一がSNSに1枚の写真を投稿した。

知尚が鈴美を抱き寄せて中央に立ち、満面の笑みを浮かべている。

添えられた言葉は【幸せいっぱいの3人家族】。

私は落ち着いた気持ちで「いいね」を押した。

そのとき、スマホが激しく震えた。病院からだった。

「朝川由依さんですか、お母様が危篤です。すぐいらしてください!」

胸の奥が一気に凍りついた。私はすぐさま立ち上がり、玄関へと駆け出した。

けれど扉にはしっかり鍵がかかっていて、どうしても開かなかった。

慌てて知尚に電話をかけた。

一度、二度、三度……いくらかけても、誰も出なかった。

とっさに窓辺に走り、迷わず飛び降りた。

着地した瞬間、右脚に焼けつくような激痛が走った。

歯を食いしばりながら立ち上がり、足を引きずりながら道端までたどり着き、なんとか車を止めた。

けれど、結局間に合わなかった。

病室は死んだように静まり返り、医師が沈痛な面持ちで私に告げた。

「ご愁傷様です。患者様は強いショックに耐えられませんでした」

私はその場に崩れ落ち、何もかもが真っ白になった。

母の遺品を整理していると、枕の下からICレコーダーが出てきた。

再生ボタンを押すと、鈴美の甘く、それでいて底意地の悪い声が流れ出した。

「おばさん、可哀想だから教えてあげる。私、本当はパパの養女なんかじゃないの。パパとママの間に生まれた子なのよ。

あなたは私のママと一生張り合って、憎み合ってきたのに……その挙げ句、何十年もかけてママの娘を育ててたってわけ。笑えると思わない?

そうそう。あなたと由依が必死になって守ってきた、あの実家の古い家だけど、私が成人した日に、パパが私の名義に変えてくれたの。今まで大事に守ってくれて、ありがとう。

結局、あなたは一生かかってもママには勝てなかった。あなたの役立たずな娘だって、私には敵わない。この先、あの人の息子も、夫も、財産も……全部、私のものになる。あなたたち親子は、最初から都合よく利用されていただけなのよ!」

植物状態でも聴覚が残ることはあるという。母は、あの声に生きたまま殺されたのだ。

一瞬にして、憎しみが目の前を真っ赤に染めた。

私は何かに取り憑かれたように病院を飛び出し、まっすぐ遊園地へ向かった。遠くに、あの3人が芝生の上で楽しげにはしゃいでいるのが見えた。

果物ナイフを握りしめ、鈴美を道連れにするつもりで突進した。

知尚が私の手首を強くつかんだ。

「由依!またおかしくなったのか!」

周囲の客がたちまち集まり、指をさしてざわめき始めた。

春一が鈴美をかばうように前に出て、大声で叫んだ。

「僕のママ、頭がおかしいんだ!ずっと鈴美さんをいじめてる!

鈴美さんはやっと弟を身ごもったばかりなのに、また前みたいにわざと傷つけようとしてる!

狂ってるんだ!最低な女!どっか行けよ!」

春一が地面の石を拾って私に投げつけると、周囲の野次馬たちも次々とそれに倣った。

「頭がおかしいふりをして妊婦を襲うなんて、どうせ全部演技に決まってる!」

「こんな頭のおかしい女、警察に突き出せ!」

罵声と冷たい視線が、波のように私を飲み込んでいった。

人垣越しに、鈴美を守る知尚と目が合った。

私は唇を歪めて、凄絶な笑みを浮かべた。

「知尚。もし来世があるなら、あなたにだけは二度と出会いたくない」

次の瞬間、私は果物ナイフを振りかぶり、自分の心臓めがけて突き立てた。

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