FAZER LOGIN私、桜井瑞希(さくらい みずき)の恋人・相川慎一(あいかわ しんいち)は、今年もクリスマスイブを私と過ごさない。 私の親友・宮本沙耶(みやもと さや)と2人で出張することになったからだ。これで6度目になる。 沙耶はわざと責めるような目で慎一を見た。 「もう、慎一ってば。クリスマスイブまで出張だなんて、ほんと仕事ばっかりなんだから。瑞希、ごめんね。せっかくのイブなのに、慎一と一緒に過ごせなくなっちゃって」 慎一は表情を変えないまま言った。 「仕事が最優先だ」 昔から、慎一は何より仕事を優先してきた。私が高熱で意識を失ったときも、私たちを育ててくれた児童養護施設の施設長が亡くなったときも、「自分で何とかしろ」と言うだけだった。 それでも、慎一がそう考える理由はわかっていた。 私たちは2人とも孤児で、食べるものにさえ困るような生活をしてきた。安定した仕事があって初めて、安心して暮らせる。身をもってそれを知っていたからだ。 だから、私が立ち上げから携わってきたプロジェクトが、慎一のまとめた提携案件とちょうど噛み合うとわかったとき、私はすぐに上司へ掛け合った。 クリスマスの特別休暇を返上する代わりに、慎一の出張に同行させてほしいと申し出たのだ。 同行が認められたその夜は、うれしくてたまらず、ベッドの上を何度も転げ回った。 ところが今朝になって、突然プロジェクトから外され、別部署への異動を告げられた。 目を赤くした私に、慎一は淡々と言った。 「瑞希、仕事なんだから公私混同はするな。 ……それに、クリスマスイブに女性と2人で出張なんて、周りの目もあるだろ」 そう言ったくせに、私の代わりにプロジェクトを引き継ぎ、クリスマスイブに慎一と出張することになったのは沙耶だった。 女性と2人で行くのはまずいはずなのに、沙耶なら構わないらしい。 沙耶の笑い声で、私は我に返った。 「瑞希って、慎一とは子どもの頃からずっと一緒なんでしょ?こんな仕事人間とずっと一緒で、飽きないの? いっそ私に譲ってよ。うち、会社やってるし、倒れるまで働かせてあげる!」 顔を上げると、沙耶は慎一に身体を預けるように寄りかかっていた。 その表情は、半分冗談で、半分本気にも見えた。 それでも慎一は、彼女を振りほどこうともしなかった。 ……言われてみれば、そうかも。 私も、少し慎一に飽きてきたのかもしれない。
Ver mais【宮本家令嬢、男性部下に巨額送金、抱擁やデートの見返りか】【婚約間近の男性部下に接近、宮本家令嬢に批判殺到】大きな見出しが、嫌でも目に飛び込んできた。記事を開くと、沙耶が慎一にいくら払い、その見返りに何を求めていたのかが細かく書かれていた。抱きしめてもらうだけで2000万円、深夜に川沿いの夜景を見に行くのに付き合ってもらうだけで1000万円。そんなやり取りが、いくつも並んでいた。……似たようなやり取りが次々と明るみに出て、沙耶は一気に世間の非難を浴びた。コメント欄も荒れていた。「こんな男なら私もお金払いたい」と面白がる人もいれば、「お金持ちの世界、さすがに怖すぎる」と呆れる人もいた。表向きは、ただの炎上騒ぎに見えた。けれど、これで沙耶が宮本家での居場所を失ったことくらいは分かった。どうやら慎一は、すべてを公にして、沙耶とのことに決着をつけるつもりだったらしい。記事を眺めていると、これまで慎一が沙耶に向けてきた優しさが次々と思い出された。今さらすべてをさらしたところで、私への謝罪だとは思えなかった。むしろ、見ているだけで気分が悪くなった。「瑞希、まだかかりそう?」控室に入ってきた晃は、白いドレス姿の私を見るなり目を輝かせた。本当に見惚れているらしく、まっすぐ向けられた視線に思わず頬が熱くなった。私はスマホの画面を見せながら答えた。「ちょっとニュース見てただけ。ねえ晃、今日は婚約パーティーでしょ?こんなちゃんとしたドレスまで着なくてもよくない?」晃は私の手を取り、指先につまんでいた婚約指輪を左手の薬指にはめると、優しく目を細めた。「せっかく瑞希が主役なんだから。ちゃんと一番いいものを着てほしいんだよ」そんなことをさらっと言われて、また頬が熱くなった。婚約パーティーは予定どおり開かれ、それをきっかけに、私と宮本グループの関係も、雇われる立場から対等なパートナーへと変わった。その席で、社長は沙耶のことで迷惑をかけたと私に直接謝り、今後は二度と私の前に現れないようにすると約束してくれた。私は何も返さなかった。今さら許すかどうかを考える気にもならなかった。過ぎたことを、もうわざわざ振り返りたくなかった。それから数日後。研修先から戻り、会社に入ったところで、聞き覚えのある声
「瑞希、お前……その人は……?」少し離れたところから歩いてきた慎一は、信じられないものでも見るように私たちを見つめていた。婚約者が「知り合い?」とでも言いたげにこちらを見た。私は試着していた指輪を外してから、慎一に目を向けた。「前に付き合ってた人。うちの会社の相川部長」それから慎一にも紹介した。「こっちは私の婚約者。研究所の提携先に勤めていて、大学の先輩でもある南条晃(なんじょう あきら)」晃は慎一をひと目見て、ふっと笑った。「瑞希、昔はずいぶん見る目がなかったんだな」「そういうこともあるよ。優しくされたら、見えなくなることだってあるから」私は苦笑した。慎一の表情が一気にこわばった。私と晃を交互に見つめるうちに、目に浮かんだ驚きや焦りは、やがて絶望へと変わっていった。「瑞希、嘘だろ?俺たち、まだ別れてないよな?それなのに、なんで婚約者がいるんだ。いつ婚約したんだよ?」慎一が手を伸ばしかけたので、私は少し下がってその手を避けた。「慎一、私たちはもう別れてるよ。最後のメッセージを送ったあの日に、もう終わってたの。あなたは、そう思ってなかったみたいだけど」その言葉で、慎一も思い出したらしい。施設長のお墓参りに付き合ってほしいと、私があの日送ったメッセージを思い出した途端、顔色がさっと変わった。「瑞希、行きたくなかったわけじゃない。あのときは仕事があって、それで……」けれど、そこから先は続かなかった。あのパーティーは、断ろうと思えば断れた。沙耶との契約だって、その時点でもう終わっていた。それでも慎一は、沙耶を優先することに慣れきっていた。そしてそれを繰り返すうちに、気持ちまで少しずつ沙耶へ向いていた。「あの日、私がトイレで吐き続けてたの、覚えてる?あなたは様子を見に来ることもなく、沙耶と出ていったよね。それでも私を愛してたって言える?」私は静かに尋ねた。慎一は何も言えず、唇だけがかすかに震えた。「本当に悪かった。瑞希、もう一度だけ……許してもらえないか」「私が潔癖症だって知ってたのに、沙耶が私のベッドでポテトチップスを食べても止めなかった」「ごめん、瑞希……」「私へのプレゼントは忘れたのに、沙耶のうどんの茹で加減は覚えてた」慎一はまた、消え入りそうな声で謝った。「
私は屋上のフェンスにもたれたまま、何も言わなかった。慎一は少し離れたところで足を止め、低い声で言った。「会社の海外拠点も提携先も、思い当たるところは全部回った。やっと瑞希を見つけたんだ。少しでいいから、話を聞いてくれ」思わず慎一を見返した。もう私を愛していないのなら、どうしてそこまでして探しに来たのだろう。「あの服は、沙耶が支援団体に寄付するって言うから渡しただけなんだ。ほかに意味はない」慎一は焦ったように言葉を続けた。「ブレスレットだって、パーティーのときに服に合わないから外してって言われて、それで一時的に預けただけだ。ラーメンは本当にお前のために買いに行った。沙耶のうどんは、そのついでだったんだ。プレゼントを渡し忘れたのも、あの頃は仕事が忙しすぎたからで……でも、全部俺たちの将来のためだったんだ!」思わず慎一を見つめた。目には涙が滲んでいるのに、口元には冷たい笑みが浮かんだ。「沙耶をずっと優先してきたことまで、私たちの将来のためだったって言うの?」「本当だ。瑞希、これを見てくれ」慎一は慌ててスマホを取り出した。「これが5年前に沙耶と交わした契約だ。それから、こっちも……ずっと貯めてきたんだ。全部、俺たちがこの先一緒に暮らしていくために」差し出された画面には、慎一と沙耶が交わした契約書が映っていた。続いて見せられた口座の明細には、貯金するたびに、何のためのお金なのか慎一自身のメモが残されていた。私と暮らす家のため。ウェディングドレスのため――そんなふうに、どれも私との将来を考えて貯めてきたことが分かるものばかりだった。そして一番新しいのは、3か月前に振り込まれた20億円だった。そこにも、私とこの先ずっと安心して暮らしていくためだと書かれていた。目頭が熱くなり、こらえていた涙が頬を伝った。それを見た慎一の顔がぱっと明るくなった。私が許したと思ったのか、迷いもなく近づいてきて、いつものように私を抱きしめようとした。「瑞希……悪かった。もう二度とこんなことはしない。だから、許してくれ」私は咄嗟に身をかわし、その腕から逃れた。慎一は伸ばした腕を宙に止めたまま、みるみる表情をこわばらせた。私は頬の涙を拭った。「慎一、今さら説明されても、愛してるって言われても遅いよ。もう何
「あの日、瑞希にスマホを充電器から外しておいてって頼んだよな。あれ、本当にそれだけだったのか?隣の部屋、もうとっくに改装は終わってたんだろ? それなのに、なんで一度も俺を入れなかった?俺が頼んだのは、ブレスレットを返してくれってことだけだ。なのに、なんでわざと隠したんだ?何するつもりだったんだ」矢継ぎ早に聞かれ、沙耶の顔からみるみる血の気が引いていった。「沙耶、俺たちがどういう関係か、忘れるな」そう言うと、慎一は沙耶の返事も待たずに立ち上がり、緑色のドアを開けて隣の部屋へ入った。部屋の中を見た途端、慎一の顔色が変わった。そこに並んでいたのは、以前、沙耶に処分を任せたはずの慎一の古い持ち物ばかりだった。私がこの部屋を見たとき、どんな気持ちだったのか。慎一は考えようとしただけで、胸が詰まりそうになった。あの夜、私が寝室の壁のことを切り出したときの表情も蘇った。今になって思えば、あのときの私は、傷ついた気持ちを必死に押し殺していたように見えた。それなのに、慎一は何と言った?そんなことを気にする暇があるなら、もっと仕事に集中しろと、私を責めた。あのときスマホに届いたのが海外の研究所からの受け入れ決定だったとも知らず、仕事を終えられず、また残業しているだけだと決めつけた。あの夜、閉ざされた書斎の中で、私がどんな気持ちでいたのか。慎一は今さら、それを想像することさえ怖かった。慎一は振り返り、後から入ってきた沙耶を見た。「寄付したって言ってた物が、なんで全部ここにある?服まで残して、お前がどうするつもりだったんだ?」沙耶は一瞬言葉に詰まり、目をそらした。けれどすぐに開き直ったように顎を上げた。「私が持ってきたの。だから何?これを使って瑞希を追い出した。それの何が悪いの?お金なら払う。それでいいでしょ?」慎一の目が赤く血走った。「瑞希がいないなら、金なんかいらない」沙耶は鼻で笑った。「もうやめてよ。今さら傷ついたみたいな顔して、何なの?全部私のせいにするつもり?慎一が私のことを本当に何とも思ってなかったなら、私だってここまで好き勝手できなかったでしょ?」沙耶はさらに畳みかけた。「最初の約束、忘れた?5年間、私の言うことを何でも聞く。その代わり、契約が終わったら20億円を渡す。そういう条件