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第3話

Author: 四果
電話の向こうはしんと静まり返り、数秒後、重い呼吸だけが聞こえてきた。

ちょうどキッチンから出てきた安人は、私が電話をしているのを見るなり慌ててスマホを奪い取り、画面に残る通話履歴を見た瞬間、顔から血の気が引いた。

「お前、何を考えてるんだ!」

「私が間違ってる?」

私は安人を見据えた。

「何年も私に隠れて浮気を続け、子供までいる。どうして私が問いただしちゃいけないの?よそに家庭をつくる度胸があったなら、認める覚悟も持ちなさいよ!」

そのとき、麗奈から電話がかかってきた。

安人は苛立ったように髪をかき上げ、電話に出ることも切ることもできず、固まっている。

私は彼の手からスマホを取り返し、通話ボタンを押した。

「あなた、誰なの?」

麗奈が先に口を開いた。

「それは、こちらの台詞です。周防安人とずっと一緒にいたのなら、まずあなたから説明するべきではありませんか?」

電話の向こうで、麗奈が一瞬黙った。

「もちろん、安人に家庭があることは知っているわ」

心臓が大きく跳ね、続く麗奈の言葉に息が止まった。

「だって私は、彼の初恋の相手で、戸籍上の妻だから。

あなたは、どんな立場で私に電話しているの?」

頬を思いきり殴られたようだった。

熱を持った痛みが広がり、耳の奥で音が鳴り続ける。

初恋の相手。

戸籍上の妻。

人に知られてはいけない存在だったのは、私のほうだった。

手が震え始め、涙が止まらない。息もうまくできず、大きく口を開けて必死に空気を吸い込んだが、悲しいのか、絶望しているのか、自分でももう分からなかった。

これまでの記憶が、次々と脳裏をよぎった。

狭いアパートで、安人が自分の上着を脱ぎ、冷えた私の足を包んでくれた夜。

建設現場の日雇いで稼いだお金を握りしめ、帰りに特売のアイスを買ってくれた日。

結婚式を挙げる余裕はなく、私は自分で縫った白いワンピースを着て、2人で用意したささやかな指輪を交換した。安人を信じ、愛し、支え続け、絶対に裏切らないとも誓った。

けれど安人は、安っぽい嘘だけで、私のかけがえのない青春と愛情を奪ったのだ。

「どうして……安人、どうして……どうして!どうしてなの!」

最後は、ほとんど叫び声になっていた。

安人は画面の消えたスマホをソファへ投げた。

天井や床に視線をさまよわせるばかりで、決して私の目を見ようとしない。

血の気を失った唇を強く結んだあと、ようやく口を開いた。

「麗奈とは、子供の頃から両家公認の婚約者だった。大人になったら必ず結婚すると約束していたんだ。そのあと実家の会社が倒産して、俺は故郷を出て働き始めた。そこで美緒と出会った」

安人は深く息を吐いた。

「美緒は……本当に優しかった。俺にはもったいないくらいで、離れることも、突き放すこともできなかった。気づいたときには、もう引き返せなくなっていたんだ。

ずっと真実を隠していたことは認める。でも、美緒を愛していた気持ちまで嘘だったわけじゃない」

安人の表情は、ひどく真剣だった。

「4年前、事業を立て直してから、俺は麗奈と正式に入籍した。それでも、美緒を忘れたことはない。

失うのが怖くて、嘘を隠すためにまた嘘を重ねるしかなかった」

冷え切った手足から少しずつ感覚が消えていく中、私は首を横に振りながら後ずさった。目の前にいる男が、まるで知らない人に見えた。

「美緒、今の俺には、君と子供を何不自由なく養えるだけの金がある。愛している気持ちも変わらない。

美緒と子供の一生は、俺が必ず守る」

安人が一歩ずつ距離を詰めてくる。

「美緒、これまでどおりでいよう。何もなかったことにすればいい。

だって……」

パンッ!

私の平手打ちが、安人の言葉を断ち切った。

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