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第371話

Autor: ルーシー
玲奈は、拓海の言った言葉をわざわざ正すつもりはなかった。

ただ「行ってきな」とだけ告げた。

拓海は病室を出る前、玲奈の不意を突くようにそっと額に口づけし、「先に寝ててくれ。

すぐ戻るから」と言い残した。

そう言って、彼は病室を離れた。

けれど、拓海が出ていったあと、玲奈はまったく眠れなくなった。

むしろ、どんどん目が冴えていくばかりだった。

頭の中には、この二日間の拓海の優しさと、彼が自分にかけた言葉がいっぱいに広がっていた。

玲奈はずっと、拓海が自分に近づくのは何か裏があるからだと思っていた。

それなのに彼は足まで洗ってくれた。

小さなことではある。

けれど、それをしたのが拓海だから、全く違う意味を帯びてしまう。

だが今になっても、自分にどんな価値があるのか分からないままだ。

玲奈の心は、少しずつ揺さぶられ始めていた。

もし――拓海が本気で自分に優しくしているのだとしたら?

そんな思いが頭をよぎるほどに、玲奈はさらに眠れなくなった。

部屋がどことなく息苦しく感じられ、外の空気を吸いたくなった。

歩いているうちに、気づけば廊下の突き当たりまで来ていた。

突き当たりには階段室へ続く扉がある。

玲奈は小さな扉を押して中に入り、半開きの窓辺に立って冷たい風に当たった。

星が点々と瞬き、夜空は静かに美しい。

ちょうど窓の真下には、病院の庭園が広がっていた。

玲奈は視力がよく、しかも階も高くない。

下を覗き込んだ瞬間、拓海と沙羅の姿が一目で目に入った。

拓海は沙羅から連絡を受けたとき、最初は相手にする気すらなかった。

だが、あることを思い出し、結局こう返信した。

【わかった、場所を言ってくれ。

そっちへ行く】

沙羅が送ってきたのは、病院の庭園の位置情報だった。

拓海が庭園に入ると、ベンチに座る沙羅がすぐに目に入った。

寒いのか、両腕をぎゅっと抱きしめるようにしている。

足音が近づくと、沙羅は振り返り、拓海だと分かるとようやく柔らかな笑みを浮かべた。

「須賀さん、来てくださったのね」

初冬の空気は冷たい。

だが沙羅は薄手の長袖ワンピース一枚で、コートすら着ていない。

それを見ても、拓海の表情に情はなく、むしろ皮肉めいた声で言った。

「どうした?

智也のそばにいてやんなくていいのか?」

その言葉は、拓
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