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05

Author: 仲原
last update publish date: 2026-07-05 18:39:47

 純白のドレスは軽やかで、シンプルなエンパイアライン。

 このタイプドレスの特徴は、身体への締め付けがなく着心地が楽で動きやすいというもの。その代わりスカートのボリュームに期待できないため、どうしても胸元のデザイン次第で印象が大きく変わってしまう。余り派手なことを好まない海亜が望んだのはカジュアルの中に若干のアンティークさが同居するシンプルなウェディングプラン。だからこそ、全体的な主張を抑えたエンパイアラインを選び、控えめながらも上品さを引き立てる精密なデザインの白のレースをあつらえたこの一着が、式の雰囲気ととても良く似合っていると考えている。

「昴兄様」

 恥ずかしそうに頬を染めて。フィッティングルームからドレスを纏い現れた海亜のことをじっと見つめる相手に掛ける声。

「どうかな?」

 自らの好みはこの選択なのだと。それでも似合っているかと確認してしまうのは、相手の好みと差違があることを嫌だと感じてしまうからなのだろう。

「うん。良いと思う」

 幸いにも昴は、海亜の好みに異議を唱えること無く微笑んで頷くと、静かに歩み寄り彼女の肩に触れる。

「でも、この辺りが少し、寂しい感じはするかな」

「そう……かな?」

「うん」

 確かに。昴の言葉通り、豪華な装飾の無いドレスは目を引くようなポイントが乏しく物足りなさを感じさせてしまうようだ。それは大きな姿鏡に映る自らの姿を見て感じた素直な気持ちである。

「それに……」

 そこまで言って昴は言葉を濁すと、一度、海亜から視線を外し照れたように鼻の頭を掻きながらこう続けた。

「肩や胸元を僕以外の人間にも見てしまうのかと思うと何というか……」

 その言葉に海亜ははっとしたように驚きを見せた。

「もしかして、嫉妬……して、くれているんですか?」

「あー……うん。そう……だね」

「……あ……」

 彼が見せた独占欲。それに覚えたのは歓喜で、海亜はそんな昴の思いが嬉しくて仕方ない。

「それじゃあ、こういうのはどうでしょうか?」

 今のベースはそのままに。その上から薄手のボレロを羽織って肩のラインを隠すデザインはどうかと出した提案。

「でも、それじゃあ胸元はまだ大きく開いたままになるんだよね?」

 そのデザインも悪くは無いけれど。一度、その提案を肯定した上で昴の出した条件は、もっと肌の露出を抑えて欲しいというものだ。

「そうですね。それじゃあ、羽織るタイプではなくインナーブラウスに切り替えてデコルテ部分を全体的に隠すのはどうですか?」

「ああ。それなら、海亜が選んだドレスのデザインを活かしつつ、君自身の上品さを引き立てて素敵だと僕は感じるね」

 肌を隠す代わり髪をアップにするのはどうかな? 昴のすらりと長い指が、手触りの良く細くしなやかな海亜の髪を一房摑むと、ふんわりとそれを持ち上げ首元に唇を寄せる。

「本当ならここもあんまり人に見せたくは無いんだけれど」

 でも、選んだドレスだとこの方が海亜をより綺麗に見せることが出来るね。昴の口から零れる言葉の一言、一言が彼女の心を擽り、喜ばせてくる。その状況に海亜の顔はずっと真っ赤に染まったまま。実はそれ自体、計算の上で行われていることなのかもしれない。そんな風に疑いはしたものの、今ある幸せを自ら壊すほど海亜も馬鹿では無い。

「お兄様は女性を褒める事がお上手なんですね」

 羞恥から少しだけ言葉に含まれる棘。

「海亜が相手だからこう言ってるんだよ」

 それをさらりと受け流すと、昴は手触りの良い髪に静かに口付ける。

「僕の花嫁さんは、誰よりも可愛くて美しいんだ。だからこそ、周りが嫉妬するほど君には輝いて居て欲しい」

 お互いがこうしたいという主張は言葉で伝え、譲歩しつつ形を作る。ドレスは海亜自身が選んだから、それに合わせる付属品は昴の好みを優先していく。

 インナーで選んだブラウスは透け感の強い五分袖。首元を詰めることはせず、大きく開たラウンド型のデザインで鎖骨は見せる方向に決める。その代わり、首には少しだけ豪華なシルバーのネックレス。苦しさがないようにVラインのものを選択し、シルバーで花が散りばられたようなデザインで可愛らしい印象のあるものに決める。ネックレスを飾る宝石の数は必要最低限だけ。耳元のピアスはネックレスとペアのもので統一感を出して再び鏡の前に立ち控えめに取ったポーズ。

「うん。さっきよりもずっと、素敵になった」

 遠目から見ると、胸元を隠すインナーブラウスは着ているかどうか分からない控えめな白だ。元々肌が白いこともあり、首元のネックレスでブラウスとの境目を上手く隠してしまえば、ブラウスを着ているという印象をかなり軽減できる。それでも、昴にとっては《衣服を着て素肌を隠している》ということが重要らしく、妻になる女性の肌を他の人間の目に触れさせなくて良くなったという事実に満足出来たようで、気が付けば海亜の髪の毛を指でもてあそび、髪型に付いて自らの好みをスタイリストに伝えている。

「では、シニヨンの位置は少し低めにし、項があまり目立たないようにいたしましょうか」

「そんなことが可能なのかい?」

「ええ。大丈夫ですよ」

 ティアラの使用を遠慮すると伝えると、頭部の物足りなさを軽減するために白い花を組み合わせたコサージュを使用してみてはと提案される。低めのシニヨンの左側に掌より少し大きめのワンポイントを添え、少しずつ固まっていく嫁ぐための形。

「こんなに綺麗な花嫁が隣に居るってなると、僕の方が気後れしてしまうね」

 準備が多いのは女性の方である。だからこそ着飾り変わっていく相手の雰囲気に圧倒され昴は困ったように笑う。

「昴兄様のほうがずっと格好良いじゃないですか」

 お願いだから距離を取らないで欲しい。そんな願いから一歩。昴に近づき彼の手を握ると、今度は昴の式服を選ぶべく海亜がフィッティングルームへと彼を誘う。男性のドレスアップは女性よりもシンプルだ。その上、自らのことには彼女を着飾ること以上の興味を持てない。そんなもんだから昴の衣装合わせは海亜の半分以下の時間で終わってしまう。

「本当にこれで良かったのですか?」

 海亜としては物足りなさを感じているようで、もう少し選んでもと昴に提案してみる。

「結婚式は女性側の方が主役だからね。それに、僕の衣装は君のドレスに釣り合うように選んで貰ったものだし、君自身が選んだものでもある。満足することはあっても、不満を感じることなんてあり得ないよ」

 既に打ち合わせを終え、帰宅するべく走らせる黒い高級車。

「それに、式まではまだ時間もあるしね。こうしたいというものが思いついたのなら、その時に色々足していけば良いんだよ」

「そうですね」

 窓の外には流れ行く町の景色。つい一ヶ月前まではくすんだ灰色で味気ないものに見えていたその光景は、隣に座る同伴者の存在のお陰で艶やかな色を放つ素晴らしい世界へと変貌を遂げている。

「それよりも海亜」

「何ですか? 昴兄様」

「これから食事でも、どうかな?」

 言われてハンドバッグから携帯端末を取り出すと、ずっと眠っていた機械を無理矢理起こし、そこに表示されたデジタルの数字を確認する。

「もうこんな時間になっていたんですね」

「そうだよ」

 二人がウエディングサロンへ赴いてから既に四時間ほど経過していた。

「僕の方は空腹で、もう腹が限界なんだけど、もし良ければ付き合ってくれないかな?」

 あくまでも誘うのは低姿勢で。ハンドルを預かっているため視線を合わせることはしないが、運転席で高級車を制御している昴が海亜の様子を気にしていることは雰囲気で分かる。

「そうですね」

 少しだけ。沸いた悪戯心から海亜は口角を上げ目を細める。

「この後、予定が入っていたか少し確認しても?」

「勿論」

 直ぐに返事をすることを避け、特に確認する必要も無いカレンダーのアプリを起動する。記載されている文字の羅列は、今日の打ち合わせただ一つのみ。友人と会うことも、家族と食卓を囲む予定も何も無い自分の予定に、少しだけ感じたのは寂しさで。

「大丈夫。何も予定は入ってないみたいです」

 暗い感情を誤魔化し無理に笑顔を繕い、食事の同伴をすると了承の言葉を告げると、珍しく昴の声が大きく跳ねた。

「良かった!」

 右隣に座るのは整った顔の婚約者。スッキリとしたフェイスラインにすっと通った鼻筋。温和な印象を与える少しだけ垂れ気味の目元は、食事の誘いを海亜が了承したことで嬉しそうに弧を描いている。

「何か食べたいもののリクエストはある?」

 再会を果たしてから、ここまで昴が砕けた印象を見せたことは珍しい。それほどにまでこの食事を喜んでくれたのだと分かると、海亜も自然と表情が綻んだ。

「昴兄様のオススメはなんですか?」

「そうだなぁ……ここから近いのはイタリアンかな?」

「良いですね、イタリアン。私もよく好んで行きますよ」

 多少の好き嫌いはあれど、ある程度はそれなりに愉しめるはずだ。それに、思い人の好みがどういうものなのかという興味もある。

「お店のことは、お任せしても良いですか?」

「問題ないよ。任せて!」

 変更された目的地。規則的な音を繰り返し切り替える方向を後続車に伝えると、交差点で暫く停滞した後、車は右へ曲がり走り続ける。自分の車を持っていない海亜にとって初めて訪れるエリアは新鮮で、新しく記憶に記録される風景に目がキラキラと輝いてしまう。

「楽しいかい?」

「ええ、とても!」

 残念なのは今が夜という時間であること。日が昇っている時だとまた、異なった印象を見せてくれる街並みは、いつか再びこうやって、伴侶となったこの人と訪れてみたいものだと海亜は呟く。

「それはきっと、遠くない未来に叶うと思うよ」

 運転している昴は何処までもご機嫌な様子。

「それを楽しみにしていますね」

 嬉しそうに手を叩きながらそう返すと、カーナビゲーションシステムからもう少しで目的地に到着するというアナウンスが告げられる。

 スピーカーから流れているのは少し懐かしさを感じるシティポップのアレンジ曲で。今流行だというアイドルグループの可愛い歌声が、チューニングしたラジオからリズミカルな音色に乗って、明るく流れるのだった。

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Comments (1)
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雨音休
描写力がすごいです。
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