Mag-log in「く、クロエ様、申し訳ございません! 少々よろしいでしょうか」
駆け寄ってきたのは、一ヶ月前に入ったばかりの新人メイド。
「何?」礼儀も品も欠ける彼女の行動にげんなりし、厳しい目を向ける。
「それが、その……。本日のお茶会に着用されるはずだった新しい水色の宝石がまだ用意できていなくて……。その、発注ミスで別の宝石が届いてしまって……」
彼女はしどろもどろになりながら、自分のミスを打ち明けた。
付き合いのある令嬢たちを招き、定期的に開催しているお茶会。ドレスコードを決めていることが多く、今日は『水色の宝石を身につける』と決まっていた。
だから、用意するように彼女に命じていたのに。
日頃からうっかりの多い彼女にはイライラさせられていたことも重なり、今回の大きなミス。さすがに我慢の限界で、あからさまにため息をついてしまう。「あなたって人は……。準備はできているのか、あれほど確認したでしょう」
「申し訳ございません! 青色の宝石と間違えてしまっていて……」 「青ではダメなのよ!」 「そ、そうですよね。あ、でも、クロエ様は水色の宝石を他にもたくさんお待ちですよね? ……あ、アクアドロップのネックレスはいかがでしょうか?」 「何言ってるのよ! あのネックレスは二ヶ月前のお茶会でも付けたの! そんなに頻繁に全く同じものを付けていたら、他の令嬢から笑われるでしょう! 私に恥をかかせる気なの!?」ついカッとなってしまい、声を荒らげる。
新しいものを身につけるというルールが明確にあるわけではないけれど、何度も何度も同じものを身につけていたら、よほど生活が苦しいのかと思われてしまう。婚約者や夫から贈られた指輪のように特別なものなら、別だけれど。そうでなければ、多少見栄を張ってでも、新しいものを用意するものなのに。
「本当に使えないわね」
深紅の髪をかきあげ、舌打ちをする。
「大変申し訳ございません。うっかり勘違いしてしまっていて……」 「言い訳はけっこうよ。明日から来なくてもいいわ」怯えきっているメイドに対し、冷たく吐き捨てる。
「そんな……! どうかお許しください、クロエ様。私がクビになったら、家族が路頭に迷うんです。両親も病気で働けなくて……」
「もう何度も聞いたわ。だけど、あなたは短期間で何度も同じようなミスを繰り返すじゃない。さすがに面倒見切れないわ」きっぱり言い切り、すがりついてくるメイドを振り払う。そうしたら、メイドが膝から崩れ落ち、顔を覆って泣き始めた。
この子も家族のために必死なのよね……。
一瞬胸がチクリと痛んだけど、すぐに首を横に振る。 泣かれても困るのよ。 可哀想な身の上だと思ったから、大して才能もなくても雇ったのに、あまりにも使えないんだもの。私だって泣きたいぐらいよ。彼女から視線を逸らすと、レオンと目が合った。
レオンは困っているような、咎めるような、何とも言えない顔で私を見ている。何なのよ、その顔は。
記憶を一部失っているとはいえ、病気の両親を支えるメイドを捨てた私に幻滅した?もしも元のレオンだったら……。
『使えない者を切るにしても、言い方というものがあるだろう。奢った態度はいつか身を滅ぼす』だとかなんとか。 たぶんそんな感じで説教してくるでしょうね。さあ、今のあなたは、どう出てくる?
「クロエちゃん、水色の宝石が必要なの?」
レオンは首を傾げ、無垢な瞳でそう言った。
「ええ、でも仕方ありませんわ」
「それなら、これを貸してあげるよ」レオンは小指にはめていた指輪を外し、私の手のひらに乗せる。
「でも、これは殿下の大切な指輪でしょう」
手の中におさまっているレオンの指輪に視線を落とす。
レオンの瞳みたいなアイスブルーに近い水色の宝石がはまった指輪。これはレオンが生まれた時に作られたもので、いつか結婚したいぐらいに好きな人が現れた時に捧げるための指輪――そう、幼い頃にレオンが言っていたような記憶がある。レオンや私のような立場の人間は、自分の感情だけでは結婚を決められないから、好きと結婚はイコールじゃない。だから、私との婚約が決まった時にも、レオンはこの指輪をくれなかった。
もちろん愛されていないのだから当然ね。
でも、本当は心のどこかでは、もらえるんじゃないかって期待してたの。こんなこと口が裂けても言えないけれど、あの時私、本当は少し傷ついたのよ。「うん、だけど、減るものでもないし。それにいつか愛するクロエちゃんにあげようと思ってたから。もし気に入ってくれたなら、このままあげるよ」
「あげるよって、そんな簡単に……っ」何が『愛するクロエちゃん』よ。
愛してなんかいないくせに。 あの時は私に指輪をくれなかったのに、今さらになってもらっても嬉しくないのよ。感情がぐちゃぐちゃになって、つい溢れそうになった涙をこらえながら、下唇を噛む。
うつむいていたら、レオンが片膝を床につけ、ひざまづいていた。
「ちょっと、何して……っ」
レオンが私の左手を取り、薬指に指輪をはめる。
本当はずっとほしかったのに、今ではもうほしくない指輪。何も言葉が出てこず、私はただじっとレオンから贈られた水色の指輪を見つめる。 「だから、許してあげて?」レオンはひざまづいたまま、私の左手の指先にちゅっと軽くキスを落とす。
「裏表がなくて、いつでも自分を偽らないクロエちゃんが大好きだよ。でも、婚約者の僕には何を言ってもいいし、僕は気にならないけど、他の人はどう思うか分からないよね」
「……そうね」 「クロエちゃんが誰かに恨まれて、傷つけられたりしないか心配で心配で……。僕が護衛になりたいぐらいだよ」 「ダメよ、王子様が護衛なんて」 「だったら、気をつけてくれる?」キュルルンとした犬みたいな瞳で見つめられ、心臓がぎゅっとなる。
今のレオンは頭を打っておかしくなってるだけで、本当の彼は私を愛していないし、大切にも思ってない。間違っても、元のレオンはこんなことを言ったりしない。
頭では分かっているのに、こうやってレオンの顔で、声で心配され、愛を囁かれると勘違いしてしまう。まるで本当にレオンに愛されているのではないかと錯覚してしまう。
ダメね、私。こんなことで心が乱されるなんて。
誰にも屈しない悪の公爵令嬢、クロエ・ルルーシュはどこにいってしまったの。「……分かったわ、気をつける」
毅然とした態度をとるはずだったのに。
結局私の口から出てきたのは、そんな言葉だった。レオンが私の左手をぎゅっと握り、優しげな笑みを浮かべる。そんな目で見ないでよ……。
「く、クロエ様、申し訳ございません! 少々よろしいでしょうか」 駆け寄ってきたのは、一ヶ月前に入ったばかりの新人メイド。 「何?」 礼儀も品も欠ける彼女の行動にげんなりし、厳しい目を向ける。「それが、その……。本日のお茶会に着用されるはずだった新しい水色の宝石がまだ用意できていなくて……。その、発注ミスで別の宝石が届いてしまって……」 彼女はしどろもどろになりながら、自分のミスを打ち明けた。 付き合いのある令嬢たちを招き、定期的に開催しているお茶会。ドレスコードを決めていることが多く、今日は『水色の宝石を身につける』と決まっていた。 だから、用意するように彼女に命じていたのに。 日頃からうっかりの多い彼女にはイライラさせられていたことも重なり、今回の大きなミス。さすがに我慢の限界で、あからさまにため息をついてしまう。「あなたって人は……。準備はできているのか、あれほど確認したでしょう」「申し訳ございません! 青色の宝石と間違えてしまっていて……」「青ではダメなのよ!」「そ、そうですよね。あ、でも、クロエ様は水色の宝石を他にもたくさんお待ちですよね? ……あ、アクアドロップのネックレスはいかがでしょうか?」「何言ってるのよ! あのネックレスは二ヶ月前のお茶会でも付けたの! そんなに頻繁に全く同じものを付けていたら、他の令嬢から笑われるでしょう! 私に恥をかかせる気なの!?」 ついカッとなってしまい、声を荒らげる。 新しいものを身につけるというルールが明確にあるわけではないけれど、何度も何度も同じものを身につけていたら、よほど生活が苦しいのかと思われてしまう。 婚約者や夫から贈られた指輪のように特別なものなら、別だけれど。そうでなければ、多少見栄を張ってでも、新しいものを用意するものなのに。「本当に使えないわね」 深紅の髪をかきあげ、舌打ちをする。 「大変申し訳ございません。うっかり勘違いしてしまっていて……」「言い訳はけっこうよ。明日から来なくてもいいわ」 怯えきっているメイドに対し、冷たく吐き捨てる。「そんな……! どうかお許しください、クロエ様。私がクビになったら、家族が路頭に迷うんです。両親も病気で働けなくて……」「もう何度も聞いたわ。だけど、あなたは短期間で何度も同じようなミスを繰り返すじゃない。さすがに面倒
断罪予定日から一週間が経った日の朝。 いつも通り、私はふかふかの天蓋ベッドの上で目を覚ます。優雅に紅茶を飲んでから、メイドに手伝わせ、身支度を整える。 ワインレッドの髪をヘアブラシで綺麗にとかし、胸元が空いたブラックのドレスにルビーのネックレスを合わせて。うん、今日も完璧ね。 断罪予定日が過ぎても、まだ私の首と胴体はしっかり繋がっていた。王宮から追放されることもなく、生まれ育った公爵家でメイドや使用人たちにかしづかれ、華麗な令嬢ライフを満喫している。 かといって、断罪を申し渡したレオンが死んだわけでもなく、彼は今もピンピンしている。 ただ……。鏡に映っている私の顔は、わずかに強張っていた。 まさか今日も来るのかしら。 そんなことを考えていたら、部屋に入ってきたメイドに『レオン殿下がいらっしゃいました』と耳打ちされる。「通して」 紫の瞳を伏せ、私はため息混じりに答える。 お帰りいただきたいところだけど、そうもいかない。 それからほどなくして、レオンが元気良く私の部屋に入ってきた。彼と入れ替わりにメイドたちが出ていって、なりたくもないのに二人きりになってしまう。 「おはよう、クロエちゃん!」 今日も満面の笑顔を浮かべているレオン。 姿形はたしかにレオンなのに、表情も行動も一週間前とは別人のよう。 階段から落ちたレオンは打ちどころがよほど悪かったのか、なぜかあれから毎日公爵家の屋敷に通い詰めてきている。 王子としての仕事はきちんとこなしているみたいだし、日常生活には支障はないらしいから、全ての記憶を失ったわけではないはず。それなのに、私に関する記憶だけが一部混濁しているようで、私への態度が180度変わってしまった。「クロエちゃんの深紅の髪に合うと思って、お花をつんできたんだ! クロエちゃん、お花が好きだったよね」 レオンは小さな白い花を見せ、それを私の髪にさす。 私たちがまだ十歳にもならないぐらいの小さな頃、レオンはよくこうやって花を贈ってくれたわね。婚約してからは、一度もくれなかったくせに。「もう子どもではございませんので、こんなものでは喜びませんわ」「そっかぁ……。ごめんね」 見るからにしょんぼりしてしまうレオン。 そして、私の髪から白い花を取ろうとする。「い、いらないとは申していません」 不本意ながら、モゴモゴ
「レオン……いえ、殿下」 私の腕を掴む力が弱くなったレオンの手を外し、彼に向き直る。「何度おっしゃられても、私はあなたには従いません。断罪なさるのなら、好きになさればいいじゃないですか」 あなたの気に触る言動ばかりする私がいなくなれば、せいせいするでしょう。「邪魔者は姿を消しますから、心置きなくミシェル様といちゃつかれてくださいな」「僕はミシェルを愛していない」「そうですか。でしたら、他のご令嬢と。どのような女性でも、少なくとも私よりはずっとマシでしょう?」 そう言って、下からレオンを見上げる。 レオンはただ私を見つめているだけで、何も言わなかった。わざわざ聞かなくても、分かりきったことね。レオンは私を愛していないのだから。「それでは、失礼いたします。予定通り、明日お会いしましょう」 左足を軽く後ろに引き、膝を曲げてお辞儀をする。 姿勢を正し、レオンに背を向けようとした。それなのに、またレオンが私の腕を掴み、引き止めてくる。「待て!」「放してください!」「考え直すんだ、クロエ!」「考え直しません!」「クロエ! 僕は君を……!」「しつこいのよ! いい加減にして、レオン!」 少し強めにレオンの手を振り払い、踵を返す。 そのまま立ち去ろうとした時だった。「うわっ」 めずらしく間の抜けたレオンの声が聞こえ、ゆっくりと振り向く。 そうしたら、なんとレオンが階段から足を滑らせ、手をこちら側に伸ばしていた。 ……え? 急いで彼の手を掴もうとしましたが、間に合わない。「うわあああああああ!!」「いやあああああああ!!」 ほぼ同時に絶叫した私とレオンの声が重なる。 普段はほとんど表情を変えないレオンの顔色が真っ青になり、まっさかさまに階段の下に落ちていく。 レオンの背中が長い階段の踊り場に打ち付けられ、そのまま動かなくなる。 いやだ……。う……嘘、でしょう? まさか……私が殺してしまった……? たしかに私を断罪すると言い出したレオンがいなくなってくれたら……なんて恐ろしいことを昨日ぐらいまでは考えていたけれど、さすがに殺すつもりなんてなかったのに。「……殿下!」 髪の色と同じワインレッドのドレスを軽くたくしあげ、階段を駆け降りる。「殿下。殿下、……殿下?」 目を閉じ、うずくまっているレオンの身体を何度も揺すり、
「クロエ・ルルーシュ、君に話がある」 王宮の階段を降りようとしていた私の腕を掴んで引き止め、そう言ったのは、昔からよく知っている男性だった。 165センチ近くある私よりもさらに20センチも背が高く、手足の長い彼。プラチナブロンドの髪、氷のように冷たい水色の瞳。王家の紋章が肩に入った白い軍服を着ている彼の表情は冷淡なのに、顔立ちは精巧な人形のように整っている。 彼の名前はレオン・グランツ。グランツ王国の第三王子殿下でもあり、私の二つ年下の幼馴染でもあった。「何でしょうか?」「知っての通り、君は明日断罪される」 表情一つ変えず、レオンはそう言った。 レオンの言った通り、私は二十歳になる前日――つまり明日、王宮前の広場で断罪されることが決まっている。具体的な罰はその場で言い渡されるらしいけれど、重ければ死罪、軽くても国外追放でしょうね。「はい、存じておりますわ。第三王子殿下から直々に申し渡されましたもの」「そもそも君の出過ぎた言動には、日頃から目に余るものがあった」 レオンは小さく首を横に振り、大げさにため息をついてみせる。 国王にも次ぐ権力者である公爵を父を持ち、生まれた時からずっとちやほやされてきた私。ほんの少しだけワガママが過ぎたのかもしれない。 だけど、本当にちょっとだけよ? 歯に衣着せない言い方しかできないのは申し訳ないけれど、正直で裏表がなくて、素直な性格なの。私は何も間違ったことは言っていないわ。 まあ、他人から嫉妬されやすく、恨みを買いやすいのは否定できないわね。公爵令嬢であるだけでなく、絶世の美女と名高い母親譲りの美貌まで持っているんだもの。 胸の下まであるウェーブのかかった深紅の髪。一点ものの宝石のような紫の瞳。ほどよい厚みのある薔薇色の唇。高価な装飾品がよく映える白い肌。 女性は私になりたがり、男性は物欲しそうな目で私を見つめる。唯一私をほしがらないのは、目の前にいる第三王子殿下ぐらいよ。「しかし決定的だったのは、先週の舞踏会だ。皆の前で僕との婚約を勝手に破棄しただけではなく、ミシェルの名誉を傷つけるような発言までするなんて」 つい一週間前まで婚約者だったレオンは、咎めるような目で私を見ていた。 仕方ないじゃない。 レオンにまとわりついていた伯爵令嬢のミシェルがあまりにもうっとうしかったから、我慢の限界だったの







