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第70話

Author: 雪八千
茂は冷たい声で弘樹に指示を飛ばした。玲の挑発に激昂したかのような言いぶりだったが――

実際には、初めから記者会見を大々的に行うつもりだったのだ。ただ、その決断に「玲が年長者を侮辱した」という言い訳をつけただけ。

隣に座っている弘樹はしばらく沈黙した後、ようやく「はい」とだけ答えた。

金縁眼鏡の奥で光を失ったような淡い瞳には、微かな殺気が滲む。

そして、嵐のような夜が過ぎた。

翌日から、弘樹はプロの手腕を遺憾なく発揮し、玲を糾弾する記者会見の準備を始めた。

一方その頃、綾は散々だった。横領疑惑の暴露、十数年前の首飾りの件が俊彦の耳に入ったことで、藤原家での立場はますます険悪になっていた。美穂と共に家の中で肩身を狭くし、重苦しい日々を送るしかなかったのだ。

だが、弘樹があっという間に考え出した「玲を利用して綾の名誉を回復させる計画」を知り、綾の表情は一気に明るくなった。

彼女は記者会見を心待ちにし、玲を公衆の面前で踏みつけにする日を夢見た。さらに、秀一の顔も同時に叩き潰せるのだ。

しかし、期待に胸を膨らませていたのも束の間、数日後には不満が募っていく。

弘樹に会えないのだ。

連絡しても「仕事で忙しい」とかわされるばかりで、会えない日が続く。

ついに苛立ちを募らせた綾は、私立探偵を雇って弘樹の行動を調べさせた。そして、彼を捕まえたのは――病院だった。

弘樹は胃からの出血で緊急搬送されていた。

病室には、真っ白な顔で眠り込む弘樹がいた。痩せこけた頬、眼鏡を外した目元は赤く腫れ、普段の柔らかい雰囲気は影を潜めている。

綾の胸に痛みが走る。思わず彼を抱きしめようとした瞬間――

弘樹の唇が微かに動き、うわ言のような声が漏れた。

「もう少し……待ってて……玲……」

綾は凍りついた。

次の瞬間、弘樹が目を開け、彼女を見て驚いた顔をした。

「……綾?どうしてここに?」

「どうしてって……今の夢の中で玲の名前を呼んでたでしょう!」

怒りが一気に噴き出す。

「だから最近、わざと私を避けてたのね!全部あの女のせいなんでしょ!」

嫉妬で歪んだ綾の顔を見て、弘樹は小さくため息をつき、ベッド脇の眼鏡をかけた。

「……綾、誤解だ」

落ち着いた声で言葉を紡ぐ。

「避けてたわけじゃない。見ての通り、体を壊すくらい仕事で忙しかったんだ。記者会見の会場選
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