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第86話

Author: 雪八千
「そうよね。玲さんはもう秀一さんと結婚したんだから、過去のことを持ち出す必要なんてないわ……」

美穂は引きつった笑みを貼り付けたまま、慌てて壇上へと歩み寄り、玲と秀一を庇うように言葉を投げた。

だがそれは決して二人を心から庇いたいわけではない。

美穂の胸には、二つの思惑が渦巻いていた。一つは、綾こそ卑劣な手段で他人の恋人を奪った張本人だと知っているからこそ、彼女を守らねばという母親としての焦り。もう一つは、「完璧な継母」という評判を失った今でも、人前で完全に面目を潰すわけにはいかないというプライドだった。

必死に場を取り繕おうとしたその瞬間、鋭い刃のような低い声が響き、会場の空気が一変した。

「今日の記者会見はここまでだ。これから先は藤原家の内輪の話になる。

……スタッフ、お客さんを外へ」

それまで沈黙を守っていた俊彦が、一言で黒服の護衛たちを呼び寄せ、会場の清場を命じた。

記者も、綾のファンたちも、まだ見足りないと未練がましい表情を浮かべながらも、俊彦の放つ重圧には逆らえない。

スマホもカメラも一斉に下ろされ、ライブ配信は次々と終了され、観客たちはしぶしぶ退場していった。

あっという間に広い会場は静まり返り、その場に残ったのは高瀬家と藤原家の者たちのみとなった。

俊彦は無言のまま壇上へと歩を進め、秀一の正面に立つ。

「――結婚しただと?なぜ私に一言も言わなかった」

「言う必要がなかったからだ」秀一は淡々と答え、眼差しも揺るがない。

「俺の結婚は、あなたに何の関係がある?」

「お前は私の息子だ。それでも関係がないと言うつもりか!」

俊彦は珍しく声を荒らげた。その目には怒りだけでなく、複雑な思惑が浮かんでいる。

「お前は藤原グループの社長だ。妻になる女性を選ぶにも、それなりの分別があってしかるべきだろう。高瀬玲――彼女はお前には釣り合わん」

女と男の感情のもつれに興味などない俊彦ですら、玲、弘樹、綾の三人の関係の裏に漂う空気を感じ取っていた。

この間から、玲が自分の亡き妻の形見を探し出してくれたことを知っていたが、それでも、今日初対面である彼女を快くは思わなかった。

そして今、彼女が自分の長男の伴侶になったと聞かされれば、嫌悪はさらに募るばかりだった。

――秀一の妻であるなら、家柄も地位も相応しく、彼をより高みへ押し上げられる
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