INICIAR SESIÓN9月23日、午前9時40分。
5連休の最終日。
朝から茶道体験に来ていた。
自分でも少し意外。
もっと寝ているつもりだった。
でも昨日の夜、
「せっかくの休みだし」
と思って予約した。
こういうときの私は、翌朝の自分に少し厳しい。
教室には私と、もう1人女性客。
先生は60代くらいの女性。
薄いグレーの着物。
動きが静かで、見ているだけで落ち着く。
「作法は気にしすぎなくて大丈夫ですよ」
最初にそう言われた。
助かった。
と思った5分後。
私はお菓子を取る順番を間違えた。
「あ」
隣の女性が小さく言う。
私も気づく。
「やっちゃった」
先生が普通に言った。
「大丈夫ですよ」
「戻したほうがいい?」
「もう取ったんだから食べましょう」
あっさり。
緊張が少し抜けた。
季節の和菓子は、薄いオレンジ色。
秋の夕焼けをイメージしているらしい。
「きれい」
隣の女性が言う。
「食べるのもったいないですね」
私が言うと、
先生が微笑んだ。
「でも食べるために作ってありますから」
そうだった。
一口。
甘い。
そのあと、お茶。
茶碗を回す向きが分からなくなる。
右?
左?
私が止まっていると、
先生が言う。
「どちらでも命に関わりません」
隣の女性が吹き出した。
私も笑う。
「先生、そんな感じでいいんですか?」
「体験ですから」
「もっと厳しいと思ってました」
「厳しくしたら、お茶の味分からなくなるでしょう?」
確かに。
茶碗を持つ。
温かい。
一口。
少し苦い。
そのあと和菓子の甘さが戻ってくる。
おいしい。
「普段、お茶ゆっくり飲みます?」
先生が聞く。
2人とも少し考える。
隣の女性が、
「ほぼ立ったままコーヒー飲んでます」
と言った。
私は、
「スマホ見ながら」
先生が頷く。
「今日は見ないで飲んでみましょうか」
スマホはバッグの中。
時計も見ない。
ただお茶を飲む。
外から少し鳥の声。
お湯の音。
畳の匂い。
こんなに静かな朝、久しぶりかもしれない。
2杯目。
今度は少しだけ手順が分かる。
でも、まだぎこちない。
茶碗を置く位置を少し間違える。
今度は自分で気づいた。
直そうとすると、先生が首を振る。
「そのままでいいですよ」
「でも違いますよね?」
「違います。でも今日は覚えるために来たんじゃなく、飲みに来たと思えばいいです」
隣の女性が小さく頷く。
「その言葉、好きです」
私も。
何かを体験すると、つい「上手にやらなきゃ」と思ってしまう。
でも今日は、ただ甘いお菓子を食べて、苦いお茶を飲むだけでもいいらしい。
5連休最後の朝には、そのくらいがちょうどいい。
「先生、これ合ってます?」
「だいたい」
「だいたいでいい?」
「お茶は逃げないから」
先生は笑う。
「急いでも冷めるだけです」
隣の女性が言う。
「逆に、冷めても飲めますよね」
先生が一瞬止まって、
「それもそうね」
3人で笑った。
体験が終わる前、先生が小さな急須から普通の煎茶も淹れてくれた。
「最後は気楽に」
今度は作法なし。
湯呑みを両手で持つ。
隣の女性が言う。
「最初からこれでもよかったかも」
先生が笑う。
「それ言ったら教室にならないでしょう」
3人で笑った。
体験が終わる。
立ち上がる。
足が少ししびれていた。
「痛い」
隣の女性も同じ。
2人でよろよろ歩く。
先生が、
「最後が一番初心者らしい」
と笑った。
外へ出る。
連休最終日。
明日のことが少し頭に浮かびかける。
でも、
まだ午前中。
今日はまだ終わっていない。
午後までゆっくりしてもいい。
さっきのお茶みたいに、
急いだからって明日が早く来るわけじゃない。
****
明日のことは、まだ今考えなくていいよ。今日のお茶が冷めるくらいまで待とう。
連休最後の1日、ゆっくり味わってね。午前8時40分。日曜の朝。私は港の朝市にいた。魚を買う予定はない。料理をする予定も、今のところない。ただ、朝早く目が覚めた。せっかくの日曜。二度寝に失敗したなら、いっそ外へ出よう。それだけ。市場は思ったより賑やかだった。干物。海苔。野菜。卵焼き。焼き魚の匂い。朝から全部おいしそう。私は小さな屋台の前で止まった。炭火で焼かれているのは、さば。皮がぱりぱり。脂が落ちるたび、煙が上がる。「食べる?」声をかけてきたのは、60代くらいの女性。頭に紺色の手ぬぐい。エプロン。「朝からさば?」「朝だからさば」最近、この言い方に弱い。「1つください」「ご飯いる?」「あります?」「あるよ」「じゃあ少し」「味噌汁は?」「それも」気づけば完全な朝定食。店の横に小さなテーブルがある。座る。目の前に海。いい。女性が焼きたてのさばを皿に乗せる。「熱いからね」「はい」ご飯。味噌汁。大根おろし。豪華。箸でさばをほぐす。湯気。一口。「おいしい」思わず声が出る。女性が遠くから、「でしょう」と返す。聞こえていた。隣のテーブルには、70代くらいの男性が1人。新聞を読みながら同じ定食。「ここのさばはうまいよ」突然言う。「常連さん?」「毎週」女性がすぐ言う。「毎週じゃない。月2回」「同じようなもんだ」「全然違う」夫婦ではないらしい。でも会話は夫婦みたい。「知り合い?」私が聞くと、女性が言う。「魚買いに来る人」男性は、「40年くらい」と補足。長い。「それもう友達では?」「違う」2人同時。息ぴったり。私は笑う。味噌汁を飲む。わかめ。豆腐。少し濃い。海の近くで飲むと、なんとなく正しい味がする。女性が別の客に魚を渡す。「焼きたてあと2枚!」声がよく通る。男性が新聞を畳む。「若い人、朝から来るの珍しいね」「眠れなかったので」「じゃあ得したね」「何が?」「焼きたて食えた」単純。でも本当だ。二度寝できなかった朝が、急に得した感じになる。「日曜は寝たいじゃないですか」「寝たけりゃ昼寝すればいい」また単純。「昼寝すると夜眠れない」「そのとき考えればいい」この市場、みんな先のことを考えない。羨ましい。さばを半分くらい食べたとこ
午前9時10分。土曜の朝。海沿いの小さな灯台へ来た。観光地というほど大きくない。でも、週末だけ朝から中へ入れるらしい。入口でチケットを買う。「上まで147段です」係の人に言われる。147。聞いただけで少し後悔した。「エレベーターは?」「ありません」笑顔。逃げ道なし。仕方なく階段へ。細い。らせん状。最初の30段までは平気だった。50段。少し息が上がる。80段。「誰が灯台行こうって言ったの」自分。100段。後ろから足音。少し速い。私は壁際へ寄った。「先どうぞ」声をかける。上がってきたのは30代前半くらいの男性。薄いグレーのパーカー。首から小さなカメラ。「大丈夫です。僕も休憩したかったので」隣で止まる。息が少し上がっている。「余裕そうに見えた」「見栄です」正直。2人で狭い踊り場に立つ。小さな窓。外に海。「あと何段?」私が聞く。彼が壁の数字を見る。「43」「数えるんだ」「終わり見えたほうが楽なので」「私は聞いて余計疲れた」彼が笑う。「じゃああと10段ってことにします?」「それは嘘」「難しい」少し休んで、また上る。なぜか並ぶ形になる。階段が狭いので、前後。最初は彼が前。「ペース速かったら言ってください」「今は大丈夫」20段。彼が少し振り返る。
午前7時20分。金曜の朝。私は高速バスの待合室で、紙コップのコーヒーを飲んでいた。今日は少し遠くまで出かける。旅行というほどではない。午前中だけ用事を済ませて、夕方には戻る予定。バスの出発まであと15分。私はコーヒーにミルクを2つ入れた。その瞬間。「まだ2個なんだ」聞き覚えのある声。顔を上げる。30代前半くらいの男性。カーキ色のコート。黒いリュック。一瞬、誰か分からない。でも彼が笑った。「忘れた?」「あ……直樹?」大学時代、同じカフェでバイトしていた人。1学年上。シフトがよく重なった。閉店作業も何度も一緒にした。卒業してからは、2回くらい大人数で会っただけ。それももう何年も前。「久しぶり」「何でここにいるの?」「バス乗るから」「それは見れば分かる」昔と同じ返し。思わず笑う。彼が私の紙コップを見る。「ミルク2個」「何で覚えてるの?」「賄いのコーヒー、毎回それだった」「そんなこと覚えてる?」「君、砂糖入れないくせにミルクだけ2個だったから」「変?」「ちょっと」失礼。「そっちはブラックだったよね」「今も」彼が持っているカップを見せる。本当にブラック。「変わらないね」「そっちも」朝から10年前に戻ったみたい。待合室には何人かいる。アナウンス。スーツケースの音。でも私たちは少し端へ寄り、立ったまま話した。「どこ行くの?」聞く。
午前7時50分。駅前の小さなスパイス専門店に入った。理由は、店先に並んだ瓶がきれいだったから。赤。黄色。茶色。緑。朝からカレーを作る気はない。でも、見ているだけで少し楽しい。「何か探してます?」声をかけてきたのは30代前半くらいの男性店員。白いシャツ。黒いエプロン。腕まくり。手元には小さな木のスプーン。「見てるだけです」「一番難しいお客さんですね」「買わないかもしれないから?」「何を勧めればいいか分からないから」正直。「じゃあ朝に合う香り」私が言う。「スパイスで?」「うん」彼は少し考えて、3つの瓶を出した。カルダモン。シナモン。クローブ。「朝ならこの辺」「コーヒーみたい」「コーヒーにも使えます」最初はカルダモン。彼が小さなさやを1つ割る。ふわっと香る。「近くで嗅いでみて」言われて顔を寄せる。爽やか。少し柑橘みたい。「思ったより軽い」「でしょう」彼も同じ瓶へ顔を寄せる。一瞬、距離が近い。同じ香りを同時に嗅いでいるだけ。でも、朝の小さな店で顔が近づくと、少し意識する。「これ好き」「顔に出てます」最近よく言われる。次はシナモン。「これは分かる」「じゃあ説明なし」「雑」「知ってる香りを僕が説明しても」彼が笑う。3つ目。クローブ。強い。「これはちょっと苦手」「じゃあやめましょう」
午前7時55分。図書館の返却ポストの前で、私は1冊の本を持ったまま立っていた。返却期限は今日。返せばいい。それだけなのに、少し惜しい。短いエッセイ集。全部読んだ。気に入ったページには付箋まで貼った。もちろん、付箋は全部外した。借りた本だから。「返さないんですか?」後ろから声がした。振り向く。60代くらいの女性。布のトートバッグに本が3冊。「返します」「今、かなり迷ってた」「気に入って」「じゃあまた借りればいいじゃない」簡単に言われる。「でも、次いつ借りられるか」「予約すれば?」「そこまででもない気もして」自分でも面倒だと思う。女性が笑う。「好きなのに、そこまででもないの?」「買うほどではないけど、返すとちょっと寂しい」「分かる」意外と分かってくれた。彼女もポストへ1冊ずつ入れる。すとん。すとん。最後の1冊だけ止まる。「あれ?」今度は私が見る。「そちらも?」「これは途中までしか読んでないの」「延長すれば?」「予約入ってるみたい」「じゃあ返さないと」「分かってる」お互い様だった。2人で本を持ったまま立つ。朝から何をしているんだろう。図書館はまだ開館前。返却ポストだけ使える。女性が本の表紙を撫でる。「昔はね、読み終わらないと返すの悔しかったの」「今は?」「途中でも返す」「もったいなくない?」「読みたいところまで読んだなら、それでいい本もあるよ」少し驚
午前7時35分。駅前のジューススタンドで、私はバナナジュースを待っていた。火曜の朝。特別な理由はない。家を出るのが少し早かっただけ。カウンターの向こうでミキサーが回る。その音をぼんやり聞いていたら、隣から声がした。「まだそれ飲むんだ」振り向く。一瞬、誰か分からなかった。白いシャツ。ネイビーのジャケット。大学時代より髪は短い。でも、笑ったときに片方の口角だけ少し上がる。「あ……健太?」同じゼミだった男。大学4年の1年間、よく一緒にいた。恋人ではない。でも、飲み会の帰りに2人になることは多かった。卒業してからは、最初の数年だけ年賀メッセージ。そのあと自然に途切れた。「久しぶり」「何年?」「10年くらい?」「そんなに?」「たぶん」朝から急に時間が巻き戻る。店員さんが聞く。「ご注文は?」彼がメニューを見る。「バナナで」私は彼を見る。「そっちもまだそれ?」「昔、君が毎回飲んでたから思い出した」「真似?」「今日は」その言い方が少し懐かしい。大学の近くにも小さなジュース店があった。私はいつもバナナ。彼はオレンジ。「昔はオレンジだったでしょ」「覚えてるんだ」「そっちこそ」2人とも少し笑う。私のジュースが先に出る。冷たいカップ。ストローを差す。彼が横から見る。「朝から冷たいの平気になった?」止まる。「何でそれ覚えてるの?」「冬、毎回『寒い』って言いな







