「君は最初から輝いていたんだ」――セレブ社長の溺愛が、私を真実に変えてゆく

「君は最初から輝いていたんだ」――セレブ社長の溺愛が、私を真実に変えてゆく

last updateLast Updated : 2025-12-10
By:  佐薙真琴Updated just now
Language: Japanese
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 私、橘弥生、28歳。自分のことを「ダメな人間」だと思い込んで生きてきた。  ある日、セレブが集うパーティーの裏方スタッフとして働いていた私は、高価な花瓶を割ってしまう。優しく手を差し伸べてくれたのは――神宮寺蓮。この国を代表する企業グループの若き総帥だった。  「あなたは、自分を過小評価しすぎている」  彼の言葉が、凍りついていた私の心を少しずつ溶かしていく。花を愛する彼との時間の中で、私は忘れていた「好きなこと」を思い出していく。  でも、セレブ社会からの冷たい視線、周囲との格差、そして何より――「私なんかが愛される資格はない」という、自分自身の声。  逃げ出したくなる。でも、彼は言う。「僕が一緒にいる」と。

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Chapter 1

第1章:透明な日々

 春の陽光が、オフィスビルの窓ガラスを通して淡く差し込んでいた。橘弥生は派遣会社から送られてきた業務指示書を手に、高層ビルの三十二階にあるイベント会場へ向かうエレベーターに乗っていた。二十八歳。派遣社員としてこの仕事を始めて五年になる。

 エレベーターの鏡に映る自分の姿を、弥生は一瞥して目を逸らした。地味なベージュのブラウスに黒いパンツ。控えめなメイク。髪は後ろで一つに束ねている。目立たないように、目立たないように。それが弥生の生き方だった。

「本日の慈善パーティーは、神宮寺グループ主催です。裏方スタッフとして、会場設営と受付補助をお願いします」

 朝のブリーフィングで聞いた言葉が頭の中で反芻される。神宮寺グループ――この国を代表する企業グループの一つ。その若き総帥、神宮寺蓮は、三十四歳でありながらビジネス界のカリスマとして知られている。弥生も雑誌で何度か見たことがあった。完璧な容姿、鋭い眼差し、そして圧倒的な存在感。自分とは別世界の人間。

 会場に着くと、すでに他のスタッフたちが忙しく動き回っていた。弥生は指示通り、会場装飾の最終チェックを担当することになった。

「あの、すみません。この花瓶の位置、もう少し中央寄りにしていただけますか?」

 弥生は恐る恐る、装飾担当のスタッフに声をかけた。自分の意見を言うことさえ、彼女にとっては勇気のいることだった。

「ああ、そうですね。お願いします」

 スタッフが快く応じてくれたことに、弥生は小さく安堵の息を吐いた。

 会場の中央には、高さ一メートルほどの大きなクリスタルの花瓶が置かれていた。中には白い胡蝶蘭が優雅に活けられている。弥生は思わずその美しさに見入った。胡蝶蘭の花言葉は「幸福が飛んでくる」。子供の頃、祖母が教えてくれた。花が好きだった祖母は、よく弥生に花言葉を教えてくれたものだ。

 弥生は花瓶の位置を微調整しようと、慎重に両手で持ち上げた。その瞬間――

 背後から誰かがぶつかってきた。

「きゃっ!」

 弥生の手から花瓶が滑り落ちる。鈍い音とともに、クリスタルの花瓶が床に落ち、無数の破片となって四方に飛び散った。水が床一面に広がり、白い胡蝶蘭が無残に転がっている。

 会場中の視線が、一斉に弥生に注がれた。

「あ、あの、すみません! すみません!」

 弥生は震える声で謝りながら、床に膝をついた。顔が真っ赤になるのを感じる。心臓が激しく打っている。やってしまった。また失敗した。自分はいつもこうだ――

「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

 低く落ち着いた声が、頭上から降ってきた。

 弥生が顔を上げると、そこには黒いスーツを完璧に着こなした男性が立っていた。整った顔立ち。深い茶色の瞳。そして、その瞳に宿る優しさと強さ。

 神宮寺蓮だった。

「あ、あの、申し訳ございません! 私の不注意で……」

 弥生は慌てて立ち上がろうとして、足元のガラスの破片で手のひらを切ってしまった。

「動かないでください」

 蓮は素早く弥生の腕を支え、彼女が動けないようにした。そして周囲のスタッフに指示を出す。

「すぐに掃除道具と救急箱を。それから、会場の設営スケジュールを三十分遅らせてください」

「し、社長、私が片付けます! 本当に申し訳……」

「まず、あなたの手当てが先です」

 蓮の声には、有無を言わせぬ強さがあった。弥生は何も言えなくなった。

 数分後、弥生は会場の隅に用意された椅子に座らされ、蓮自らが彼女の手に救急処置をしていた。消毒液の匂いが鼻をつく。

「痛みますか?」

「い、いえ、大丈夫です……」

 弥生は蓮の顔をまともに見ることができなかった。こんなに近くで、こんな人と話すなんて。しかも、自分のせいで迷惑をかけているのに、彼は怒るどころか、自分で手当てをしてくれている。

「あなたの名前は?」

「た、橘弥生です……」

「橘さん。さっき、花瓶の位置を直そうとしていましたね」

 弥生の心臓がまた跳ねた。見られていた?

「あ、あの、出過ぎた真似を……」

「いいえ。あなたの判断は正確でした。あの位置では、光の反射が強すぎてゲストの目を傷める可能性があった」

 蓮は手当てを終えると、弥生の目をまっすぐ見た。

「花がお好きなんですか?」

「え? あ、はい……祖母が、花が好きで……」

「胡蝶蘭を見つめていた時のあなたの表情、とても優しかった」

 弥生は言葉を失った。自分の表情を、この人は見ていた? なぜ?

「あの、本当に申し訳ございませんでした。花瓶の弁償は……」

「必要ありません。事故です」

 蓮は立ち上がり、弥生にも立つように促した。

「橘さん、今日のパーティーが終わったら、少しお話ししてもいいですか?」

「え……?」

「お願いしても?」

 その言葉に、弥生は混乱した。なぜ? なぜこの人は自分に話しかけようとするの? 同情? それとも何かの罰?

「あ、あの、お忙しいのでは……」

「あなたと話したいんです」

 蓮の瞳は、真剣だった。嘘をついているようには見えない。でも、理解できない。自分のような人間に、なぜ?

「……わかりました」

 弥生は小さく頷いた。断る理由が見つからなかった。

 パーティーは無事に始まった。弥生は受付の補助として、ゲストの案内や記帳の手伝いをした。豪華なドレスを身にまとった女性たち、高級スーツの男性たち。誰もが輝いていて、弥生は自分がまるで舞台裏の影のような存在に思えた。

 それでも、時折会場の中を見渡すと、蓮の姿が目に入った。彼は主催者として、様々な人々と会話を交わしている。笑顔で、しかしどこか距離を保っているような印象を受けた。

 パーティーが終わり、ゲストたちが帰り始めた頃、スタッフの一人が弥生に声をかけた。

「橘さん、神宮寺社長がお呼びです」

 弥生の胸が締め付けられた。やはり、花瓶のことで叱責されるのだろうか。それとも、弁償の話?

 案内された部屋は、会場に隣接した小さな応接室だった。窓からは東京の夜景が一望できる。

「お疲れ様でした、橘さん」

 蓮はソファに座るよう促した。弥生は緊張で体が硬くなっているのを感じながら、言われた通りに座った。

「あの、お話というのは……」

「まず、コーヒーでも飲みませんか?」

 蓮は自らコーヒーを淹れ始めた。その手つきは慣れていて、まるでバリスタのようだった。

「砂糖とミルクは?」

「あ、ブラックで……」

 数分後、弥生の前には湯気を立てるコーヒーカップが置かれた。香ばしい香りが漂う。

「実は、橘さんに聞きたいことがあるんです」

 蓮も自分のカップを手に取り、弥生の向かいに座った。

「なぜ、あの花瓶の位置を直そうと思ったんですか?」

「え……?」

「誰かに指示されたわけではないですよね」

 弥生は戸惑った。そんなこと、聞かれるとは思わなかった。

「あの……光が、強すぎると思って……。それに、入口から見たとき、少し視界を遮るような気がしたので……」

「素晴らしい観察力です」

 蓮は微笑んだ。その笑顔は、パーティーで見せていたものとは違っていた。もっと自然で、温かかった。

「橘さん、あなたは自分のことを、どう思っていますか?」

「え……?」

 突然の質問に、弥生は言葉に詰まった。

「私……特に、何も……。普通の、いえ、普通以下の……」

「なぜそう思うんですか?」

 蓮の瞳が、弥生をまっすぐ見つめている。逃げられない。

「私は……いつも失敗ばかりで……。今日も花瓶を割ってしまって……」

「でも、あなたは花瓶を割る前、会場をより良くしようとしていた。それは失敗じゃない。むしろ、気配りの証拠です」

 弥生は何も言えなかった。そんな風に言われたことは、一度もなかった。

「橘さん、もし良かったら、また会えませんか?」

「え……?」

「あなたともっと話がしたい。食事でも、お茶でも、あなたの都合のいい時に」

 弥生の頭が真っ白になった。これは夢? それとも何かの間違い?

「なぜ……私なんかと……」

「『なんか』じゃない」

 蓮の声が、少し強くなった。

「あなたは、今日一日で私に三つのことを教えてくれました。一つ、細部への気配り。二つ、花を愛する優しさ。三つ、自分を過小評価しすぎる謙虚さ」

「そんな……」

「次は、あなた自身のことをもっと知りたい。お願いできますか?」

 弥生は混乱していた。でも、蓮の瞳の中に嘘は見えなかった。この人は、本気で言っている。

「……わかりました」

 自分でも信じられない言葉が口から出た。

 その夜、家に帰った弥生は、ベッドに横たわりながら天井を見つめた。今日の出来事が、まるで夢のようだった。神宮寺蓮。あの人が、自分と会いたいと言った。なぜ? 理由がわからない。

 でも、心のどこかに、小さな温かさが灯っているのを感じた。それは、長い間忘れていた感覚だった。

 もしかしたら――いや、そんなはずはない。でも、もしかしたら。

 弥生は目を閉じた。胸の奥で、小さな期待が芽生え始めていた。

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第1章:透明な日々
 春の陽光が、オフィスビルの窓ガラスを通して淡く差し込んでいた。橘弥生は派遣会社から送られてきた業務指示書を手に、高層ビルの三十二階にあるイベント会場へ向かうエレベーターに乗っていた。二十八歳。派遣社員としてこの仕事を始めて五年になる。 エレベーターの鏡に映る自分の姿を、弥生は一瞥して目を逸らした。地味なベージュのブラウスに黒いパンツ。控えめなメイク。髪は後ろで一つに束ねている。目立たないように、目立たないように。それが弥生の生き方だった。「本日の慈善パーティーは、神宮寺グループ主催です。裏方スタッフとして、会場設営と受付補助をお願いします」 朝のブリーフィングで聞いた言葉が頭の中で反芻される。神宮寺グループ――この国を代表する企業グループの一つ。その若き総帥、神宮寺蓮は、三十四歳でありながらビジネス界のカリスマとして知られている。弥生も雑誌で何度か見たことがあった。完璧な容姿、鋭い眼差し、そして圧倒的な存在感。自分とは別世界の人間。 会場に着くと、すでに他のスタッフたちが忙しく動き回っていた。弥生は指示通り、会場装飾の最終チェックを担当することになった。「あの、すみません。この花瓶の位置、もう少し中央寄りにしていただけますか?」 弥生は恐る恐る、装飾担当のスタッフに声をかけた。自分の意見を言うことさえ、彼女にとっては勇気のいることだった。「ああ、そうですね。お願いします」 スタッフが快く応じてくれたことに、弥生は小さく安堵の息を吐いた。 会場の中央には、高さ一メートルほどの大きなクリスタルの花瓶が置かれていた。中には白い胡蝶蘭が優雅に活けられている。弥生は思わずその美しさに見入った。胡蝶蘭の花言葉は「幸福が飛んでくる」。子供の頃、祖母が教えてくれた。花が好きだった祖母は、よく弥生に花言葉を教えてくれたものだ。 弥生は花瓶の位置を微調整しようと、慎重に両手で持ち上げた。その瞬間―― 背後から誰かがぶつかってきた。「きゃっ!」 弥生の手から花瓶が滑り落ちる。鈍い音とともに、クリスタルの花瓶が床に落ち、無数の破片となって四方に飛び散った。水が床一面に広がり、白い胡蝶蘭が無残に転がっている。 会場中の視線が、一斉に弥生に注がれた。「あ、あの、すみません! すみません!」 弥生は震える声で謝りながら、床に膝をついた。顔が真っ赤になるのを感じ
last updateLast Updated : 2025-12-06
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第2章:予期せぬ波紋
 それから三日後、弥生の携帯電話に見知らぬ番号からメッセージが届いた。『橘さん、神宮寺です。今週末、お時間はありますか?』 弥生は画面を何度も見返した。本当に神宮寺蓮からのメッセージ? でも、自分の連絡先をどうやって知ったのだろう。そう思ってから、はっとした。派遣会社を通じて調べれば、簡単にわかることだった。 指が震えながら、返信を打つ。消して、また打つ。何度も繰り返した末、ようやく送信した。『はい、大丈夫です』 短い返信。でも、これ以上何を書けばいいのかわからなかった。 すぐに返事が来た。『では、土曜日の午後一時、青山のカフェ「ラ・リュミエール」でお待ちしています。住所を送ります』 弥生は深呼吸をした。本当に会うのだ。神宮寺蓮と。 土曜日の朝、弥生はクローゼットの前で途方に暮れていた。何を着ていけばいいのだろう。手持ちの服は、どれも地味で色あせている。セレブが集まるような場所に着ていける服なんて持っていない。 結局、一番無難な白いブラウスと紺色のスカートを選んだ。鏡を見る。やはり地味だ。でも、これが自分だ。背伸びしても仕方がない。 カフェ「ラ・リュミエール」は、青山の閑静な通りにある瀟洒な建物だった。外観は古いヨーロッパの邸宅を思わせる造りで、入口にはアイビーが這い、季節の花々が植えられた花壇が美しかった。 弥生は入口の前で立ち止まった。足が動かない。こんな場所、自分が入っていいのだろうか。「橘さん」 振り返ると、カジュアルな白いシャツとジーンズを着た蓮が立っていた。スーツ姿とは違う印象だったが、その佇まいは変わらず洗練されていた。「あ、神宮寺さん……」「『蓮』と呼んでください。『さん』もいりません」 蓮は微笑んで、カフェのドアを開けた。「さあ、入りましょう」 店内は落ち着いた雰囲気だった。アンティークの家具、壁一面に飾られた絵画、そして柔らかな光を放つシャンデリア。客は数組しかおらず、静かなクラシック音楽が流れている。 窓際の席に案内されると、蓮はメニューを弥生に渡した。「好きなものを頼んでください」 弥生はメニューを開いて、価格に目を奪われた。一杯のコーヒーが二千円近くする。軽食も三千円以上。これは――「あの、私……」「気にしないでください。今日は僕が誘ったんですから」 蓮の言葉に、弥生は小さく頷いた。結局、
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第3章:溶けゆく氷
 それから二週間、蓮からの連絡は途絶えなかった。毎日ではないが、二、三日に一度、彼から短いメッセージが届いた。『今日は良い天気ですね。花日和です』 『面白い本を見つけました。今度貸しますね』 『週末、時間がありますか?』 弥生は最初、どう返信していいかわからなかった。でも、次第に自然に返せるようになっていった。 ある土曜日、蓮は弥生を都内の植物園に誘った。「ここの温室は、世界中の珍しい植物が見られるんです」 蓮は楽しそうに説明した。弥生は彼のその様子が意外で、少し微笑ましかった。ビジネスの世界で生きる冷静な経営者が、植物を前にすると少年のように目を輝かせる。 温室の中は、外の春とは違う、熱帯の空気が満ちていた。色とりどりの蘭、巨大な葉を持つモンステラ、天井近くまで伸びるヤシの木。「これ、見てください」 蓮が指差したのは、深紅の花を咲かせた植物だった。「アンスリウム。花言葉は『煩悩』『恋にもだえる心』」 弥生は驚いて蓮を見た。「花言葉、知ってるんですか?」「少しだけ。母から教わりました」 蓮は花に近づいた。「でも、橘さんほど詳しくはありません。いつか、もっと教えてほしい」 弥生は頬が熱くなるのを感じた。 温室を出ると、外の庭園を散策した。桜は既に散り、新緑の季節が始まっていた。「あ、あそこ」 弥生が指差したのは、青い小さな花が群生している場所だった。「ネモフィラです。花言葉は『どこでも成功』『可憐』」 弥生は花の前に膝をついた。「この花、好きなんです。小さくて、でも一生懸命咲いてる」 蓮は弥生の隣にしゃがんだ。「あなたに似ていますね」「え……?」「小さく見えるけど、一生懸命で、そして美しい」 弥生は蓮を見た。彼の目は真剣だった。「蓮さん……」「考えてくれましたか? 僕
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